今日は私の誕生日です。


毎年、誕生日になるとLINEや電話で母に

産んだ日はどんなだった?

どんな気持ちだった?と聞いていましたおねがい


何度も何度も同じ話だけど初めて話すように教えてくれた母。


それをうん、うん、と聞く私。


『とにかく髪の毛が多くて総立ちでずーっと泣いてて、お世辞にもかわいいって言われなかったの笑!!』


『こんなに泣く子は育てるの大変だから覚悟しなさいね』と看護師さんに警告を受けた母。


今はその話を聞けなくなってしまって

寂しいけれど、今年は父に聞いてみた。


母さん、お産大変だったかなぁ?


父さんから見た私の誕生話は少し角度が違くて冷静で、これはこれで面白い。


病院のお会計が間違っていて、後で沢山請求がきて驚いたこと笑、お昼ご飯を食べに行ってる間に産まれてしまったこと、全部たわいない小さな事だけど、私の知らない母さんが想像できてうれしい。


これからは毎年誕生日には父さんに質問して

おんなじ話を聞き続けよう。


母さん、産んでくれて育ててくれて

本当に本当にありがとう。

おかげで私はとても幸せで毎日生きてて良かったって思ってるよ。

母さんが大切にしていた人を私がずっと大切にするからね。



父が1ヶ月北海道へ帰る事に。


普段の生活はあまり制限がなく、IH調理器も

大好きなスマホもタブレットも毎日使っています照れ


ただ、

飛行機に乗るときは、ペースメーカー手帳を見せて

保安検査をマニュアルで行うように、

と説明を受けて若干緊張していた父。


1番取り出しやすい所に手帳を入れていざ出発。


後で聞いてみると、

『ペースメーカーを入れています』と

口頭で言うだけで、

はい、こちらへどーぞーと

手で身体をささっと触り終了。


手帳の確認も無かったそうです。



それだけペースメーカーを入れている人が多いんだね、 と電話で話しました。


その後は地元で障害者手帳を貰うべく申請予定。


でもこれもペースメーカー人口が増えている為、

等級は数年後に下げられてあまり意味をなさなくなるとか。


それを知ったとき、

そんなもの貰えなくてもいい、元気に過ごせる方が大事だよね! と言い合いましたが、

医師からは『きちんと申請してください』

と助言を受けたそうですてへぺろ

父が2泊3日のカテーテル ステントオペを終えて帰宅しましたニコニコ


どうだった?と聞くと

『ペースメーカーの手術の時より痛くて1時間脂汗を書いて本当に時間が遅く感じた』との事。


今回も全身麻酔なしで行ったようです。


どうして痛いって言わないの?

