キバコの本棚 -8ページ目

「運を味方にする達人」


著者:中谷 彰宏

タイトル:運を味方にする達人

予想以上によかった。
簡潔明瞭。うっすらと思いながら勢いが出ないときに、いい景気付けになる。

「なぜ彼女にオーラを感じるのか」


著者:中谷 彰宏

タイトル:なぜ彼女にオーラを感じるのか


もう中谷本はやめておこうと思ったのだけど、「単純な喝」を求めて、あえて読む。

わかりきったことが書かれているので、正直、途中で眠くなった。

でもそれを確認して叩き込みたいから読んだので、その意味で、いい読書時間になった。

「ただのいぬ。」


著者:服部 貴康, 小山 奈々子

タイトル:ただのいぬ。


先日、縁あって「ただのいぬ。」という写真展を見に行った。
動物愛護センターといえばきれいな響きだけども、実際は「捨てられて」家のない犬。
今、日本では1300万頭の飼い犬がいる一方、そこからこぼれてしまって「処分」されてしまう犬も多数。1日あたり450頭ものワンちゃんが命を断たれているという。
軽い気持ちで見に行ったけど、衝撃を受けた。


そこでパンフレットと本書を買った。
かわいい、ほんとうにかわいい犬が写っている写真集。
背景を知らされなければ、ただの愛らしい写真集。
でも、その無垢な姿から何かを思う。思ったことは忘れないように、買った。


写真家の方と話をする機会もあったけれど、決して責めたり叫んだりする方でなかった。
押し付けたいわけでもなく、淡々と。


この犬たちを知ることは、とても大きなことだと思った。

「ダジャレヌーヴォー」


著者:石黒 謙吾
タイトル:ダジャレ ヌーヴォー~新しい駄洒落~


話のエッセンス用?に、ダジャレを増やし中。web上でも探せるけれど、本も面白そうだったので読んでみる。

ダジャレが満載。


しかし…ちょっと活用度は低いかも。

「ニュースキャスター」


著者:山川 健一

タイトル:ニュースキャスター


積ん読本、消化。久米さんをモデルにした小説と話題になっていたもの、今ごろ読む。


けっこう軽く読めて面白かった。

気になるのは、実名と仮名が入り交じっていること。混乱する。これみよがしにメディアを論じすぎるのもちょっと暑くるしくも感じる。


でもたぶん、ほんとにかなり取材をして書かれたのだろうな、すごいなと思った。

かなり前に読んだ嶌信彦氏のノンフィクション、「ニュースキャスターたちの24時間 」の記憶ともシンクロしている。


実在の久米さんを思い浮かべても楽しいけど、ヒューマンドラマとしてもくすぐるところがある。

終盤、犯人の家族をめぐる動きなど、うるっときてしまった。

「君に成功を贈る」


著者:中村 天風
タイトル:君に成功を贈る


読みたい本にリストアップしてあったものの、未購入。それが古本屋で105円で売られていた!まさか!の購入。(しかも美本)


講演録で、読みやすい。

ただの説教ではなくて、戦争の時代に力強く生き、経験した人の言葉なので、ぐっとくる。


そうだな、と腹に入れて、行動するかどうかは、自分次第。

ニッコリいこう。


「きれいなパンツをはきなさい」


著者:ロンダ エイブラムズ
タイトル:きれいなパンツをはきなさい―母に学ぶビジネスの知恵


アメリカの成功企業の事例集、その経営の礎となっているのが「母の教え」という切り口。


「ダメ親が多いから世の中が崩れていっている」とか「病んだ背景には親との関わり方にある」とか、今って、親がなっちゃない風な色合いが強いような気がするのだけど、親の教えが素晴らしいと言っているこの本は、なんだか嬉しく読める。

企業の行動も、心のある事例ばかりで嬉しい。


ただ、読み進めるうちに、盛り込まれすぎている感があって、中盤は少々飛ばし読みをしてしまった。構成が整理されているので飛ばし読み可能というかんじ。


やっぱり、会社も人。私も、人、でなくちゃなぁと思った。

「3分でオーラが出た 淑女編」


著者:中谷 彰宏

タイトル:3分でオーラが出た 淑女編


パラパラめくり、「ダイエットするために、何かをしない」にキャッチされ、読む。


全体的には、うっ、読んでしまった感が否めないのだけど

「高望み」

についての項が素敵だったので、結果よし。


ブックオフで105円。もう中谷本は自粛しておこう。

「わかったつもり」


著者:西林 克彦
タイトル:わかったつもり 読解力がつかない本当の原因


常々、「知った風な」人になるのを恐れつつ、知った風な口をきいてしまう自分。

自戒のために本書を読んだ。


読解力不足は、文を理解できないのではなくて、文を理解した「つもり」になってしまっているからだと書かれている。

小学生向けの文章をはじめ、いくつかの例題を出して、さて今の文章がどれだけわかったか、思い知らされる。うっすらそうだと思っていても、かなり、そうだとわかる。ただし根気が要る。


本なども、わかったつもりで読み飛ばしがおきてしまうなど、まさに。

ただ、そうなるとこれまでの知識の蓄積全てを疑わなくてはいけないし、ある程度読み手の想像力にゆだねているであろう小説など、素直に味わえなくなるんでは?と疑問を持ったりする。自分の知識や経験を投影して読むからこそ感動が生まれるということもあるし。

読み飛ばさないとやってられない本もあるし。

それに、「つもり」克服して「わかった」に到達するのは無理ではないのだろか。できるというのなら、奢りでしかないような。


いくつか疑問は浮かぶものの、どんな時に、わかったつもりになってしまうのか、気づかされるのは勉強になった。

「表現力のレッスン」


著者:鴻上 尚史
タイトル:表現力のレッスン


身体の感覚を確認する、これは「やってみないと」わからないなぁ。2人以上で行なうレッスンが多いので、へぇーと思いながら「読むだけ」で終えてしまった。残念。


鴻上氏の発声モノを読み直そうと思いつつ未読の本書を手に取ったけど、やっぱりもう一度「発声と身体のレッスン 」のほうを読んで実践してみようと思った。