南アフリカ、ヨハネスブルクの北西約50キロの、世界遺産「人類の揺りかご」に登録されている苦灰岩帯に、雨水で浸食された無数の洞窟が口を開いている。そのうちの1つ「ライジング・スター洞窟」で、このほど夥しい人類遺体化石が発見されたが、それらは人類進化について我々はなお全体像を知ることから遠いことを示した。


ライジング・スター洞窟の名から採った「星の人」
 新発見のホミニンは、発見・報告者のヴィットヴァーテルスラント大の古人類学者リー・バーガーらが、9月10日付けオンライン科学誌「eLife」に「ホモ・ナレディ(Homo naledi)」と命名して発表されたものだ(写真=復顔想像図)。


ホモ・ナレディ復元図

 なおリー・バーガーは、2008年に190万年前頃の新猿人アウストラロピテクス・セディバ(10年5月27日付日記:「南アフリカ、マラパ洞窟で小型の新種猿人、『アウストラロピテクス・セディバ』発見」を参照)を発見・報告した古人類学者である。
 詳細は、最新号(10月号)の「ナショナル・ジオグラフィック」誌にも載っているが、リー・バーガーらが新発見化石を新種「ホモ・ナレディ」と命名したのは、上半身は猿人のように古代的だが、下半身はホモ属そのものであるからだ。
 なお新種名は、地元の言語であるソト語で星を表す「ナレディ」に由来する。ライジング・スター洞窟の名にちなんでの命名で、「星の人」という意味になる。


リー・バーガーの求めで2人の洞窟探検家が発見
 この発見は、すべてにおいてこれまでの常識を覆すものでもある。
 かつて「人類のゆりかご」の1つのステルクフォンテイン洞窟を訪れたが(写真=ステルクフォンテイン洞窟の上から見た苦灰岩地帯の景観)、一帯は苦灰岩の広がり、無数の洞窟が発達している。そのため洞窟探検家のメッカのような所となっている。


ステルクフォンテイン洞窟の周辺

 リー・バーガーは、新たなホミニン化石を求めて、洞窟探検家に洞窟群の調査を依頼していた。それに応じた2人の細身の洞窟探検家が、2013年9月13日(奇しくも、この日、僕は念願の南アに降り立ち、後にステルクフォンテイン洞窟を訪れたのだ)、ライジング・スター洞窟を調査し、入口から100メートルも奥に入った、しかも途中、幅が20センチ程度しかない縦穴をすり抜けた奥室で夥しい遺体群を発見した。
 知らせを受けたリー・バーガーは、直ちにアウストラロピテクス・セディバのマレパ洞窟調査を中止し、調査の精力をライジング・スター洞窟に移した。


わずか1平方メートルの狭い区画から15個体分、1550点もの骨
 常識を覆す1つの例として、前述の幅20センチくらいの縦穴の先の長さ9メートル、幅1メートルくらいの狭い奥室の1平方メートルほどのさらに狭い一角で、ほとんどむき出し状態の少なくとも15個体分に相当する約1550点もの骨が見つかったことだ(未調査の残りの空間にさらに多数の骨が残されている可能性は大)。
 部位は、頭蓋、顎、肋骨、歯、ほぼ完全な足と脚の骨、腕と手の骨、耳小骨が含まれる。老人、少年、乳児の骨など様々な年齢層に及ぶ(写真)。


ホモ・ナレディ化石群

 これだけでアフリカでは、これまでで最大規模の発見だし、ヨーロッパでも類例はない。
 産状も、奇妙である。前述のように遺体は、苦灰岩洞窟の入口から約100メートルも奥にある。そこに行くまで、スーパーマンが飛ぶようなかっこうで這って行かなければ通れないほどの高さ25センチ未満の通廊(スーパーマンズ・クロール)を通り、さらにドラゴン・バック(竜の背)状の洞窟内の崖をよじ登り、そこから先の縦穴を通りつけなければならない。


産状の示す謎
 ここに、なぜかくも多数の人類遺体が集積したのか。
 真っ暗で、換気も悪く、出入りが最悪の困難さを伴う奥室は、住居址ではありえない。それが証拠に、骨には石器も、彼らの食糧のゴミである獣骨も見つからなかった。
 ハイエナが持ち込んだのか。確かにステルクフォンテイン洞窟やスワルトクランス洞窟のホミニンの一部は、そうだった。実際にハイエナの歯型の付いたホミニン化石もあった。
 だがライジング・スター洞窟の骨には、肉食獣の歯型の付いた骨は1点もなかった。
 地上の遺体が、大水に流されて入り込んだものか。それにしては、同時に運ばれるはずの小石などがなかった。


