演劇人生 -248ページ目

演劇人生

今日を生きる!


妹の画⑥


僕には、可愛い妹がいます。

・・・と言っても、僕の妹なので婆ァさんですが・・・


埼玉県の羽生というところに住んでいます。

羽生といえば、田山花袋の「田舎教師」の舞台で、

利根川に程近いところです。


最近、徒歩10分圏内に温泉が出て、

4つくらいの露天と屋内の風呂を合わせると、

巨大なレジャーランドです。


東京からの交通手段は東武伊勢崎線です。

1時間に2~3本の運行ですから、不便さは否めません。


そんな所ですが、最近は住宅が増えました。

並行して、スーパーマーケットなども出来ています。


これからの時期、夜に遊びに行くと賑やかな所です。


♪蛙の歌が・・・聞こえてくるよ・・・


集団になると、その賑やかさたるや猛烈なものです。


ギャ~ゴ、ゲーゲー、ギャ~ゴ、ゲーゲー・・・



妹が、「兄ちゃん、画を見てくれる?」

はがきや色紙などに書いたものと沢山持ってきました。


結構上手いじゃないか・・・

その一枚を貰って帰ろうと思えば、「貰ってくれる?」

・・・と、十数枚を貰ってきました。


これから、少しづつ掲載しようと思います。


わが妹ながら、なかなかだと思います。


一時期、音楽家になってもらいたいと思って、

音楽学校をすすめて勉強させたのですが、

気まぐれな計画で、

いつの間にか家庭におさまってしまいました。


画を描き始めたという妹の表情を見て、

「前と較べて、何となく若くなったかなァ・・・」


そんな感じを受けています。


伊藤豪

霞ヶ関に“ゆとりの里”という山形の物産館があります。

ちょっと見は、入り易いとは言えない雰囲気だが、

一歩は入れば、“田舎”であります。

「こりぇ くて みねが? ばんちゃ つくたのよ」

鹿児島には、からいも標準語というものがあるらしいが、

山形にも、さぐらんぼ標準語(?)というものがあります。


ここでちょいと面白い(と思う)昔のエピソードを一つ。

僕にトシアキという名の従兄弟がいます。

小学校低学年のころ、

習字の横に書いた自分の名前が、

「とすあぎ」と書いてありました。


これを先生に注意されたらしいのですが、

本人はさっぱり納得せずに家に帰ってきました。


「先生は、ずぶんの なまえぐらい まづがわねで かげど」

(先生は、自分の名前ぐらい間違わないで書けって)


『そして?』


「おれ、まづがてなど えねてこだえだ」

(おれ、間違ってなど いないって答えた)


『先生は、どう直せって?』


「お前の名前、“とすあぎ”でなくて、“とすあぎ”だぞって」

(お前の名前はとしあきでははくで、としあぎさぞ)


「んだがら、おれ、と・す・あ・ぎ…って書いたっていうと」

(だからおれ、としあきって書いたって言うと)


「お前、なまてんなだ。“とすあぎ”と、“とすあぎ”のくべづもつかねのが?」

(お前、訛っているのだ。“としあき”と、“としあき”の区別もつかないのか?)


といわれたと言う。


従兄弟は混乱のきわみで、べそをかきそうな顔で説明してくれた。


・・・そういえば、僕も埼玉に引っ越してきて、

[i]に苦労したのを思い出した。

it is は、「エテ ェズ」だと覚えていたからである。


「おじちゃん おれ すす くいだい」

(おれ、寿司食いたい)

と言うので、

標準語で言えたら食わせる・・・と言うと、


「すす」「しす」「しし」が出てきても、

「すし」だけは出て来ない。


ま、食べがら覚えさせようと、店に入った。

ところが、店の親父・・・


「えらっしゃい すす 何にするっす?」

(いらっしゃい。寿司何にしますか?)


