音温(ネオン)ビーム☆ -24ページ目

音温(ネオン)ビーム☆

Jazzyな未知の世界に挑む波瀾万丈ライフ♪ 

前日はバイトのバイヤーBちゃんが大変な心霊体験をし、私も寝不足と疲労が重なり二人してグッタリ状態で買い付けに街にくりだした。パリ中のあらゆるショップに足を運ぶので、途中でエッフェル塔やベルサイユ宮殿を横切るが、感動するどころか興味を示す元気もなく、風景などどうでもよかった。今日はなんとかランチを取る事が出来、夕飯はオーナー社長が私達を中華料理屋に連れて行ってくれた。実は私、中華が苦手である。食べ物は好き嫌いがないのだが、中華だけは自分から進んで食べに行けない。あ、エビチリや冷やし中華は好き。でも全体的に中華は脂っこく味が濃くドロ~っとしてる感じでダメなのだ。しかし中華を御馳走になることになってしまった。 想像を裏切る事無く脂っこく味が濃くまずかった。半分以上残してしまった、、。 そしてホテルに戻る。今日買い付けたレポートを書き東京にファックスし寝る。今日こそしっかり寝ねば!!張り切ってベッドに潜った。 しかし夜中の3時頃に目が覚め、恐怖の体験をするのである!! おなかの激痛と想像を絶する吐き気が私を叩き起こした。それから2時間以上、トイレから離れられず、胃もお腹も空っぽになるほど下痢と嘔吐が続き、気を失いそうなのをこらえ、なんとかベッドに戻ると、さすがのBちゃんも目が覚めた様で大丈夫ですか?と聞いて来た。私の顔があまりにも真っ青だったらしく、心配してきいてくれたのだが、私は声も出ない。3人共同じ物を食べていて他の2人は元気なので食あたりではないはずなのだが、いわゆる私だけ食中毒状態。血尿まで出てしまい、タクシーで病院に行くが、タクシーに乗っている間も死にそうな激痛吐き気が止まらず、病院に着いて検査を受けたが、原因不明らしい。食中毒に症状が似ているが、食べ物からは検出されなかったらしく、私はその日は入院することになった。 翌日退院するのだが、とても自力で歩けない。 なんとかタクシーでホテルに戻るのだが、全く食べれない状態。もちろん仕事も出来ない。その後ローマに移動するのだが、体調は回復せず、ローマで2件程買い付けに行くともう立っていられなくなる。 結局ローマでも2日間寝たきりで帰りの飛行機も航空会社に事情を話し、トイレに近い席を用意してもらった。 日本に帰ると友達も親もあまりに私がげっそりやつれていたので、相当驚いていた。 体重は4キロ近くも落ちていた。 きっとストレスのせいもあったのだろうが、やはりあのホテルに何かあったような気がしてならない。 この件でさらにフランスに興味が持てなくなり、これから予定されていたパリ駐在の仕事の件を考えてしまった。 転職したてで大ピンチ☆ その後どうなるのか???
