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第四章「大人にできること」

PTA活動のすすめ-(2)

 

2000年(平成12年)に、学校評議員制度がスタートした。学校の運営に関して校長が地域の人から意見を聞く制度である。法的に義務づけられるようになったわけで、その大切さは全ての教員が自覚すべきものだが、その前から、「PTA組織は学校に貴重な意見を届けてくれる機関だ」と私は位置づけている。




元校長先生のブログ-PTA活動のすすめ-(2)




今では「学校評価」のために年に一度、「保護者アンケート」を実施するのが当たり前になっている。それはそれで貴重な資料である。しかし、それだけでは親の本音は把握し切れたとは言えない。PTAの会議は月に1回程度はあるし、役割や時節によっては、連日学校を訪れる親もいる。


「あそこの水道の蛇口、ちょっとおかしくなってますよ。」など、校内のちょっとしたことも伝えてくれる。「入学する前の小学6年生に、生徒会が説明会をやってあげたらどうですかね。」など建設的で現実的な提案も届く。学校は、できないものは、はっきり「できない」としつつ、実現可能なこうした意見に感謝し、実行していくことが大事である。


学校図書館が「会議室」のように使われ、生徒の利用が少ない。所蔵の本も古く、図書室が図書室としての機能を果たしていない。何かの会合のあと、お茶を飲みながらそんな状況をPTA役員と話していたら、「私、司書の資格があるんですが。」と一人の役員が言う。この一言から、その人を中心として図書室整備が始まり、その後ボランティアを募って交代制で図書室に常駐してもらうことになった。生徒の利用者も飛躍的に増え、図書室は見違えるほど明るい部屋になった。


また、全ての教員を必ずPTA組織のどこかに所属させる、ということも試みた。たとえば「広報委員会」では、親と教師がいっしょになって広報誌の編集をする。いっしょに作業することで、教師と親の距離がうんと縮まったりもする。PとTが共同で活発な活動をしている学校は「いい学校」である。校長や教頭(副校長)がPTA組織を大事にしない学校は、「よくない学校」である。

 


PTA活動の大きな副産物は、新たな人間関係づくりである。会社でもない隣近所の自治会でもない、学校を媒体としたコミュニケーションの場ができるということだ。都内に住む北海道出身の父親が、面白いことを言っている。「東京に出てきて、生活の中の人間関係が薄らいでしまった。でもPTAの役員をやってみたら、これが田舎のコミュニケーションに代わる関係だと実感した。」と言うのである。彼は今でも当時の役員仲間を大切にしている。


ある友人の奥さんは、「卒業対策委員会」というPTA組織の委員となって、中学3年間の最後の年に初めて活動してみたのだが、周りの人間関係にも恵まれ、子どもの高校受験の悩みを吹き飛ばすことができた。そのころの「卒対メンバー」は、10年以上も経つのに毎年いっしょに旅行を楽しんでいるという。老後の大事な楽しみ方でもある。


PTA活動は子どもがいなければできない。しかも子どもが在学中だけの限定である。またと無いこの機会を逃さず、積極的にお役を引き受けるようお勧めしたい。

また教員も、会費を払っているのだから、PTAの「T」としてお母さんやお父さんと、もっと積極的にざっくばらんに関われるよう期待する。主幹昇任や管理職試験の際に、その先生がPTA活動にどう関わってきたかを出題して確かめることも必要だろう。



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