ワクワクが止まりません。

 

シン・メンターはまだまだ募集中です!
今日、すごい発表があります!

メンター生は欣喜雀躍するでしょう!(勝手な予想!)

 

 

なんか来ます!!!!!!

 

その前に、欣喜雀躍は(漢字からなんとなく意味が分かりますが)読み方が分かりません!

なのでネットで調べたことをここに披露します。

 

・「欣喜雀躍」の読み方は「きんきじゃくやく」、意味は小躍りして喜ぶことを表します。
・類語には「有頂天」、「小躍り」、「狂喜乱舞」などが挙げられます。
・対義語は「落胆」「意気消沈」などが挙げられます。

由来
中国古典『荘子』「在宥」に、鴻蒙が「拊髀雀躍而遊(ももを打ち、雀のように躍りながら遊ぶ)」とある。

「雀躍」はこの記述に基づく語で、「欣喜(大いに喜ぶ)」と結び付いて「欣喜雀躍」となった。

『荘子』は戦国時代(おおむね紀元前4~3世紀)の思想書である。

 

だそうです。

まといのばブログを読むといつの間にか教養が上がりますね!

 

 

発表されることは予想がつきそうもありません。

ですが、無理やり予想してみましょう!

 

ひょっとすると、「ロゴス」がそろそろ来るんじゃないでしょうか?

 

募集開始の時のブログから引用します。

シン・メンターは、ヒーラー養成を目指していますが、これまでのような通信教育とは一線を画して、ちょっと面白い感じでやります。すなわち、最初に確かに聖典となるような教材はあるのですが、それがどんどんアップデートされていく感じです。

(中略)

これまでのオンラインメンターを踏まえて、一つ上の次元で学べます!

MiQなどによる「全技術伝授」や最初から「紙」や「ロゴス」を教えて、極端な話し、初日から仕事ができるようにします。

 

序盤で「ロゴス」を教える予告が来ていたので、これではないかと。ただの予想ですので外れたらすいません。

 

 

ではロゴスについて、調べてみましょう。

 

まといのばブログより引用します。

ロゴス(ロジック:論理)というのは、本当にコンパスのようなもので、遠くを指し示してくれますが、行き方(生き方)は教えてくれません。

というか、真っ直ぐ行く道はありません(逆に真っ直ぐ行く道が見えたとしたら、それも最初から、、、、それは死脈です。死脈というのは、かつて龍脈だったけど、枯れてしまったものですね)。

でも、曲がりくねった道ならたくさんあります。先が見通せないような曲がりくねった道です。

まさに龍が天に上るように曲がりくねった道です。

 
次に、「ロゴス」は技術分類だということが語られます。
引用します。
そうするとLogosとは明確な物理を持つということです。それはまず発話された音であり、音を発するための筋肉のカタチなのです(書き言葉は話し言葉をとどめようとする不完全な試みのことです)。そしてその筋肉のカタチを肉体に写像させるための、脳のカタチがあり、そこにはホルモンが跳梁跋扈するカタチが存在します。そしてそれをコントロールするLogosに我々はアクセスできます。
もし言葉が物理を持つならば、その必然的な結果として、物理と情報空間に境目が無いということを明確に理解できます。それは、ヘーゲルのあの難解な神託であるところの、「理性的なものは現実的であり、現実的なものは理性的である」の意味に漸近することでもあります。
もう一つの注目の技術は「トリガーの付け替え」です。
この気功技術伝授とワークもしましょう。我々はアンカーもトリガーも情報だと認識しています。しかしその情報はあたかも物理のように操作できるとしたら???、という技術です。
かなり面白いですが、かなり怖い技術です。これも2期、3期あたりのヒーラー養成スクール以来の公開です。
これらの技術を総集編的に使うとかなり恐ろしいことができます。
それが気功技術「Script」です。
これらの理論と実践を積み重ねても、こんな疑問が生じるのではないかと思います。たとえばヒーリング、たとえばコーチングの現場において、相手が全く自己開示せず、むしろ嘘しかつかないような状態で、それでもこのLogos関連の気功技術を使う意味はあるのか?と。
それに対する明確な回答がこの「Script」です。

 

 

 
応用系は「script」のほかに、「空也」ということも書かれます。
再び引用します。

相手の口から出た言葉(ロゴス)を掴み、すくい取り、そこから内部(内部表現)にハッキングする技を徹底的に練習します!

