「ゴーバンズが好きだった」と言うと、意外そうな顔をされます。たぶん相手が思い浮かべるのは「あいにきてI・NEED・YOU!」なのだろうし、そうすると少年ナイフや赤痢のファンである私のイメージとそぐわないのかもしれません(赤痢はとくに!)。私も女性バンドだからといって同じ枠に括っていたわけではないのですが、けっこう好きだったんです。
この「意外だ」の反応は今に始まったことではなく、じつは1990年前後、彼女たちがテレビに出ていた頃からそうでした。当時、私や友人は21歳か22歳で、日本のロック・バンドの話をしている時に「ゴーバンズのアルバムを買った」と呟くと驚かれました。で、「守備範囲が広いんやな」と微妙な温度の感心をされて、それで終わり。またそこから「エレファントカシマシが・・・」といった話に戻ります。たいていは、そんな感じでした。
とはいうものの、私だってインディー時代のゴーバンズは後から聴いたニワカだったし、本格的なファンではありませんでした。1987年頃に雑誌でミニ・アルバム『プリマドンナはお好き?』の広告を見かけたことがあったので、バンド名とルックスは漠然と知っていたけれど、レコードを買いには出かけませんでした。1960年代っぽい雰囲気のガールズ・バンドなんだろうな、と想像した程度。
それがなんでポニー・キャニオンからリリースされたファースト・アルバム『ゴーバニックランド』(1988年5月)を買うまでにいたったのか、きっかけが思い出せません。初めて聴いたのはその半年後に出た6曲入りのミニ・アルバム『ピグミー・ピンキー』で、次にちょっと遡ってファーストの『ゴーバニックランド』を入手しました。しかもそれは1989年の5月にセカンド・アルバム『SPECIAL "I LOVE YOU"』が発売された直後だったはずだから、『ゴーバニックランド』を手に入れたのは、どうも35年前の6月頃だったみたいです。1年遅れで聴いたファースト・アルバムでした。
オリコン・チャートのデータを確認すると、『ゴーバニックランド』は圏外で、セカンドの『SPECIAL "I LOVE YOU"』は15位。さらに翌1990年の、「あいにきてI・NEED・YOU!」を収録した『グレイテスト・ビーナス』は堂々1位です。ファーストからセカンド、セカンドからサードへと、順位が跳ね上がっています。
この1989年から1990年の間というと、バンド・ブームの全盛期でした。昭和から平成に移った時期でもあり、バブル景気の真っ最中でもあり、日本の音楽業界は20代の若いロック・バンドで盛り上がっていました。その時期に一番人気のあった女性バンドはプリンセス・プリンセスでしたが、当時、街の楽器屋に行くと、ギター・ケースにGO-BANG'Sのロゴをカラフルなマーカーで描いた女子中学生を見かけました。
大学生だった私は、あのバンド・ブームに対して全面的にのめり込んではいませんでした。大半にはロックとしての魅力を感じなかった、と言ってもいいです。だけどロック・バンドのフォーマットがニューミュージックに代わって中高生の人気を集め、若いミュージシャンが次々に登場して注目されてゆく状況には、胸躍らされる部分が少なからずありました(関西では『イカ天』が放送されていなかったので、受け止め方が独特だったのかもしれません)。
『ゴーバニックランド』を聴いて実感したのは、そうしたブームと無関係に光る、森若香織のメロディーの佳さでした。彼女のヴォーカルのファニーな抑揚は好みが分かれるでしょうが、この人は優れたメロディー・メイカーです。谷島美砂のベース、斉藤光子のドラム、それに友森昭一のサポーティング・ギターと反応しあって、快活で人なつっこいメロディーが全編に溢れています。
私は1曲目の「Happy Birthday」を初めて聴いたとき、その軽快に流れるメロディーに期待以上の満足を覚えました。ピアノの入門用の練習曲みたいだ、と感じた記憶もあります。それは『メトード・ローズ』という教則本を指していまして、フランス民謡の綺麗な旋律を楽しみながら基礎を習う、そういう練習曲です。
ゴーバンズの3人はARBやザ・ロッカーズ、ラモーンズやバズコックスといったバンドに影響を受けたようで、ベースの谷島美砂なんかはストラングラーズのライヴに行ってロックに目覚めたそうです。ロックに目覚める前にどうしてストラングラーズを観に行ったのか謎ですが(日本で最初に支持されたパンク・バンドだったと聞きますが・・・)、それはともかく、ゴーバンズは欧米のロックや日本のバンドに夢中になった北海道出身の元ロック少女たちで、さかなのポコペン(富田綾子)もメジャー・デビュー前のギタリストでした。
斉藤光子のドラムを筆頭に、その音楽的なルーツはゴーバンズのサウンドに反映されているけれど、彼女たちはパンク/インディーズよりも広い土俵を志向していました。忌野清志郎に認められて上京した三人には、なんとしても有名になりたい!との夢もあったのでしょう。しかしそれ以上に、ゴーバンズのメロディーとビートが狭い枠内で収まるには理屈抜きにキャッチーで楽しく、人口に膾炙する力を持っていたのだと思います。
2曲目の「ざまぁ カンカン娘(ガール)」は関西テレビの夕方の番組でテーマ曲に採用されました。その番組で耳にした時はさほど惹かれなかったのですが、このアルバムで「Happy Birthday」の次に鳴り出すと、パンキッシュなドラムとベースに唱和性の高いメロディーが乗っかって、アルバムのカラーの一翼を担います。
