第四章「大人にできること」
テレビドラマのウソ-(1)
私は、中学校教頭や校長現職中に、テレビドラマの台本作成に協力してきた。たとえば民放の「火曜サスペンス」では、教室の2階から教科書を外にブン投げて「いじめ」をするシーンなどありえるか、といったことを現実に即してアドバイスする役割である。
NHKドラマでは、女子生徒が身体計測をしている保健室の中を、男子生徒が入り口ドアの上にある窓から跳び上がって覗こうとしている、というようなシーンがあった。「昔はともかく、現在の中学校ではあり得ない。」と私が主張すれば、柔軟な演出家ならすぐに台本の書き換えをしてくれる。重松清原作によるNHKの別のドラマでは、少年鑑別所から帰ってきた中学生を、教室にいるクラスメートがどう迎えるかという場面をめぐって、1時間以上にもおよぶ監督と私との議論が交わされることもあった。結局私の意見は通らなかったが、あの監督のあの真摯な姿勢は尊敬に値すると思っている。ドラマづくりにおいては、概ねNHKの方が丁寧である。
ところが、学校現場の様子を現実として知らないまま、または知っていても無視したまま、お茶の間に放映されてしまうことが、けっこうある。聞けばテレビ業界も不況のあおりを食って、たいへんだそうだ。じっくり手間ひまかけてドラマづくりをすることが、難しくなってきたらしい。民放のドラマ制作は、ほとんど下請け会社が請け負っているという厳しい現実もある。
2005年に、天海祐希が小学校6年の学級担任を演じた『女王の教室』というテレビドラマが評判になった。担任が徹底的に子どもを冷酷に指導し、教室を支配する。全くあり得ない作り話ではあるのだが、テーマやストーリーはしっかりできていて、なかなか惹きつける。子どもにおもねて「お子様」を大切にし過ぎる現代の「甘い教育」「生ぬるい教育」への皮肉や批判が込められていたのも、評価を高めた一因ではないかと思われる。
大学の講義中に学生に問いかけてみたところ、「かつてこのドラマを観ていた。」と答える者が多い。そこで「天海祐希が問題を起こして、教職員再教育センターとやらに送られる設定になってるけど、これを信じますか?」とさらに質問してみると、「再教育センターっていうのがあると思ってました!そんなの無いんですか?」と驚く。何事にも素直な学生諸君だから、それは仕方ないにしても、テレビというものの影響の大きさに、こちらも驚かされる。テレビや映画は、非日常を描く。作り物と割り切って鑑賞しているうちはいいけれど、「誤解」が「事実」として世の中に伝播してしまうのは、どうストップさせたらよいのだろう。
しかもこの作品では、「ウチの生徒にそんな子はいません。」などと発言する教師まで登場する。小学校は「児童」と言い、中学校・高校は「生徒」と呼ぶなんてことは、教育に関わる者なら誰でも知っているはずである。テレビでも報道番組ではきちんと使い分けられ、もちろん新聞でも、小学生を「児童」、中学生・高校生を「生徒」と書いている。ドラマになると、チェックする人がいないのが不思議である。