と聞くと


『一生懸命やってくれてるのに痛いとか我が儘な事言えないよ』との事。


ワガママではないと思うのですがちょっと不満

弱音は吐くべきではない、という性格なんでしょうか。


それにしても、手首から細い管を入れて、心臓の血管まで到達させて、ステントを入れて置いてくる、なんてどう考えても相当な技術だと思います。


子供みたいな発言ですが、

こんなことを出来る人が世界中に何人もいるという事実。

大きなビルや橋、船をみても毎回感じるのですが、

つくづく人間ってとんでもない生き物だと感じました。


入院した日は東京も急に気温が下がった日。


父の入院していた病院にも救急車が本当に沢山来たようです。

翌朝、看護師さんに昨日は救急車とても多かったですね、と聞くと、気温が下がると途端に台数が増えるので、寒波予報の時などは身構えるそうです。


お医者さんに看護師さん、私達を助ける為、日夜問わず懸命に尽くしていただいて、本当にありがとうございます、という気持ちです。


母は毎年農家さんに電話して、

大好物の

土佐分担をお取り寄せし、周りのお友達にお裾分けしていましたおねがい


2月初旬から半ば位になると、文旦たべてー!と送って来ていたのでそれで、『ああ、文旦の季節だなぁ』と感じていました。


今年は父が入院したりと普段と違う生活をしていた事もあり、すっかり忘れていました

先週、父が

『しまった!忘れていた!』と

農家さんに電話。


農家のおじいさんは耳が遠いのもあって

お互いに何度も何度も注文内容と住所を繰り返し確認しているのを横で聞いていて微笑ましくなりましたおねがい


間違えないように、きちんと届くように一生懸命対応してくれているんだな、とありがたい気持ちです。


おじいさんはいつも最後に、『美味しいのを選んで送りますので待っていてくださいね!』と大きな声で言ってくれるそうです。


そういうひと言がなんとも嬉しいです。


言葉って大事なんだなとしみじみ感じます。


そして今週、とっても立派は土佐文旦が沢山届きました。


私『私も大好きだけど、こんなにどうする?食べきれないかも?』

父『母さんの友達とかっちゃん(私の旦那)のお母さんの分だよ』


なるほど。そういう事か。


その日の夜、偶然にも母の友達2人から

父にゆうパックが。


このお2人は母の親友で、母が亡くなってからもハガキや畑で採れたものやちょっとした食べ物なんかを父宛に送ってくれているのです。


時間指定して2つの段ボールを開けてみると

その中の荷物にそれぞれ大きな文旦が2つ笑い泣き

他にもクッキーやお煎餅など心のこもった物が詰め込まれていました。


メッセージカードには

『すーさんが毎年お裾分けしてくれていた文旦、今では自分で取り寄せして、すーさんを思い出しています』と同じような事が書いてあります笑い泣き


2人で開けて、大笑い。


文旦、4個も増えちゃったよ!!!


2人の気持ちが本当に嬉しくて、とても温かい気持ちになりました。


毎日美味しくいただきつつ、

会社の同僚にお裾分けする事に決定。


大きくて黄色い文旦を毎日会社に運んでいますキラキラキラキラ










その後の父。


ペースメーカーを入れた部分が重苦しい感覚はあるようですが、

ふらつきやめまいの心配がなくて心が落ち着いているようです。


まだ左腕を肩の高さ以上に上げてはいけないので

気をつけています。


働き者のの父は洗濯物を干したり、掃除をしたり、棚の上のものを取ったり、などとついつい気を抜くと両手を上げてしまいそうになるみたいですあせる


そして血圧ですが、

どんなに薬を飲んでも下がらなかった血圧が

110や120になってきており、血圧の薬が要らない雰囲気に。


次回の検診で薬の調整が入るかと思います。


減塩は引き続き続けますが、高血圧の裏には心臓の不調が隠れている事があるんだなぁと勉強になりました。


そして父の主治医。40代半ばらしいのですが

診察の度にポジティブな声かけをしてくれるようで、会う度に勇気を貰えると言っています。


前回は

『次の血管広げるオペが終わればもう完璧、無敵です。』


と言われたようです笑


そんなお医者さん、いるんですねぇ。

クアラルンプールは朝7時なのにこの暗さ。


タイムゾーン設定がおかしいと来るたびに思います。


出張に来ています。


1人になると、とくに寝る時は母の事ばかり思い浮かびます。


お父さんがペースメーカー入れたなんて言ったら腰を抜かすと思いますが、母が言う言葉は絶対にこれです。聞かなくてもわかります。


『悪いところを見つけてもらって本当に良かったね、お父さん』です。



毎日の出来事、まーくん3歳のおしゃべりが本当に上手くなった事。

まだ全然野菜を食べないこと。

母と大の仲良しだった私の夫が年末に大好物の蟹を食べて胃腸炎になった事。

話したい事、笑い合いたい事が多すぎて溢れています。


私は母と日々の出来事を共有する事で自分の気持ちを棚卸し、時には方向転換していました。

母は私にとって絶対に揺るがない心の拠り所でした。


友達にこんな想いを話したら、言われました。


『昔から思っていたんだけど、そんなに母親の事を心から好きで居られる事自体が幸せな事だよ。

だからと言って、◎◎(私)の両親は自分の価値観を子供に全く押し付けないし、なんでも応援してさ。亡くなってからずっと考え続けてしまうその存在自体を感謝だよ』と。


いっそのこと、母と仲が良くなければ少しは気持ちが楽だったのかな、なんて浅はかな気持ちを見透かされた気がしました。


その友達は母との関係がうまく行かず、疎遠になっているようです。



会いたい気持ちや寂しい気持ちからは逃れられないけれど、そんな気持ちとうまく付き合っていこうと思います。


ただ、、

いつもいつも父と母が

2人で並んで歩くその後ろ姿を

みていた私は、父が1人で歩いている後ろ姿を見るのはずーっと慣れず、父が歩き出すと、走って追いかけて隣で歩くようにしてしまいます。そして私の隣には小さくてひよこみたいな息子も一緒に。




