コーチングというと繰り返し思い出すのは、コーチングの元祖であるルー・タイスがよく話していた長距離ランナーのエピソードです。
こんな話でした。
オリンピックに出場する長距離ランナーが最後の400mで必ず激痛を経験します。
その選手が、ルータイスに何か良い心理的な解決策は無いかと聞くシーンです。
ルータイスはたしかに解決策はあるが、君は好まないかもしれない、と答えます。
この「解決策はあるよ。でも、君はそれを嫌がるかもしれない」という状況は繰り返し繰り返し出てきます。(p.85 ルー・タイス『アファメーション』)
成功したい、何か夢を叶えたいと言ってくる人は多くても、解決策をちらっとでも示すと、、、大概は「それは無理です」と言い「悲しみながら立ち去」るのです。
永遠の命を得るにはどうすれば良いかとイエスに聞いた青年も同じです。
イエスはきわめてシンプルな、そして実現可能なアドバイスをひとつだけ教えます。
しかし、彼は「(イエスの)この言葉を聞いて、青年は悲しみながら立ち去った」(マタイ19:22)のです。
ルーが示した解決策はシンプルです。
最終ラップに入って、最後の四〇〇メートルを走らなければならないとわかったら、そこで止まるんだ。走るのをやめるんだよ。そこで止まって、トラックの内側に座り込むんだ。(同 p.86)
走るのをやめれば、激痛から解放されるだろ、と答えるのです。
非常に論理的です(*^^*)
この論理性は大切です(全く冗談ではなく、真面目に言っています。ロジックは大事です)。
選手はそんな解決策はナンセンスだと答えます。
彼にしてみれば当然です。
「座り込んだら、レースで負けてしまう」と答えます。
ルー・タイスは冷静に答えます。
「そうだ。でも、少なくとも君の肺は苦しくなくなる」と。あくまでも論理的です。
選手は怒ってこう言います。
「僕が何のために走っていると思っているんですか?」と。
ルー・タイスはこう答えます。
「まったくわからないな」と。
選手はこう答えます。
「僕が走るのは、モントリオール・オリンピックで勝てたら牛がもらえるからです」
僕はこの話を直接ルーから聞いたことがあります。
そのときCowが聞き取れませんでした。
いや実際は聞き取れたのですが、脳が拒否したのです。
牛のためにオリンピックで闘うのか??と思ってしまって、もしかしたらCarかな??などと思いました。
あとでルーから詳しく説明されて、その選手にとっての牛の重要性を少し理解しました。名誉であり、お金もついてくるのです。
続けます。
「僕の国では、それでずいぶん金持ちになれるんです。家族は僕をアメリカの大学に送るために自分たちの生活を犠牲にしてきました。だから僕は、家族のためにも国のためにも、金メダルを取りたいんです」と。
それに対して、ルー・タイスは静かに言います。
じゃあ、黙って走ったらどうなんだ?
君は走る必要はない。
でも走ることを選んだ。
大前提として、我々はすべきことなど何もないのです。
ルー・タイスは「あなたは何もする必要もない」と言います。
ルーは、子供のおむつを変える必要もないし、税金も払う必要もないと言います。冬に暖房をいれる必要もないし、法律を守る必要もないといいます。ただし、、、その結果を引き受けよ、と(pp88-89)。
ルー・タイスは多くのスポーツ選手を育ててきました。
「プロのコーチやスポーツ選手と一緒に働くのはワクワクする体験ですよね?」という意味のことを聞かれて、ルー・タイスは「ご冗談でしょう」と言います(p.71)。
コーチや選手の中には一緒にいて不愉快になる人もいる、と。
その上でこう言ってのけます。
人生にはもっと重要なことがいくらでもあるのに、なぜスポーツでそんなに興奮するのでしょう。
*驚きです!!!w
繰り返しますw
人生にはもっと重要なことがいくらでもあるのに、なぜスポーツでそんなに興奮するのでしょう。
これはルー・タイスの言葉です(*^^*)
非常にラディカルですが、これがルー・タイスを僕らが愛する理由です。
そのため、なぜ人がオリンピックで走るのか、彼には理解できないのです。
だからこそ、「僕が何のために走っていると思っているんですか」という問に対して、しれっと「まったくわからないな。いいかい? 私が走らないことは知っているだろう? 私だって、あの痛みはがまんできいさ」と言ってのけるのです。
ただ心の動きは理解できます。
マインドの働きは知っています。
