2026年の1学期。

娘の小学校は、来週から新学期が始まります。


今日は学期の前後に一度行われる、

先生・保護者・本人を含めた三者面談の日でした。

夏休みの様子を共有したり、1学期の目標を話し合ったり、学校からの重要事項の説明があったり。20〜30分ほどの面談でした。

今年も同じ先生、そして縦割りクラスへ

娘の学校は、保護者が先生を選択できる仕組みがあります。

今年も、娘が慣れ親しんだ同じ先生を選びました。

今年の大きな変更点は、Year0〜Year3までの合同クラス(縦割り)になること。


友だち関係が大きく変わる可能性もありましたが、仲の良かった子たちのほとんどが同じクラスになり、ひと安心。


この学校で3学年をまたぐ縦割りクラスが可能なのは、少人数であること、そして教科ごとにレベル別でクラス分けをしていることが理由です。


自然活動がさらに充実

これまでも、週に1回は市内の施設ではなく、自然のある別キャンパスで活動していましたが、今年はそれが週2回に増えるそうです。

畑、水、生きもの、環境など、自然に触れる活動をさらに増やしていくとのこと。

校庭や大きなプレイグラウンドはない学校ですが、今年から小さなスペースに新しくプレイグラウンドが設置されました。

また、夏の期間は市内のプール施設に授業の一環として通う学校も多いのですが、娘の学校ではこれまで行われていませんでした。

今年からは、近くのプールに通うことになったそうです。

学校内にプールがある小学校は、実際かなり少ないです。)