森若香織の歌詞には女の子の背中を押して勇気づけるものが多く、もちろんそのタイプの歌詞は世に余るほど存在するのだけれど、彼女の歌う女の子像にはホンネや駆け引きが排除されていません。ナチュラルな願望や欲望が、あっけらかんと悪びれずに盛り込まれています。それが一種の芯となり、キャッチーなメロディーとヴォーカルの醸し出す滑稽味とあいまって、ラブコメ風の軽みで運ばれていきます。この軽薄なようで固い芯がゴーバンズのロックの魅力です。ここで歌われる「やりたいだけやってから 危なくなればスタコラサッサ」は、恋愛もバンドも、とにかくやってみなさいよ、でも逃げ足だけは準備しといてね、なにが起きるかわからないから、という女の子たちへのズッコケ感を含む知恵とメッセージでもあって、じつにゴーバンズらしいです。
続く「I Love Youのみ!ベイビーボーイ」もいい。私はゴーバンズのドラムが好きで、183センチの長身と長い手脚を駆使する斉藤光子の、思い切りのいいタイトなスネアが、この曲でも演奏を牽引しています。また、ゴーバンズの歌詞に登場する男の子はカッコつけてるのに滑稽だったりして、そういう目線がロックに熱中している男子には毒で救われる気持ちを味わえたものでした。
「アイ・アイ・アイ」はレゲエで、ここでは谷島美砂のベースが眠たげなトーンのベースで曲をリードし、斉藤光子がスチュワート・コープランドばりのリムショットを連発します。ダブ的なエフェクトも入っていて、こうしたニューウェイヴ由来のチャレンジもさることながら、全体が遊びのセンスで包まれているのが楽しいです。
「悲しきメビウス」は、英ロック経由のガール・ポップをアイドル歌謡曲の域にも触れる陽性のメロディーで調味した曲。と思いきや、間奏ではベースがゴリゴリとガレージなソロを聞かせます。歌詞はメビウスの輪を意識するあまり、ちょっとヒネりすぎたか。
「ムービーショウでラ・ラ・ラ」はベース・ラインを中心にアレンジがディキシーランド・ジャズ風味で、途中から曲調が変化していきます。それも大上段に構えた展開ではなく、エンディングに向けてサラリと挿んでいるのがいい。
アルバムの後半は「シャンデリア・ダイヤモンド・スターダスト」でポップ・パンクに戻ります。これもメロディーのキャッチーな純度が高いのですが、友森昭一のギター・ソロはフリーキーなトーンでのけぞらせます。
「おどろう!!」はローリング・ストーンズのGet Off Of My Cloud(邦題「ひとりぼっちの世界」)を彷彿とさせる、シンプルでリズミックな曲。アルバム中、私にとって「Happy Birthday」と並ぶお気に入りです。
「テレフォンコールで抱きしめて」はアカペラのコーラスで始まる、アイズリー・ブラザーズのShoutっぽいダンス・チューン。リード・ヴォーカルとバック・コーラスの絡みもシックスティーズ流儀です。
「パープルムーン」はミディアム・テンポのバラードで、ドラムのリムショットやギターの鳴りがポリスを連想させます。冷えた質感の中に人肌の温もりがあって、ニューウェイヴ世代のガールズ・ロック・バンドによる理想的なバラードだと思います。
ラストの「バンパイア」も本当にメロディーがいい。満月の夜に不埒な女に変身して男を襲うというストーリーを、エフェクトを散りばめてコミカルに音で綴っているのですが、サビのメロディーがクラウス・ノミというかドイツっぽいし、だけどゴーバンズならではのコメディ感に満ちていて、貴重なロックのセンスだったなと今更ながらに感心します。
こうして35年後に改めて聴くと、ファーストにして曲調やアレンジ面で工夫が凝らされていたのがわかります。まだ引き出しの数は限られているものの、ポップ・パンクをエンターテイニングに広げようとする志向が窺えます。森若香織が彼女の『オールナイトニッポン』で使っていた言葉を借りると、それは”タレンティー(タレント的)”な色合いでもあり、実際にこの後の『SPECIAL "I LOVE YOU"』以降、歌番組や『笑っていいとも!』の「テレフォンショッキング」に出演する道筋が、この段階でノビノビと発露しています。
この傾向はセルアウトとは違っていて、そもそも彼女たちには外見にも音楽にもメインストリームで映えるタレンティーな華が宿っていたのです。そこで咲かなければもったいない華でした。その「薔薇の木に薔薇の花が咲く」自然さが、快活でメロディアスなロックの形であらわれたのがゴーバンズだったと思います。そして彼女たちはそれをコミカルな可愛さで表現する力に恵まれていました。
前述した『オールナイトニッポン』の最終回(1990年3月)では、とんねるずがオープニングで乱入して、ビビった森若香織が泣き出してしまったのですが(あの頃のとんねるずの圧を前にしては無理もない)、私には彼女がその回で番組全体を振り返って語ったことが印象に残っています。いわく、自分はこれまで、ロックを聴かない人たちのことをバカにしてた。でも自分はユーミンの「中央フリーウェイ」さえ知らなくて、趣味が偏っていたのは自分だったとわかった。
『ゴーバニックランド』に収められた「おどろう!!」には、こんな歌詞があります。「自分の部屋だけで身内ウケするより 新しい扉をいっぱいに開いて おどろう!! おどろう!! おどろう!! おどろう!!」。
若い頃の私には眩しすぎる言葉だったし、だから「あいにきてI・NEED・YOU!」の臆面もないキャッチーさに着いていけなくなったりしたのですが、今はあの曲も含めて素直に心を動かされます。