…ですって。これには参りましたね。。。。


ところで、「からかい」は標準語ですが、物産館にもあります。


商品には、「からかい」と書いてありますし、

店員に「からかい」ありますか・・・と言えば、

商品のあることろまで案内してくれます。 


土地のことばでは、「からがい」と、にごります。

アカエイをカラカラに乾かした保存食です。


山形では、お祝い事や祭りの定番料理です。

豊富なカルシュームとコラーゲン食で、

美味しい食べ物です。


2日ほど水につけて柔らかくして、

最低でも5~6時間、コトコト煮て、

砂糖と醤油で味付けします。

乾燥からかいと、煮たものがありますが、

出来たものを買って帰りました。


でもやはり、手間隙かけても自分で作った方が

格段に美味しいと思います。


コレ決して、皆さんをからかっている訳ではありませんよ。

(寒い?・・・ヒッ、ヒッ、ヒッ・・・


一つ前のブログに、麻布の蝦蟇の話をかいたところ、

今、麻布の何処を探しても蝦蟇の形跡はないという。

ま、火事を消した “蝦蟇” というのも荒唐無稽だし、

火傷した家人が、蝦蟇の汗を煮つめる・・・というのも、

理由もつまびらかにされていないし、突拍子のない話でもある。


さて、これは蝦蟇ではなく蒲ではないか・・・と考えてみた。


麻布界隈には、池もあったろうが、

渋谷川から目黒川に名前を変え、

渋谷から白金近辺の四の橋、

三の橋と流れてきて、麻布近辺から一の橋、

更に芝を通って品川へ・・・


この河川の両岸には、かつて葦や蒲などが生えていたに

違いない・・・と考えたのです。


大体、四方に鏡を張り巡らせて、蝦蟇に脂汗を出させよう…などと

考えるだけで嘘っぽい臭いプンプン・・・ではないか。


では何故「蝦蟇の油」などという奇想天外な薬が売られていたかである。


その製法はいざ知らず、売られていたのは事実であり、

年配者紳士淑女諸君は、祭りや縁日で売り屋の口上を聞いたに違いない。


「さあさあお立会い。ご用とお急ぎでない方はゆっくりと聞いておいで・・・」


癇の妙薬といわれる孫太郎蟲や、精力剤と言われる赤蛙と並んで、

蝦蟇の油が出てくるが、派手な口上でお客をひきつけるのは、

蝦蟇の油売りにかなうものはいなかったに違いない。


これも伝説の域を出ないが、筑波山にある寺の和尚・・・

実はこの和尚、蝦蟇によく似た顔だったそうだが、

持ち歩く薬が、怪我などによく効いたらしく、

蝦蟇和尚の油として評判をとったらしい。

これが、いつの間にやら、「蝦蟇の油」になったという話があります。


では、麻布の“がま”は、ガマではなく、がま・・・なのだろうか????


