この人を忘れてやしませんか:スティーブ・マックィーン
スティーブ・マックィーンが生命保険のCMに登場して欲しい俳優として挙げられていないのは何故か。それは彼の出演経歴を見れば分かる。彼に保険はかけられないのだ。拳銃無宿で私たちの前に登場して以来,どんな危険も顧みずひたすら自由を求めて前に進み続けた。そして多くの場合,それは彼を閉じ込めようとする束縛からの脱出であった。大脱走の爽快さは彼なくしては語れないだろう。そして「パピヨン」。地獄島と呼ばれた孤島の監獄から飽くなき脱走を繰り返し,ついに自由を勝ち取ったアンリ・シャリエール役は記憶に永遠に残る。最後の映画となったペキンパーとのコンビ「ゲッタウェイ」,私流のタイトルは「ついにやったぜ」。そして癌により帰らぬ人となった。パピヨンの撮影時から癌であることは自覚していたらしい。それを案じたアリ・マッグローは終始ロケに付き添っていた。アンリ・シャリエール本人と3人での写真が残されている。彼の没後アリ・マッグローの語った裏話「看病で眠れないんじゃないかと予想していたら,どうしてどうして,彼は殆ど毎晩私を眠らせてくれなかった」。美男ではないが,正直であることとそして何より自由への強い意志が(それは真の孤独を意味するのだが)彼をほんとうの男にしている。彼が「傷だらけの栄光」でポール・ニューマンの弟分不良として登場した時の,このボクサー(ポール・ニューマン)の台詞はスティーブ・マックィーンにも捧げられるべきだろう。「どこか上の方で俺のことを好いてくれているみたいだ」。これが真のオーラである。自由の希求。映画パピヨンは三人の自由を求め続けた男によって作られた。アンリ・シャリエール,スティーブ・マックィーン,そして赤狩りによる追放のため名前を隠して脚本を担当したダルトン・トランボ。
特に何もない日
前前回に「さくらの唄」の最終回について書いたが,他にも忘れがたい回の放送があったので洋画ではないが付け加えたい。弟にとっては特に何もない日の日記である(1人称で語られていた)。朝起きると何かいつもと違う気がする,何か分からないまま自転車で近所を走ってみると見慣れている下町の風景がことごとく何か違っていて新鮮に見える。家でぶらぶらしていると親父に怒鳴られる。「こい」と言われた親父に夢中でむしゃぶりつき,揉みあった結果,あっけなく親父を投げ飛ばしてしまう。そこで彼ははっとするのだ。自分が何になったかを知る。庭石の横で息を切らし,尻餅をついている親父が急に愛しく思えた。男の子なら必ず通る道。特に何もない日だった。
ボクの場合はこんなドラマチックではなく,それは棚の上のエロ本が背伸びしなくても見えた日であった。