臨場感空間を共有することで驚くような変化をしていけるのはコンテンツあったうえで、なにが起きているのでしょうか。
コンテンツという情報を集めているだけでは決して観えてこない世界がそこにはあります。
巷にはコレクターと呼ばれるように、いろんな新しいコンテンツが出てきては、それで人生が変わるような錯覚をして手当たり次第に手を出しては何も変わらない人たちが一定数います。
情報を集めていくことで何かが変わると思っていると、大したものも得られず永遠に旅をし続けることになってしまいます。
端的にいうとあまり成長しない、ということです。
なぜなら求めているものが、存在しているようで実際には存在しないものだからなんです。
情報が増えていく、という意味では成長するのかもしれませんが、真の意味での成長はそこにありません。
真の意味での成長は世界観を変えること。
それはすなわち、人生を豊かにすることです。
世界観が変わると入ってくる情報が変わり、観える世界が変わり、出力される結果が変わります。
人生のステージが変わるともいえますね。
それが本来の自分を取り戻していくプロセスであり、全人格的な人間としての自分の能力を取り戻していくことになっていくのです。
本来の自分を取り戻すには世界観の変更が必要になって、それを促してくれるのは他者の存在が不可欠になります。
それは、ある種の「場」であってもいいのです。(この重要性に気付くと寝ていても成長できます)
そこで臨場感空間を共有することで、1人では不可能だった書き換えが起こり世界観の変更が起こっていきます。
その結果は、分かりやすく身体的な機能が改善していくことで美的な変化が起こっていくでしょうし、思考の変化によって処理できる情報量と速度が段違いになっていったり、シンプルな系に移動できるのを実感したりすることになります。
そこで起こっていることは、場の移動や共感覚による内部表現の書き換えやホメオスタシス同調といってもいいのですが、もう少し日常の言語に落としみると「感覚のコピー」といってもいいかもしれません。(落としすぎだといわれるかもしれませんが)
感覚のコピー。
そうすることで、頭が良くなったり、身体能力を上げたり、スタイルが良くなったり、モテるようになったり、センスが良くなったり、という変化を意識的にコントロールしていけるようになります。
で、感覚をコピーするうえで大切になってくるのは「結果ではなく、プロセスを観る」ということです。(結果も大事ですが視点の移動です)
たとえば気功技術の美肌クリームをやってもらって、やり方をブログで学んで、ずーっとひたすら繰り返すだけでも結果の果実は得ていくことはできます。
ただ1人では自己の限界を超えられなかったりします。(気功技術のポテンシャルを引き出す限界値が低いところに設定されてしまうようなものです。それでも結果はでます。)
自己の限界を突破して成長したいときに、感覚のコピーは有効に使えます。
感覚を移したいときに、もっとも効果的なのは、ぼくが実際に美肌クリームをやる様子を横でみてもらうことです。
そして一緒にやってもらうときです。
使えている人の横で一緒にやることで、繰り返し使って体感に落とし込んでいくことが大切なんです。
すべてのことには階層性が存在していて、一見するとシンプルなように観えることでも驚くほどのレベルの違いは存在します。(素人が描く線と一流のアーティストが描く線は同じシンプルな箱を描く線であっても違いが深く明瞭に存在します)
使えているのか使えていないのかよく分からない、体感あるのかないのか、よく分からないみたいな状態から、使えるようになるときは一本道でゴールまで辿り着いたように観えても、いろんな道のりを経て辿りついています。
そして、スタートしてからゴールまでは、一本道ということはあまりなくて、非線形な飛躍をする瞬間というタイミングは必ずあります。
大きく世界観が変わる瞬間ですね。
それを系が移動する瞬間といってもいいですし、ステージが変わる瞬間といってもいいかと思います。
いろんな文脈で感じ取れることは変わります。
あなたが本当に気功のチカラを伸ばしたければ、最低限の知識を入れるのはもちろん大切なことですが、その後は「気功が得意な人がやっている横でそのプロセスをみて一緒にやってみる」ということが最も近道なのです。
理想世界に向かって移動したいときもそうです。
変化を求めて、才能を見出したり、ポテンシャルを引き出したり、綺麗になったり、身体を機能的にしたり、自分の能力を見つけるときには、
「実際に変化していっている人がいる側で、そのプロセスをみる」ということが近道ということだったりします。
日々、いろんなことが起こるなかで、悩むことも、辛いことも、泣き言も言いたいタイミングというのは出てくると思います。
変化を邪魔するようないろんなことが起こるタイミングというのは移動している限り、突然やってきます。(非線形な移動や系の移動も突然やってきます)
そんなときに仲間がどんなことを考え、どんな変化が起こっているのかを、ずーっと臨場感高く読んでいたりするときが、1番感覚を移せるときだったりします。
だから、誰と共に歩くのか、どんな場所に身を置くのかということが、人生を大きく左右する選択であり、決断となるのです。(変なものをコピーしてしまうと、それを抜くのが大変です。抜いているうちに人生が終わる可能性も)
セッションや遠隔などでデザインしていることは、こういう側面もあります。
これまで記事で書いていることも、フィードバックが多いのも、変化のプロセスに意味があるからです。(そして幸福もそこに眠っています)
知識も必要だけど、深いレベルの感覚をインストールすること、変化していける土台を構築することを優先しています。
なので、記事を読んだり、フィードバックは一回読めば大体のことは分かってしまうとは思いますが、あえて何度も読んで高い臨場感を共有してほしいのです。
それによって本来の自分を取り戻し、自分の未来をデザインしていける土台は作られていきます。
この「場」はそのような視点でもつくられいます。
一緒に面白がってやっていくことですね。
そうしているうちに気付いたら知識も経験も勝手について来きます。
いつのまにか遠くまで移動しているものです。
ではでは、今回はこの辺で。
楽しんでいきましょう!
追伸