現在、大相撲では外国人力士が大活躍していますが、日本人の意識が外国人力士を受け入れてきた経緯は、そう簡単ではなかったと思います。
その負担はほとんどの場合、その外国人力士その者に負っていた場合が多いと思う。
ちょっと歴史を振り返ってみる。
1.高見山
まずハワイから来た高見山である。
日本人の観客にとっては、物珍しさと、その巨漢や愛嬌から好感を持った人が多かった。
優勝を一回しているし、あの巨漢なら大関に行ってもおかしくないと思うが、大関にはなれず。
高見山本人の実力よりも日本人の意識がまだ外国人大関を受け入れるまでにはなっていなかったのだろう。
引退後、親方になる。しかし、相撲協会の役職などはつかず。
2.小錦
高見山がつれてきた、2番手ハワイ勢。
圧倒的パワーで一気に大関まで上りつめる。
しかし、その生意気な発言やふてぶてしさで反感を持った人も多かった。
横綱になってもおかしくない成績を残したが、横綱にはなれず。
外国人横綱を受け入れる意識がまだ日本人になかったと言える。
引退後、大相撲界を去り、タレントへ。”小錦”という名前の使用を許可されず、”KONISHIKI”という名前で活動することになる。
3.曙
ハワイ勢、3番手。
日本人の意識にそろそろ外国人横綱を受け入れる準備ができた。
横綱になる。当時、もう一方の横綱である貴乃花の適役になる。実力的には貴乃花といっしょか少し上であったと思うが、
同門は対戦させないという規定により、貴乃花の対戦相手よりかなり厳しい対戦相手をあてがわれ、優勝回数は貴乃花の半分ぐらいにとどまり、大横綱、一代年寄りの権利は得られず。
引退後、いったん親方になるが、大相撲界を去る。プロレスラーとして活躍。
名前は”曙”のままで、OKだったようである。これも意識の進歩か!
4.武蔵丸
ハワイ4番手
圧倒的な体格と自力で横綱になる。
優勝回数も15回を数える。大横綱、一代年寄りの規定には少し足りなかったようである。
というか、日本人の意識が外国人の大横綱、一代年寄りを受け入れる準備がまだもう少しできていなかったと言ったほうがいいだろう。
しかし、限定の一代年寄りをもらう。(相撲協会との何か取引きがあったのか!?)
現在、親方。役職にはついていないようである。
5.朝青龍
ここから、モンゴル勢である。
試行錯誤で横綱になる。横綱になってからは、勝ちまくり大横綱、一代年寄りの規定と思われる20回以上の優勝を遂げる。
現在、優勝回数21回で、今までで最低の優勝回数で一代年寄りになった貴乃花の24回を抜く勢いである。
優勝回数24回を超えたなら、一代年寄りと授与の拒否は難しいと思われる。
その奔放な性格や自分勝手さから、ヒールに仕立て上げられる。このまま引退したなら、人格が一代年寄りに値しないとか言われて、一代年寄りをもらえない可能性も高い。
というか、日本人の意識がまだ外国人力士に一代年寄りをあげるということを受け入れるまでになっていないということだろう。
まだまだ、現在進行形でこれからどうなるのだろうか?
6.白鵬
モンゴル横綱2番手。
朝青龍と違い人格者であるということになっている。
この力士になら一代年寄りを与えてもいいという意識が日本人にでき始めている。
こちらも現在進行形である、これからどうなるのか?
ここからは予想。
20回以上優勝し、一代年寄りを与えられる。
親方として、ある程度の役職を与えられるが、相撲協会の理事長になる前に悪いうわさなどで、理事長には適任ではないという空気が作られる。
というか、日本人の意識がまだ外国人力士が相撲協会の理事長になることを受け入れるまでになってなかったということだろう。
・・・・・みたいな感じになると思う。
そして、やっと次の人で理事長みたいな・・・。
まあ、人為的に作られた歴史だなあ。