マインドの働きが現実を書き換えていくことも知っています。
長距離ランナーから質問されたときに、ルー・タイスは即座に原因を発見します。
それは、
「しなければ(have to)」を基準に考えることで、自らの痛みの原因をつくりだしていた、と。
「しなければ」と自分に言い聞かせる代わりに、「私はこれを選ぶ、これがしたい、これをやる」と言えば良いのです。
原因がわかり、解決策も知っていた上で、ルー・タイスは見事なコーチングの技(Art)を発揮します。
それが上記のやり取りです。
ソクラテスのように対話の中で相手に気付かせるのです。
多くの人が迷うWant toやhave toの混乱もここで終止符を打てると思います。
最後のラップでお腹が痛い中で走るのはwant toなのか、have toなのか、そんなたぐいの悩みが多く寄せられますが、それ以前ということです。
そこで「あと四〇〇メートルも走らなければならない」と思うからこそ、痛みが出てくるのです。
いや、痛みが出てきても、自分は走りきることを選ぶ、走りきりたい、走ると決めれば良いのです。
*キプチョゲ・ケイノは「長脚を生かした伸びやかで柔らかいフォームはエレガントで、草原を疾駆するチーターを思わせ『草原のランナー』と呼ばれた。」そうです。Wikipedia
*ケニア初の金メダルを取り、現在に至るケニア台頭のきっかけをつくります。
*モントリオールオリンピックからはヘッドコーチとして帯同しているようです。Olympic.org
いつもながらの引用で恐縮ですが、宮沢賢治の「セロ弾きのゴーシュ」の中で無心でかっこうとセロを練習するゴーシュがはたとやめてしまいます。
悪い意味で我に返るのです。
そのとき、かっこうはこう言います。
「なぜやめたんですか。ぼくらならどんな意気地ないやつでものどから血が出るまでは叫ぶんですよ。」
2014-01-11
僕らも全身から血を流しても、やりたいことをやりましょう!!
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ルー・タイスの『アファメーション』から該当箇所の全文を引用します!
(引用開始)
以前、キプチョゲ・ケイノというケニア出身の長距離ランナーのコーチを務めたことがありました。彼はモントリオール・オリンピック出場を目指していたところで、レースの最終ラップ、最後の四〇〇メートルになるといつも経験する激痛に打ち勝つために、何か心理学的な訓練方法はないか知りたがっていました。
私は彼にたずねました。
「レースのそのポイントに差しかかったとき、何を考える?」
「あと四〇〇メートルも走らなければならないと、思います」
「しなければ」を基準に考えることで、自らの痛みの原因をつくり出していました。
そこで、私は言いました。
「解決策はあるよ。でも、君はそれを嫌がるかもしれない」
「教えてください。どんな方法ですか?」
最終ラップに入って、最後の四〇〇メートルを走らなければならないとわかったら、そこで止まるんだ。走るのをやめるんだよ。そこで止まって、トラックの内側に座り込むんだ」
キップは言います。
「そんなの、ばかげています。座り込んだら、レースで負けてしまうじゃないですか」
「そうだ。でも、少なくとも君の肺は苦しくなくなる」
「僕が何のために走っていると思っているんですか?」
「まったくわからないな。 いいかい? 私が走らないことは知っっているだろう? 私だって、あの痛みは我慢できないさ」
「僕が走るのは、モントリオール・オリンピックで勝てたら、牛がもらえるからです。僕の国では、それでずいぶん金持ちになれるんです。家族は、僕をアメリカの大学に送るために自分たちの生活を犠牲にしてきました。だから僕は、家族のためにも国のためにも、金メダルをとりたいんです」
私は言いました。
「じゃあ、黙って走ったらどうなんだ? 君は走る必要はない。でも、走ることを選んだ。私になぜ走りたいかを話した。それは君自身の考えだ。本当は無理して走る必要などないんだよ。レースを終える必要なんてないんだ。いつだって止まることができるんだ」
「僕は走って勝ちたいんです」
「じゃあ、それに気持ちを集中しろ。『したい』『選ぶ』『好む』を忘れずに練習しなさい」(引用終了)(pp.85-86 ルー・タイス『アファメーション』)
何度読んでも味わい深いです。
本当に繰り返し味わいたいコーチングの傑作だと思います。