ヨーロッパの片隅で -137ページ目

ヨーロッパの片隅で

シリアスな話題から下ネタまで、ただ思いついたことを書いていきます。

現在、大相撲では外国人力士が大活躍していますが、日本人の意識が外国人力士を受け入れてきた経緯は、そう簡単ではなかったと思います。


その負担はほとんどの場合、その外国人力士その者に負っていた場合が多いと思う。


ちょっと歴史を振り返ってみる。


1.高見山

まずハワイから来た高見山である。


日本人の観客にとっては、物珍しさと、その巨漢や愛嬌から好感を持った人が多かった。


優勝を一回しているし、あの巨漢なら大関に行ってもおかしくないと思うが、大関にはなれず


高見山本人の実力よりも日本人の意識がまだ外国人大関を受け入れるまでにはなっていなかったのだろう。


引退後、親方になる。しかし、相撲協会の役職などはつかず


2.小錦

高見山がつれてきた、2番手ハワイ勢。


圧倒的パワーで一気に大関まで上りつめる


しかし、その生意気な発言やふてぶてしさで反感を持った人も多かった。


横綱になってもおかしくない成績を残したが、横綱にはなれず


外国人横綱を受け入れる意識がまだ日本人になかったと言える。


引退後、大相撲界を去り、タレントへ。”小錦”という名前の使用を許可されず、”KONISHIKI”という名前で活動することになる。


3.

ハワイ勢、3番手。


日本人の意識にそろそろ外国人横綱を受け入れる準備ができた。


横綱になる。当時、もう一方の横綱である貴乃花の適役になる。実力的には貴乃花といっしょか少し上であったと思うが、


同門は対戦させないという規定により、貴乃花の対戦相手よりかなり厳しい対戦相手をあてがわれ、優勝回数は貴乃花の半分ぐらいにとどまり、大横綱、一代年寄りの権利は得られず


引退後、いったん親方になるが、大相撲界を去る。プロレスラーとして活躍。


名前は”曙”のままで、OKだったようである。これも意識の進歩か!


4.武蔵丸

ハワイ4番手

圧倒的な体格と自力で横綱になる


優勝回数も15回を数える大横綱、一代年寄りの規定には少し足りなかったようである。


というか、日本人の意識が外国人の大横綱、一代年寄りを受け入れる準備がまだもう少しできていなかったと言ったほうがいいだろう。


しかし、限定の一代年寄りをもらう。(相撲協会との何か取引きがあったのか!?)


現在、親方役職にはついていないようである。


5.朝青龍


ここから、モンゴル勢である。


試行錯誤で横綱になる。横綱になってからは、勝ちまくり大横綱、一代年寄りの規定と思われる20回以上の優勝を遂げる


現在、優勝回数21回で、今までで最低の優勝回数で一代年寄りになった貴乃花の24回を抜く勢いである。


優勝回数24回を超えたなら、一代年寄りと授与の拒否は難しいと思われる。


その奔放な性格や自分勝手さから、ヒールに仕立て上げられる。このまま引退したなら、人格が一代年寄りに値しないとか言われて、一代年寄りをもらえない可能性も高い


というか、日本人の意識がまだ外国人力士に一代年寄りをあげるということを受け入れるまでになっていないということだろう。


まだまだ、現在進行形でこれからどうなるのだろうか?


6.白鵬

モンゴル横綱2番手。


朝青龍と違い人格者であるということになっている。


この力士になら一代年寄りを与えてもいいという意識が日本人にでき始めている


こちらも現在進行形である、これからどうなるのか?


ここからは予想。


20回以上優勝し、一代年寄りを与えられる。


親方として、ある程度の役職を与えられるが、相撲協会の理事長になる前に悪いうわさなどで、理事長には適任ではないという空気が作られる


というか、日本人の意識がまだ外国人力士が相撲協会の理事長になることを受け入れるまでになってなかったということだろう。


・・・・・みたいな感じになると思う。


そして、やっと次の人で理事長みたいな・・・。


まあ、人為的に作られた歴史だなあ。


日本って、海外に比べて意外に試験は客観性に基づいて行われてると思う。


まず、海外の大学、大学院などを受験するときは、必要書類として、推薦状が必要なことが多いが、日本ではまだそういう学校は少ない。


日本の場合は校長の推薦状とか形式的なものとして必要な場合はあるが、指導教官とか自分をよく知っている人からの推薦状が必要な場合は、最近増えてきたが、まだまだ少ない。