さあ~、来てしまった初パリ! 前回も述べたが私はヨーロッパに興味がなく、パリなど自分の意志で行きたいと思った事も無かった。しかし、仕事で行けるのであれば話は別でとりあえず仕事が終わった晩にでも美味しいワインを片手に、本場フランス料理でもゆっくり堪能してやろう♪とちょっぴり気持ちも踊ったものだ。が!!!しかし前回述べた様に、狂った様に買い付けに追われ寝不足と食事が全く取れなかった為いざ夜が来ても食欲ゼロ。結局その晩はバイトのバイヤーBちゃんと、左手で筆をもって書いた様な妖しい看板の日本食レストランに行き、うどんを食べた。極度の疲労でうどんのようなものしか口に入らないのだ。なんとか食べ終えホテルへ戻る。このフランスのホテルっちゅうのが癖モンで、歴史や街の雰囲気を壊さぬ様、新しい建物を立ててはいけないらしく、どのホテルもとにかく古めかしいのだ。外観はきれいにしてあるのだが、中の雰囲気がなんとなくどよ~んとしていて匂いもアンティークショップに入った時の様な独特のものがある。私とBちゃんが泊まったホテルは昔、マリーアントワネットも泊まった事があるとガイドブックに書かれてある程に古いホテルだ。雰囲気はなかなか趣があっていいと思うのだが、なんかホテルの中の空気がどんよりしているようだった。 部屋に入るとシングルベッドがひとつしかない。あれ、ツインで頼んだはず? と部屋を調べて歩くと、壁に押し込まれている棚みたいのがあった。何気なく引いてみると、ベッドになるようだった。しかしこのベッド、引っ張って開けたとたん、なんとなく不気味な雰囲気をかもしだしていた。別に不潔そうとかではないのだが、なんとなく気持ちが悪いのだ。なぜだ!?とにかくバイトの子が私に気を使って「私がこっちに寝ますよ」と言ってくれたのだが、私もそれじゃ悪いと思い、私がそっちに寝るから。というと結局譲り合いになり、Bちゃんがその妖しいベッドで寝る事になったのだ。 私はあまりにも疲れていてその晩は全く眠れなかったのだが、早朝隣で寝ているBちゃんが真っ青な顔をして「助けて!!」と震えた声でつぶやき、どうしたのか聞いてみると、どうやら彼女は生まれて初めて金縛りにあい、同時に幽体離脱までしてしまい耳元には女のおどおどしい声、そして目の前には長い金髪の女が手招きをしていたそう。 自分が天井に浮いてしまい、上から金縛りの自分を眺めていたらしい。 今書きながらでもその時の事を思い出して全身ゾクゾクしてしまうのである。私もBちゃんも全く霊感などないし、怖い体験をしたこともなかった鈍感な二人が、このホテルとそしてBちゃんが寝たベッドはなんとなく不気味というのは空気で感じれてしまう程だったので、今思うとやはりあの部屋は相当な何かがあったにちがいない。 何はともあれ、ホテルの人に事情を話し、翌日は部屋を代えてもらった。本当ならホテルを変えたいくらいだった。 変えてもらった部屋は収納ベッドではなく、ちゃんとツインベッドだった。 とりあえずホッとしたが、これが甘かった!その晩、今度は私が震え上がる様な恐ろしい体験をするのです!!! パート2は次回☆
「キャリアアップ」は必ずしも収入や地位がグレードアップすることではないと思う。例えそれらが下がることがあったとしても、自分の肥やしにしてしまえば幅や視野が広がり、遠回りのようでもキャリアアップ=人生が潤う、気がする。私にしてみればキャリアアップとは「人生の潤い」なのだ。人によってそれがお金や地位かもしれないし、人間関係かもしれないし、家庭かもしれない。自分の得意分野を生かした生活かもしれない。では私は、、、?この時点ではまだ自分でもわからないのである。ただ、解らないときは解る時が来るまでいろいろやってみるのが一番いいんだと感じた。 そんなわけで、妖しいバイヤーになってみた。

私はファッション業界最先端の世界にいたわりに、ブランドというものが実は大嫌いだ。GUCCIは私のツボを押す好きなスタイルだった為、私に取って特別だが、いわゆる他ブランドには全然興味なし。ましてGUCCIを含め、ロゴがいっぱい入っているアイテムは見るだけで嫌気がさす。そんな私がパリに向かう飛行機の中で「ブランドマガジン」なるものを読んでいる。買い付ける商品が全くわからないので予習しているのだ。この仕事をするまでエルメスのケリーバッグの存在さえ知らなかったくらいである。受験勉強してるような勢いで丸暗記していかなくてはいけない。エルメス、ヴィトンの全ラインからディオールの新作ライン名、その他に、、、吐きそうである。 この時点で「あ~~向いてないかも」と後悔が押し寄せて来た。 そして現地に着くや否や、買い付けリストに載ってる商品を買いに行くのだ。もちろんメモを見ながらでは妖しいので、(現地直営店では並行輸入業者には売らない方針らしい)入り口を出てはリストをチラ見し、また入って探すのを繰り返すのだ。こんな妖しい客なんていないはず。見るからに私の動きはきょどってて妖しい、、、。同行していたバイトのバイヤーの子は慣れたもので、要領よくテキパキと見つけ出し買っていた。私がそーっと近寄って「これってあるんですかね?」なんて聞いた日には「怪しまれるんで話しかけないで下さい!」とどこかへ行かれてしまった。 経験したことのない極度のストレスが襲って来た。 早朝パリに着き、朝ご飯も食べず、ランチも取れず、ひたすら各ショップに向かう。ホテルに買った物を置き、また他のショップへ向かう。の繰り返し。 心身共に初日からやられてしまった。 そしてパリ泊初夜、事件が起きるのである。 次回へ☆ 
さて、前回の続きである。安定とチャレンジングな大手外資ブランドの店長職か、未知なる妖しさ満点のバイヤー職か、、、、!