因幡の白兎が、赤むくれの身体を横たえて、治癒したと伝えられている…

あの蒲の穂に違いない・・・というのが、

これまで推測しうる僕の結論です。

確かに、蒲には止血作用や利尿作用もあるといわれます。


ですから一昨日僕が書いた『しらなかった…ガマ由来』は、

蝦蟇由来ではなく蒲由来だったともいえそうです・・・

クチコミ番付参加中

東京ミッドタウン

すぐ裏手に住んでいますので、特に親しみを持っています。

工事は長く、周囲の状態に気を使う姿勢にも感心していたのですが、

完成しオープンを迎えた日、早速ガーデン側から入りました。

好天に恵まれたこともありますが、都知事選と重なったことも、

象徴的なグランドオープンになるのではないか・・・という感を受けました。


込み合う人たちの間を縫うように歩かなければならなかったフロアもありましたが、

ガレリア内は、雰囲気のいい和と洋の融合が気に入りました。

折衷ではない、融合性を発見したように思います。


和の伝統を、旧弊として修正して生き残すというような傲慢さは微塵も感じません。

発展的に上手く溶け込ませた造りを、そっと味わせてくれます。


店舗に立ち寄りましたが、人が多すぎました。

この日は諦め、次の日に期待・・・でした。


ガーデンは最高です。

早速ブログに載せましたが、その後数回歩かせてもらいました。

渓流の流れは、音を含めて感動です。


某所のような、噴水などの人工音ではないことの安らぎ感は格別です。

みどりはこれから成長し、自然の営みを味合わせてくれると思いますが、

ホテルやビジネスタワーを抱き込んだものですから、天然を求めるのは酷だと思います。


しかし人の力でも、それに近いものは造れることを、

これからの手入れを含めて求め続けて欲しい思いがします。


様々な意味で、都会の真ん中で、人の心を潤す、ひとしずくの雫になって欲しいし、

オアシスとしての期待の持てる、素適な空間だと思います。


<蛇足?>

ガーデンの池に河童を棲まわせる・・・とんでもない考えかもしれませんが、

フッと湧いた考えです。子どもたちは「面白い!」と賛同してくれるかもしれないが、

大人たちは、「馬鹿な!」と一蹴するだろうなァ・・・

他愛もないことを自問自答をしながら、池を眺めました。

渋谷区神宮前にビルを持ち、一階フロアを美容院に貸し、2階フロアは・・・

あまり詳しく書いてしまうと、「あゝ、あそこだ・・・」と、直ぐ分かってしまう。

個人情報漏洩につながりかねないので、ここで…ストップ!


実はこの劇団員は、屋上に小さな庭を造り、池にはガマ蛙も飼っている。

(…らしい)


奥方や娘達は、彼のこの趣味にはついて行けず、大反対だったようだ。


説得に苦労したらしいが、折角造った池も放っておくとボウフラが湧き、

蚊が発生するとか…誤魔化しと、妙な脅しをかけて、話題をそらすことで

がまの居住権を獲得したたのだという。


だが、このガマ(蝦蟇)という生き物にまつわる民話や伝説も多いのに驚く。


ではその一つ、

住まいから程近い麻布の「がま物語」を簡単に・・・


聞きかじった話なので、途中からはなし道に迷うのが僕の悪いところだ。

が、今回はあらましだけを書くことにしたい。


                            ☆

さて、東京が江戸といわれていた頃でございます。


ま、江戸の名物といえば“火事”と“喧嘩”といわれておりますが、

いえいえとんでもございません。


そそっかしさ、思い込み、やせ我慢、強がり、お節介焼き…から来る

涙もろさに人情味も名物と言えなくもありません。

…ただしコレ以前の話。


麻布近辺も火事の多いところで、

なかなか火事に遭わない家がありますと、

「あそこの親父は付き合いが悪いと思ったら、火事でも同じだ」

とんでもない陰口までたたかれる始末でございました。


三年と経たない短い間に、二度の火事に見舞われましたが、

その言うところの、“付き合いの悪い”一軒の家がありました。


「隣りまで全焼したのに、あそこだけは焼け残った」

「何か、マジナイでもしてるなら聞こうじゃないか」


焼け出された連中が、雁首そろえて訪ねて行きました。

すると家人は、「この池のせいでしょうか」


池に案内致します。


と、池には水がほとんどなく、少しばかり残った

水の中に、大きなガマ蛙が一匹昼寝をしておりました。


家人は、

「夕べの火事で、一生懸命水かけをしておりましたから、

草臥れて寝ているのでございましょう」


こう説明したといいます。

付け加えて、


「わたしも懸命に水かけを手伝っているうちに、火傷をしましたが、

ガマが流した汗を煮つめて塗りましたところ、ご覧のように完治しました」


これには、皆、二度びっくりです。


これはいいことを聞いた・・・と、ガマ蛙を集めて汗をかかせ、

それを煮つめ、「ガマの油」として売りましたところ、大人気。

いつの間にやら・・・「やァやァお立会い・・・」と言いながら、

きわどいパフォーマンスを見せて、

商売にする者まで現れたのだそうでございます。


麻布の住民は、売ったお金で家を建て直し、

池を作ってはガマを飼うようになったそうでございます。


以後数百年を経て、高級住宅街と言われるまでになりましたが、

果たして、どれだけの家がガマを飼っているか分りません。


喉もと過ぎれば熱さ忘れる・・・など諺がございますが、

言い伝えを大切にするなら、麻布から六本木まで、

ガマ効用を見直してもいいように思うのでございます。


どんどはれ!


・・・やはり、聞いた話とは少々違いますが、お許しいただきたいと思います。


ところで友人に、

それでガマを飼っているのか…と聞きましたら、

こんな話は、聞いたこともない…とのことでございました。