☆ 紀伊風土記の丘資料館



和歌山市岩橋1411
(P有)



「紀伊風土記の丘」は、「岩橋(いわせ)千塚古墳群」とその資料館を核とし、移築民家集落や万葉植物園などを含めた複合施設。

「岩橋千塚古墳群」は南方の標高150mの山頂から麓まで、北側斜面におよそ500基ほど築かれた、文字通りの千塚古墳群。

これらの古墳は紀氏一族のものと考えられています。

紀氏とは天道根命を始祖とする氏族で、日前神宮國懸神宮(紀伊国一ノ宮、式内名神大社、旧官弊大社)を総氏神としています。

天道根命(紀氏)が関わる日前神宮國懸神宮の創建由緒については、文献により内容が大幅に異なります。詳細は → 日前神宮國懸神宮の記事にて割愛します。

紀氏がもっとも勢力を増長させたのは、武内宿禰の時かと考えます。屋主忍男武雄心命と影媛(紀直の遠祖 菟道彦の娘)との間に生まれたのが武内宿禰。また子の紀角宿禰も紀伊国造家の出身とされており、母方の姓を引継ぎ始祖となっています。

その後、新羅征討将軍となった小弓宿禰や男麻呂宿禰、飛鳥時代には大人臣、平安時代には紀貫之などが知られます。


【岩橋千塚古墳群の記事】





*実際に撮影した写真は相当数に上りますが、後ほど「写真集」として記事UPします。
(主として自分用の記事となります)


こちらが駐車場。資料館からは400~500mほど離れています。背後の山に「岩橋古墳群」が山腹一面に築かれています。

駐車場までは遊歩道となっていますが、明らかに設計ミスではないかと…。




全国で初めて出土したという「鳥形埴輪」(大日山35号墳)。

「石見型埴輪」

人物埴輪(大日山35号墳)

「装飾付脚付壺」(御坊市 富安古墳群有留木古墳)





資料館を出たところ。古墳群の手前には「万葉植物園」があり、地元民の憩いの場に。


最大規模の大日山35号墳。


板状の結晶片岩を用いて四壁を積み上げ、内部には石棚や石梁などを有する特徴的な「岩橋型横穴石室」。