映画探偵室 -2000ページ目

クレジット

あんな所まで見ている奴の気が知れない,という人もいるが,名画の謎解きはクレジット(英語ではEnd rollという)から始まる。記憶に深く残る映画は出演者も含め,私にとってはある一団をなしているように感じられるからだ。例えばジャン・ギャバンによる長距離トラック運転手の哀切な物語の音楽はジョゼフ・コスマ,あの「枯れ葉」の作曲者だし,フェリーニの映画はすべてニーノ・ロータだが,ニーノ・ロータはマーロン・ブランドが演じた「ゴッド・ファーザー」の音楽を担当しているとか。映画制作に携わっている人たちは必ずカメラマン(通常は撮影監督)に注目する。美術や衣装,小道具,制作助手など全てのスタッフがこの一団に属していると言える。パピヨンの脚本が「ダルトン・トランボ」の名前でないことも分かる。映画は真の意味で総合芸術,共同芸術なのだ。さまざまな名作を担当した人たちの大半は天に昇ったが,この一団がスバルという星(スター)になっているとボクは思っている。

地下鉄の匂い

望郷のペペ・ル・モコことジャン・ギャバンはそれなりに安全な生活を堪能していた筈のカスバから,パリから来た女を追いかけて波止場まで出たために命を落とすことになる。そんなにも望郷の思いを募らせたものは何だったか。「きみ,地下鉄は今でもあの匂いがするかい?」

映画では匂いは映らない。その匂いがどんなものかパリの地下鉄に乗ったことのある方ならご存知かも知れない。しかし,このような匂いというのは,それぞれの人の奥底にひそかに眠っている記憶なのだ。

私の場合は,それは市電(横浜の市電)のスパークの匂いである。パンタグラフと架線が接触する瞬間に薄紫の火花が散ってこの匂いが密かに立ち込める。私にとっての都会とは,漱石も「三四郎」で書いているように,このスパークなのである。遠い日,私は屋根に立てかけた梯子から転落して庭石に頭をしたたか打ちつけた。火花が散り,あの匂いが鼻の奥に強く感じられた。人にとって故郷とは何か。その生家も親ももはや無い。私は今,後から亡くなった父の年を越えようとしている。

師匠には遥か遠く及ばない:フィリップ・マーロウ

探偵室なぞと大そうなブログ・タイトルを付けていながら理由も書いていないので,ご不快の向きもあろうかと思う。このブログを始めるきっかけになったのは,入手不能と思われていたシムノンの「汽車を見送る男」が思いがけず入手できたこと,そして自分の唯一可能な(才能は別にして)職業が翻訳であることにある。決してフィリップ・マーロウを気取っているわけではない。それではチャンドラを日本に紹介した田中小実昌先生に申し訳けなさ過ぎる。若い頃飲み歩いた新宿ゴールデン街で先生にお会いする機会がなかったことを心底残念に思っている。重々自戒しつつ,次回を期したい。