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ヨーロッパの片隅で

シリアスな話題から下ネタまで、ただ思いついたことを書いていきます。

以前、どの外国が重要かということを独断で順位付けしました(ここ )が、それでもそれは結構客観的に書きましたが、


今日は、ほんとに僕の今までの経験から独断で主観的に日本人にとってどの外国語を学ぶのがいいか、順位付けをしてみます。


1位:英語:英語を完璧にするか、ある程度英語ができたら、他の言語を学ぶべきかは難しいところ。たぶんケースバイケースだろう。


2位:中国語:中国では英語はめったに通じません(10年前で1%ぐらい)


3位:スペイン語:なぜかスペイン語圏の人は英語が話せません。


4位:ロシア語:ロシア語圏の人は英語が話せません。


5位:ドイツ語 東欧でも年配の人には未だに英語より通じる。


なぜか、今までフランス語やっとけばよかったという経験がない。

今週何とか終わった。


でも来週も2つ試験がある。たぶん今が試験のピークだろう。


来週を過ぎれば今学期のゴールが見えてくる。


来週終わったら、帰りのチケットの予約をいれないといけない。もう遅いぐらいだ。


今、毛を染めた


最近は自分で散髪しているのだけど、散髪すると下から白い毛が目立つので染めている。


散髪と白髪のことをちょっと書こうかなあ。


散髪はバリカンで鏡を見ながら自分でやってます。こっちに来た時は、何回か散髪屋に行ったけど、自分のやってほしいような感じにならなかったので、自分でバリカンを買ってやりなおしてましたが、


それだったら初めから自分でしようと思って、もうここ2年ぐらいは自分で散髪してます。


アフリカにいたときも、散髪屋で病気が移ったら嫌だから、自分でしていた。


だから僕、自分で散髪するのかなりうまいです。10~15分ぐらいで終わります


日本に帰っても1人暮らしのアパートだったら自分で散髪しようかなあ。


それから、白髪


目立ち始めたのは、北京に留学していた28歳の時、それまでは、白髪なんて、ほとんど見なかったし、見ても1,2本ぐらいだったのに、その時(北京の冬)は、パラパラと白髪が見え始めた。


本数は分からないが、30本とかそんな感じではなかったか、僕の場合、白髪が一番出るのは、側頭部なんですが、それはたぶん普通だと思います。


しかし、その北京のあと、暖かい広州に移ったのですが、それから、30代半ばまで白髪は目立たなかったです。


でも30代なかばでは、側頭部は28歳の北京の時ぐらいあったと思います。


初めて白髪を染めたのは、37歳の時です。その時は白髪染というより、カラーリングが主な目的だったので、やや茶色系に染めてみました。もともと若く見られていたのですが、さらに若く見えると好評でした。


それから、1年ぐらいしばらくは、茶色系に染めていたのですが、ほんとに側頭部に今のように白髪が目立ち始めてから、染めているのがばれるのがいやなので、


に変えました。


今は、白髪は結構あります。染めなければ、側頭部はちょっと離れても白髪があるのがわかるぐらいあります。


他の部分もちらちらとちょっとあります。


北京にいたときに白髪が増えたのは、寒さのストレスだと思います。


白髪はストレスでかなり増えるみたいです。その代わり、そのストレスがなくなるとまた黒に戻るようです。


僕は若く見られるけど、白髪をそのままにしておいたら、あと5歳ぐらいは年上に見られるみたいです。


こちらの人は白髪が出てくるのが早いと思う。


この国に始めてきた時、空港から乗ったタクシーの運転手は42歳だったけど、もう7割がた白髪だった。色素の関係もあるのだろう。


今、白髪を染める時は、側頭部だけ部分染めしてますが、全部白髪になったら、もう染めないかもしれない。


結婚したらもう染めないだろうと思う。

今日の仕事終わって帰ってきました


今日はいつもと違って、英語で話をしました。職場に英語が話せる人が1人いて、彼と結構話しました。


その話のなかで、何歳か聞かれたので、41歳とほんとうのことをカミングアウトしたら、また職場中の話題になりました。


 どう見ても28歳ぐらいにしか見えないそうです。でも僕からしたら、これで28歳だったら悲しいです。28のときは、もっと美青年でしたから。


やはり仕事場では歳がいっているほうが、何事もスムーズにいくようで、今日はいつもより、ちょっとやりやすかったです。


最近は若い女性と話をするときは、33歳で通しているのですが、若い女性には、33歳ぐらいに言っておいたほうが、話が弾むようですが、職場では歳いっているほうがうまくいくかもしれない。