Echoの向こう側の技術です。Echoという気功技術とワークは徹底的にやって欲しいのですが、その上位概念となるのが空也ということになります。

相手が嘘を言っていても、本当のことを言っていても関係なく、口から出たものであれば、そこから初めて、その相手の内部表現にハッキングできるのです。

 

↑この記事は前にも書きましたがルー・タイスの逸話が載っていますのでおすすめです。

 

 

 

では発表を楽しみにして待ちましょう。夜かな?

 

以上です。

 

(6/12追記)

結果出ました!

ChatMTBの最新バージョンの解放でした!

予想は外れるためにあります💦

 

では有難く使いこなしていきましょう!

どうも、シンメンター生のJINです。

 

まといのばブログを最初から読むというコンセプトで始まったものの、

ChatMTBの授与もあり、なかなか進まない今日この頃です。すいません。

 

今日は逆に、最新の記事に対して「受け」をしてみたいと思います。

慣れませんがご容赦ください。

皆がやっているからこそ、上手く書こうという煩悩が立ち上がるためにドキドキしてしまいますね。

 

 

まといのばブログから引用します。

 『では、たった一つだけ教えてあげよう』とその世界で一番賢い男は言った。

『幸福の秘密とは、世界のすべてのすばらしさを味わい、しかもスプーンの油のことを忘れないことだよ』

 

スプーンと油は既に手にしているものです。

 

このスプーンと油が何なのか、感じ方は一人ひとり違うと思います。

家族や仕事、人間関係。。さらに抽象度を下げ、持っているものでも良いでしょう。家とか車とか鞄とか。

どの抽象度で置き換えても、味わい深い寓話だと思います。

 

今回はあえてそれらをスコトーマに隠して、

スプーンの油を現在の自分、宮殿を未来ゴールの自分というゲシュタルトで話を進めたいと思います。

(こういうのを論法といいます。)

 

 

未来のゴールを大事にするように、今この瞬間も全く同じように大事にする。

 

未来と現在。

 

これって、前回の記事で紹介した定理37と似ていませんか。

 

定理37 は、現在地平 u−とゴール・アドレス L_G の最小包摂地平から表象可視性・可到達性・内在化を扱う。

 

定理7(苫米地真のゴール定理)によってゴールが設定できたら、

次にやることは現在地平とゴールとのLUBをとる。これが定理37。

 

LUBをとるということは現在と未来Gのどちらも包摂していないといけない。

未来を見るために、現在を消してはいけないのです。

 

数式上(はまだ見せてもらってませんが)は、そうすることで表象可視性・可到達性・内在化が

生まれると言っている(たぶん)。

 

なので今回のスプーンの油の話は「ちょっと一息つけるいい話」どころじゃなく、

ゴールに向かっていく中で「キーとなる話」なんじゃないでしょうか。

 

 

そうして許容方策が増えていく中で、おそらくはエフィカシーが上がり、閾値であるPcritが減少していき、ゴールの臨場感 がPcrit以上となったところで未来ゴールを含む未来TCZへ吸い込まれていく。

これが定理32でした。

 

見慣れるために数式を書いておきます。

 

Pcrit(t) = [V0(G,t) − θG]+ / {κrG(t)} 

PG ≥ Pcrit  ⇒  G ∈ CG(t)  ∧  d(x(t), CG(t)) ≤ √(a2/a1)e−λG(t−t0)d0  → 0

 

 

Pcritの分母であるκrG(rG=Q⁺・E・CSelf)を大きくし、必要な臨場感の閾値Pcritを下げる話は以下記事にて。

 

 

そういうわけで、コーチング的にも「今を大事にするのも大事」ということです。

あまりそういうことを言うと「よし、今を大事にしなければ!」みたいにhave toになってしまうわけで、

際立てないために寓話というものがあるわけですね。

ではこの記事は書くだけ野暮なのか。

 

我々のように将来コーチ側(そうなのか?)になる人はそういうカラクリを知っておくのはよいかと思います。

その人の抽象度に応じた方便をすればいいわけですから。

 

