菜食主義者に転向して8年ほど経過するが、これが一番よいと思っている。
菜食主義者と言っても、厳格なものではなく、魚介類、卵、牛乳などは食す。
またレストランやおよばれしたところで、予期せず、肉類の料理が出されたときは喜んで食す。
私が菜食主義者に転向した最終的なきっかけは、オーストラリアに留学中、野生動物園で鷹にえさを与えているのを見たことだと思う。
そのとき動物園の係りの人は2種類の餌をあげていた。ひとつは私たちがスーパーで買うような肉のブロック、もうひとつは、殺したてのひよこ。
鷹たちはどっちのえさに群がったと思いますか?
そう、もちろんひよこのほうを食べていました。
私たちなら、肉のブロックのほうを選びますよね。ひよこは見た目えぐいし。
でも見た目のえぐさというのは慣れですから、鷹はひよこの方がおいしいと知っているのでしょう。
私たちも肉のブロックなら食べたいと思いますが、牛の死体を目の前にしたら気持ち悪いと思うでしょう。
でも普段はそんなことを考えずに肉をおいしく食べています。
私はそのオーストラリアの光景を見てからは、肉を食べるときは必ずその動物の死んだ姿を思い浮かべてしまいます。
だから菜食主義にしました。
まあ、それで菜食主義に突然したわけではなく、その他にも自分なりに理由はあるのですが。
私は獣医だから、肉から動物全体をイメージする習慣がある。
私は獣医だから、動物はできるだけ殺したくない。
私は口に入るものに対して神経質だから、すぐに気持ち悪がる。
私は貧乏だから、肉を買うお金がない。
私は欲張りだから、健康に長生きしたい。
などの理由の結果、とうとうプチ菜食主義者になりました。
厳密に言えば、植物だって生きている生命です。
人間は他の生命を食さなければ生きていけない。
他の生命を殺すのはかわいそうだが、人間が生きていくためにはどこかで線引きして、それらの生命をいただかなくてはいけない。
我々は本能的には、自分たちに近い遺伝子を持った生命ほど大事にする。
隣人よりも自分の家族。
外国人よりも日本人。
牛よりも猿。
遺伝子的に遠いほど、殺すことの罪悪感が少なくなっていく。
代表的な動物で言うと
豚→鶏→魚→えび→植物
大学の実習で鶏を殺したことがあるが、やはり気持ち悪い。
魚を殺すことはかなり容易である。それでもやはり魚の死体いっぱい入った容器内を見たときは気持ち悪い。
えびは虫に近いものがあるが、魚ほどは死体を見ても気持ち悪くはない。まあ虫が気持ち悪いと言う人もいるが、それはまたちょっと違う意味だと思う。
植物に関しては、特に死体を見ても気持ち悪いとは思わない。
私の場合は、魚以下を食するのであるが、どこかに線を引かないといけないからだ。
魚だって、ほんとはかわいそうなんだけど。
さて、今話題のくじらはどこに入るのでしょうか?
くじらは学術的には哺乳類だが、現実的には魚の範疇に入れてもいいと思う。
私が食べるか、食べないかは、大雑把に言えば、その動物の死体を見て気持ち悪いと思うか思わないかで決める。
実は、私は動物愛護主義者でもなんでもない。ただの気持ち悪るがりなんです。