呼吸が変わると、
世界の“感じ方”が変わってくる──
そんな体験が何度も続いたあとに、
ふと気づくことがあるかもしれません。
「変わった」のは、
呼吸そのものではなく、呼吸を通じて世界と繋がる“認識の構造”だったのかも──
そんなふうに、
ふと感じる瞬間があるかもしれません。
この数記事に渡って取り上げてきたのは、
身体の内側で“変化が起きるプロセス”でした。
- NO(一酸化窒素)が通路をひらき、
- CO₂が酸素を届け、
- 冷刺激が神経系を“目覚めさせ”、
- そして呼吸という情報の出入口が再調整されていく──
それらはすべて、
「情報が巡り、現実が再構成されるプロセス」だったともいえると思います。(呼吸だけに留まらず、リアルに変化のプロセスを実感するとそのように感じてしまうと思いますし、これまでに届いているフィードバックを読ませて頂いても、そういう風景が立ち上がってきます)
でも、
この“再構成”がどこで起きていたのかといえば、
それは感覚の奥で起きていた「構造変化」──
つまり、
五感の奥にある認識階層の再編だったのではないでしょうか。
気功共感覚、情報空間における臨場感の階層性について師匠はこんな風に語っています。
言語抽象度ー視覚・聴覚ー触覚・嗅覚・味覚ーFeeling(臨場感)という段階で上がってきます。
そうすると、「なんだかわからないけど分かる」というフェイズに至るのです。
ポイントは順番に丁寧に上がること。
表も裏も知り尽くし、ラテラル(側面)もスパイラルも押さえれば深みなき機能が見えてくる
T理論では五感+言語に追加して数学と言う場合があります。数学という言語もまた脳にとっての外部世界とのチャネルです。そして数学で触れるのは物理空間と情報空間です(他のチャネルは物理空間との接続だと思うかもしれませんが、ここに共感覚があるのです。「まといのば」では気功共感覚と造語しているところの、情報空間を五感で感じるというフェイズです。言語と身体感覚の混合としての共感覚です)
まといのばブログより
これは、
脳が外界をどう処理するかという「モーダルチャネル」の階層構造ですね。
最初は言葉で理解しようとする。
でも言葉ではわからない何かに出会ったとき、
視覚や聴覚で補おうとする。
さらにそれでも届かないとき、
触覚・嗅覚・味覚が立ち上がってくる。
そして最後に、
“あの場の感じ”──Feeling(臨場感)だけが、確かに残る。
というような流れで考えると、
これは以前から書いている、ブログを丁寧に読むだけで「もしかして、これが変化起こり始めてるってこと?」と感じていくことにも繋がっていきます。
それが、パーソナルセッションやRévia Luxを体験することで、臨場感の階層性を移動していくということにも分かりやすく接続されていきますね。
最初はブログを読み、
言葉を知り、理論から入ってみる。
次に体感を伴う。
でも最終的に辿り着くのは、
「言葉ではなく“感じ”で掴む」しかない世界──
つまり、臨場感の世界。
「まといのば」では、
この感覚を
“気功共感覚”と呼んでいます。
気とは情報です。
情報は物理的な存在ではないので、五感で認識することはできません。五感で認識できるものを物理と言い、五感以外のモーダルチャネルである言語で認識できるものを情報と言います。
モーダルチャネル=五感+言語(+数学)
モーダルチャネルとは脳の入出力チャネルのことです。脳は直接体験することはありません。外部に開かれた神経系は無いので、頭蓋骨を割って直接触れても脳は何も感じません。認識しません。モーダルチャネルという入出力チャネルを通ってきた情報を間接的に経験します。
モーダルチャネルは五感と言語に分けることができますが、五感を通じて入ってくるような外界のことを物理空間(もしくは物理)と呼び、五感以外のモーダルチャネルである言語、もしくは数学を通じて入ってくるデータを情報と呼びます。
モーダルチャネル=五感+言語(+数学)
五感ーーーーーーーーー物理空間
言語(+数学)ーーーー情報空間
という住み分けがなされています。
もちろんこの関係ははっきりと区別されるようなものではなく、浸潤(しんじゅん)しています。
われわれは何かを見る時に、その名称を意識しないで見ることは非常に難しいのです(名称とは言語チャネルに属し、情報です)
ただ大きな区分としては知っておいて損は無い考え方です。
この五感では感じられない情報をあたかも五感で感じるようにするのが、頭の良い人の脳の使い方です。
哲学者や数学者は高度に抽象的な概念をあたかも具体的、物理的なものとして感じます。高度に抽象的な概念を手触りあるものとして感じるということです。
まといのばブログより
情報空間を五感で感じるというフェイズ。
言語と身体感覚の混合としての共感覚です。
“情報空間の手触り”と言ってもいいかもしれません。
それは、
まさに今回のRévia Luxでも多くの人が感じているような、
「自分は何もしていないのに、肌が変わった」
「呼吸だけで、何かがふっと開いた」
分かりやすく、肌質が良くなったり、鼻炎が解消されたり、呼吸が楽になったり、花粉症から解放されたり、ゴールが更新されたり、人間関係が分かりやすく好転したり、ビジネスが突然うまく回り始めたり──
という体験と重なってきます。
T理論では、こうしたモーダルチャネルの重なりが
“臨場感”の構築=リアリティの構築につながると語られています。
そして、
そのチャネルを“意図的に使う”のが、気功でありヒーリングと考えると、最初は分かりやすいかもしれませんね。
ということは──
ここ数回の記事で書いている記事による変化は、
ただの深呼吸や冷刺激ではなく、
“臨場感の回路”そのものを再構築するプロセスともいえるかもしれません。
それは、現実の手触りを変え、
情報空間の触れ方を変え、
まだ見ぬ可能性の存在を“感じ取れる身体”へと進化させるための、
本当の意味でそれを掴むためにはリアルにそれを体感していくしかない、ということがみえてきますね。
けど、それは答えを与えることではなく、
“ふれてしまったら変わってしまう”構造に出会うこと。
そして──
ふれたことをきっかけに、
本人の気づきによって“自ら”が変わりはじめること。
変わるのは、
誰かの手によってではありません。
変わるのは、
あなた自身の中に芽生えた“気づき”によって──
観えてくる風景も生きる世界も変わっていく。
その静かな揺らぎを、Révia Luxで。
呼吸が変わり、
臨場感が変わり、
世界の“感じ方”が変わっていく──
その静かな回路の“再接続”を、
遠隔ヒーリング「Révia Lux」でサポートします。