トレーニングによって身体システム
(特定の筋肉、心臓血管システムなど)に、
現在のホメオスタシスでは、これまで通りには処理しきれない境界ギリギリの負荷がかかると、身体はそれに反応して新しい安定領域へ移行するための変化を生み出します。



たとえば、
デッドリフトで扱える重量が、
150キロで限界だったところから、
160キロ、170キロ、180キロと段階的に増やしていく。


※トレーニングは情報空間の臨場感を掴むには最適です。


それは端的にいえば、
漸進性過負荷でした。(気功の能力アップも)

 
これが身体のホメオスタシスを志向する傾向を活かして変化を生み出す方法だ。十分な負荷を十分な期間にわたって与えれば、身体はそれを楽にこなせるように変化する。身体は少し強靭になり、耐久力がつき、動きもスムーズになるのだ。ただ、一つ落とし穴がある。ひとたび機能不足を補うような変化が起きてしまうと、すなわち新たな筋繊維が形成されて動きが良くなったり、毛細血管が増えたりといった変化が完了すると、身体は以前なら負荷を感じたような運動を楽にこなせるようになる。つまり、また居心地の良い状態に戻ってしまい、変化は止まるのだ。(略)
常に自分に負荷をかけつづけていないと、身体は以前とは水準こそ違うものの、新たなホメオスタシスに落ち着き、改善は止まってしまう。
コンフォート・ゾーンのわずか上にいつづけることが重要なのはこのためだ。身体機能の改善を続けたければ負荷をかけつづけなければならないが、コンフォート・ゾーンをあまり越えすぎると身体を痛めるなど逆効果になる。
(アンダース・エリクソン『超一流になるのは才能が努力か?』)


このような変化は意識的にやらないと、

ホメオスタシスゆえに同じような状態に戻ろうしてしまうので、井原さんのおっしゃるような現象が精密に起こります。


 
カーブが近づくたびに意識して、「必ずトライしろ!」と頭の中で自分に強く命令した。命令しないと、何十個もあるカーブのいくつかは、前の周とまったく同じ場所でブレーキを踏んでいることがデータで見てとれる。不思議だけど、寸分違わず同じ場所でブレーキをしていて、まったく進歩していない。人間は意外と精密だと驚く。しかし人間は意識しないと、ふだんと同じところにとどまってしまうのも事実。
『崖っぷちの覚悟』p.126 井原慶子

これは、F1レースの話ですが、

ホメオスタシスはそれだけの精密さで、結果として同じようにする無意識の凄みを感じます。



これを読んでいくと、
ホメオスタシスには必ず中心がある、
というDr.Tのお話にも繋がっていきます。

その中心に引っ張っていく力が、
我々のバランスを維持している、ということ。

だから、端的いえば、
暑いと汗をかく、ということ。

けど、それは、
自然とゆっくりと戻っていく。

これは、
ゆっくりかもしれないけど、
ホメオスタシスによって、
必ず安定的に戻すような、
中心に戻るような力があるということ。



それが情報空間にまで広がっているのが、
サイバーホメオスタシス理論でした。


 
内部表現は物理的現実世界だけではなく、小説などの仮想世界でも適用されると述べました。これは、ホメオスタシスも仮想世界で適用されることを意味します。というのは、小説を読んで、その世界に感動して涙を流す、という現象は内部表現で描かれた世界にホメオスタシスが反応しているからです。
(苫米地英人著『洗脳:スピリチュアルと妄言の精神防衛テクニック』)

その能力によって

“現実”を書き換える力を獲得したと、
Dr.Tはおっしゃいます。


 
このホメオスタシスの同調作用は多くの動物が持っていますが、外界だけでなく、自分が想像した世界に対してまで反応するのは人間だけです。
想像世界にまでホメオスタシス同調を拡張できる人類は、この能力によって“現実"を書き換える力を獲得したのです。
この“現実”を書き換える想像力があるからこそ、人は洗脳に弱いのです。
(苫米地英人著『現代洗脳のカラクリ』)

そう考えると、

ホメオスタシスゆえに、
今できないことを、
現状のまま何万回反復しても一生できるようにはならない、ということや、
想像力の限界が移動のできる限界を決めることや、
知らない、意識に上げられないことは出来るようにならない、
ということに繋がってくるかもしれません。

知識を獲得し、
新しい眼差しを獲得し、
新しい経験を強く意識するからできるようになる、と。

だからこそ、
意識的に自分を再教育する必要があります。



そのときに、
自分の殻に閉じこもったままでいると、
変化するきっかけやチャンスを掴めず、
ランダムネスをデザインすることも出来ず、
現状から抜け出せないということも観えてきます。
じゃあ、
頑張って経験を増やします、
知識を増やします、
趣味を増やします、
そうやって、触れるものの量を増やせば変われるのかというと、残念ながら、それだけでは大して変わらないのが現実です。

本当の変化というのは、
本質的に密教的なものであり、
同調して、一緒に観て、一緒に読んで、
適切な人に手渡ししてもらうしかないのだと思います。

確かに、
ネットで調べて、
オンラインで気になる動画や文章を見れば、
知識は手に入るかもしれません。

けれど、
重要なものほど、
スコトーマに隠れてしまう、
根性でやっても手に入れられない。

現状から必死で抜け出しているようで、
もしかしたら、自分の殻を強化しているだけになのかもしれません。

そういうことが、

現実にはたくさんあるのだと思います。



そうやって、
膜を剥がしたうえで──
仲間と一緒に未来へ移動しながら、
Want-toに従った習慣化だったり、
ホメオスタシスを優先することが、
天才に繋がるというのが「才能」でした。

 
「生まれつきの才能」を裏付ける証拠は一つもない
要するに、モーツァルトが最終的に傑出した演奏家兼作曲家となったことに疑問の余地はないが、その天才ぶりは練習の結果などではない、つまり、生まれつき才能があったと結論づけるしかないという主張を裏づける証拠は一つもないのだ(逆にそうではないという証拠は山ほどある)。
これまで私が調べてきた天才少年・少女のすべてについて、同じことが言える。
(アンダース・エリクソン『超一流になるのは才能が努力か?』)



もうひとつ置いておきます。


 

生涯情熱を注ぐ対象になるものだけに一途に没頭することは、高度にクリエイティブな人びとに共通する習性だ。(略)

その理由の一つは、彼らの「熱狂的な好奇心、または一意専心ぶりが同級生には奇異に映った」ことにあった。社交好きが過ぎて独りの時間をあまり持たない十代の若者は、往々にして自分の才能を培うことに失敗する。演奏を練習するにも、数学を学ぶにも、彼らが忌み嫌う孤独な時間を必要とするからだ。

(橘玲『残酷すぎる成功法則』)

一緒に楽しみながら、

移動していきましょう。


ではでは、今回はこの辺で。


また次回の記事でお会いしましょう!

Khronos / The salone|Hiro

追伸:
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