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演劇人生

今日を生きる!

小学校時代の同級生SKの運転で

雨中、寒河江川に沿って出羽三山へ向かいました。


友人の運転

出羽三山といえば、
森敦の小説にもある月山、湯殿山、羽黒山があり、
山形を縦に二分する連峰です。

森敦の「月山」は、還暦を過ぎ、自らの再出発の思いで
筆を執ったという会心作です。

山の手線をグルグル周りながら書いたという話を
聞いたことがありますが、真偽の程は分りません。

学生時代に途中まで読んで古本屋に持って行き、
金を借りて、取りに行かず流してしまったのは覚えて
いるのですが、中身はほとんど記憶に残っていないのです。

そのせいで、月山を眺めるとその思い出が蘇ってきます。

…ところで、まだ読んでいません。

芥川賞をとった作品で、「Oh!ふるさとの山…」
という意識で買い求め、またその内に買って読もう
・・・がこの始末です。

月山は余談で、僕が行ったのは山伏の修験場で
有名な羽黒山です。


出羽神社ご朱印

出羽神社(いではじんじゃ)があり、
三山の神々を合祀する山が羽黒山です。
出羽三山は、でわさんざんと呼びますが、神社は、
いではというそうです。

羽黒山

御朱印は、この神社で求めました。


甘酒を飲み、お土産を買い、雨中友人の車で湯殿山へ向かいました。

折角のことですから、即身仏を拝礼しよう・・・
瀧水寺大日坊に立ち寄りました。

山道をくぐると、横切る流れが石畳を越え、
小川のような中に歩を進めてたどり着いた古刹大日坊でしたが、

商売(?)熱心な住職の説明に耳傾け、即身仏を拝礼しました。

即身仏

写真は禁じられていますので、
ここの写真はリーフレットからの転載です。

ふるさとの祭りを見に天童へ行きました。


さくら祭りの中で行われる“人間将棋”です。

鎧兜の武将たちを将棋に見立てて、
青軍と赤軍を盤上に並べ、
女流名人と女流初段とが対局するのです。


一通りみ終わってから、

ブログを通して知り合ったKちゃんの車で、
これもブログ友人のWさんの店へ。

こじんまりとした居酒屋でした。


東京で言えば、中央線の何処かにある雰囲気の店で、
むさい感じで演劇を論じる連中の溜まり場風か・・・

“好き”“愛する”とはこれだったんだ・・・ ビックリマーク

何処かへ置き忘れていた“ぶつ”なる原石再発見・・・

すごい女が天童に住んでいた・・・これ、実感!

その日は、ホテルに帰ってぐっすり。

翌朝は、サービスの朝食を摂って直ぐに友人に電話して、
出羽三山の一つ、羽黒山に向かいました。


Kちゃんのエネルギッシュで熱い演劇への思いを聞く・・・

天童の名産の一つ、
将棋の駒を象徴的に祭りに取り入れたものです。

将棋文字彫り実演

≪出店で、将棋文字彫り実演中≫

「宇野重吉さんって知らないの?」

そう切り出した女性は、演劇人でも40代。

聞かれた男性は、バンドマンの20代。

一昨日、居酒屋で会った数人の中で交わされた話です。

「寺尾聡さんのお父さん」

「あゝ!」グッド!

で一応の決着をみた会話のひとコマです。


3年前、某テレビ局で、

「kappamonogatariさんは、何処で演技を習ったのですか?」

の質問をされました。

「○○という劇団で、宇野重吉さんの指導を受けました」

「はァ、そうですか。ところで、その何とか重吉さんという方は?」

「ご存知ありませんか?」

一緒にいたアシスタントディレクターも「・・・」と首を振ります。ショック!


