SHOUT PIT -25ページ目

迷宮

手に入らないから嫌う。

 

嫌うから嫌われる。

 

そんな悪循環。

 

 

 

「上手くいかないからといって嫌わなければいい。」

 

言うのは簡単。

 

自分だってわかってる。愚かな行為だってわかってる。

 

 

 

でも底の無い不安と辛さに延々と晒されていると、

一度くらいは思いっきり嫌ったって罰は当たらないだろうと思えてくる。

 

 

 

考えないのが一番だ。

辛さから逃れる為には。

 

 

しかし、この現状を打破する為には、

考えなければいけないことでもあるんだ。

 

向き合い方がわからないんだ。

陰陽

善悪を持つ者の心には常に陰と陽がある。

陰の部分はネガティブに捉えられ易いがそのものが悪いわけではない。

 

それを勘違いしてジキルとハイドよろしく陰の部分を排除しようとすれば、

陰陽のバランスが崩れて破滅を引き起こす。

 

要はバランスなのだ。

自らさえ恐れるような悪事をするのは心の陰の部分ではない。

陰陽のバランスが崩れた時にそれをしてしまうのだ。

 

 

だから臭いものに蓋をし好ましいものばかりをもてはやす。

或いは悪魔崇拝者まがいのワル好きで明るいものを排除しようとする。

それこそが恐ろしく危険なことなのだと思う。

 

陰陽は混ざり合わないくせに寄り添わねばならないもので、

その調和を保つのは理屈的に考えようとするとなかなか難しいことだ。

普段は多くの人が無意識にできていることだけれど、

何かをきっかけに体がド忘れしてしまうと理論がないとたちまち道を間違えてしまうこともある。

 

理論とはその為にも存在すると僕は思っている。

 


陽を讃え過ぎない。陰を恐れ過ぎない。
陰を愛するあまり陽を嫌わない。
二つは一つなのだから。

陽を愛するなら陰も。
陰も愛するなら陽も。
互いの情緒を楽しめばいいのだと思う。



すべてのものはそうだが、
酷く嫌ったり排除しようとすれば
よくないことが起こる気がするんだ。

お化け屋敷で強いアピールする奴なんなの?

ウォークスルー型のお化け屋敷が大好きな肉です、こんにちは。

 

僕は怖いものが苦手だったので小学校低学年の時なんかは

文化祭のお化け屋敷みたいなものでも真顔競歩で抜けたものです。

 

しかし、成長し、怖いものは未だに怖いですが、

アミューズメントパークというものに幸いにも多く触れることができ、

そこで色々な感覚というものに出会いました。

 

最初は鼠ランドで年パサーとご一緒した時。

彼らは意識が高いので「ゲスト(客)も盛り上げる」

という感覚を持っていました。

 

パーク内にゴミが落ちてたら拾うし、

どんなに幼稚な反応を求められても全力で乗っかる。

パークを作り上げるのはキャストのみではない。

 

アミューズメントパークに頻繁に行く機会がなかった自分には

とても新鮮な感覚でした。

 

まぁ彼ら自体も好きが講じてるものであって、

ゲストはすべからくそうでなければならないとは思ってないでしょう。

彼らを真似するのも中々に難しい話です。

 

だけどそういう感覚があるという認識を持つことは

自分にとって大きな成長に繋がりました。

 

 

文化祭みたいなお化け屋敷だって、脅かしてるオバケだって、

楽しんでもらおうと思ってるし、盛り上げようと思っている。

そういうのが得意じゃないけどやってる人もいるかもしれない。

 

客のテンションが低いのはキャストの問題だろって気持ちも

わからなくはないんだけれど。

でも結局さ…怖くなくても怖がった時の方が面白いんだよね。

 

真顔で歩くだけなら別に歩道橋の手すりの方が怖いと思うよ。

タダだし度胸は認めてもらえるしスリル満点じゃん。

捕まるかもしれないリスクまであって最高じゃん。

 

何かあったら困るようなお化け屋敷なんかの

絶対しっかりは触って来ないのがわかりきってる安全地帯でさ、

全然怖くないんですけどって顔してるのバカバカしくない?

 

真面目に考えればお化け屋敷なんか怖い要素1mmもねぇよ。

安心安全設計なんだから。事故ったって怪我で済むんだから。

ジェットコースターの方が事故ったら死ぬから100億倍怖いわ。

 

それだけにお化け屋敷側は悩むわけですよ。

どうしたら決められた制限の中で怖がらせることができるのか。

挑戦的なお化け屋敷なんかは大変その試行錯誤が見受けられます。

 

 

富士Qハイランドの戦慄迷宮はお化け屋敷の楽しみ方を

教えてくれた大変素晴らしいお化け屋敷でした。

追い回されるだけだけど、キャスト陣の迫力があまりに凄く、

何もされないのがわかっているのに叫びながら逃げ出しました。

 