父は無事に退院しました。


しかしネガティブ退院前のカテーテル検査で

心臓の血管の3本のうち、1本がかなり細いので

手術をして広げることにします

と告げられたようです。


3月4日入院、5日オペ、6日退院予定。


先生は詳しく説明してくれたようですが、

どのような手術かというのはメモを取れなかった模様。


すっかりその医師を信頼し切っているので

細かいところはお任せすれば大丈夫、という気持ちのようです。


入院して、病室の中で自分が1番軽症だったと何度も何度も話す父。


ある日は気を失って交通事故で運ばれて来た男性が朝になって

『ここはどこだ!なんでこんなところにいる?』

と騒ぎ出したり、

両足も切断されてしまって車椅子の糖尿の患者さんが切々と医師から、

『もうこのままいくと本当に危険ですよ』と

話されていたり、、等なかなかハードな目撃をしたようですびっくり


そんな中でも看護師さんは大きな声で毎日話しかけてくれて、どんなに大変な仕事なんだ、感謝しても仕切れないと

心底感じた、と言っています。


同じ病棟では入院患者さんが初めてではない場合、

『お帰りなさい!』と迎え入れられていたようです。


退院する時、若い看護師さんに

激励の意味で

『◎◎さん(父)退院良かったですね!もう戻ってきてはだめですよ!』と笑顔で送り出された父。


その事を話して、ため息をついていたので

どうしたの、と聞くと、

『血管の手術で来月戻る時、もう戻ってきてしまったの?と看護師さんをがっかりさせてしまうな、、』

との事でしたてへぺろ


ペースメーカーのオペ後は

しばらくシャワーやお風呂に入らないようで、

父は毎日ホットタオルで全身拭いているようです。


いつまでシャワーだめなの?と聞くと

1週間らしい、という返事。


1週間も!! すこしびっくりしました。



そして2ヶ月間は左腕を肩から上に上げるのはNGのようで、毎日の洗濯干しも難しいのかなぁ...というところ。


でも、来月の北海道帰省の飛行機も問題ないし、

カルチャースクールの街歩きも

『どんどん行ってください!』

と言われたようで喜んでいます。


退院は明日金曜日。


夫が

『やっと、やっとお父さん帰ってくるね!』

と朝息子に話しかけていました。



荷物持ちとして会社をお休みして迎えに行く予定ですニコニコ

父のオペは無事終了。


全身麻酔ではなくて、部分麻酔だったようでガーン

『結構痛くて驚いた』との感想でした。


そして何より、ペースメーカーの術後は左腕が肩からガッチリ固定されているのと、3日間ベットの上から移動禁止で絶対安静らしく、手術そのものより今の方が過酷。 というLINEがありましたダッシュ


普段弱音や不平、不満を全く言わない父。

寝返りが打てないので1時間ずつ程度しか寝れないのもこたえているようです。


いずれにしても無事済んで家族としては大きな安心です。


本当に感謝です。


話はオペの前日。


看護師さんから『明日に備えてしっかり寝てくださいね!』と勇気づけられたとの事。


しかし、同室には明らかに軽度認知症の高齢男性がいたらしく、頻繁にナースコールを押しては

『トイレに誰も連れて行ってくれない!』

『喉が渇いたのに誰も飲み物をくれない!』

言い続けていたようです。


実際にはトイレには何度も行っていたし、

飲み物も飲んでいたようで


正しい事をやらないと黙ってられない父は

『20分前に行かれていました』

『別の看護師さんがさっき連れて言っていました』

など記録係りと化していたようです泣き笑い


夜中もそのおじいさんは

スマホのスピーカーで自宅の誰かと話しをしていたようで、注意しても治らず、若干のカオスになっていたようで、

看護師さんから

『この方は明日退院予定ですので今日だけ申し訳ありません』と言われたようです。

病院には個室なし、です。


ゆっくり寝るどころではなかったものの笑、

手術の事を一切考えなくて逆に良かった、と

ポジティブ発言の父。


翌朝はそのおじいさんから満面の笑みで

『おはようございます』

と言われて笑うしかなかった、

というメッセージを私に残してオペに臨みました笑い泣き


それにしても、はやり看護師という仕事は本当に大変なものなんだ、と思った父と私でした。





父の入院が明日に決まりました。


ペースメーカー埋め込みオペは明後日。


病名は

房室ブロック、狭心症、との事でした。


今回の病院はオペ当日も家族の立ち会いは必要なし、面会も一切なし、という事のようで、何とも潔い感じです病院


父は入院が初めてです。


何が必要か検索して、Amazonやヨーカドーで調達していますダッシュ


上履きはスリッパNG.

洗面用具セットにメッシュバック、S字フック、

ドライシャンプーなどなど私も母親の時を思い出して頭を絞ります。


そんな中、夫が

お父さんの入院日とか退院日はどちらかが会社を休んで車で送って行かなくちゃだめ!と言ってきました。


病院はバスで30分のところにありたまたま利便性の良い場所。


行きは1人で何の問題も無いので、

父が、『かっちゃん(夫のこと)、気持ちだけいただいて、行きは1人で行けるから仕事にいってね』


夫 『だめですだめです!心配です!』


のエンドレス会話ネガティブ


天然が激しくてイライラすることもある夫ですが、とにかく純粋で優しい性格なので、この人が家族で良かった、と感じています。


私の父の事なのに、

私以上に強い当事者意識なのです。


体調が芳しくなってからは

『お父さんの存在はお金には変えられない!!』と

いうのが口癖です。


母さん、また私達頑張るから絶対応援しててよ。