 おばさん連中が声をかけてくれるのが、遠慮してか少し減ったようなきがするけど。でもおばさん連中もみんな僕より年下でした。


 ここで君が一番年上だと言われました。


それから、出席の方は、学友はみんなずるをして、今日で終わってしまいましたが、僕はバカ正直にもう少し出勤します。

金曜、朝7時半です。


今日は仕事(実習)です。前回、ちょっとした騒動になったので、なんか行きづらい。


試験が勉強が大変とかって、試験勉強でヒーヒー言っているけど、なにげに勉強とかよりこの仕事がいちばんいやかもしれない。


 職場の人もいい人ばかりだし、やる仕事も好きなことなのに行くのがおっくうだ。


 ストレスになることと言ったら、言葉が分からないということだけなのに。


 僕は基本的に集団仕事は向いてないんだなあ。集団でも、一番上の責任者だったりしたら、結構うまくいくんだけど。


帰国後の仕事が心配になってきた。

また一つ終わりました。


今学期も終盤に入りました。今日も一つ試験があり、科目が一つ終了しました。


今日の試験は、筆記のエッセイでした。まあ一般的にこの手の試験ではあまりいい評価はもらえないので、通ればいいです。


まだ結果はわかりません。


今日の問題に、「combution」という単語があり、"Engine combution"

と書いていたから、その関係から”combution"を”combination"と解釈して、解答を書いてきたのですが、今調べたら Combution=燃焼でした。


エンジンの燃焼が環境に及ぼす影響だった。


私は、エンジンコンビネーションと思ったので、ハイブリッドカーのことを書いてきた。でも、ハイブリッドカーが環境に及ぼす影響、


うん、まあ当たらずも遠からずで、よしとしよう。不合格なんてことはないでしょう。


それにしても、今では英語でエッセイって下手ながら普通に書いてますが、日本に入る時なんて、英語で何か書くなんて、TOEFLの試験ぐらいしかなかった。その試験もいい評価はもらえなかったし、


今、普通に英語で試験の解答を書いていること自体が不思議な感じ。

昨夜(今朝)は2時間睡眠でがんばって試験を受けてきましたが、結局ありませんでした。


別の講義と合さった試験になるようです。


それから、語学(この国の)の最後の講義を受けてきて、単位をもらいました。


今日は、この国の言葉で専門のトピックの簡単なプレゼンをやりました。


昨夜、フラットメートに原稿の添削をしてもらって助かりました。


でも、結果は”5”で単位をもらいました。


この先生の評価のつけ方には納得できないので、今回はほとんどこの講義に労力を費やさなかった(労力を費やしたのは今回のプレゼンの原稿ぐらい)で、”5”でもあまり不満はありません


初めから、単位さえ取れればいいと考えてましたから、


以前この先生の講義を取った時、かなり努力したにもかかわらず、他の学生が”9”をもらっているのに、自分は”7”だったので、かなり腹がたったので、今回は努力しなかった。


前回なんか、語学力はほぼ同じ、講義の出席率は僕の方がややいいのに、そいつは”9”で僕は”7”だった。


ただ違うのは授業中、積極的に参加しているかどうかということ。そいつは、よく分かってないくせに、うるさく声を出していた。日本だったら(いやこの国でも),黙るように先生に注意されてもいいぐらいなのに、逆にひいきされていた


だから、今回僕はやる気がなくて、3回に一回ぐらい休んでいた。


休んだ分が、さらにマイナス2で、”5”になったようだ。そいつは今回も”9”だった。


まあ、どうでもいいけど、そいつが調子に乗るのが厄介なだけだ。


先日は、部落朝鮮人差別のことを書いて、今日はインド人を批判して、僕はまるで差別主義者のようですが、平和・平等主義者です。


インド人やアラブ人を批判するのは、事実を言っているだけで、しかたないんです。


日本の中で、元部落民や朝鮮人を差別していても、実は私たち日本人だって、外に出れば差別されるんですよ。外国人にとっては、部落民や朝鮮人も他の日本人も同じなんです。


むしろ外見で差別されるので、いくら日本では偉い皇太子でも、海外に出れば、ただの横分けのちんちくりんとしか見られないんです。(彼の身分を知らないならば)


