SHOUT PIT -27ページ目

きっと僕は奴を信用していたから僕のありったけの愛を喰らわせよう

奴が爪を一枚一枚剥がされる苦しみを絶え間なく感じますように。

その痛みで物が上手く持てずに落とした時に、

周りから嘲笑われそんなことも出来ないクズと罵られますように。

 

奴が後頭部を殴られて組織液を無様に鼻から滴らせますように。

それを汚いと引かれて気持ち悪がられてゴミを投げつけられますように。

 

奴が舌の裏側に針を何本も刺されて悶え苦しみますように。

呂律が回らなくなったのを舌ったらずのシンショーとバカにされますように。

 

奴が足に杭を打たれたような痛みを感じ立てなくなりますように。

生ゴミと罵られてオムツも替えてもらえずに腐って酷い床擦れになりますように。

 

そんなに苦しみ悶えているのに誰にも助けられませんように。

頼りにしていた優しい人たちが別人のように奴を苦しめますように。

 

 

怒りと苦しみと悲しみと痛みと…。

すべての奴にとっての負のものが、奴を襲って離れませんように。

僕の怒りを理解するまで、永遠とそれが続きますように。

 

 

きっと僕の感情なんて微塵も理解しないだろうから。

そのまま死んでくれるに違いない。

 

 

万が一僕の怒りを理解しようものなら、

やっぱり死んでくれるに違いない。

 

 

 

でも僕の望みはやっぱり。
ずっと生きててほしいなぁ。
この世にしか、苦しみはないのだから。

穴二つだって上等なんだよ

俺は怖がりだ。

特に人に恨まれるのが本当に怖い。

 

悪心がなくても人付き合いが苦手な僕は

人生がハードモードなのだから怯える毎日だ。

 

だって、失うものがある人間なら何も恐くないが、

失うものが自分の命くらいしかない人は

いざとなったら捨て身で殺しにかかってくるのだ。

そいつが捕まったとしても、こっちが死んでしまっては意味が無い。

こっちの残機だって1なのだから。

 

 

だから、怖くない人たちは凄い人たちだと思っていた。

 

 

よっぽどの対策がしてあるか、人に恨まれない自信があるか。

どの道、能力的に優れてるところがあるということになる。

 

しかし、最近。

そういう輩の半分くらいはただのバカなのではないかと思えてきた。

 

 

「何故、人に恨まれると怖いのか?」

それがわからないだけなのではないか。

 

 

恨まれた人間が身内だったら、家の中でそれが徘徊するわけだし、

その恨みの詰まったズタ袋の横で眠るということになる。

 

それに何の恐怖も抱かない人間はただのバカだろう。

 

子供がいるから安心している?自分の子孫はちゃんといるから?

それはどうかわからないよね?

 

だって、自分の子供は同じ住まいにいるのだから。

一夜にだったらみんな殺せる。

 

自分の名誉だってわからない。死人に口無しで弁明の余地もない。

殺した人間がその恨みをしっかりと説明できてしまったら?

罪は罪としても殺された人間の名誉は穢されることだろう。

 

そもそも穢されるような名誉もないかもしれないが。

 

 

じゃあただの自殺志願者だったのだろうか。

僕と一緒で緩やかな自殺を試みていたのか?

 

 

だとしたらばなんと浅ましく醜い乞食なんだろう。

そんな生き物は殺されて当然だ。

 

 

 

健康に気をつけても、地盤を固めていても、

 

失うものが何も無い人間に恨まれたらお終いなんだよ。

 

 

 

緩やかにおやすみなさい。

父親の醜い姿などこれ以上見られない。

なんせ僕は、褒められた人間ではないのだから。

所詮、俺の親か。

かなしい。

 

誰もそれを癒してはくれないし、

そもそも癒す術が無い。

 

だって、理由がわからないのだから。

 

それでも病院に行くことは否定されたし、

そもそも金がないし、

自分如きを直す利点が思いつかない。

 

だから、悪態を人知れず排水溝に垂れ流すのくらい許してくれ。

 

 

誰かを傷付けたいわけじゃない。

このやるせない気持ちを誰かにぶつけたくない。

だから、発散させる為に、虚空に溶かし続けるんだ。

 

 