しかし、走り出した時は恐怖を感じている筈なのに、

途中からそれが楽しくて楽しくてしょうがなくなるんです。

自分が馬鹿みたいに叫んで逃げてる姿が滑稽なのか、

自分の反応に周りがつられるのが面白いのか、

キャストが気持ちよく仕事ができたかもという妄想が捗ったのか。

 

体を動かして声を上げて全身でホラー体験をしているのが、

楽しくて楽しくてしょうがない。

 

ホラー映画で絶叫ヒロインなんて有名になる人がいるわけですが、

お化け屋敷の絶叫は全部ゲストにかかってるわけじゃないですか。

絶叫がなければホラーじゃないじゃないですか。

 

 

お化け屋敷とはゲストの絶叫があって初めて完成する

アトラクションなのですよ!!

 

 

本当に怖くないなら斜に構えて強いアピールするんじゃなくて、

周りの人のこと考える余裕くらいはあるでしょう?

ゲストは同じ金払ってるんだよ?キャストじゃないんだよ?

みんなで楽しもうぜ?盛り下げるなよっていいたいんだよ。

 

 

まぁ遊び方は自由ですけどね。

でも斜に構えて強いアピールってことはアピール対象がいるってことで、

ゲストをキャスト扱いしている自己中心的な行為なので、

公共の場では控えた方が良いとは思うよ。

 

 

まぁなんだ…要はさ…
格好付けんなよ。面白くないから。

心の弱い人間のヒトコロスイッチ

高校ぐらいになってからだが、

母親が僕のことを「上手くいっている」と自己肯定している。

それは僕にとっても有り難いことだけれど、

反面、本心ではなく自己肯定によるものだから不安を感じてしまう。

 

高校の時はそれがあまりにも不安を煽る、

或いは酷い皮肉のよう、又は自分だけが逃げているズルいものに

感じてしまったので大変気分が悪かった。

その気持ちを強くぶつけたこともあったが無自覚な彼女が

その言葉の深層心理を理解することはなかった。

 

成人してからは彼女の虚無な言葉が気にならなくなってきた。

というか、努めて気にしないようにしてきたので体が慣れた。

その状態は僕が愚かにも彼女の言葉を彼女の本心と考えるようになってしまっていたからかもしれない。

 

 

というのも、彼女に僕が友人から借金をした話をした時だ。

「返す宛があるの?」と酷く驚かれた。

 

ここで僕は不思議に思った。

 

日頃から「順調」「上手くいっている」と宣ってた人間の

思考回路とは思えない言葉だと感じたからだ。

 

実際、僕は現収入が激しく低い。だから借金をしたのだ。

だが、それも仕事の下地を作っている最中だからではあるので、

それを日頃から無駄だと思っている人間ならともかく、

「順調」と宣った人間が発想するものではないのだ。

 

だって下地が完成して軌道に乗れば、仕事も安定するのだから。

友人から借りた金だってそう高いものではない。

ただ時間が掛かる可能性があったから友人から借りただけだ。

もはや仕事も無理となってもコンビニバイトで数ヶ月も働けば返せるものだ。

 

 

それの「返す宛」とはなんだろう?

 

 

彼女が本心から「上手くいってる」と思ってないのは

高校の頃から感じていたが、これはそれの裏付け的発言になる。

 

要は、そんな金も返せない無能だと思われているのだ。

そういった人間のどこが「順調」で何が「上手くいっている」のだろう?

 

 

彼女はあまりにも嘘を付き過ぎる。

それは自分に付いた嘘なのかもしれない。

ならば、一人でその嘘に酔っていてほしい。

僕にとってその嘘は毒でしかない。

 

 

内面がクソでも表面がまともに見えるならマシなのかもしれない。

表向きに虐められない方がまだ楽なのかもしれない。

 

先生に良い顔しながら裏で人を虐め倒してる人間の方がいいかも…

…あれっ、それはどうだろうな?逃げ道がないだけだな?

 

 

そうやって醜い虐めを無自覚にやってのけるのが僕の母親だ。

長年連れ添わないと彼女の邪悪さには誰も気付けない。

本人だって気付いてない恐れがある。いや、気付いていない。


その歪みが堪らなく僕にとって気分が悪いものだ。



そいうことをする人間は心が弱い。
だから自己防衛しないと生きられないのだ。
自己防衛は人を悪人にして傷付けるものだ。
無闇矢鱈に行使してはただの無差別通り魔だ。


人の心を強くできる人間がいるのだとしたら、
精神科なんかよりも尊敬されただろうに。



そのぐらい、心の弱い人間は社会の膿みだと僕は思う。
犯罪者なんかよりも被害を多く出し易い。

その理由で僕が消されたとしても、何の文句も出ない。

そのぐらい、社会の膿みなんだよ。
自己防衛で、人が殺せるんだからな。

常識を創造した神は常識を忘れる

やっちまったね。

母親と10時に約束してたのに寝坊した肉です、こんばんは。

 