2003年の年明けを迎えて間もない頃、私は真冬のパリにいた。実は私、ヨーロッパが苦手。ショッピングも美術館も特に好きではないし、何かどんより暗いイメージが勝手に私の頭をよぎる。 どちらかというと、アメリカやラテンのように能天気な国か、バハマのような島国系が好きである。 おっと話題がずれてしまいそうだった。そう、フランスといえば例の店長職の会社がパリに本社がある。が、しかし私は両手いっぱいに買い付けた商品を持ち歩いていた。 嗚呼、私は妖しい方を選んでいたのだ☆ ここでちょっと並行輸入店とはどういうショップなのかを説明すると、いわゆるJJやCamcanに載ってる様な多種ブランドを取り揃えているセレクトショップみたいなもので、例えば日本のブランド直営店で買い付けていない商品や品切れ商品、売れ筋商品をバイヤーが海外直営ブティックに出向き、店頭に揃えて売るのだ。ほとんどのものは若干日本の直営店より安かったりするが、需要の高いエルメスのケリーバッグや限定品レアアイテムはかなり高い値段設定だった。私が転職したショップは並行輸入店では老舗の所なので、確実に海外直営店で買い付けてる新品本物しか取り扱っていなかったが、中には仕入れ先が不透明でフェイクを売ってしまう所もあるようだ。 何はともあれ、私は条件の悪いバイヤー職を転職先に選んだ。 どうしてもバイヤーになりたかったという訳では全くなく、バイヤーの経験をつけてキャリアに幅を広げたかったのと、あとは単純に海外に行きたかったから、である。笑  並行輸入店のオーナー自ら「本当にウチでいいんですか?」などと再確認してきた。 そういえば以前ブログにも書いた妖しいマーケティング業に採用された時も、同じ事を面接官に念を押された。100人中99人はきっとGUCCIに残るか、店長職を選んでいた気がしてきた。 妖しい業種の合い言葉は「本当にウチでいいんですか?」なのか。今答えれば、「いや、ダメでした」という感じだがその時は「ええ、ええ、良いんです!」と乗り気満々で答えてしまうのだった。 何事もやってみなきゃわからないものだ。  次回はパリ、ローマ出張先での出来事を。お楽しみに~♪
入社3年目あたりでヘッドハンティングされるようになった話は前回した。その頃から自分のやりたい方向性をじっくり考える様になった。ターニングポイントと感じた私は人事部長に転職の相談をした。ヘッドハントされていること、そして出来るならこの会社を愛する私としては、同じグループ内のもっと小さい規模の会社に移りたいと希望を言った。GUCCIは大きすぎて私の目指す方向で仕事ができない、と。が、希望は残念ながら聞き入れてもらえなかった。他へ転職する決意をした。候補を2つに絞った。ひとつはヘッドハンターから勧められた会社。青山に日本支社、本店を置くフランス系有名ラグジュアリーブランドの店長ポジション。私はこのブランドの繊細な発色や体のラインが美しく出るデザイン、そして何よりグッチを含め他のブランドのように品のないブランドロゴなど一切取り入れてない気品漂う素材感や雰囲気にとても惹かれていた。年収は150万円程アップ。本店勤務だが、GUCCIのような巨大店舗ではないのでスタッフもまとまりやすい規模だ。諸条件もすべて最高だった。 もうひとつは私がたまたま青山を散歩していたときに見つけたわずか10畳程の広さの妖しげな小さな並行輸入店。バイヤーを募集していた。こちらは逆に年収でいうと100万円程減る勢いで、休暇も不定期で少なく、諸条件は明らかに悪い。が、私の好奇心を刺激する蜜の匂いがした。 ヨーロッパ、米国に常に行き買い付けをするのだ。しかし出来たらフランスに駐在してほしいとのこと。フランスではアパートも提供される。とりあえず両方とも面接をしにいった。 一つ目の方は残念ながら落選との連絡が入った。二つ目はあっけなく即採用された。 もう選択もないのでそれでは2つ目の所に行くか、と考えていた所、一つ目の会社から再び連絡があった。