これは誰かに知られて良いものじゃない。

僕が誰だか知られて良いものじゃない。

感情的に酷く罵ることもある。言うつもりがないからだ。

だから、知られてはいけない。傷付けるのは本意ではない。

 

 

 

僕は自分が頑張ってるから人にも頑張れと言う人が嫌いだ。

大体それは自分がそういう人間だからだ。

そう言われて育ったからでもあるが。そういう血筋なのだろう。

 

僕は僕の心の安寧の為に発したこのブログを少しも臭わせない。

いっそ見せて相手の心をボロボロにしてやろうかと思うくらい

自分でもよく書けたと思う記事はある。

だけどそれはいけない。

 

だからこそ、

人に悪口を言ってますよ〜というボロを出した人間が一番腹が立つ。

 

 

だって、それに一体何の意味がある?

悪口を言ってると言われたって何と言われてるかわからなければ、

その人の成長にはまったく繋がらないし、ただ不快になるだけだ。

そしてそれを言うことによってその人間の信用度も堕ちる。

 

その言葉で誰が得をするんだ?

 

 

 

悪口っていうのはさ。

本人の目の前でいうか、まっったくわからないところで言うか。

どっちかにした方がいい。

 

本当に、その言葉で一体誰が得したのか。

納得するように説明してほしい。

 

 

 

この為だけに孫♂をどっかから持って来て喜んで抱いてるところを

その赤ん坊の脳天ぶち抜く遊びがしたい。

それか目の前で弟の脳天ぶちまけるとかそういう遊びがしたい。

そんで本人の金玉も潰して絶望させたい。

 

 

口先だけの人間であるだけではなくそれを露呈させる醜態を晒すなんて、

あまりにも失望させられた。


他人だったらどれだけ楽だっただろう。
あっちもそう思ってたに違いない。



種が悪かったんだよ。残念だったな。

無知と罰

期待されたかったわけじゃない。

そういうわけじゃない。

 

ただ、上手く言えないけれど。

 

昔、祖母が「一番大事なのは自分の息子」といって、

おかずの美味しいものは父親に渡してた。

 

なんだいズルいなとは思っても、

まぁ、その理屈はわかるから別に酷く傷付くことはなかった。

一番じゃないだけで、適当に大事にはしてもらえるのだから。

 

大祖母も祖父にそんなことを言ってたみたいで、

それを祖母も真似したのだろう。

 

 

じゃあ僕は一体誰の一番なんだろうか。

 

 

これが簡単なパズルの問題なら、きっと母親か父親になるのだろう。

ロジカルに言えば母親ということになるのだが。

 

 

でも多分違うだろうなと感じる。

祖母が父親を贔屓してたその発言を聞いたときと同じ気配を感じる。

 

 

父親は僕の考えてることがわからないと言って弟に期待を寄せている。

弟の多動的な部分が自分と重なって親近感があるのだろう。

母親は僕が幼少期に父親に育てられたというのをとても気にしている。

だから一から育てた弟はなんだかんだ可愛いのだろう。

 

別に嫌われてるわけじゃない。と、思う。

陰でバカにされてる匂いはするが敢えて虐められはしない。

まぁ、人をバカにするのはこの家族の呼吸だから気にはならない。

 

でもやっぱり、僕は一番ではない。

 

 

親の喧嘩を仲裁しようとしたり、相互理解し易いようにしようと

僕は僕なりにこの家族に貢献しようと汚いガキの頃から頑張ってたけど。

 

そんなことで報われる筈が無い。

そんなに人の心は甘くない。

血が繋がってるというだけしか価値のない汚物が、

そもそも家族の体裁を取ってもらえてるだけ感謝しなければならない。

 

そのくらい僕は、価値を見出されていない。

 

 

良い親であることは子供の為ではなくて自分の為だ。

自分の良心は守られるし、周りからも責められない。

だから良い親であろうと努めるのだ。

 

だけれど、言葉端でボロが出る。

自分の知人に悪く言われてるとか、面倒臭いから話かけてくるなとか。

二人とも嘘が付けない正直者なのでどんどんボロを出す。

 

その度に自分の考えに裏付けがされていく。

 

 

 

別にしょうがないことだとは思う。

実際、価値なんぞないし、家族を求めた僕が本当に愚かだっただけだ。

「子供」という利用価値すらなくなった今、えたひにんとして

ストレス発散材料にするくらいしかない。

 