仮にもテレビ業界で、ドラマ関係ではないにしても、

宇野重吉さんを知らないわけはないと思っている僕が、

時代を読めない旧弊になっているのだろうか・・・

と悲しくも思う。


「だって・・・」ドンッ

と、つい愚痴も言いたくなるじゃありませんか・・・。


先週の日曜日、

埼玉県の某ホテルで婚礼司会をしましたが、

コブクロの「永遠にここに」を歌う人がいた、

事前の打合せで、

「余興で、永遠にここにを友人が歌います」

と、僕が言うと、音響担当者がクスッと笑います。

「えッ、違いますか?」

と聞きますと、

「それ、トワニココに」って言うんです。

「そう? …間違えてでも言ってよかった…」

胸をなでおろしました。


そういえば、テレビ局での話の続きになりますが、

「このコーナーはゴクミ中心です」

分りますか・・・と言われて、

「今回は5組が中心で、別の組が中心になることも・・・」

…の僕の質問に、二人が顔を見合わせて、

「kappamonogatariさん、ゴクミって、アーティストの名前です」

「はァ、絵描きさんさんですか」


会話が全く成り立っていなかったのです。

その後、「kappamonogatariさんは、

なっち と りかの2人と組んでいただきます」

には、

「今は何も言わずに、後で誰かに聞こう」

・・・そう思って、オールビックリマーク

「はい、はい、分りました」で通しました。


時代は音を立てて動いているのでした。叫び


納豆餅

                      <納豆餅>

明日、山形に行きます。

ふるさとに納豆あり・・・


最近は、“納豆はねェ”などと言うと、

胡散臭そうな表情をする奴がいる。

                 ・・・いいえ、いらっしゃいます。

納豆は、

貧乏人でも食べられる健康食・・・これは間違いないはず。


『あるある大事典』

視聴者を馬鹿にしたような番組をつくったことも然ることながら、

地味~ィ に生き抜いてきた “納豆”殿の

名誉を著しく傷つけた罪は重い。


・・・にも関わらず、

関西テレビは、“納豆”どのへの詫びのことばはなかった。



昔々

栄養不足で、痩せこけた子ども等でも 元気はあった

中には裸足の子もいた


秋口になると 鼻をたらした連中が多くなる


冬は嫌だった 学校への行き来が辛いのだ

長靴を履いているのは町で いい生活をしているやつ等だ


弁当もストーブにのせるので 貧しいおかずの臭いが

部屋中に立ち込める


たくあんの臭い


米より多いご飯の中の大根も臭う


母は苦労して弁当作りをしていた

先ず大根をよける 次いで麦をよける

出来るだけ米の部分を弁当に詰める


一つの卵を 何で量を増やすのか分らないが

黄色い玉子焼きがしっかりと入っていた

他に 梅干とたくあん


夕食には たまにだが 納豆が出る


「なっとう なっとう なとう~」

売り手の声である


「あゝして売って歩ぐ納豆売りが、勿体なくて、

               自分は食わないのだど・・・」

当時の母の声が耳に残っている。


「へェ・・・、世の中って…そんなものか」

不思議でならず それ以後は 納豆を見るたびに

「勿体なくて、納豆屋も食えないものか・・・」


これは贅沢なものに違いない・・・尊い、また貴重な食べ物だ

子供心に焼きついた この思いは 割りに最近まで続いていた


埼玉に引っ越してきて 驚いたことがある 納豆売りのセリフだ

「納豆、納豆…納豆。青海苔とからしをつけた納豆が10円!」

Oh! ビックリしましたァ…埼玉では「青海苔」「からし」までついていたのだ

更に高級感がプラスされていたのです

第一 売り声が漢字になっている  同じ10円なのに・・・


さて 山形では 納豆がないと正月は来ない

つきたての餅を 大きな丼に用意した納豆の中に

きり入れるのだ 「納豆餅」である


山形に行く明日に 思いを込めて

レンジでチンした 納豆餅を食べよう


でも、写真では不味そうだ

ちょっと醤油を足し過ぎたようだ・・・しょっぱいッ!


妹の画④


妹の画⑤


わたしには絵心がないから・・・


「見た通りに描くだけ」

…という妹だが、本気かね~?


「ははァ~ん、奥床しく聞こえるが、自慢のメッセージだァ!」


『上手いでしょう』

を、言い換えただけじゃないか。。。


でも、こんな妹は可愛い!