同僚のUd先生から、担当している学生のRqさんが、運動会で授業がない3日間を使って是非自分の故郷の紹興を案内したいと言っているという話がきた。運動会参加も要請されていないし、断る理由はない。
紹興というと、老酒(ラオチュウ)しか思い浮かばないのが、長年サラリーマンをやってきた悲しさだ。紹興酒はもちろん有名だが、紹興の町には「随着課本旅游紹興!」(教科書にしたがって紹興を旅しよう!)と書いた看板が至る所にある。まさに、教科書に書かれているような有名人が多く生まれ、名所旧跡がたくさんあるのだ。
(孔乙己の像の前のRqさん、美貌を見せられないのが残念)
まずは近代中国の著名人、魯迅である。魯迅旧居、魯迅祖居、魯迅の通った私塾である三味書屋、そして魯迅記念館が都心の1カ所に集まっている。これが全部ただというのが嬉しい。
入り口に魯迅の像、続いて魯迅の小説名でもある「孔乙己」(コンイチ)の像が迎えてくれる。故郷の偉人の説明にRqさんも力がこもる。「魯迅」と言うときは常に「魯迅様」である。町には「魯迅幼稚園」「魯迅中学」何でも魯迅というくらいの町だ。自然に「様」がつくのだろう。
(ご存知「藤野先生」と魯迅)
魯迅の小説の書き出し部分が展示されている。さすがに長年国語の教師をやっていたUdさんは、たいていの出だしを暗記していて、日本語訳の文章がすらすらと出てくる。けんじいが展示の中国語を見ていると、まるでそばでガイドが訳しているようである。昼食には、孔乙己像の握っている茴香豆と当地の名物霉干菜を食べた。かの有名な臭豆腐は誰も注文しなかった。
(紹興は昔から水路が発達した町だ)
昼食後も熱心に魯迅様の関連施設を見学していたら、夕方になってしまった。もう十分と思うが、Rqさんが夜間開園もあると言って強く薦めるので、近くの瀋園まで歩いて行く。南宋時代の陸游と唐琬との恋の物語が、この庭園を一躍有名にしたらしい。こっちは全く知らないのだが、元国語教師Udさんは、陸游が漢詩で有名なので知っているという。
二人が無理やり離婚させられて10年、この庭園で再婚者同士が偶然に出会い、交わし合ったという漢詩「钗頭鳳」(钗は、かんざし)が石に刻まれていた。そしてこのおじさんは、85歳で亡くなるまで元妻を想い続けたそうだ。若いRqさんを惹き付けたのはこの純愛物語だったか。