逆にいえば誰でもなってくれるわけではないから金を払ってでも

えたひにんをこさえるわけだ。

 

 

家族というものが当たり前にあることを望んだだけだった気がする。

まったく最初から希望がなければ、諦められたかもしれない。

でも僕は幸か不幸か手の届くところにそれが存在してしまった。

 

まったくもってバカだった。

最初からそんなものが持てる人間ではないと知っていればよかった。

 

そうすれば無駄な時間を過ごすこともなかった。

 

 

 

愛されていなかったとは思わない。

愛なんてものは様々な外的要因と化学反応で成り立つのだから。

 

だからこそ、外的要因と化学反応がなくなってしまえば。

そんなものは嘘のようになくなってしまうのだ。

 

 

 


悲しくはない。
ただ、寂しい。



この小さな孤独が、この家を飲み込んで、
永遠に穏やかな悲しみに包まれますように。
理由のない悲しみに襲われる日々を、共有しますように。

死ななくていい。生きて。生き続けて。
悲しみ続けますように。


それがわからなかったから、この家族は孤独を抱えたのだから。

人は正しいものに付いていくわけではない

自分がコンプレックスの塊のクズだから

そういった類いの人間の気持ちがふんわりと分かるのだけど、

父親が自分の想像を遥かに越えたコンプレックスの塊で且つ、

騙され易い因子が豊富にあるのがとても不安な肉です。こんにちは。

 

 

騙され易いというのはつまり、信じる力が強いということだから、

いいものに騙されれば本当に力になると思うけれど。

 

 

正直、僕の両親は方向性は違えど、

根拠のないことを根拠があると思い込むので怖いです。

聞いてるとホント根拠はないんだよ。信じたいだけで。

 

つまるところ自分が納得したものを信じる。

まぁ、そんなものはみんなそうなんですが。

でも心のどこかで「違う意見もあるだろうな〜」って思うし、

どっちが正しいかどうかなんて実のところは誰にもわからない。

ソクラテスだってわからないんだから中々難しいよ。

 

 

慎重な人というのは、自分の持つものだって偏った情報だと

しっかり認識しているので断言することが少ないのですよ。

断言というか、他の意見を否定するというか。

 

「私はこれを信じたい」

 

だけでも人は説得されるものではないですか。

 

逆に、「これが真実でありそれ以外はありえない!!」

なんて言われたら、本当に真実であっても引いちゃいますよね。

そして真実かどうか証明はできないのであるのだから。

 

 

ある権威が言ってたとか、信用できる人が言ってたとか、

因果関係を証明はできないがアレが起こった時にコレが起こったとか。

 

聞かされてる僕はある権威のことを1mmだって知らないし、

会ったこともない人をどうしてそこまで信用できるのかとか、

因果関係が証明できないのに何故断言できるのかとか。

 

必死に覚えた歴史の教科書が改変されたり、

理科の教科書の情報がクソ古いとか後で知ったり、

そんなことは当たり前に起こりますから。

 

客観的に信憑性だけを数値化したらどれも一緒なんですよ。僕には。

 

その中でどれを信じたいかどうかは人それぞれですしね。

そもそもどれが正しいかどうかというはないですから。

人が集まって、勝った方が正しくなるんですから。

闘ってる間は真実なんてない筈なんですよ。

 

 

 

だから断言されると引いてしまう。

 

 

「こっちの理論を応援している」

と言われた方が100億%受け入れられる。

 

 

 

まぁ、僕はバカですので。

バカに優しい方に付いてしまいますが。

 

バカは人口の100%を占めているのでバカには優しくした方がいいよ。

 

 

 

正直、「俺たちの意見を信じない奴はバカ」っていう発想は、
とてつもなく滑稽に見えてその思想の人たちの品位を下げるので、
少しは控えた方が良いかもしれませんね。

バカを説得できないバカですよって吹聴してるようなものだ。
他の同志たちに迷惑ですよ。




闘っている者同士が罵り合うのは結構なことですがね、
無意味に人徳を下げる理屈が僕にはわからないのですよ。
一体それに何のメリットがあるんだい。リスクしかないだろう。

それとも…本当にヤバい思想家にでも捕まっちまったのかねぇ…。