 

あと付け加えれば、未来から現在を見たほうが現在の価値が上がるパターンもあります。

 

まといのばブログより引用します。


*赤ん坊がこのサイズでいるのはいまこの瞬間しかありません。たとえば100年後の未来に意識の中で一瞬で移動し、そして戻ってくると「いまここ」の瞬間がいかに有り難いものかが分かります。

 

若さもそうです。

いくつになっても、残りの人生の中では、今この瞬間が一番若いのです。(どこで聞いたか思い出せませんが)

 

ドラクエでもそうですよね。LV99になったら、楽しいことはありますか。

スライムと戦い、隣町に行くにもギリギリだったあの頃のほうがたまらなかったのでは?

 

 

コーチングと、スプーンの油の話とのLUBをとった記事でした。

では今回は以上です。

本日は小ネタです。

 

苫米地博士の定理38'~39論文ですが、読んだ人には分かりますが

定理37についていくつか記述があります。(「定理37」で文字検索すればホントだと分かります)

 

今回はそちらの記述を抜き出してみましょうという企画です。

 

まず定理の名前が出てきます。

 

①コーチング層の定理(第二巻の定理37:現状外 TCZ の可視化)

 

コーチングの定理だということが明記してあります。

 

 

次はかなり重要です。

 

②定理37 は、現在地平 u−とゴール・アドレス L_G の最小包摂地平から表象可視性・可到達性・内在化を扱う。

 

現在とゴール地点を包む最小包摂地平、いわばLUB的な抽象度へ上がると、見えていなかったものが表象可能になる、と読めます。

これはクライアントに対してコーチがやってあげるコアな部分で、コーチングの秘訣ではないでしょうか。

 

 

次は定理の構造です。

 

③定理37なら意味地平、Bridge証明書、許容方策、Lyapunov関数

 

ここは難しいですが、なんとなく想像はできます。リャプノブが出てきているので、自動的に収束する話だと分かります。

Bridge証明書は興味深いですね。「橋」と「証明書」です。ゴールと現在を繋ぐ橋の存在証拠という感じでしょうか。

証明書というのがIT技術で使われる用語と一致していますが、そうだとすると面白いことになりそうです。

 

 

ここまでまとめると、定理37についての記述は主にこの3つです。

 

①コーチング層の定理(第二巻の定理37:現状外 TCZ の可視化)

②定理37 は、現在地平 u−とゴール・アドレス L_G の最小包摂地平から表象可視性・可到達性・内在化を扱う。

③定理37なら意味地平、Bridge証明書、許容方策、Lyapunov関数

 

「ゴールをクライアントと一緒に見つけてあげることがコーチングのすべて」

とコーチングの本に書いてあります。ゴールの住所さえ見つかれば策が見つかることでエフィカシーも上がり、

予想としてはそうして定理32に引き継がれ、自動的にゴールに吸引されていくのでしょう。

 

以上が今回の論文で見えた定理37についての記事でした。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

論文の話を続けます。今後について。

 

次はXでも予告のあった定理40でしょうか。(それとも37を出してくれる?)

定理40は博士が最も確立したい中心的主張らしいです。もうこれはワクワクです!

 

定理 38′ と 39 は、定理 40(私が最も確立したい中心的主張を含む、次の定理)への二つの前提条件です。ただし、定理 40 は特に誤解されやすいため、定理 38′ と 39 をまず正しく理解することが不可欠です。

 

 

「誤解されやすい」と繰り返し書いているところも気になります。もしかすると、一見すると超常現象のように誤読されかねない主張なのでしょうか。それかいよいよ満を持しての生命素粒子理論でしょうか。(これは完全に私の予想です)

 

今後も展開が楽しみです。

以上です。

今日は、珍しくまといのばにコミットした話をしたいと思います。

珍しく私語りもさせていただきます。

 

家族ヒーリングについて。

 

まずは猫のkananoさんのブログから。(いつも遠隔でお世話になっております。有難いです)

 

それに対するアンサー記事として、Ray先生のブログ。

引用させていただきます。

それじゃ、なんのために……家族にできないなら、何の意味もない。

そんな深い絶望を襲ったのも、事実で。
ーーーーー

 

