石垣島アーユルベーダツアーで、
濃密な時間を過ごすことができました。


大自然の中にあります。


もだま工房オーナーの、
アーユルヴェーダレクチャーから、
薬草学の現地レクチャーなど、
これまでのご縁が新しい繋がりとして現れてきた感じがしています。

ありがたいことに、先日の記事を、
師匠にもご紹介いただきました。

 
*移動しながら、様々な経験を積み重ねていくと、全ては本当に繋がっているのだという思いを深くしますね!その意味では、偶然などありません。

今回、

もだま工房のオーナーが
繰り返しおっしゃっていたこと。

そして、

僕自身も実際に体験しながら改めて感じていたことは、変化や理解は、最短距離を行くのでもなく、直線的に進んでいくものではなく、螺旋的に起きていくということでした。


 
“螺旋”であったことに改めて気づくこと。

同じ問いに戻ってきたようでいて、

立っている抽象度はまったく違う。

同じ世界にいるようでいて、

観えている世界が変わっている。

すでにリアルな声として聞いていますが、
半年前と同じ話を聞いても、 今のあなたには、
まったく違う風景が観えているはずです。

なぜなら、
立っている「高さ(次元)」が違うから。

上から見れば、 
同じ場所を回っているように見える円環。

けれど、横から観れば、 
確実に一段、高い場所へ移動している。

それは、

師匠がおっしゃるように、
バラバラに書かれているものが、
目の前で教えてもらうと整合的に観えてくるよ、
という体験でもあると思います。


 
何が言いたいかと言えば、教科書だけ読んでも分からないようにバラバラにランダムに書いているよ、でも、先生が教えてくれるとスッキリ分かるよ、という話です。
 
クリストファー・ノーラン監督みたいにバラバラだよ、という話です!
 
 
 この『秘密集会タントラ』の学び方について、ツォンカパ最大の弟子にして、ガンデン寺第三代座主ケートゥプ・ジェは、「秘密集会タントラ』の生起次第の注釈『一切タントラ王吉祥秘密集会の生起次第の悉地の海』(Toh No. 5481以下『生起次第の悉地の海』とする)の中でこう述べている。

 持金剛(じこんごう)は、根本タントラにおける生起次第の多くの部分を、阿闍梨(あじゃり)に依って[学ばねばわからないように]するために隠し、不明瞭にして説かれた。[根本タントラにある生起次第の]多くの部分は、タントラの同一箇所に示されず、前後すべてに散乱している。
 それらのものを、釈[タントラの]続タントラや『金剛鬢タントラ』などに随順して、ラマの口訣(くけつ)で生起次第の[内容説明の四つの区分である]四親近成就(ししんこんじょうじゅ)の意味全てを、[本行前の観想など]部分的な箇所も併せて知らねばならない。(『生起次第の悉地の海』fol.11B4~6)
 
 このように根本タントラは、不明瞭で前後も入れ替え、順番をばらばらにして書かれている。そのため、釈タントラを参照しながら、ラマに就いて学ばなければ、独習では理解できない構造になっているとするのである。
 日本の真言宗では『大日経疏(しょ)』の中で、記述内容の順番を入れ替えることで、弟子が阿闍梨に就かずに独習することを防ぐ"乱脱”という考え方がある。『大日経疏』の場合は、曼荼羅に関するほんの限定した記述に対してのものであるが、『秘密集会タントラ』は、独習では全く理解できないようにするため、全体が、この"乱脱”で構成されているという解釈である。
 このように根本タントラや釈タントラの中でバラバラになった内容を正しく理解するには、ラマに就くことが必要なのである。(pp.17-18)

大切なのは、

答えだけを教えてもらうことではなく──
世界の観え方そのものを、

身体を通して受け取ることでもあると思います。


畑に向かう最中


それは、
同じものを観て、
違う風景に観える変化ということでもありますね。

 
実際、正しい場所に身を置いて、あなたが変化をしていると感じたときに入ってくるものは、これまでとはまったく変わってしまいます。

遠隔を受けて、セッションを受けて、身体が変わり、観える世界が変わり、入ってくる情報は変わってしまいます。

けど、それは以前と同じものを観て、違う風景に観える螺旋的な変化だったりします。(いまこの瞬間から価値が逓減していくようなジャンクな情報は入りません)

神秘とは、新しい土地へ行くことではない。新しい眼差しで見つめるということである
(プルースト)

