「離愁」(10)
「離愁」(9)
酒場女を中心に暇つぶしの賭けトランプが始まった。酒場女はかなり入れ込んでいる。男たちがからかう。「いやに本気じゃないか,戦争みたいだ」。そして化粧の濃い酒場女が答える。「だって,負けるの嫌だもの」
途端に列車は急ブレーキをかけた,爆撃が始まった。列車の後部から炸裂する爆弾の火が追い迫っている。
列車中の者はみな線路脇の溝や藪めがけてあわてて避難する。すぐ近くの民家が被弾して炎があがる。
土手下で男が女を庇うように上からおおい被さった時,女が首を返して言った。
「靴が脱げたわ」
一瞬理解できなかった男も後ろを振り返り,爆弾を警戒しながら身体を伸ばしてその靴を拾ってきた。二人の顔には炎の揺らめきが反映している。
男は拾ってやった靴を手にして言う。
「いい靴だね」
女はそれを履きながら言う。
「ロンドンで買ってきたの」「え?」「ロンドンよ。よく行くのよ」
「金持ちなんだね」「わたしは違うわ」
みつめあう二人。
爆撃が終了した合図の汽笛がなって,非難していた者たちが貨車に戻って続きをやるのを無視するように,女は入り口のところに座ると,膝を男の反対側に向けて立てた。女は男の視線がその脚に集中しているのを知ると振り返って「ふっ」と笑った。そしてガーターが見えるほどまでスカートを捲くるとストッキングを男の目前で脱ぎ捨て,そのまま眼の前の藪に投げ捨てた。藪の木に引っかかったストッキングに炎の揺らめきが映っている。再度男の方を振り返った女は謎の笑みを浮かべた。
列車は夜の中を走っていた。町医者を含め皆寝入っている中で人相の悪かった男が「しっ」と合図して酒場女の横に割り込み身体に手を回す。
男がその方に視線をやったとき,隣に寄り添うように寝ていた女がじっと男の顔をみつめて英語で囁いた。
「抱いて」
そして自分からベージュのパンティを脱いだ(続く)。
「離愁」(8)
ドキュメンタリー映画での最後の場面は橋が爆破された後の,路肩にトラックが横倒しとなっている風景だが,その風景に次第に色が着いてくると,いつの間にかこの物語の橋となった。橋の手前では守備を担当する軍の人間と,列車の運行を管理する者とが言い争っていた。爆弾が仕掛けられたという情報があるので,列車は大統領命令で通さない,引き返せという。鉄道側もやはり上からの命令だから是非とも停止できないと主張する。列車から降りて来たあの人相の悪い男が「何をバカな」と言って兵隊になぐりかかる,周りの男たちも加勢する。もみ合いとなった時,突然カスケットと呼ばれる帽子をかぶりヒゲなど生やした憲兵がピストルを空に向けて発射し,「止めろ,止めろ」と言いながらながら駆けつけた。そして勢い余り手許が狂って自分の足の先を撃ってしまう。「撃っちまった,撃っちまった」と半狂乱で泣き喚く服装だけはお洒落な頼りない憲兵。その滑稽さ加減に周りの男たちからも,列車の窓から成り行きを見守っていた人達からも期せずして大爆笑が沸き起こった。憲兵は兵隊の手で運び出されていった。
するとYシャツ姿になっている修理工が真ん中に割って入り提案した。「お互いが命令上できないなら,私が代わりに運転しよう」。鉄道員は言う「では私は見ないことにする」。あの貨車の連中も一緒に運転席に乗り込んで男の手助けをする。そして汽笛が鳴らされ,列車はゆっくりと動き出し,橋を渡り始めた。河にかかる石造りの橋の上を列車が進んでいく美しい風景。男たちの顔に笑顔があふれてくる。貨車で窓の外を流れる景色を見ていたあの女にも笑みが浮かんでいる。渡りきって安全な場所に停車した機関車から男たちが降りてくると,後続の車両の窓からいっせいに拍手が起こった。列車中のすべての人間が気持ちを通じ合わせたかのような空気があたりを包む。あの人相の悪い男だってやっぱりフランス人だったのだ。
あの女が彼の方に近寄ってきて一緒に歩き出す。
「前に運転は?」
「したことない」
「内気な人に見えたけど」
「内気さ」
「今日は違うわ」
「時と場合による。事情が事情だから」
片腕のない男が赤ん坊を抱いた女と一緒に歩いている。
「みんな生き生きしてるわ」
「それは僕だけじゃないよ」
先に貨車で待っていた酒場女は修理工をこう言って祝福した。
「ブラボー,今夜寝てもいいわよ」
傍らでは老人が歩きながらつぶやく。
「あの戦争で終わりだと思っていたのに」
酒場女がすかさず言う。
「終わるわけないでしょ。男ってバカね」
この後に気持ちが通じ合った避難民が自動車部隊としてやって来た後続の避難民を手助けし,妊婦を引き取るとともに,次々に手渡しで荷物を運ぶ場面が入る。列車にはまた乗客が増えた。列車は出発し,また夜が来た(続く。次がワタシの考える最初の山場となる。乞うご期待)。