警察庁が14日に発表した2015年の「刑法犯、戦後最少」という報は、日本が世界でも最高レベルの安全な国であることを示した。
戦後最悪の02年から実に6割減、そして著しい激減トレンド
実数は、109万9048件、と多いが、戦後最悪だった2002年の285万3739件に比べれば、実に6割減、という激減ぶりなのである。
刑法犯の8割強を占めているのは窃盗で、これがどんどん減っている。
さらに、凶悪な殺人(未遂も含む)も933件で、こちらも戦後最少だ。強盗も、2426件で、前年比20.6%減である。
つまり凶悪犯罪も軽微な犯罪も、ともかくすべてが減り、戦後最少という安全な環境が生まれている。ちなみに刑法犯認知件数は、02年を境に、激増から一貫した激減へと転じている。
数字の裏付ける「世界一安全な日本」
バブル崩壊の「失われた20年」の途中までは犯罪は増えたが、なお「失われた20年」の半ばでも激減に転じた。その顕著な逆転は何なのか。理由は、後述する。
ちなみに直近2012年の世界比較では、人口10万人当たりの殺人事件件数は、日本は0.8件に過ぎない。対して先進国でもアメリカが4.7件、フランス3.1件、ドイツでも2.6件もある。世界でも、有数の少なさなのである。途上国・中進国のロシア、ブラジル、タイなどは、そのヨーロッパ諸国よりもはるかに多い。
窃盗などの軽微な犯罪件数も、世界でも最低レベルだ。
これは、我々日本が世界にも誇れる実績である。世界一安全な国、という評価があるから、外国人観光客も激増しているのだ。
防犯カメラが監視する顕著な効果
さてこのような世界一安全な国で、さらに凶悪犯罪、軽微な犯罪が激減しているのは、警察庁の分析によると、駅や繁華街、商業施設、駐輪場・駐車場などに死角を残さないほど設置された防犯カメラがあるという。ピークの02年を境に、犯罪認知件数が激減傾向なのは、ひとえにこの監視効果だ(写真=街頭に設置された監視カメラ)。
かつて防犯カメラがあちこちに設置された初期の頃、「進歩的」メディアや自称「進歩的文化人」たちは、監視社会がやって来る、と根拠のない言説をふりまいて、警察などの進める監視カメラの設置を妨害した。
犯罪摘発にも効果大
しかしこの効果がはっきりすると、今では誰もが沈黙した。自己批判すらしないで。プライバシー侵害の恐れなどと批判した彼らの無責任ぶりが、鮮明になっている。
監視カメラで撮られて困る人物など、数は限られるだろう。それ以上に、その恩恵を我々ははるかに享受しているのだ。
監視カメラは、起こった犯罪の摘発に効果的で、被害者と接点のない行きずり殺人などでは最大の威力を発揮している。例えば昨年夏の大阪の中学生殺人事件は、監視カメラが普及していなければ迷宮入りだったはずだ。
犯罪が起こると、まず警察は監視カメラの収拾に注力する。発生15年を超えた2000年暮れの世田谷一家殺害事件も、現在のように監視カメラが多数設置されていたら、たぶん犯人は早くに逮捕されていただろう。
誰かに「視られて」いれば、人は誠実に行動する
それ以上に、犯罪を起こそうとする者たちへの強力な牽制効果が、犯罪を未然に防いでいる。
以前の日記でも述べたが、人は他者から視られていると無意識にでも感じると、正直者として振る舞うのだ(11年12月4日付日記:「人の誠実さの担保には、たとえ絵であっても監視の目が有効というイギリスの実験;ジャンル=進化心理学、行動学」を参照、また15年2月15日付日記:「ANAの新社長はメリッサ・ベイトソンの『誠実の箱』実験の優れた実践者;進化生物学、進化心理学」も参照)。
我々ヒトを含む霊長類は、群れの中の他者の目を常に気にしている。またそれは、我々が太古の昔、肉食獣から狩られる哀れな存在だった頃の心理学的遺残でもある。
進化心理学で説明できる監視カメラの効用
捕食者の危険に注意しない(つまり視られていると意識しない)個体は食われ、仔を残せない一方、常に視られていることを注意して来た個体は生き残って子孫を残した。その自然淘汰が、視られていることを無意識にも行動原理とする今日の我々を生んだ。
このように監視カメラの大きな犯罪抑止効果は、進化心理学的にも十分に説明がつくのとである。だから実際に画像を記録しない玩具のカメラでも、監視効果は完璧にある。
かつてこの効用に、情緒的、非科学的な批判を加えた自称「進歩」派は、進化心理学に無知であることをさらけ出したと言える。とうてい知性的ではない、恥ずかしさよ。
昨年の今日の日記:「欧米はなぜ無関心なのか、10歳の少女も『人間爆弾』に仕立てるナイジェリア北東部のボコ・ハラムの脅威」
昨年の明日の日記:「日曜日昼の楽しみ『坂の上の雲』再見とユダヤ系銀行家への謝意新
注 都合により、明日の日記は休載します。