これはいくつかの理由があるだろう。


1.日本人はいいことしか書かないので推薦状の意味があまりないから。

2.日本人は推薦状を書いてもらうことを頼むとか、人を煩わすことを嫌がる人が多いから。

3.推薦状が”コネ”のようなものになりかねないから。


などの理由があるだろう。


僕も推薦状というのは性格的に頼みにくい。高校時代そんなに親しくなく、10年も会っていない高校の担任に推薦状を書いてくれなんて頼めない。


そんな僕でも今まで一度だけ推薦状を書いてもらったことがある。


中国の国費留学の試験のときに大学の教授2名からの推薦状が必要だったので書いてもらった。その時は卒後1年だったし、卒後大学にも何度か顔を出していたのですんなり頼めたが、


何年も会っていない先生になんて頼めないなあ。


日本の試験が結構客観性に基づいていると思うのは、あと、面接があまりないということ。


これも最近増えてきたが、まだ海外に比べれば面接の重要性は低いだろう。


僕も面接なんかでほんとうの実力は測れないと思う。


このように日本では筆記試験だけで結構、出世できてしまうのである。


推薦状も面接もなしに(教授に好かれることもなく、話下手でも)、筆記試験の実力だけで、医者や弁護士になれてしまうのである。


私はこの制度がいいかどうかはわからないが、海外とは結構違うなあと思う。


ある意味、日本は真の実力社会なのか!?


最近、献血をやっていない。


アフリカに行った人は何年かは献血ができないらしい。


マラリアにかかった人は、一生献血ができないらしい。


と聞いた。正式な文書を見たわけではないので、うわさでしか知らないのだけど、たぶんだいたいあっていると思う。


それなら僕はマラリアにかかったので、もう一生献血をしなくてもいい。


僕は献血の注射が怖い。でも、今までは義務感、正義感にかられてがんばって献血をしてきた。


しかし、もうその義務感からも、罪悪感なく解放されるわけだ。


マラリアにかかった甲斐があったなあ。


献血って、やるほうは正義感でやっているのに、そこで働いている人ってあまり精神的には高潔ではない気がする。


医者もアルバイトだし、看護婦も相手が病人ではないので、それほど真剣ではないようだ。


一度、200ccでやると言っているのに、強引に400cc取られて、そのとき若い看護婦が、「この人、顔蒼白になってます。」って、おばちゃんの看護婦に告げたのに、そのおばちゃん看護婦は「その人初めからそんな感じや。」って、相手にしていなかった。


おいおい、あんた俺の顔見てたか?知らんのに適当なこと言うなよ。


その後、ふらふらになりながら、なんとか近くのマクドでハンバーガーを食べて回復した。


これからは、もうそんな被害にあうこともなくなった。マラリアさまさまだ。


マラリアと言えば、日本人にとってはすごい怖い病気のように思う方がいるかもしれない。


確かに、死に至る恐ろしい病気ではあるのだけど、アフリカの現地の人にとっては、風邪みたいなものなんです。


もうみんなマラリアにかかって、マラリアの抗体はある程度あるので、マラリアの蚊に刺されても、元気なときは発症しない。


体調が悪いときに刺されると、発症するという感じ。でもそれも風邪程度の症状で、だいたいは治る。


だって、彼らは幼少のときにかかって、淘汰されて生き残った人たちだから。


僕も3回目ぐらいからあまり重くならずに治るようになった。


僕は結局マラリアに5回ぐらいなった。


今ももしかしたら、体のどこかにマラリアの原虫が残っているかもしれない。

最近、アメンバーっていうのができたのですね。


僕は、てっきり読者の呼び方がアメンバーになったのだとおもっていたのだけど、なんか読者とはまた違うみたいだ。


読者っていうのはちゃんと載っているし。よくわからない。


もうこのブログを初めて2年以上経つのにまだここの仕組みをよく理解していない。


なんとなく初めて、なんとなく続けていたら2年の年月がたっていたという感じだ。


仕事もそういう風な感じになったらいいなあ。


ある時なんか、日曜まであと何日だ。っていつも考えていたときもあったしなあ。


火曜ぐらいに日曜までの日にちを考えているようだったら、そんな仕事やめたほうがいいなあ。


今まで、何人の女性とつきあい、いくつの仕事をしてきたか忘れたが、


女と仕事に関しては、経験を積めば積むほど、いい条件のものがほしくなるなあ。

今は社会主義も崩壊して、モンゴル人の力士も増えたし、日本人にとってモンゴルがだいぶ身近になりましたが、


僕がモンゴルを旅行した18年前はまだ社会主義のベールに包まれた国でした。


ソ連やモンゴルなど社会主義の国を旅行する場合、日本の旅行社で泊まるホテルの予約や日程などをすべて決めて初めてビザがもらえました。


しかし、中国でビザを取得する場合は、その必要はありませんでした。


僕は北京で1か月近くかけて、モンゴルの観光ビザを何とか取得して、モンゴルを個人旅行しました。


しかし、ウランバートルで列車を降りたら、通訳兼ガイドがちゃんと待っていました。


一日目はそのガイドといっしょに回ったのですが、一日の終わりにガイド料として、1万円ほど請求されたので、もうこれ以上払えないと言って、2日目からは自由行動ができました。