今更なんだ?と思って電話を受けていると、どうやらフランス本社の社長が私の目指す方針を気に入り評価してくれ、どうしても私に店長を希望しているとのことだった。 私はこのときの面接は「どうしてもこの会社でなければ!」という意気込みで挑んでなかったので、むしろ受け入れてもらえなくても良いやくらいの勢いで、ありきたりの無難な受け答えは一切せず、とにかく私は気取った接客はうんざりで、スタッフ同士のコミュニケーションも、もっと土臭さを求める。ということを面接で言っていたのだ。 さあ、選択が出来てしまった。 私は引き続き大手ブランドのフィールドで店長職につくのか、それとも再び妖しさ満点のフィールドに戻りバイヤーとしてのニューキャリアを築くのか!? 続きは次回に☆
大切な人を失った、、、。いろいろなストーリーがあり、例の彼と別れる事になった。と前回のブログにも書いた。ちゃんと話し合って別れたのだが、私はまだ好きだった。でも不思議な事に自我よりも相手の幸せを心から願う自分がいた。よほど相手の事を愛していたのだろうと思った。こんな自分を初めて発見した。良い恋愛をさせてもらった。 しかしやはり何かを失った後の気分は苦しいものなので、失った分何か新たに自分に与えてあげよう!と思った。 思いついたのが「一人暮らし」。都内で生まれ育つと一人暮らしとは縁がない。当然親にも大反対されたが振り切ってわずかに貯めた貯金を全部叩いて踏み切った。たまたまネットで調べたら私が求めていた物件そのものが載っていた。駅から徒歩5分、最寄り駅は原宿、新築、11階、バストイレキッチン別、部屋約7畳、陽当たり良し、目の前が代々木競技場と公園、そして新宿の夜景がバ~ン☆である。家賃10万7千円。即決である。早速不動産屋に問い合わせると、いろいろ審査があるとのこと。収入や職業、履歴などを調べるのだそう。 私はGUCCIの社員だったということで、即審査はOKだった。会社の信用度って何て大きいのだろう、と思った。私がバーテンだったらいくら収入がそれなりにあってもダメだった勢いである。社会的地位というのはこういう時にも痛感させられるものなのか。 何はともあれ、めでたく入居する事が出来た。 さあ、ニューライフの始まりだ☆ 一人暮らしともなると、ちょっとしたインテリアにもこだわりたくなるものである。しかしお金はないのでシンプルで物を最小限に揃える。 家具の中で一番こだわるのは人それぞれなのだろう。私の場合は「ソファー」だ。3人座れるゆったりした座り心地の良い無地のシンプルなもの。 私は安くてもオシャレで高価に見える良い物を探すのが得意だ。 どこ製とかブランドとかどうでもいい。ようは5感を研ぎすませて感じる「心地よさ」だ。 ベランダには人工芝を敷き詰め、テープルとイス2脚を置く。目の前が広大な代々木公園で、建物がなにもないので朝は鳥のさえずりで目が覚める。朝ご飯をベランダで食べる。表参道のフィットネスクラブに行き、(モーニング会員なんと月3千円!)屋上のプールとジャグジーを楽しむ。そして徒歩で出勤。終電も心配しないで帰りにたまに飲む。帰宅。さえぎる建物ひとつない新宿の夜景。 完璧である。 家が近くて心地良いと飲みに行ったり外食したりしなくなり、直帰するようになる。自炊も楽しくなり、出費が意外になくなる。休みの日は自転車で地図片手に探検! これが何とも健康的で楽しい。 こんな生活ずっとしていきたい=GUCCIはやめられない、だった。転職もリスクだ。 こんな最高に充実した日々が果たしてずっと続くものであろうか? 人生山あり谷ありというもんで、続かないのだ。 ちょうど一年経とうとしていた所、私の人生最大級の苦しみと悲しみ、ショックな出来事が起こり人生も一転していくのである。 思い出すのも辛いのでここで書くのも戸惑うが、気を取り直して次回に、、。