前日に仕事で貫徹してたので起きれなかったのは

ある程度予想はしてたけどまさか16時間寝てしまうとは。

そこはごめんなんですけどね。

 

ちょっとよくわからねぇなって思ったのは母親に

「起こしてくれればよかったのに」と言った時に

「起こしていいかわからなかったから」

「15時まで待ったんだよ?」

と言われた。

 

ここで僕のロジック脳を破壊をされて僕はダイコンランですよ。

 

起こしていいかわからない

→約束の相手がどんな状況だろうと起こしても責められまい

 

15時まで待った

→約束の時間に起きない人間がいつ起きるかわからないのに

「待つ」とは?一体なにを待っていたのか?

 

ちなみに母親が僕を待っていたのは3mも離れてない隣りの部屋。

何故か責められるのを危惧しているのであったら

小さい声で「おーい時間だよ」的なことを言っておいて、

後で「起こしたけど起きなかったよ」くらい言えばいいのに。

そうすれば「マジか、ごめん」って一方的に責められたのに。

 

言ってる意味が分からなさ過ぎて困りました。

この間、僕は「言ってる意味がわからない」とは言ったが、

責める気持ちは微塵もなかったことだけは言える。

つまり、何故そんな行動をとったのか理解したいだけだった。

 

しかし母親は自分が責められてると思ったのか

こっちが怒ってると思い続けている。誠に遺憾。

 

それどころか、関係ない弟の話や父親の話まで出してきて

その度に僕のロジック脳を破壊してくる言葉を増やすので

そのロジックの歪みを訂正することに躍起になった僕を

「怒ってる」「キレてる」と自分の中で形成して納得していく。

 

何度か説明してはいるけど、まぁ覚えてないだろうしそこはいいんだが、

僕は自分の中でロジックが出来上がってるもの、

要は、パズルのピースがハマっているものと違う情報が出て来たら

そこを自分のパズルが間違っているのか情報が間違っているのか、

ハッキリさせないと気持ちが悪くなる性分なのだ。

 

どっちもそうかもしれないし違うかもしれないなんて曖昧なことは、

パズルが出来上がってないところでしか通用しない。

 

例えば作られて来た常識だ。

弟を起こさないと怒られるのは僕だったし、

選挙に行かない人間は頭の悪い人間と刷り込んだのも彼女だ。

それらを責めてないなどとズルい人間の顔をして言うが、

 

起こさないと怒られるし

選挙に行かないと頭の悪い人間にされるのは

確かに責めてないが、人の気持ちをあまりにバカにしている。

 

「お前のこと責めてないよ。バカは責めてもわからないだろうからね」

という意味に取られても仕方が無い内容である。

っていうか、怒ってる時点で責めている。

 

意味がわからない。

すべて意味がわからない。

 

自分で作った常識を破壊していく。

ロジックを歪めて自分のゆりかごを形成していく。

そんな気持ちの悪い世界を好む。

 

そのすべてがわからない。

 

 

自分の中はそれは自由なキャンバスかもしれない。

しかし世界はあまりにもロジカルなんだ。

自分の中を自分勝手に強引に塗りつぶしていったら、

周りはそれに合わせて形を変えていく。

 

身勝手な自由、いやそれはもう自由とも言わない。

安定に縛られた脅迫観念。

 

それに振り回される周りのことはお構い無しだ。

別に普通に付いていくよ。

ただ、自分はそんなことやってないは通用しない。させない。

 

 

何かを責める気持ちはない。それは違う。

責めているというならそのロジックを歪める根性だ。

 

気持ちが悪い。

気持ちが悪い。

 

彼女はロジカルなのは嫌いで感情的なものが好きと言う。

だが違うんだ。彼女の好きなものは自分の感情のみなんだ。

自分の感情に合う感情のみであるんだ。

 

他のものは、感情とさえも認識されない。

 

ロジックを歪められて酷い嫌悪感を抱く僕の感情は、

感情と認識されない。

 

 

気持ちが悪い。

言っていることのロジックが繋がらない。

理屈が通っていないのだ。

 

 

矛盾しているのだ。

 

 

 

ロジックに基づいて動き、それが歪みを生むなら別に良い。

自分の安定の為に意識的に歪みを生むものに我慢ならない。

 

起こしてくれなかったことなんてどうでもいい。

その弁明があまりにも擁護的で苛立っただけだ。

責められてるなんて無意味なものを感じるのなら、

正しく責められているところを認識してくれよ。

 

責められてると感じたら耳を塞ぐ根性が本当に気分が悪い。

 

 

 

蛇足だが、

母親は人を大変責める人間だ。愚弟など的でしかない。

そんな彼女が責められることを恐れるのは納得している。

人は自分がやられたら嫌なことを人にするものだから。