私としては、「いいな」と思える点がまた増えて、とても嬉しく感じました。


日本語と文化の活動について

そして、先生の方から嬉しい提案がありました。

「日本語に興味を持っている子どもがいるので、去年のように、読み聞かせや日本語に触れる遊びをしてほしい」

私自身、毎年、娘の学校で日本語や日本の文化に触れる活動をしたいと思っていたので、先生の方から声をかけてもらえたことが、本当に嬉しかったです。

娘が決めた1学期の目標


最後に、娘が1学期の目標として決めたことを共有しました。

夏休みに取り組んでいたオリジナルキャラクターの絵をもとに、アニメーション動画を制作し、クラスで発表すること。

さらに、授業ではそのキャラクターを使って、みんなで紙に洋服をデッサンし、着せ替えをしたり、交換したりする活動を行うことにしました。

親も一緒に関わる学校

娘の「やりたい」を、先生と親が一緒にサポートしていくこの仕組みが、私はとても気に入っています。

1年目は正直、よく分からないまま過ごしていましたが、少しずつこの学校での取り組み方が見えてきました。

今年は、私自身もより意図を持って関わっていきたいと思っています。

この学校は、希望すれば、保護者がどんどん参加できるのも大きな特徴。

娘以外の子どもたちのサポートとして、屋外活動の見守りなど、去年に引き続き、できる限り関わっていく予定です。




今年出版予定の絵本のこと。

ラフ画が、ついに完成しました。


娘は現在6歳。

私のことをカミングアウトしはじめたのは、4歳くらいから、少しずつ。


どこまで理解しているのかは、正直わかりませんでした。

でも、娘が感じるままにいてくれることを、何より大切にしてきました。


だからこそ、

娘から私のことを質問されたときには、

できるだけわかりやすい言葉で答えたかったし、

打ち明けられるタイミングがあれば、

その都度伝えられるよう、いつも心の準備をしてきました。


この絵本は、

私のことを伝えるための「一つの手段」でもありました。


だから、物語は何度か読み聞かせながら、

少しずつ伝えてきました。


そして今回、

絵本の絵は娘に担当してもらうことにしました。


これまで娘が見聞きしてきたことから、

自由に想像して描いてほしかったからです。


私は、

「こんな絵を描いてほしい」という指示は一切せず、

文章の流れと、娘自身の経験だけを頼りに描いてもらいました。


面白いことに、

今回の絵本に登場する人物は3人だけでした。

主人公の私、母親、そして親友。


文章には、主に私の気持ちを書いていて、

母親のこと、友だちのことは、ほんの少しだけ触れています。


そんな中、後半で

私が決めていたタイトル案を見た娘が、

「こっちがいい」と別のタイトルを考えてくれました。


その場面は、とても嬉しくて、

娘がこの絵本の内容を掴みはじめた瞬間でもありました。


タイトルが決まり、

内容に合ったラフ画が完成し、

最後は、表紙と背表紙を娘に描いてもらいました。


正直、

一番力を入れたかったのが「表紙」だったので、

どんな仕上がりになるのか、不安もありました。


妻にも相談しましたが、

最終的には、私たちは何も言わず、

娘の想像にすべてを委ねることにしました。


私自身も、

どんな絵になるのか、まったく想像がつきませんでした。


そして、娘が描いたのは、人物の絵でした。

私と、親友が二人並んでいる絵。


正直、とても不思議でした。

娘は、私と親友が一緒にいる姿を

そんなに何度も見ていませんし、

その人が「親友」だと知っているわけでもありません。


「どうして、お父さんの隣によこちゃんを描いたの?」

そう聞くと、娘はこう答えました。


「だって、お父さんとお母さんの結婚式の写真で、

よこちゃん、お父さんの顔の近くにいたよ」


……きっと、何かを感じ取っていたんでしょうね。


私はこの絵本に、

親友のことをそんなに書いたつもりはなかったので、

少し驚きましたが、

それ以上に、とても嬉しかった。


確かに、

私が一番苦しかったとき、

隣にはいつも親友がいました。


それを誰かに説明する必要はないし、

言葉にしなくてもいい。


娘が、

感じたままを、感じた形で表現できたこと。

それが、何よりよかった。

検査の概要説明は、事前にメールで届きました。

しかも、日本語訳付き。

ありがたすぎて、思わず胸がいっぱいになりました。


当日は、15分ほど問診があり、

今回も電話で日本語通訳をつけてもらいました。


「過去に手術などで体の細胞を取ったことがありますか」

という質問で、

胸の脂肪と乳腺を取ったことを伝えました。


前回の診察ですでに安心できていた私は、

今回のカミングアウトはとてもさらっとしたもので、

心も穏やかでした。


検査方法は、セルフ検査

キットを渡され、トイレで自分自身で行います。


私にとっては、

とても心地よく、気持ち的にも楽な方法でした。


かつて、

「二度と受けない」と誓った検査。

それを、安心して受けられたこと。


ニュージーランドでのこの体験は、

私にとって、とても大きな意味を持つ出来事になりました。



トランスジェンダー(トランス男子)の私は、

病院がとても苦手でした。

理由は、ほぼ必ず「カミングアウト」が発生するからです。


当時の私は、自分のセクシュアルについて、

ひたすら隠して生きていました。

それを他人に伝えることは、想像以上にエネルギーを使う行為で、

毎回どっと心が疲れていました。


特に、はじめて行く病院ではつらい思い出があります。

見た目は男性。

男性ホルモンの影響で、髭があり、声も低く、

ほとんどの場合、男性として認識されていました。


それにもかかわらず、保険証の性別欄は「女性」。

受付の担当者が驚いたり、受付内がざわついたり、

性別を確認されることもありました。

それが当時の私には、とても恥ずかしく、つらい時間でした。


子宮頚がん検診を受けたのは、日本で一度だけ。

それも、男性ホルモン投与を始める前で、

9〜10年前のことだったと思います。


妊婦台のようなベッドに横になり、

下半身はカーテンで仕切られ、

医師が器具を入れて検査をする——

そんな記憶が強く残っています。


「身体が女性である」と突きつけられるような感覚が屈辱的で、

二度とこの検査は受けないと誓いました。


それから時が流れ、

ニュージーランドで、

再び子宮頚がん検査を受けることになります。


ニュージーランドへの移住が決まったタイミングで、

私は男性ホルモン投与をやめる選択をしました。


生理が再び来るようになり、

少しずつ、自分の身体を受け入れ始めました。

こんな日が来るなんて、当時は想像もしていませんでした。


人生は本当に何が起こるかわからない。

そして、自分の身体を大切にしようと思えるようになった

この変化は、とても嬉しいものでした。


▶︎ #3へ続く

「トランス男子 子宮頚がん検査当日 in ニュージーランド」

トランス男子のかかりつけ医 in ニュージーランド

#1/3


2年以上滞在可能なビザに切り替わったことで、

ニュージーランドの公的医療制度の対象となりました。


これにより、

GP登録(GP=地域のかかりつけ医として、日常診療から専門医への紹介までを担う医師)