むしろ、日本では差別される元部落民とかの方が、背が高くて堂々としていれば、差別を受けない。(実際、元部落民や朝鮮人はスポーツ界や芸能界で活躍している人(かっこいい人)が多いらしい)


僕もいろいろ海外に行っているので差別的扱いを受けたこともあります。


幸い、僕はちょっとヨーロッパが混じっていて、外見的に違和感を持たれることが少ないので、普通の日本人よりは差別を受ける機会は少ないと思いますが、そんな僕でも差別されることもあります。


僕が受けた差別的扱い。


まず、海外と言っても、一般的にアジアでは日本人は西洋人についで、いい待遇を受けます。いくら汚いカッコウをしていても、一流ホテルでも、すんなり入れます。


差別的待遇を受けるのは、ヨーロッパです。


(1)ドイツで特急の一等車に乗っているとき(自由席券で)、僕が座っている席の指定席券を持っていたおやじに汚い物のように扱われた。


しかし、その後、車掌が来て、チケットのチェックを行って、そのおやじが、僕が一等のチケットを持っていると分かってから、態度が急変した。彼はたぶん、僕が二等のチケットで一等車に乗っていると思っていたのだろう。


その時、僕、かなり汚いカッコウ(破れたジーンズに、よれよれのTシャツに、ぼろぼろのスニーカー)してましたから、誤解されてもしょうがないですね。


(2)これもドイツで、その特急に乗る前に、駅の売店で、飲み物を買おうと思って、コーラやファンタの値段を「これいくら?これはいくら?」って店員にいろいろ聞いていて、結局高かったので、買わずにそこを去ろうとすると、おばあさんが、「ヘイ、バッドボーイ」と言って、ファンタの代金を払ってくれた。


僕はその飲み物が高くて買えなかったわけではなく、スーパーの値段より高かったので、バカらしいから買わなかっただけなのですが。


これは、うれしくもある体験だけど、やはり汚いカッコウをした貧しいアジア人だと思われたのだろう。



(3)スウェーデンのストックホルム

ホテルで両替しようと思って、結構いいホテルに入ろうとしたら、入り口で警備員に止められた。入れなかった。


アジアでは、まずないことだ。日本でも、正装じゃないといけないホテルでも、西洋人の短パンのおやじは入れたりする。日本人は西洋人に甘い


(4)モロッコで、西洋系の外見のモロッコ人に、「アジア!」って、軽蔑的に呼ばれた。僕は「なんだよ。アフリカ!」と言い返した。まあ、これは差別というより、そいつの性格が悪いだけだと思うが。


(5)メキシコシティで、道端でピュアホワイトの美人の女性に道を尋ねたら、「ふん!」という感じで無視された。


中南米では、アメリカのような差別は少ないです。アメリカでは、子供も同じ人種同士遊んでいる光景をよく見かけますが、メキシコでは、色んな人種が普通に混じって生活していた。


しかし、全くの白人は「ピュワーホワイト」といって、優越意識があるようだった。


しかし、このことの後、いいこともあった。車の荷台に乗った作業員風の若者たちが、道に立っていた美人の女性に「ひゅーひゅー」とか言って、ちょっかいを出している時に、その女性のそばにいた私は、ただ腕を組んで彼らを見ただけだけど、彼らが静かになった。(その時の私はひげを生やしていて、結構貫禄があったかもしれない。)


それで、その女性に感謝されて仲良くなった。


(6)20年前、上海を歩いている時、ひそひそと「サパニーン、サパニーニ」と後ろ指を指された。


サパニーンというのは日本人という意味だが、軽蔑の意味を含んでいるらしい。


でも、当時初めての海外だったのだが、日本でも派手な僕の自慢のアメリカ製のジャンパーを着て行ったので、かなり目立ってしまった。


(7)これも20年ほど前、シベリアのイルクーツクのホテルのレストランで、女性ウェートレスに「このサパニーンが」みたいな失礼な態度をされた。


同じ西洋人でも、西欧人がもつ日本人に対する感覚と、シベリアの人間が日本人に対する感覚は違うようだ。


満州での戦争や、イルクーツクには日本人の強制収容所もあったらしいから、その影響か?


