明日、9/19(土)は、

Khronos / The saloneの講座です。

あっという間に週末で、
ちゃんと告知をせずに前日となってしまいました。

少し調べてみると、
申し込みフォームを載せたのは、
先月末の、この記事だけですね。
それにも関わらず、
集まっていただけて有り難い限りです。

今回のテーマは、
「身体の階層をワープする──理想への転生」
という感じで、
分ける、触れる、再び繋がる。
その抽象度の移動が、美しさを描き出すことを一緒にみていきたいと思っています。



参加される皆さんは、

一緒に楽しんでいきましょう。

今回は、

実際に身体に触れ、動かしながら、
自分が身体をどう捉えているのか。

その捉え方を変えると、

動きや手触りにどんな違いが生まれるのか。

いろいろな角度から、

一緒に確かめていこうと思っています。

と書くと、

身体について学ぶ時間のようですが──

そこで扱いたいのは、

多くの方が「自分はこういうものだ」と思っている、
その固定化された世界からの移動です。
毎日、無意識に動かしている身体。

どこが動きにくくて、

何をすると疲れて、

どのくらいなら無理なくできるのか。

よく知っているつもりになっています。

鏡に映る姿についても、

だいたい分かっている。

自分の身体なのですから、

そう思うのも自然なことです。
(多くの人は、そうやって自分の可能性を閉ざしていきます)

けれど、ある場所に触れ、

それまで意識していなかった関係が観えたとき、

「あれ、こんなふうに動けたんだ」

と、拍子抜けすることがあります。



今まで何をしていたんだろう、
と思うくらいに。

そのとき、
動きやすさだけでなく、
見た目の美しさまで変わっていることに気づかされます。
そういう経験をしていくことで、
美しさは意図的に創造するものである、
ということのリアルな手触りを獲得していけるのだと思います。

けれど、

現状の身体を当たり前としていると、

そこから外れる可能性は、
目の前にあっても認識しにくい。

ここにも、

ホメオスタシスやスコトーマという視点が関わってきます。

実は未来はデザインできる可能性に溢れているんですよね。

それに気づいて、
実際にデザインできる経験をすると、
人生を難しくしていたものの中に、
自分が当たり前にしていた観え方や、
それまでの人や環境との関わり方もあったことに、気づいてしまうのだと思います。

実際に変化が起こって面白いのは、

一つできることが増えると、
その先に、やってみたいことまで見つかることです。



着てみたい服。

歩いてみたい場所。

これまで、自分には縁がないと思っていたスタイルや動き。

今の身体を前提にしていたときには、

思い浮かばなかった楽しみが、

急に自分のこととして近づいてきます。

身体についての思い込みは、

想像している未来にも、

思っている以上に入り込んでいるのかもしれません。

そんな変化を、
あなたは、すでに経験しているのかもしれません。

けど、
「あのときは、なんだかよかった」
という思い出になっているだけだとしたら。

そこで何が変わり、

その先に何ができるようになるのか。

その本質的な変化に気づかず、

捨て去っているだけだとしたら。

たとえば、
同じ言葉を聞いても、
一度その違いを経験したあとでは、

受け取り方が変わります。

「力を抜いてください」

という、何度も聞いたことのある言葉さえ、
それまで自分が何をしていたのかに気づくと、

まったく違って聞こえることがあります。

言葉は知っていた。

けれど、

その言葉で指されていることには、

まだ触れていなかった。

あとになって、

「あのとき、そういうことを言っていたのか」

と分かることは、
身体が美しく機能的に変化して、
抽象度の階段をどんどん上がっていくと、
繰り返し感じることです。

以前教わったことまで、
今の自分が使えるものとして、
次々とつながり始める。



本来であれば、
そうなるのに──

もしかしたら、これまで、
その経験から広がるはずだった可能性まで、
一緒に捨ててしまっていたのかもしれません。
(それはあなたのせいですらないのかもしれません)

明日、その一つに出会えたら、
そこから先、あなたの日常はどう変わるでしょうか。

身体の機能や美しさを育てながら、

抽象度の階段も上がっていく。

そうすると、

何気なく過ごしていた時間も、
以前は気づかなかった楽しみや、
オラクル、見落としていた大切な言葉。

そして、
まだ試していない可能性に溢れていたことに、
気づいていくのだと思います。

その体験自体を楽しみながら、
幸せを感じながら望む未来へ進んでいけるとしたら。


 
どんな時代になろうと、布とはさみとミシンがあれば、そして五感さえあれば服を作ることができる。
そういう僕が対抗しようと思っているのは、たとえば法隆寺の五重塔。職人が木を見定めて、何百年ももつ建物を建てる。それと同じ感覚です。(略)
人間の体は顔と同様、全員が違う。僕が経験してきた服を作る上で難しいところを具体的に示し、そして、手で作るということがどういうことかを、社員たちにたたき込む。肉体と格闘することで出来上がる服があるんだということを見せていく。難しい言葉を使うとわからなくなっちゃうから。
これを幸せと思ってくれるかどうかわかりませんが、そこから何かを感じ取ってくれる人が五パーセントでもいればいい。そして、それを感じ取れる人は幸せなんだと思います。(Yohji Yamamoto)

その感覚を持って、

明日、The saloneでお会いしましょう。


Leap of faice ──信じて飛び込め(カリュプソ)


今回の記事も、
お付き合いありがとうございました。

また次回の記事でお会いしましょう!

Khronos / The salone|Hiro

追伸:
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