や、医療費の補助を受けられるようになりました。


さっそく、病院に登録することに。

手続きは妻にお願いし、二人で予約を取りました。


オンライン登録では、性別欄に

「男性・女性・その他」など、複数選択肢があり、

私は一番近い感覚だった「other」を選びました。


私は英語が話せないため、妻の同席が必要でした。

先に妻が呼ばれ、30分以上かかって戻ってきました。


内容を聞くと、

日本語の電話通訳をつけてくれて、

とても丁寧に説明と質問対応をしてくれたとのこと。


それを聞いて、私は少しホッとしました。

通訳がいるというのは、本当に心強い。


待ち時間、病院に併設されているカフェにふと目を向けると、

LGBTQの旗がいくつか飾られているのが目に入りました。

さらに、担当者が虹色のストラップを身につけていました。


こうした「目に見えるサイン」は、

当事者にとって、大きな安心材料になります。

心が、少し緩むんですよね。


とはいえ、セクシュアルなことを伝える瞬間は、

今でも胸がきゅっとします。

以前よりはだいぶ楽になりましたが、それでもです。


問診の中で、過去の病歴や家族の持病、

手術歴を聞かれた際、

胸の手術をしたことを伝えるタイミングで、カミングアウトしました。


担当者の反応は、とても自然なものでした。

特別扱いもなく、態度が変わることもなく、

淡々と対応してくれました。


その流れで、

「子宮頚がん検査が無料で受けられますが、どうしますか?」

と聞かれました。


日本での嫌な経験や、

ニュージーランドでの検査の雰囲気がわからない不安を伝えると、

彼女はこう言いました。


「あなたには女性の身体機能がある。

だから検査を受けることができます。

何も心配する必要はありません。」


もっと丁寧に、長く説明してくれましたが、

迷いのない、落ち着いた言葉がとても印象的で、

私は思わず、少し涙ぐんでしまいました。


▶︎ #2へ続く

「トランス男子の子宮頚がん検査を受けるまで」

最後は、先生の前で自然と涙があふれました。


検査結果は陰性の脂肪腫

切除することもできるけれど費用がかかること、

このまま様子を見ても問題ないこと、

かなり以前からできていたものであることを説明されました。

「もし大きくなるようなら、また受診してください」と。


診察の前に、いくつか質問がありました。

その中に、セクシュアルのカミングアウトに関わる項目が。


「マンモグラフィー検査が必要とメモにありますが、どうしますか?」

胸はすでに切除していることを伝えると、そこから話は少し脱線しました。


医師

「ホルモン療法はやっていますか?」


「2年前にやめました」


医師

「こちらで再開したいですか?」


「今はやりたくないです」


医師

「カルテにセクシュアルの記載をしてもいいですか?

 ただ、選択肢に“性同一性障害”という表記しかなくて。

 この表現が嫌だとか、違和感はありますか?

 “障害”という診断名は、ニュアンスが違うと感じますが、、、」


「特にありません」


このやりとりの中で、この医師が持っている

トランスジェンダーへの知識や、相手の気持ちを汲み取ろうとする姿勢が伝わってきて、

胸に込み上げてくるものがありました。


最後に、医師がさらっと言いました。

「残念です。あなたが英語を話せたら、もっと色々お話ししたかった」


電話通訳越しに、私は伝えました。


「あなたを見たとき、すぐに目に留まりました。

LGBTQのストラップが。

最初から心を開いて関われたこと、本当に感謝しています」


ニュージーランドでは言葉が十分に通じなくても、

私はとても深い心遣いを受け取れたし、

自分の気持ちもちゃんと伝えられました。


今日は、押し殺すことなく、さらりと泣けた。

私は、私自身をどんどん受け入れている。


かつては、病院という場所が

嫌悪感や憂鬱さの象徴だったのに、

今は清々しく、安心できる場所。


私の「安心の居場所」が、また一つ増えました。

娘は友人からクリスマスのギフトカードをいただきました。

それをどう使うか、家族で話し合いました。


(なんでも買っていいことにすると、その場で欲しいおもちゃを買い、結局ほとんど遊ばないことが多いので、今回はみんなで遊べるものに決めました。)


実は、この決定までに、娘は自分のおもちゃを買いたい気持ちと葛藤していたはずです。

私も同じように、娘の気持ちに向き合いながら葛藤していました。


今回のギフトカードはいただきものなので、大切に使いたいと伝え、家族で遊べるものを選ぶことにしました。

ただし、家で取り組んでいるコインシステムの活動で使うものは娘の好きなものなので、親は一切口出ししないことにしました。


少し前までは、おもちゃが買えないと泣いたりぐずったりすることが多く、私もモヤモヤしていました。


それでも、買わない理由をしっかり伝えたり、代替案を示したりすることで、娘の中で気持ちが整理され、切り替えがとても早くなってきました。


無理やり我慢させて気持ちを抑えさせるのではなく、葛藤の中で自然に落ち着く。

これが成長なのかな、と感じます。


だからこそ、泣いたり悔しがったり、感情を思い切り出すことは大切で、すぐに解決しなくてもいい。

どんな感情も受け止める器を、常に用意しておきたいと思います。


自分がトランスジェンダーだと誰かに伝えたとき、相手の反応はだいたい3パターンに分かれます。


  1. 当事者の気持ちに共感してくれる人
  2. なんだかよくわからない、戸惑っている、興味はあるわけではない、とにかく共感はしていない人
  3. 反対したり、嫌悪感を示す人



私にとって一番嬉しいのは1のパターンで、シンプルにもっと親しくなりたいと感じます。3は数は少なかったものの、一番嫌な気持ちになります。ただ、今振り返ると、嫌な体験も自分を深く知るための大切な経験になったと思います。そして、ある意味で「必要な人」だったのだと理解できます。