死者を縦穴から投棄した?
 かくてバーガーら研究チームは、ヒトが死者を縦穴から投棄したもの、と結論付けた。死者を自分たちの住む現世から隔離する「放置葬」である。
 これは、スペイン、アタプエルカの「シマ・デ・ロス・ウエソス洞窟」のホモ・ハイデルベルゲンシスの産状に近い(本年5月31日付日記:「世界最古の『殺人事件』被害者、スペイン、シマ・デ・ロス・ウエソス洞窟の17号頭蓋若者の悲劇」、及び13年12月29日付日記:「最古のミトコンドリアDNAの示した予想外の結果とネアンデルタール人ゲノム解析で分かった仰天の事実」を参照)。シマ・デ・ロス・ウエソス人骨は、40万年前前後のものと見られている。


脳容量は猿人並みの小ささ
 さらに常識を覆す新知見は、完全に近い頭蓋から推定された脳容量が猿人並みに小さかったことだ。男性2点で560㏄、女性2点で465㏄である(写真=頭蓋横面観、周りの影の部分が現代人頭蓋)。


ホモ・ナレディ頭蓋

 脳の小さいホモとしては、ジョージア・ドマニシ(178万年前)の例が有名だが、その平均をも下回る。
 もう1つ、小さな脳のホモとして、アフリカアフリカから遠く離れたインドネシア、フローレス島のホモ・フロレシエンシスが著名だ。ホモ・ナレディは、ホモ・フロレシエンシスをやや上回るが、ホモ・フロレシエンシスと違い、体長ははるかに大きく、男性で推定身長147センチ、推定体重45キロである。
 アフリカの熱帯雨林に棲む現生のピグミーもこの程度の身長だが、脳は現代人なので、1000㏄以上はある。
 脳の小ささは、年代が極端に古いからなのか、それともホモ・フロレシエンシスのように地域的に隔離されたからなのか。
 これも大きな謎である。


上半身は猿人、下半身はホモ属の骨格
 脳は極端に小さいが、頭蓋の形態は現代的だ。ただし眼窩上隆起が発達し、前頭部が低平であることは原始的である。
 歯は現代人のように小さいが、頤はない。
 肩甲骨は、木に登ったり、木からぶら下がったりするのに適した形で、猿人に似ているし、手の骨のつながり方はとても現代的なのに、指は木登りに適したように長く、また曲がっている。一方で手のひら、手首、親指の形態は現代的で、石器を使用する特徴を備えていた。
 腰の腸骨は横に張り出して原始的だが、脚は長く現代的であった。足の骨は、現代人とほとんど変わらぬ形状で、土踏まずも存在した。
 解剖学的特徴は、古い形質と進歩的形質が混在していることが、いっそうホモ・ナレディの進化上の解釈を難しくしている。


年代は未調査
 ホモ・ナレディの進化上の位置を探る鍵は、年代である。
 南アフリカのホミニンがすべてそうであるように、火山灰層がないため、アルゴン・アルゴン法などの放射年代測定法は使えない。
 骨の断片の一部を試料に、放射性炭素年代測定法を使うのが最も手っ取り早い。幸い、断片も入れれば骨は1550点もある。
 この年代測定法では、最も古い試料でも5~6万年前までは測定できる。これでコラーゲンが十分に残っていても、もし測定限界外と出れば、少なくとも5~6万年前よりは古い、と出るだろう。脳の大きさから、その可能性は高い、と見る。
 そのうえでさらに資料を追加し、多角的な比較研究を進め、ホモ・ナレディの進化的位置づけを求めることになろう。
 南アフリカの一時期に、このように奇妙な人類が生存していたことは、人類進化の全貌への我々の理解がまだ入り口に過ぎないことを物語るのだろうか。


:小旅行のため、明日の日記は休載します。


昨年の明日の日記:「ノーベル賞委員会、平和賞に託した意味;パキスタン、マララ・ユスフザイ、カイラシュ・サティヤルティ」