この「深い絶望」は切ないですねーーえーん

自分の家族を、なんとかしてあげたい
病気だったり、ケガだったり、心のことも含めて、、、

「何かしてあげたくて」気功を習いにくる方は、とても多いと思います気づき

それなのに、習い始めたら「家族はダメです」と言われる凝視真顔

「え。そのために始めたのに」

そうなりますよね泣

その気持ち、よく分かります。
私自身が、そうだったからです

ーーーーー

セルフと家族・友人へのヒーリングは難しい、、、ということで、早々に自分の生徒への施術に切り替えたのですが、私の気功始めのきっかけは娘へのヒーリングであって、決して「ヒーラーになりたい!」「社会に機能を果たしたい!」、、ではなかったのです😱🥹
ーーーーー

お二人の話、その切実さがとても胸に響いてきます。

私にとっても同じです。家族を救いたくて、気功の世界にひかれてきました。

人並み以上に元気でスタミナのあった子供が、元気がなくなってしまった。疲れ体質になってしまった。

医者の観察する限りでは、体には異変がありません。西洋医学ではうつとか自律神経失調症とかの文脈で語られ、

東洋医学で見ればそれは気の枯れとか気の滞りとしか言えないようなものでした。

そこから「氣」というものは存在するとしないと説明がつかない、と考えるようになりました。

(ちなみに、私は理系(物理)出身です。※学部卒なのでたいしたものではありません)

 

バレエという大事なものを、二人が共通して持っていたこともありますし、長野から月2回施術に通っていた頃は、『同志』『戦友』みたいな関係性でもありました気づき

近いと、私の「情」が入ってしまう懸念があります。

それは施術においては邪魔をします泣

 

配信ではこの親の「情」をEGOとか煩悩とも呼んでしました。

EGOは苫米地論文でいうargminのエゴではなく、ごく一般的にエゴイストとかで呼ばれるEGOです。

自利というか。

 

エゴが入ると、「気が濁る」そうなのです。だから、難しくなる。

 

自利利他は仏教でも推奨されることですが、気功はもっと抽象度を上げないといけないのでしょう。

苫米地コーチングでいえばクライアントの利益100%。

クライアントの利益50%、自分の利益50%ならwin-winともいえそうですが、

気功の世界ではそれでは自由ポテンシャルエネルギーが足りないのかもしれません。

もしくは、子供にとって望んでいない結果になる。

 

親の望んでいるゴールは決して子供のゴールではないのは自明です。

森野さんは人類みな毒親とも言っていました。

だから、必ず毒が混じる結果になってしまう。

 

そういうことでした。だから他者に頼ることを第一選択にしたほうが早い。

 

しかし、私は諦めずに考えてみました。

自分の煩悩を消す、親子関係は空でありあるともないともいえないものだとイメージしたり。

 

でも、お二人のやり取りを聞いた後お風呂に入っているときに、はたと思いつきました。

気功は情報空間の中である限りは万能。ならばできないことはないはず。

 

勿体ぶりますが、次回で自分の考えた家族ヒーリングの気功技術を書いてみようと思います。

ヒントは、EGOも情報に過ぎないということです。

 

今回はここまで。

博士の気功の師匠は、張永祥(ちょうえいしょう)先生といいます。

界隈ではご存じの方も多いと思います。

博士の著書にもそのエピソードが登場します。

 

張永祥先生は気さくな人柄なのか、気功がなぜ効くのかの科学的実験に何度も自ら参加しています。

 

こちらのYoutubeもその実験の一つです。

気功師の手や頭から何か出ているのか、実験していますね。

実際には物理的なものは出ていないので観測は難しいと思われます。

 

 

博士は張永祥先生の遠隔治療実験に立ち会い、その驚きを著書

「夢が勝手にかなう「気功」洗脳術」にも残しています。

 

以下実験は博士が立ち会った実験かは不明なのですが、ネット上に

張永祥先生の遠隔治療実験の論文が転がっていましたので、

今回はそれを引用したいと思います。

2.方 法 

送信者 は 3 例 と も中国 の 高名な 気功師 、張 永 祥 老師 で あ る 。 受 信者 は 、ホテ ル また は 治療 院 の ベ ッ ドで 安 静 仰 臥 位 で 待 機 し、開 始 時 間 、方 向 、 送 気方法な ど一切 気づ か れな い よ う に 留意 した 。2 台 の ビデオ カメ ラ の 時 間設 定 を秒 単位 まで 一致 さ せ て か ら撮 影 を開 始 した。