これが腑に落ちると、目の前に広がり映るすべてのことは理想世界からのメッセージだと気付くことができるようになっていきます。(たぶん)


世界を観る眼差しが変わったことで、
以前からそこにあった情報が、

まったく異なる構造を持って入ってくる。

同じ話を聞いていても、

以前とは違う部分が心に残り、
繋がりが観える。

同じ文章を読んでいても、

以前には読み飛ばしていた一文が目に入る。

同じ場所を歩いていても、

以前には気づかなかった植物や、

土地の気配を感じ取るようになる。



それは、
新しい何かが加わったのではなく、
内部構造が変わったことで、

受け取れる情報が、整合的に変化したということでもあります。

そして、それは、
問いを不断に繰り返していくことで、
観えてくる風景でもあることを、
おっしゃっていることもお聞きすることができたのは良かったです。


 
あらゆる制約がなかったとした場合、
理想の自分、そして完璧な“日常”とはどのようなものですか?

その答えは、
簡単には見つからないかもしれないし、
人によっては、永遠に見つけることができないかもしれません。(そして、ほとんどの何かを教えている人たちも、実は本質的に分かっていない問いです。)

問いを不断に繰り返すしかないのかもしれない。

パーソナルセッションでは、
そういった問いと共に、身体の快適さを深化させながら進んでいくこともできます。(広い意味で近い内容が増えてきているように感じてしていますので、以前から書いてきていることでもありますが、改めて、問いを置いておきます。)

もう少し繋げて、

生成AIの本質を理解した上で、

これまで一緒にみてきた、やり方は価値がゼロになるということにも。


 

具体的にいえば、コードを書く、資料を作る、最適解を導き出すといった「どうやるか(How)」の実務は、AIが圧倒的なスピードとクオリティで解決してくれます。それによって私たちは「How」で頭を悩ませる時間から解放されます。面倒な「How」はAIに任せ、生み出された時間を「何をしたいか(What)」「なぜやるか(Why)」に使うことができるのです。

それは裏を返せば、これまで「シゴデキ」と評価されてきたスキルの価値が暴落することを意味します。処理能力が高く、ミスがなく、いわれたことを効率的にこなす。これらのスキルはすべて「How」であり、AIによってコモディティ化し、均質化されていくからです。

「何をしたいか」といくらAIに問いかけても、答えは出ません。「What」と「Why」だけは人間が起点となります。つまり「欲をかく」ということが、人間にしかできない役割としてこれまで以上に求められます。

(川邊健太郎『7つの激変:いかがわしい者たちが主役の「インターネット産業」30年』)

これらは、

本当に欲しいものを考えておかなければ、
本当には欲しくないものに包囲されて暮らすことになってしまうことにも繋がる話ですね。


ここに綴っているメッセージを、
共鳴して丁寧に読んでくださる方々は、
その高い臨場感(認知空間まで広がる)によって未来への移動は加速されていきますので、
引き続き楽しんで移動していきましょう。

 
自己変革とは、望ましい未来の臨場感を現在の現実より高くし、その未来を新たな TCZ として再構成することである。(略)
問うべきは「何が現在を生んだか」だけではなく、「どの未来が現在を組織するほどリアルになったか」である。(略)
臨場感は抽象的未来をリアルにする。(略)
コーチングとは、相手を誘導することではない。
コーチングとは、相手が自ら高次の未来を選べる橋を設計することである。
(『苫米地深化論(5定理版)──認知ホメオスタシスから象徴文化と進化へ』)

そういう変化の中で、

かつては偶然にしか見えなかった出来事が、
すべて未来へ続いていたことに、
気づいていくのだと思います。


 

この30年の歴史が教えてくれる普遍的な真理です。

世界を変える主役は、いつだって辺境の「いかがわしい」若者たちである。

 その「いかがわしい」若者の熱狂こそが、古い常識やルールを破壊する。
(引用同上)


あと、
Yukiさんの素敵な記事のご紹介。
ではでは、今回はこの辺で。

また次回の記事でお会いしましょう!

Khronos / The salone|Hiro

追伸:
感想・ご質問、大歓迎です! 
たった一言でも構いません。もし何か感じたことがあれば、ぜひシェアしてください。言葉にすることで、見えなかったものが形になり、次の扉が開いていくのです。
あなたの一言が、次の扉を開く鍵になります。
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