「大恋愛」っていうタイトルの本やドラマは意外に無い気がする。おおげさな響きだからか? 本を書ける程の大恋愛をすることなど一生を通してもそうないものなのか。私のまわりを見渡すと、本を書ける程のものではないが、その人にとってはこれが大恋愛なんだろうな、と感じる時がある。しかし結婚となると、どの人もその大恋愛の相手ではなく、なんとなくその時にタイミングの合った人とサラッと結婚している場合が多く思えるのは私だけであろうか。結婚の様にロングランのものは、そのぐらいの相手のほうが疲れなくて平穏な家庭を築けそうな気もする。ようは、相手に期待しすぎるとうまくいかないということのようだ。 私は、、というと、本を書けそうな「大恋愛」を一度だけした。きっとこれが最初で最後なのだろう。 ファッション業界に就職するきっかけになった人として、以前一度ブログに登場した人だ。 「本を書ける程」なので、ここでは話は省略するが、遠距離のため別れ、3年後にまた付き合う事になった彼だ。(それから1年後に結局完全に別れてしまったのだが)その頃また付き合う事になるまでには相当の気持ちの揺れがあった。 元カレという存在は果たして友達以上で恋人未満なのか? 私の中で友達から彼氏になるパターンはあり得ず、彼氏から友達になるパターンもこれまたあり得ないのである。 しかし元カレというのはもし友達になれるのであれば、最強の友達の存在になりうると思う。自分の最高に良い所と最悪な面を両方知っている訳だから何かあったときのアドバイスも強力な気がする。 元カレとは友達になれない私に取っては別れてしまえば、どんなに大切な人であったとしても「友達以下」の存在というより、「死んでしまった人」同然だ。 例えば肉親に死なれた時のように、いくら会いたいと思っても死なれてしまっては自分の成長も見てもらえないし、その人のその後も全くわからない。 何かしてあげたくてもしてあげられない、、、。切ないものである。 なのでそれ以来私は、好きな人が出来たらその人と付き合おうが付き合わまいが、その人の存在にただひたすら感謝したいと思う様になった。 自分の人生に多かれ少なかれ関わっていてくれるその人の存在。その人の人生にほんのちょっとでも自分の存在が影響してる喜び。 人はなぜ人に死なれると悲しいのか。自分が死んで行くのが怖いのか。 突き詰めると同じ事だと思う。 一生に一度あるかないかの大恋愛を経験出来て自分も大きく変われた。これからのテーマは「人に依存せず人を愛し人の存在自体に感謝する」こと。自分も人も死なせない様に、、、☆
ここのところずっとニューキャリアのテーマで何だか堅苦しいことばかり書いていた気がするのでここでちょっと違う話題を。表参道、青山近辺は私が最も愛する街である。なぜだろう。並木通りや明治神宮など緑が多い点と、意外に静かで適度な緊張感のある新鮮な空気が漂っているように思える。 そして古いものと最新のものがうまく共存している点だろうか。ゆっくり時間をかけて探索すると、見落としそうな小道がいっぱいあり、入って行くとこれがなかなか昭和初期を思わせるお店がひっそり並んでいたり、古いアパートを改築してオシャレなカフェになっていたりする。帰国したての頃、友人とよく青山通りと骨董通りの交差点にあるマックスマーラの前で待ち合わせをしたものだが、あの素敵なお店を眺めるたびに、「こんなところで働ける人は一体どんな人達なのだろう、、。」と思ったものだ。 私はたまたま運良くGUCCIに就職したものの、もともと他のブランド品には全く興味がなかったので、マックスマーラがどんなブランドなのかも今イチ解っていなかったのだが、ガラス張りの素敵なショップだったのが印象的だった。そんな自分がまさか数ヶ月後にこれからオープン予定の日本初フラッグシップショップ(本店)なるGUCCI青山店にオープニングスタッフとして配属されるなどとは夢にも思わなかった。私の大好きな街、青山で働けるということだけでゾクゾクした。 