3.結果

例 1] 中国 沈陽市郊外の 公 園 か ら 30 分間遠隔送 気 し、 約 8km 離れた沈 陽市内の ホテル で 受信 した。 受 信者は 、 47 歳 の 中国 人男 性で 11 歳の 時 に 脳脊 髄 液循環不 全症 を発症 し、手術後 著 しい 脊柱側弯 、 右 手 右脚 に麻 痺が 残 存 した 。

 気功師 が 送気 を 開始 して も受 信者 は 最 初は 全 く 動 か ず変化がみ られ な か っ た。 送気 7 分 20秒後 に 始 め て 右手 の 指 が動 き 始め 、 し だい に 右 手全体 が 動 き 出 し回 転 を 始 め た 。こ の 時 、正 常 な 左 手 は 動 い て い な い (Fig.1)。送 気 12分後 に右脚 が動 き 出 し、 次 に 左 脚 が 一緒 に 大 き く動 き 出 し、 しだい に 激 し く振 動 した 。こ の 時 、気功 師 は 両 脚 を 動か す 想念 を抱 い て い た(酬 g.2)。連 続送 気 30 分 で 送気 を停止 し た が 、受 信 者 は ま だ動 い て お り、 しだ い に 動 き が 弱 くな り、送 気停 止 7 分 後 、動 き が見 られ な く な っ た 。 

[例 2 ]東京の 張 永 祥老師 の 気 功師 養成専 門学 校 か ら送気 し、約 1200km 離 れ た 宮 崎市内 の ホ テ ル で 受信 した b 受信者 は 日本人 男性 40 歳 、幼少 の 頃 の 小 児 麻痺 に よ り左 手 足 に 軽 度 の 麻痺 が 残 存 す る 。この 例で は 、気功 師が最 初 10 分 間送気 し、 10 分間停 止 し、再び 10 分間送気 した 。気功師が 送 気 を開始 してか ら 30 秒後 に 左手が 動き 出 した(Fi9.3)。 10 分 後 送 気 を停 止 して も ま だ左 手 は動 き続 け 、約 7 分 後 に 停 止 した 

論文では3例目の実験結果もありまして、そちらも両足を動かすことに成功しています。

 

そして考察の最後に、こう記載されています。

既 に報告 した 2 例 も含 めて 、 遠 隔 送 気 に よ り何 らか の 情報伝 達が な され て い る もの と考 え られ る 。

 

「何らかの情報伝達」という考察がなされています。

 

例2の件は、1200km離れた宮崎の患者の手を動かしています。

物理的なエネルギーを送ったとは考えられません。

エネルギーを放出していると考えるからこそオカルトなのです。

 

患者が動いているエネルギーを生み出しているのは、あくまで本人が得た栄養素から合成したATPです。

張先生から患者へ運動エネルギーそのものが移動したと考える必要はありません。何らかの情報的入力が患者側の神経系に結合し、患者自身の代謝由来の自由エネルギーを用いて身体反応が生じた、と見てもおかしくないです。

広い意味でホメオスタシスを操作したといってもよいでしょう。

 

これが定理38'-39と矛盾しない説明となります。

建築設計図はcontrollerでありbatteryではない

Not A Battery なのです。

 

ガソリンではなく、地図を渡している。by先生

 

 

ちなみに、樋口雄三教授による気功や高次元医療の症例研究は他にも続いていましたが、2000年代を最後に研究成果がみられなくなりました。

 

博士の論文では<原§10.4 瞑想・気功の条件付き身体結合系>

としてわざわざ枠をとって、本当に有効であるかは「実測されるべき経験仮説」と書いてあります。私はこれを見て、博士は「誰か実験してよ、俺の式にあてはめれば本物か偽物か分かる」と期待しているように読み取れました。

 

本日は以上です。

 

引用した論文はこちら↓

 

博士のLAY版論文が追加されました↓

 

みなさんこんにちは。

新しい論文が来ましたね!

