「大恋愛」っていうタイトルの本やドラマは意外に無い気がする。おおげさな響きだからか? 本を書ける程の大恋愛をすることなど一生を通してもそうないものなのか。私のまわりを見渡すと、本を書ける程のものではないが、その人にとってはこれが大恋愛なんだろうな、と感じる時がある。しかし結婚となると、どの人もその大恋愛の相手ではなく、なんとなくその時にタイミングの合った人とサラッと結婚している場合が多く思えるのは私だけであろうか。結婚の様にロングランのものは、そのぐらいの相手のほうが疲れなくて平穏な家庭を築けそうな気もする。ようは、相手に期待しすぎるとうまくいかないということのようだ。 私は、、というと、本を書けそうな「大恋愛」を一度だけした。きっとこれが最初で最後なのだろう。 ファッション業界に就職するきっかけになった人として、以前一度ブログに登場した人だ。 「本を書ける程」なので、ここでは話は省略するが、遠距離のため別れ、3年後にまた付き合う事になった彼だ。(それから1年後に結局完全に別れてしまったのだが)その頃また付き合う事になるまでには相当の気持ちの揺れがあった。 元カレという存在は果たして友達以上で恋人未満なのか? 私の中で友達から彼氏になるパターンはあり得ず、彼氏から友達になるパターンもこれまたあり得ないのである。 しかし元カレというのはもし友達になれるのであれば、最強の友達の存在になりうると思う。自分の最高に良い所と最悪な面を両方知っている訳だから何かあったときのアドバイスも強力な気がする。 元カレとは友達になれない私に取っては別れてしまえば、どんなに大切な人であったとしても「友達以下」の存在というより、「死んでしまった人」同然だ。 例えば肉親に死なれた時のように、いくら会いたいと思っても死なれてしまっては自分の成長も見てもらえないし、その人のその後も全くわからない。 何かしてあげたくてもしてあげられない、、、。切ないものである。 なのでそれ以来私は、好きな人が出来たらその人と付き合おうが付き合わまいが、その人の存在にただひたすら感謝したいと思う様になった。 自分の人生に多かれ少なかれ関わっていてくれるその人の存在。その人の人生にほんのちょっとでも自分の存在が影響してる喜び。 人はなぜ人に死なれると悲しいのか。自分が死んで行くのが怖いのか。 突き詰めると同じ事だと思う。 一生に一度あるかないかの大恋愛を経験出来て自分も大きく変われた。これからのテーマは「人に依存せず人を愛し人の存在自体に感謝する」こと。自分も人も死なせない様に、、、☆