しかし、その後、別のウェートレスにあるお酒を頼んだら「これは高いわよ。」って言われたけど、実は当時、やみ両替は銀行の両替の7倍ぐらいだったので、僕にとってはすごく安かった。いいかっこうができた。


まあ、いろいろありました。


この国では、扱いは普通だと思います。というのも、ロシア人も結構いるので、その中には僕らのような風貌の人たちもいるので、あまり違和感をもたれないようです。


しかし、バングラディシュの留学生の友達と一緒にいるときの店員とかの態度は明らかに、私がひとりの時の態度とは違い、悪いです。


差別というか、区別なのかなあ。

火曜日、まだ午後1時半です。今日も午後の講義のみで早々に帰ってきました。明日の試験プラス、プレゼンの準備のためです。


 パソコンの調子はよくなったようです。よかった、よかった。過去の正常だった場所に復元というのをしたらよくなりました。このまま行ってくれることを望みます。


今日もまた嫌な気分になりました。


だいぶ前に書いた、理不尽な先生のやり方で低い評価にされたって、覚えているでしょうか?もう先学期に終わりのことです。


 また、その先生がやってくれました。また、先生が間違ったおかしなことをしだして、1人の学生が被害を受けました。


前回書いたように、前回は私ひとりが被害を受けたわけですが、その分他の学生は得したので、先生の行為がおかしいにもかかわらず、なにも言わず、どころか「うん、うん、先生の行為は正しい。」みたいなことを言ってた。僕は、その不当なことで低い評価をもらったことよりも、他の学生の態度でかなり落ち込んだのですが。


今回は僕は幸い、得をした学生の方に入りました。この先生、どうやら、前回も僕を目の敵にして、ああいうことになったのではなく、たまたま僕が被害を受けたようです。


しかし今回も、他の学生の態度に僕は不快感を抱きました。


まず、被害を受けた学生(西洋人)は、先生の行為がおかしい主張します(さすがです。私はほとんど主張しなかった)。


しかし、得をしたインド系学生は、先生の行為が正しいということを、その損をした学生に説得しようとします。(そのインド系学生は何もわかっていないくせに、自分が得しているものだから、そのままいってほしいから。)


僕は、先生がおかしいとは思ったが、前回、この西洋人も得をした方で、僕が困っていても黙っていたので、僕も今回傍観していた。


最終的には、先生が、電話で正しいことを確かめて、この西洋人の学生の言うことが正しいということになり、落ち着いたのですが。


僕は傍観していて、嫌な気分になりました。特にインド系学生の態度

自己主張する西洋人の学生の態度はもっともだと思うので、それはそれでいいと思うのですが、インド系の学生の態度はいつ見ても憂鬱になります。


インド人がみんな、嫌なやつという意味ではありませんが、やはり欧州まで来て勉強できるレベルの家庭に育ったというので、甘やかされたということ、ある程度裕福ではあるが、西洋に来ればそれほど裕福ではないし、本国にいたときのようにちやほやされないので、人をだましてでも、上に行こうというのが、自分の中では正当化されているのかもしれません。


でも、いつも僕は憂鬱になる


日本人にもいやなところはいっぱいあるが、やはり傾向としてインド系はまずい。アラブ系はもっとまずいけど。インド系は、せこくまずいが、アラブ系は、危なくまずい

今週は、試験プレゼンレポートとかなりきつい一週間になりそうです。


まず、月曜の午前中の試験が終わりました。第一ラウンド終了という感じです。


今まだ午後1時半なのですが、これからの試験、プレゼンに備えて、早めに帰ってきました。


 今日の試験は試験中は楽勝でした。というのも、80問のマルチプルチョイスで先生が事前に全く同じ問題の載ったプリントをくれたので、それをやりさえすればよかったからです。


 でも、そのくれたプリントには問題の答えはついていませんでしたから、この週末はそれを調べていたのですが、思いのほか手間取って、そのことだけに週末をすべて使い果たしてしまいました。


本当は、他の試験の勉強やレポートなども手をつけたかったのですが、全く出来ませんでした。だから、これから忙しいです。


 今日も朝5時に寝て、7時に起きました。2時間睡眠です。でも、昨日は昼の3時ごろまで寝ていたので、今もそれほど眠くはありません。


 パソコンが一つ壊れたと書きましたが、メインのこのノートパソコンも調子がおかしいです。使っている時、急にwindowsが落ちてしまいます。


だから、今はセーフモードでこれを書いています。


 このパソコンが壊れたら、かなり厳しい状況になります。


頼む、あと2ヶ月でいいからもってくれ!