 

 

TOMABECHI COGNITIVE PHYSICS · MINIMAL THEOREM SYSTEM · THEOREMS 1–39 認知潜在ポテンシャル自由エネルギー理論 学術版 暫定公開 定理1から定理39までのミニマル定理体系——抽象度情報ポテンシャルの収支と無償仕事不可能性

 

 

https://tomabechi.jp/CognitiveLatentPotentialFreeEnergyTheoryJA.html

数学も目が眩むほど難しくなっています。

 

今回は仏教とは関係ない理論のようで、

そういう意味でもゲシュタルトが掴みにくくなっています。

 

今日はそんな新論文の中から、やわらかく美味しい所だけ食べてしまおうという企画です。

(もはや蓋についたアイスを舐めるレベルかもしれません)

 

12.5の誤読と正確な命題から引用します。

まず、下から

<誤読>定理15は心が物理エントロピーを押し下げると証明した

<正確な命題>逆である。心が整った分、物理の帳簿は増える。

とあります。

 

これを一目見て、心が物理エントロピーを下げるなんてことはないんだな・・

と思うのはちょっと待つ必要があります。

・心が整った場合に物理エントロピーが下がる

のが逆なんです。

 

つまり、

・心が整った場合に物理エントロピーが上がる

のは正ですし、さらに

・心が乱れた場合に物理エントロピーが下がる

のは否定はされていないんです。(心が乱れるという表現が正しいかはさておき)

 

次に、上から3つめ

<誤読>抽象度下降なら物理エントロピーが必ず下がる

<正確な命題>

ΔSphys < 0 には ΔC > Se + Σgen (系38′.2)が必要

と書かれてます。

これも引っ掛けのテスト問題みたいなもので、

「必ず下がる」の「必ず」を外せば誤読ではなくなるんです。

下がる条件を満たせば下がるよ、となります。

 

ΔCを大きくするか、Se + Σgen

を小さくすれば物理エントロピーを下げられるよ

と言っています。

ΔCは認知エントロピーの増減量で、プラスにもマイナスにもなり得ます。

心が整う場合は、マイナス値となります。

 

※以下は論文そのものの定義ではなく、この記事内での私の勝手な定義です。

 

ここで物理エントロピーを下げることをヒーリングと命名(私が勝手に言いました)して、

ヒーリング能力を新たに ℋ とすると

𝓗 ≡ ΔC − Se − Σgen

𝓗 > 0 ⇔ ΔSphys < 0

とすることができます。

ΔCが大きくなるとは、認知エントロピーが大きくなるということで、

ざっくりいえば分からなさが増えるということです。

先ほどの言い方で言えば心が乱れるという表現になります。

 

空を悟った釈迦のように、完全に心が整った状態から

衆生のためを想って心の在り方を崩すと、莫大なΔCの値になります。

(心の在り方を崩すという表現がどうも良くないですが。。。定まりません)

 

そんなわけで、良いヒーラーの定義式ができてしまいました。

ℋ>0にできて、値が増大するほど良いヒーラーです。

 

Σgen

は内部で生じる散逸です。
ここからはヒーリングへの仮説ですが、余計な散逸を小さくするという意味でも、

まずリラックスして施術に臨むのは理にかなっていそうです。

 

ところで、数式上は、ℋ<0にも簡単にできてしまいます。

間違ったヒーリングをすると、物理エントロピーが上がっちゃいますね。

値が小さいうちなら熱いお風呂に入るようなものかもしれませんが、大きくなると危険そうです。

陰陽師で扱うような攻撃技はそちらかもしれません。

※もちろん、ℋ<0が実際の老化や攻撃作用を意味することを論文が示したわけでは毛頭ありません!