まあ、その通訳にしても、1万円と言うのは当時のモンゴルでは大金ですから、僕のような若者が払うのは大変だろうと理解してくれたようです。


2日目からは、外国人用のホテルから安い宿に移り、本当に安く済みました。


モンゴルに行ったのはちょうど今ぐらいの1月の初めだったのですが、かなり寒かったです。マイナス15度とかでした。


安宿でモンゴルの若者たちと知りあり、彼らのボクシングの試合を見に行ったり、


当時モンゴルで流行っていたジンギスカンのコンサートを見に行ったりしました。楽しかったです。


190センチ以上あるような二人組みに絡まれたりもしましたが、なんとか切り抜けました。


白鵬みないなのにからまれたら、怖いですよ。


当時、まだモンゴルの地球の歩き方はなくて、何も情報がなく旅行しました。


でも日本大使館はありました。大使館の人が、旅行社は夏に団体さんが一組ぐらい来るだけだと言ってました。今だったら結構行くんでしょうね。


モンゴル人は日本に対して結構好感を持ってくれる人が多かったです。


北国の春とか歌って聞かせてくれる酔っ払いのおっさんとか、


松田聖子が好きだという若者とかもいました。


モンゴルとは友好関係を築いていけるだろうと思う。

ヤフオクに出品している目ぼしい商品がすべて売れた。


あとに残ったのは本と古いソフトだけ。


古い本って売れませんねえ。


他の人の出品を見ても、半年ぐらい残っているのもある。


僕はヤフオクがメインだが、同時にアマゾンにも出品している。


アマゾンでは結構よく買うが、まだ売れたことはない。まあ、本しか出品していないのでしかたないだろうが。


ヤフオクは落札されたとき、ヤフーに落札料金の5%を払わないといけない。それでも多いと思うのに、


アマゾンでは、購入された15%を払わないといけない。非常に高い。


今、アマゾンに10冊ほど本を出品しているが、全部、最安値で出している。それでも売れない。


アマゾンの出品を見ているとおかしい。


定価よりも10倍ぐらいで出品している人もいる。あれって、もし他に同じ商品を出品している人がいない場合、しょうがなく購入してもらうのをあてにしているのだろうか?半分詐欺だなあ。


それから、古本では結構1円で出品されているものも多い。あれってなんでだろう。儲けにならないやん。


アマゾンから送料として、340円入ってくるから、送料を340円以下で送れるってことかなあ。


それでも100円ぐらいの儲けにしかならないだろう。100円でいいのか!


商売って大変だなあ。


僕なんか、自転車で10分かかる郵便局に行くのが邪魔臭いから、発送方法は近くのコンビニで手続きできるやつだけにしているのに。


商売人としては甘いなあ。


アフェリエイトを始めたが、と言っても、広告を横に貼り付けただけだけど。みんな、そっから加入とかしてくださいね。


アフェリエイトで月1万円とか稼ぐのは大変だと思う。


でもヤフオクだったら月1万円ぐらいなら、たぶん稼げると思う。ジャンクのパソコンを安く買って、直して売るとかして。


でも一万円では生活できないしなあ。せめて10万円の収入を勝手に確保できたらいいのになあ。


月10万円稼ぐアフェリエイターってかなりな上級者だなあ。


そんなことより、仕事探したほうが早いか!