話は変わりますが、今朝、10年以上ぶりに、吐いてしまいました。学校に登校する前、朝食を食べたあとです。


 痰を出そうとして、「オゲー」となることはたまにあるのですが、悪くても、口にちょっとすっぱいものを感じる程度だったのですが、今日は、わずかですが、胃のものが口の中まで逆流したので、吐き出しました。


それで終わればよかったのですが、それを見て、気持ち悪くなって、かなりな量を「おげーーー」と言って吐いてしまいました。


その吐いたもの(洗面台で吐いたから、すぐにきれいにできた)をきれいにして、口もきれいにしたところで、また「おげーーーー」と吐きました。


たぶん、最後のやつで、胃の中のものがほとんど全て出たと思います。


実は、朝、焼き飯を作ったのですが、ご飯がちょっと臭かったです。たぶんご飯よりも、一緒に炊いたグリーンピースが腐りかけていたのだと思います。だから、この嘔吐は実は生理的な正常なものだったかもしれません。


でも、いつもだったら、ちょっとぐらい古いものを食べても、消化して、栄養にしてしまうのですが、昨夜の勉強もあって、(実は昨夜(今朝)寝るとき頭痛がしていた。)体調が悪かったのだと思います。



しかし、吐いてからは、すっきりして、気分よく登校できました。


それでは、勉強にレポートにがんばります。

日曜の夜1時です。正確にはもう日は回って月曜の未明の1時です。


明日試験なのですが、そういうときに限ってちょっと一筆書きたくなりました。


 昨日も試験でひーひー言っているくせにネットサーフィンをしてしまいました。


 ふと気になることがあるとネットで調べたくなるんです。皆さんもそうでしょう。


 昨日は、「士農工商という身分に公家は含まれているのか?」という疑問を持って調べてみました。


調べているうちにいろいろなことがわかりました。


 公家や皇室は士農工商の上に位置する身分だということです。


そして、えた、ひにんというのは皆さんもご存知のように士農工商の下に位置する身分です。


また、僧侶や神主なども士農工商には含まれないということです。


 役者なども士農工商には含まれないようです。役者の場合は士農工商の下に位置する身分だそうです。


 この士農工商って、今は放送禁止用語になっているそうです。


それから、えた、ひにん(どちらか知らない)が属する村は差別されていて、被差別部落だったのですが、


部落というのは、放送禁止用語ではないけど、部落民は放送禁止用語だそうです。


 それから、部落出身者のことをいうのは、マスコミではタブーだそうです。


そういえば、マスコミって、いろんなことをスクープするけど、誰々が部落出身だとか、そういうスクープは絶対ありませんね。


それにしても、支配者階級が支配しやすいように、作った身分制度で勝手に卑しい身分にさせられて、部落民の人はえらい災難でしたね。


低い身分にされて、差別されていたわけですが、何のいわれもないんですから、


僕らの小さいときは、そういう部落解放運動みたいなのが盛んで、小学校の時は、道徳の時間にそういう教育に力を入れられていたようです。


日本の差別といえば、その部落と朝鮮人ですが、最近は韓国も身近になってきたので、差別意識を持つ日本の若者は少なくなったでしょう。


でも、つい20年ぐらい前まで、まだかなり朝鮮人に対する差別意識が存在していました。


それをなくしたのは、中曽根首相の力が大きいと思います。彼は朝鮮語を習っていました。


僕も大学で朝鮮語を選択したのですが、学友には「え~、なんで朝鮮語なんてやるねん。おまえひょっとして・・・」みたいな差別意識をもっているやつも多かったです。


今の若者たちには、もう部落も朝鮮差別も昔のことなんでしょうかね。