 

さらに博士の言葉で釘を挿しておくと、

本書は「心が物理エントロピーを押し下げる」とは主張しない。主張するのは、交換式を仮定した形式体系の内部で、認知の秩序化を含めても第二法則型の収支が破れない、ということである。

なんです。私が心まで含めて書いているのは間違いというわけはないけど「言い過ぎ」なのです。

あくまで、置いた仮定の上で成り立つ。そういう「中観」の心で読んでください。

 

ただ、物理エントロピーが減少したからといって、すなわち熱力学第二法則が破られているというのは違います。

冷蔵庫の中は物理エントロピーが減少します。冷凍庫はもっと減少します。

冷蔵庫は廃熱として外に物理エントロピーを捨てているので、冷蔵庫の中と外を含めるとエントロピー増大なんです。

排熱量のほうが必ず多くなってしまいます。散逸があるためです。

 

今回の新論文も、局所的にはエントロピー現象はあり得ます。

でも物理も認知も全部含めたエントロピーに拡張しましょう、冷蔵庫の時のように見る範囲を拡張しましょう、

そうしたら帳尻が合いますよというのが博士の論文なのです。

 

そんなわけで、論文の蓋についたアイスを舐めるような記事でした。

 

今回は以上です。

 

 

 

ルー・タイスの『アファメーション』に、キプチョゲ・ケイノの有名な逸話があります。

以前、キプチョゲ・ケイノというケニア出身の長距離ランナーのコーチを務めたことがありました。彼はモントリオール・オリンピック出場を目指していたところで、レースの最終ラップ、最後の四〇〇メートルになるといつも経験する激痛に打ち勝つために、何か心理学的な訓練方法はないか知りたがっていました。
私は彼にたずねました。
「レースのそのポイントに差しかかったとき、何を考える?」
「あと四〇〇メートルも走らなければならないと、思います」
「しなければ」を基準に考えることで、自らの痛みの原因をつくり出していました。
そこで、私は言いました。
「解決策はあるよ。でも、君はそれを嫌がるかもしれない」
「教えてください。どんな方法ですか?」
最終ラップに入って、最後の四〇〇メートルを走らなければならないとわかったら、そこで止まるんだ。走るのをやめるんだよ。そこで止まって、トラックの内側に座り込むんだ」
キップは言います。
「そんなの、ばかげています。座り込んだら、レースで負けてしまうじゃないですか」
「そうだ。でも、少なくとも君の肺は苦しくなくなる」
「僕が何のために走っていると思っているんですか?」
「まったくわからないな。 いいかい? 私が走らないことは知っっているだろう? 私だって、あの痛みは我慢できないさ」
「僕が走るのは、モントリオール・オリンピックで勝てたら、牛がもらえるからです。僕の国では、それでずいぶん金持ちになれるんです。家族は、僕をアメリカの大学に送るために自分たちの生活を犠牲にしてきました。だから僕は、家族のためにも国のためにも、金メダルをとりたいんです」
私は言いました。
「じゃあ、黙って走ったらどうなんだ? 君は走る必要はない。でも、走ることを選んだ。私になぜ走りたいかを話した。それは君自身の考えだ。本当は無理して走る必要などないんだよ。レースを終える必要なんてないんだ。いつだって止まることができるんだ」
「僕は走って勝ちたいんです」
「じゃあ、それに気持ちを集中しろ。『したい』『選ぶ』『好む』を忘れずに練習しなさい」
(引用終了)

(pp.85-86 ルー・タイス『アファメーション』)

 

 

ここで起きたことを、2026年の定理32と接続して読み直してみるのが本日の企画です。

それではいってみましょう。

 

定理32では、ゴール側の臨場感 P_G が臨界値 P_critを超えることが重要です。

 

PG ≥ Pcrit

そして、

Pcrit = [V0(G,t) − θG]+ / (κQ+ECSelf)

と書けます。これは(32.3)と(32.2)を繋げた形です。 

 

ケイノにはすでに「オリンピックで勝つ」という未来ゴールがあります。

なんせトップ選手なので、エフィカシーも十分に高かったでしょう。

そしてオリンピックで勝つことは、ほとんどの人にとって正の価値があります。

しかし、極度の疲労によって「今、しんどいんだ」という物理空間の臨場感が未来を上回り、ついに走ることをやめました。

 

これを定理32的に表現すれば、

PG < Pcrit

となった、と読めます。

 

では、ルーは何をしたか。

「もっと金メダルをリアルに想像しろ」と、臨場感P_G を上げたわけではありません。

 

ルーが外したのは、

「走らなければならない」

という have to でした。

 