今ではすっかり落ち着いている青山店だが、まだ内装工事がやっと終わるかどうかのころから商品を倉庫から数日がかりで運んでは検品し店頭に配列したり、ストック整理をしたり、開店までの準備に追われたことが今では懐かしい。そしてオープニングの数日前には著名人のみを招き、先行販売パーティなるものがあった。 よくTVでピーコのファッションチェックとやらの番組に出て来る様な感じのやつだ。 私は芸能人にはホントにうといが、さすがの私でも知っている今をときめくスターばかりがうずめいていた。そんな中、私が初めて接客した相手は、、、! 元バレー選手の川合俊一だった。(ん?今をときめく、、?)ちょっとガックリ(笑)シルバーのクロスネックレスを奥様にお買い上げだ。 ふと隣のスタッフをみると藤原紀香の接客をしていた。 テレビカメラもいっぱい入っていた。 その頃たまたま彼がファッション通信を見ていたらしくチラッと私もTVに映っていたそうだ。笑える。そんなこんなで今までに体験したことのないリセプションパーティだったが、オープン後も場所柄、毎日誰かしらは芸能人が普通に来店する。ジャニーズ系の人は私の知る限りほとんど来ていたので、それ系ファンのスタッフは平素を装いつつ普段強面の先輩でさえ顔がほころんでいたのがかわいい。 なんせ女の多い職場なのでこういった男性芸能人が来ると和むのである。 ランチも楽しみだった。いろんなところを一人で開拓して知る人ぞ知る様な穴場のお店もたくさん見つけた。青山でのキーワードは「小道*地下*ひっそり」だ。 安くて美味しくてシブくて味のあるお店が実はいっぱいある。しかし目立たなかったり宣伝していないので混雑していず、静かな時間をオシャレに安く楽しめる。青山について語りだすと止まらない勢いである。 私同様、青山好きの方がいらしたらコメントくださいね~♪
考えてみれば私はバイトの頃から同じ業種で転職はしていないように思える。器用貧乏なのか。好奇心旺盛と言うか、子供の頃からある程度のレベル(例えば5段階でいうと、4.5あたりであろうか?)までいくと、そこから極めようなどという野望は生まれず終了するようだ。今までに書いて来たバイト編から本職編を読んで頂ければ一目瞭然だが、器用貧乏で好奇心追求心旺盛な方ならほとんどの人は異業種転職は可能なのではないだろうか。医者やエンジニアなど長年の知識や経験が必要とされる業種は別だが。 さて前回のブログの続きだが、GUCCIに入社して3年経った頃、ヘッドハンティングされた。まさか自分がそのようなお誘いをかけられるなど考えた事も無かったし、そんなことが現実にあるものなのか、という感じでビックリだった。 どうやらヘッドハンティング専門の会社があるらしく、その会社のさまざまな業種の顧客の求める人材をヘッドハンターという業種の人が探してまわり、引き抜きをするということらしい。 私の場合はそのヘッドハンターがお客さんの振りをして来店し、良い接客をするスタッフを探していたようだ。 どうやら私が唯一英語を話すスタッフということで(意外にこの業種に英語を話す人が少ない)店長だと勘違いしたらしく、おまけに私の接客が気に入ったらしく、ショップに電話がかかって来たのだ。電話に出るとそのような説明をされ、私をマネージャーとしてある会社に引き抜きたいとのことだった。グッチグループの最大のライバルとも言えるフランス系大手グループからのオファーだった。 私も入社して3年経ったその頃から、これから自分がどうしたいのかを考えていた時だった。 GUCCIは私の思っていた通りの会社で私は100%満足していた。仕事も仲間も好きだった。毎日が本当に充実していたが、その頃、ちょっと自分のやりたい仕事の方向と会社の方針に少しズレがでてきた。 私は本当の意味でお客さんの立場に立って接客したいと思っていた。 売り上げを立てたいからといって似合わないものを勧めたくなかったし、使い勝手が悪いものや修理件数の多い商品を知りつつそれを勧めたり絶対したくはなかった。 