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第四章「大人にできること」

PTA活動のすすめ-(1)

 

 大学の講義で、時折「略語」を取り上げてその原義を考えさせることがある。「PTAとは何の略か?」と学生に毎年問いかけてみる。するとPTAの「T」が何の略なのか知らない学生がいる。「PTA」=「親」という図式ができてしまっているから「T」の意味を考えたことがないのである。



元校長先生のブログ-PTA活動のすすめ-(1)




 学生諸君が無知だから、と言えるだろうか。そうではないと思う。たとえばテレビドラマなどの中にも「PTAがうるさいからなぁ」などというセリフが平気で出てくる。その場合、「親がうるさいからなぁ」という意味で使われる。


脚本家や演出家が見落としているのか、世の中の誤解がドラマ関係者に反映されているのか、この誤解が、いつの間にか世に広まってしまったのだ。私の身近には、出版に関係する会社の社長までが「PTA=親」という図式にとらわれている人がいて、たいへん困惑したことがある。教師をめざす若者の中にも、この誤解が入り込んでいる。


もっとも、教師の側にも落ち度はある。「あれはPTA行事だから」と、その活動を無視する者さえいた。私自身は教員時代からずっと、PTA総会にも出席し、書記などのお役を務めたりしてきたのでそれを誇りに思っているが、総会にさえ出席しない先生がたくさんいるのだ。「授業があるから出られない」というのは、言い訳に過ぎない。それならと、私は校長時代に、PTA総会を夜の5時とか6時に設定したりしてみたが、あまり変わりはない。


変わらないどころか、「勤務時間外ですので・・」と平然と言ってのける。それを聞いた親が「私たちは、勤務でPTA活動をやってるわけじゃありません!みんなボランティアなんです!」と激怒してしまった、いうこともある。怒るのが当たり前である。

 

Parent-Teacher Associasionの「T」は「先生」である。だから、(基本的には任意ではあるが)ほとんどの先生もPTA会費を納めている。総会の折に、二人の議長のうち一人は親、もう一人は先生というケースが多いのは、この「親と教師との共同組織」のためである。今でもPTAと呼ばずに「保護者と教職員の会」としている学校がある。少々長ったらしくて面倒ではあろうが、それはそれでひとつの見識ではなかろうか。


 

 私は東京都の中学校教頭や校長を務めていた。他所の学校、特に他県から転入してきた生徒には(親にも)、新しい場所への不安がある。不安解消のためにも、親子を連れて授業中だろうが何だろうが、時間の許す範囲で校内を何度か案内していた。

その際親には、「PTA活動をすれば、学校のこともよく解るし、子どものためにもなりますよ。」と説く。実際にクラスの委員などを務めてみると、「校長先生の言ってた通りですね。助かりました」と言ってくれる。


また、「ちょっと非行の道への入り口かも知れない」と息子を案じるお母さんにも、「お母さんが学校のことに一生懸命な姿を見せるのもいいんじゃないですか。」とPTA活動を勧めたことがある。これは、それほど簡単に短時間でことがうまく進むわけではないが、親がPTA活動に関わることによって、「今日学校でこんなこと聞いたんだけど・・。」「あなたの言ってることホントだったね。先生も同じこと言ってたわ。」「あれ、それって学校のプリントに書いてあるのと違うわよ。」等々、心配な子との会話のきっかけになる材料を、事実に基づいてたくさん得ることができる。非行少年の親がPTA役員?それもいいのではないか。


 非行またはその入り口に立つ子どもは、必ず何らかの欲求不満を抱えているものだ。親の抽象的な言葉で、まして単なるいわゆる「お説教」で解決することなど、ごくわずかな局面でしかあり得ない。ドラマのようにはいかない。親の確かな愛情と積極的な行動が、子どもの心を開かせたり、支えたりするのである。


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