「走らなくてもいい」と自由意志を返されたことで、ケイノ自身から、

「僕は走って勝ちたい」

という want to の内省言語が生まれます。

 

これを定理32の(32.2)で登場する

C_Self

――ゴールと高位Selfとの整合――

が高まった、と読むことができるのではないでしょうか。

 

CSelf ↑

なら、(32.3) の分母R_Gである

Q+ECSelf ↑

となり、

 

Pcrit ↓

します。

 

つまり、

have toを外す → want toの内省言語 → CSelf↑ → Pcrit↓

 

その結果、

PG > Pcrit

が再び成立した、と見ることができます。

こうなれば、未来ゴールは設定されてますから、

未来TCZに自動で吸い込まれていきます。

 

ルー・タイスの時代はアファメーションやビジュアライゼーションなど、未来側の臨場感を高める技術が重視されていました。

(現在、苫米地博士はアファメーションはもうやらなくてよいと言っています)

この逸話では、少なくともルーの介入の中心は、未来映像を強化して P_G を直接上げることではありませんでした。

 

「やらなければならない」を外し、「それでもやりたい」を本人の中から取り戻した。

 

定理32と接続させると、この有名な逸話を、

臨場感 P_G を上げたのではなく、Selfとの整合を高めることで臨場感閾値 P_critを下げたコーチング

として読み直すことができました。

 

「走らなければならない」から「僕は走って勝ちたい」へ。

この内省言語の変化が、P_critを下げたと考えると、ルー・タイスのコーチングがまた違って見えてきます。

 

以上、数式を使った遊びでした。

 

p.s.

ここからは与太話ですが、苫米地博士のDVD38弾の販売ページに、

こんなことが書いてあります。

「強く願い、リアルにイメージすれば、想いは現実化する」
それは、完全に間違っています。

(中略)

人間の認知の仕組みから言えば、
それは完全に間違っており、因果関係が逆なのです。

苫米地博士は各国の武官たちが集うその場でも断言しました。

「臨場感」とは原因ではなく「結果」である、と。

 

なんと、

臨場感=結果

と書いてあります。確かに今回の企画でP_critを下げる過程においては数式の結果でした。

あとはP_Gを上げる過程で、臨場感は結果と成りうるかどうかですが。

あくまでDVDの宣伝ページなので、考察はここまでにしておきましょう。

(DVDを見た人はこっそり教えてw  いやだめか。)

こんにちわ。

 

気の玉ワークは進んでいますか。

 

2010年から読み解いていくというこの企画、やりながら難しさを感じているところです。

(まだ1つしか書いていないのに。。。)

理由はまといのばブログの変遷をどう包み込むかが問題だからです。

 

そもそも包み込むつもりはなく、あくまで切り取りしかできないわけですが、

初期のものをそのまま切り取ることにも弊害が(どうしても)あるからです。

 

初期(2010年)の記事は大半が気功について書かれています。

前に引用したように、スクールで出たQ&Aをブログに展開したものが

まといのばブログの始まりです。

 

そこから方法論を色々修正しながら、今のスタイルにたどり着いています。

端的に見て取れるのが、以下の記事です。

ところが、そうはいかず結果が出るヒーラーと結果が出ないヒーラーに別れました。
そのため、技術伝授などは非常に短時間で行うようにして(「全技術伝授」を編み出して)、理論や知性・教養にフォーカスするようになりました。
その一つの極値がヤヌスです。二つの顔を持つ神様です。何を象徴しているかと言えば、気功師は相矛盾した二つの顔を持つということです。そしてその顔を統合しようとしないということです。
すなわち、オカルティストの顔と、科学原理主義者としての顔を持ちます。その両極端を限界まで極めることで良いヒーラーになれます。これが中途半端であったり、ましてや統合しようとするとアウトです。中庸は大切ですが、重ねてはいけません。

 

 

苫米地論文も最新のものから読めばいいと教えられるように、

まといのばブログも最新のものから読むほうがいい、のかもしれません。

 

というわけで、今後も本ブログのスタイルは迷っていきます(笑

 

本日は以上です。

 

p.s.

役立ち情報を一つ。

本ブログの推奨ブラウザはBraveです。

 

iOS、Android版もありますのでお試しください。

世界が変わりますよ。