お客さんが納得するまでとことん一緒になって商品を探してあげることが好きだった。会社はお客様第一と言いつつそのような商品の売り上げをあげる為にその商品の利点を見つけ勧め方次第で購入に繋げる接客を求める。会社側からしたら当然だ。 私にとってもあまり良くない商品でも勧め方次第で売り上げに繋げるというのは簡単だった。 そこは販売のプロになってるわけですから。 でもやっぱり何か違う。 そう思い始めた時点でもあった。 というわけで、一応話だけを聞きにヘッドハンティングの会社に足を運んでみた。 半蔵門にある米国系の会社だった。スタッフは全員アメリカ人だ。 話を聞くと、給料、ポジション、勤務地、休暇など全て好条件だった。 とりあえず考える時間をもらったが、私がこれから本当にやっていきたい仕事はこれなのか?と自問していくと、違う気がした。 お断りした。 すると違う顧客からのオファーをその後どんどん持ち寄せられた。どこも有名な大手だった。しかし、どれも店長やエリアマネージャーのポジションだった。 一度聞いてみた。 同じ業種でも違う職種、例えばバイヤーやプレスの仕事はないのか、と。 経験がないと難しいとのことだった。 確かにGUCCIでも社内で異業種への転職試験があったので、それで移る人もいた。 又、全く経験はないが、違う会社でバイヤーやプレスの職について1からスタートさせた人もいた。 さて私は? バイヤーやプレスには確かに興味があったが、本当にやっていきたい仕事というわけでもなかった。 ではどのような決断を?? これから大胆な決断をしていくのです。 続きは次回☆
今年に入ってから確か2度目の書き込みである。 というのもうちのネットプロバイダーの調子が悪く、かれこれもう2ヶ月近くパソコンをいじっていない。忙しさにかまけて苦情も言えなかった。予定では来週からちゃんとネットも繋がる様になるらしいので、そろそろ毎日書ける環境が整いそうだ♪
前回はどこまで書いただろうか。GUCCIに転職したところまでか。今振り返ってみてもなかなか華やかで変化があって毎日とても楽しく仕事をしていたなと思う。そのころの人事部長や社長がとても斬新で個性的だった為か、そのころに入社した社員は一人一人強烈な個性の人が多かった。私も確実にそのヘンテコキャラの一人なのだろう。私は一癖二癖あるアクの強い人間が結構好きなのでそれはそれはいろんな業界から転職して来た人が多かったし、新卒もいろんな意味で強烈キャラが多かった。そう、私は表面的にすごい良い人でも実は何考えているのか解らない器用な人が一番嫌いで、そういう面ではこの職場ではみんな毒を吐きまくっていたので後輩が先輩に食いついたり、先輩が泣き出してしまったり、もちろんその逆もあるのだが、割と上下関係なく、良いと思った事をガンガン突き通して後は割とスッキリしていたりするので、エネルギッシュな職場だった。 そう、その頃のGUCCIの社長や人事部長がもう今は転職などしていたりするように、この業界は人の動きがどうやら激しいようである。 皆、キャリアアップをする為に、転職するのだ。 中にはGUCCI, PRADA, CHANEL, TIFFANYと転職をしまくってる人もかなりいた。 ではこの業界の人はどのようにしてみんな転職にいきつくのであろうか?ということだ。 ある人は毎月のようにとらばーゆを休憩時間みていたり、ある人は転職した友達から引っ張られて次から次へと仲間がごっそりその会社に流れたりもした。 この業界ではこんなことが頻繁にあり得るのだ。お客様がお店をやっていたりすると、そこにスカウトされる人もいた。が、この場合はたいていお客様が個人でやっている事業だったりするので現実にはそこへ転職する人はいなかったように思える。そしてもう一つ、よくあるのが「ヘッドハンティング」である。 実は私も入社して3年後あたりで、ヘッドハンティングをされたのだ。 私はどのような事をその頃考えていてどのような判断をしたのか。 続きは次回☆