今回は南米旅行やっぱりできない。


チケット、安いと思ったんだけど、燃料加算費というのが、すごく高い。旅行会社に聞いたら41000円だそうである。


その他、もろもろで20万円近くになってしまう。ぜんぜん安くない。


アメリカ行きのチケットも2万円台だから安いと思ったら、こちらもやはり燃料加算費が3万いくらで、その他もろもろで、7万円ぐらいになってします。


全然激安じゃない。


この最近できた燃料加算費というのがやっかいである。


チケット代に加算して表示してくれればいいのに、いちいち聞かないといけない。不便である。


ここ数日、円高になっているけど、これって、ドルに対してだけで、対ユーロは、160円ぐらいとそんなに円高じゃない。


僕が欧州に留学し始めたときは、1ユーロ140円ぐらいだったのに!あ~、あの時、ユーロに数百万円替えとけば・・・・。


そんな先見の明はない。

今日も朝青龍が勝った。


昨日までは、はらはらして見ていたが、今日は朝青龍の方が、すべて有利だった。実際はぎりぎりだったが、朝青龍の方が上回っていた。


テレビを見ていると、「アンチ朝青龍」という言葉をアナウンサーが言っていた。


そんなのいつからできたんだ。マスコミが作ったんだな。


そして、ほんとにアンチ朝青龍ができる。


日本のテレビや新聞を見ないで、インターネットの情報だけで海外で過ごして、久しぶりに帰国すると、世論が出来上がっていて驚くことがある。


この朝青龍の例もそうである。マスコミが朝青龍をヒールにしたてたのだ。


朝青龍のしたことはいいことではないが、マスコミの影響がなければ、そのやった事実だけではアンチ朝青龍なんて生まれないだろう。


捕鯨についてもびっくりした。昨日のテレビニュースで日本の捕鯨船に乗り込んだ外国の反捕鯨運動家を過去の映像やシリヤスなバックミュージックなどを使って、あたかもすごい悪人みたいに報道していた。コメンテーターやアナウンサーもそういう論調だった。


日本の一般市民は、これまでもテレビなどである程度、意識操作をされているのでこういうテレビを見ても違和感をもたないかもしれないが、


海外から帰ってきて、なんの先入観もない人間が見るとかなりの違和感があった。


政府が世論形成に使うのはNHKだけだと思っていたが、普通の民放も使うんだなあと思った。


でも、ほとんどの人は深く考えないで、テレビを見て、意識操作されてしまうだろう。僕とか、ちょっとひねくれた人間はそういう意識操作されにくいが、でも少数派だろう。


意識操作されてしまった者の方が、圧倒的に多いんだから、そっちが世論になってしまう。


選挙だって、あまり考えない人も一票だし。


怖いなあ。

ミシュランとかあるけど、あれって、おいしい店のランク付けらしいけど、おかしいと思う。


味覚というのは主観の問題だから、それをランク付けするというのはおかしい。


それにそのランク付けを見て、人々がここは3つ星だからおいしいとか言っているのもおかしい。


ほんとうにおいしいと思っているのだろうか?たぶん思い込みだと思う。


人は小さいときから食べてるものが、一番おいしいと感じるはずです。


さっき、ご飯を食べたが、卵焼き、ほうれん草のおひたし、焼き魚(たぶんさんま)、大根の和え物


いつもの母親の料理だけをこれが一番おいしいと思う。


みんなそう思っているに違いない。小さいときから食べている母親の料理が一番おいしいと感じるはずである。


アフリカにいるときは、シマというのが主食だったが、とうもろこしを粉にしたものを水を加えて練ったものなのだが、


食べる前はマッシュポテトのようなイメージをもっていたが、食べてみると、なんか変な感じだった。


もっとざらざらした感じだった。


でも、それを小さいときから食べている現地の人にとっては、それが一番おいしいらしい。そういうものである。


ミシュランとかでいいとか言っているのは、雰囲気とかを楽しいんでいるのだろう。まあ、それもいいとは思う。

大相撲やってますが、今場所は朝青龍も戻ってきたしおもしろいですね。


でも見てて、外人ばっかりで、一昔前の外人はハワイ勢だけだったころと比べたら信じられない状況ですね。


だって、グルジア人とモンゴル人が相撲を取っているのを日本人の観客が見ているって、ちょっと異様です。


相撲人口は、外人より日本人の方が圧倒的に多いはずなのに、大相撲の上位は半分ぐらい外人って、よっぽど日本人は基礎体力で外国人に劣っているんですね。


モンゴル人は肉食なので体が大きいし、気性が荒いです。


韓国人も体ががっちりしている人が多いし、けんか好きですね。


北京に留学しているとき、校内のディスコで、モンゴル人留学生と韓国人留学生がよくすごいケンカをしてました。


体格ではモンゴル人だけど、韓国人は、ビール瓶を割って武器にしたりして、めちゃくちゃしますからね。すごいケンカになります。


日本人はついていけません。


体を大きくしようと思えば、成長期に肉をいっぱい食べればいいのだけど、体が大きくなるだけでなく、気性も攻撃的になるから、簡単にはお勧めできない。


やっぱり、日本食が健康にいいだろう。


相撲に話を戻すが、朝青龍が最初は場違いなところにいるような表情だったが、今日は、闘志が出てきたみたいですね。


でも、立会いで左手を突いてないのだけど、いいのだろうか?


一時、立会いは両手を付くと、決まったはずだけど。


大相撲は、死に体とか、立会いに変わるのは卑怯だとか、分けの分からないことを言ってないで、そういう決まりはちゃんとしたほうがいい。手を突かないといけないんだったら、フライングとしてストップさせるべきだろう。


僕は、ルールの中だったら、勝つために何をやってもいいと思う。そして、最も勝つ、方法がもっとも美しい方法になるのだと思う。