宮武外骨。

戦後、彼の雑誌「アメリカ様」は、掲載文が一部削除される。

外骨は、生涯、反骨のジャーナリストだった。

 

 

         大阪市西区土佐堀2丁目交差点の史跡「宮武外骨ゆかりの地」

 

ー反骨の外骨ー

かれについ記す新聞があり、これによる。(要約)

彼は大阪を去る時、夜逃げにあらず昼去り也

などと珍妙な広告して東京にくる。

翁の如く直情怪行で、表も裏もない、ありのままの

人間は恐らくあるまい。

今日の言論の窮屈な時代にあって、真正面から

猛烈に火蓋をきる者は彼以外にない。

ために、彼は、三四度下獄する。ところで、思気おとろえず、

禿頭さわやか、彼は「反骨」の結晶である。

 

 

                大正7年・小樽日日新聞(1918.4.4)

 

ー「アメリカ様」と宮武外骨ー

昭和21年に「アメリカ様」を刊行する。

序の前に、アメリカ様を題にしたわけを「例言」に書く。

日本軍閥の全滅、官僚の没落、財閥の屏息、

やがて民主的平和政府となる前提、…(略)…これ全く

敗戦の結果、この無血革命、痛快の新時代を

寄与してくれたアメリカ様のお陰である。

とあり、ペリー使節以降、武士が騒ぎ、甲冑・刀剣などを

売却し、これを古道具屋が買い入れ大儲けし、当時、

「武具馬具屋アメリカ様とそツと言い」の柳句があり、

これををかりて題とするとある。

外骨は「例言」の結びで云う。

著者戯れに「半米人」と称す。

今年歳80歳、米寿は八十八、下の八が足りない。

そこでアメリカ様の反支配下、半米人と自称するのである。

「アメリカ様」の一部の文章が進駐軍の検問を受け、

削除を命じられる。

それは、「近頃若盛りの強盗が多い理由」と題した文に、

敗戦後の社会に強盗が多くなったのは、アメリカ様のおかげ

とは言えないが、「進駐軍が来て以来のことだから、

何らかの刺激によるものらしい」の箇所が問題となる。

 

 

「アメリカ様」には、軍閥とそれを支えた新聞ジャーナリズムの

非や官僚政治の腐敗など記し、あわせ、自由と平和を敵国に

もたされたことを諧謔的にアメリカ様と表現している。

「アメリカ様」の問題となった部分は、彼の死後に、

遺品の中から発見される。

 

宮武外骨(参考)

2019.9.14

三谷幸喜(映画『記憶に…』)と宮武外骨(「滑稽新聞」)

2019.9.24

宮武外骨(雪冕)と小林一三ー新大阪物語(675)

2019.9.25

小林一三(小説「練絲痕」)と宮武外骨ー新大阪物語(676)

2019.9.28

天が茶屋の聖天山(正圓寺)ー新大阪物語(679)

2019.10.3

宮武外骨「滑稽新聞」と竹久夢二ー新大阪物語(684)

2019.10.4

宮武外骨と南方熊楠(「奇人」)ー新大阪物語(685)

2019.10.18

大阪市長の池上四郎(天王寺公園)ー新大阪物語(693)