◎東池尻・池之内遺跡 (「磐余池」推定地)



大和国十市郡
奈良県橿原市東池尻町



桜井市と橿原市の境界付近、律令の領制国でいえば十市郡にあった人工池。現在はそのほとんどが田畑になっており、その範囲を巡り昔から激しい論争が繰り広げられています。

「磐余池(いわれいけ)」、「埴安池(はにやすいけ)」、「市磯長池(いちしのながいけ)」などと呼び方は主にこの3通り。

紀にみえる稚櫻宮の推定地、式内社 稚櫻神社の比定、式内社 石寸山口神社(いわれやまぐちじんじゃ)の比定、さらに5代にわたる「磐余池」周辺での宮の比定などに大きく関わります。

この池の範囲如何で比定地が変わるという、古代史の学者や研究家などの間では、大変な重要地域と言えるのです。

◎参考記事
*鳥見山・多武峰郷土史 (磐余 埴安池 その1その2)
稚櫻神社(池之内)


この論争に大きな転機が訪れたのが、平成23年の発掘調査。池に流れ込む水を止めるための堰堤跡が発見されました。おそらくその場所が池の北東端であるとするのが有力となりました。

その堤跡に立てられたのが、この案内板です。

*写真は2018年7月と2021年2月撮影のものとが混在しています。



地図は南北逆さま。

180度回転したものを載せておきます。





こちらは池の西端、御厨子神社の前から。

「鴨」は「鴨氏」のことかと想像してみたくもなりますが…。