2のパターンは、1と半々くらいの割合で現れます。共感してもらえないことで少しモヤモヤしますが、相手の戸惑いや無関心の気持ちも理解できるので、嫌な感情が長く続くことはあまりありません。私の経験から言うと、共感してもらえない相手とも、無理に理解してもらおうとせず、距離感を調整できることが大事だと感じます。


つまり、自分にとって大切なのは、相手の反応そのものではなく、自分が心地よく過ごせる時間が長いかどうかです。共感されなくても、自分の存在を否定されない関係や、安心できる距離感を保てる人と一緒にいることが、結局は自分を大切にすることにつながるのだと思います。

娘がくれた誕生日カード。

表紙に書かれた「おとおさん だいすき」の文字を見た瞬間、胸がじーんと熱くなりました。


最近、ひらがなが少しずつ書けるようになってきた娘。

実は、私が積極的に教えたわけではありません。

本人が興味を持ったタイミングで、遊びのようにひらがなを書き始め、そのまま自然と覚えていきました。


ニュージーランドの小学校では、英語の読み書きが本格的に始まり、英語力はどんどん伸びていきます。

一方、日本語に触れる機会は、家での私と妻との会話だけ。


そんな環境の中で、娘が日本語で書いてくれた言葉は、まるで私の心に直接届くような感覚がありました。

「日本語は、娘と私をつなぐ大切なコミュニケーションの手段なんだ」

そう強く感じた瞬間でした。


だからこそ、娘には日本語を書けるようになってほしい。

そして、いつか自分で日本語の本を読めるようになってほしい。

そんな願いが、自然と湧いてきました。


私自身、娘の学びに日本語と英語の両方が入ることに、戸惑いや不安がありました。

でも今回の出来事を通して、私の中の気持ちがはっきりしました。

「なぜ日本語を学んでほしいのか」

その理由を、ちゃんと娘に伝えていこう。

そう思えたのです。


母国語と英語の使い分けは、最終的には娘自身が選ぶこと。

だからこそ、親としての気持ちを言葉にして伝える。

その小さな一歩が、きっとこれからの娘の学びを優しく支えてくれると信じています。

今日は娘の校外学習の付き添い。


数ヶ月に一度、付き添いとして娘のクラスの様子を見させてもらっている。

今の学年もあと2週間ほどで終わる。今日感じたことを残しておきたい。

①少し苦手だった先生のこと


娘のクラス担任は2名いて、週の前半・後半で担当が分かれている。

そのうち1人の先生に、私はずっと“苦手意識”のようなものを持っていた。

忙しそうだったり、目が合わなかったり、どこか居心地の悪さを感じていた。


だからこそ、どう向き合うかずっと考えてきた。

まずは送り迎えの時に、必ず目を合わせて挨拶することから始めた。


そして今日、ちょうどその先生と一緒に校外学習へ行くことになった。

はじめて感じた「距離の近さ」

私が英語が得意ではないことは先生たちも知っている。

その先生は特に早口で、聞き取れないことも多かった。

でも今日は、彼女のほうから突然話しかけてくれた。

先日送った娘の家庭学習の写真や動画の話題だった。

漢字の写真を見て「チャイニーズ?日本?」と聞かれたのに、私はうまく答えられなかった。

それでも、娘がやっていた手遊びを「クラップのやつ、よかったよ」と褒めてくれた。

彼女は翻訳アプリを出しかけて、途中で「やっぱりあとでメッセージ送るね」と笑って流した。

“彼女から話しかけてくれた”——私もこのままで終わりたくないという思いがあり、、、


「日本の手遊び、一緒にやらない?」

嬉しくて、私はすぐに行動していた。

考える前に動くのが私。英語はめちゃくちゃでも、直感が来たらやってみる。

勢いで「一緒に日本の手遊びやらない?」と誘ってみた。

すると、なんとやってくれた。しかも アルプス一万尺。


手に触れ合いながらの手遊びだから、心の距離が一気に縮まったのがわかった。

子どもたちも集まってきて、先生も楽しそうに笑っていた。


学校に戻った時、「今日は付き添いありがとうね」と言われたその一言が、

いつもよりずっと優しく、まっすぐに心に入ってきた。


先生が変わったんじゃない。変わったのは私。

ずっと感じていた彼女との間のモヤモヤ。

その中で「彼女と心の距離を縮めたい」と思い、行動したのは私。

彼女が変わったわけじゃない。

私が変わったから、見える景色が変わった。

苦手だと感じる相手に、自分からコミュニケーションを取りに行ったのは人生で初めてかもしれない。

だから今日は、私にとって特別に嬉しい一日になった。