音温(ネオン)ビーム☆ -22ページ目

音温(ネオン)ビーム☆

Jazzyな未知の世界に挑む波瀾万丈ライフ♪ 

「転職に人生を賭ける」とは一体どういうことか。 つまりありったけの自分をその仕事に自分の人生の大部分の時間をささげる、といった感じだろうか。 大恋愛、又はいろいろ回り道をしてようやくたどり着いた真の伴侶、ソールメイトとの出会い、みたいなものか、、、? よくわからないが、転職には人それぞれいろんな意味があると思う。 一つの事を長く続けられない、何が本当にやりたいのかわからない、とりあえずいろんな世界に足を踏み入れてみたい、職場の雰囲気や仕事に馴染めない、興味対象の変化、または収入や地位などのキャリアアップなのだろう。 私達の親の世代は転職などはマイナスのイメージだった頃を思えば今は逆にプラスになりうることが多い気がする。 しかし何かをきっかけに巡り会った魂が求める仕事への転職は昔も今も同じ価値で存在している事は間違いない。 意外に子供の頃に一瞬描いた憧れの職業なんかは本能が求める仕事なのだろう。例えば小学校の卒業文集。私は何を書いたか? 実は私は小学校に上がる前から歌う事が好きでよく一人で歌っていた。そして私の憧れの職業はシンガーソングライターだった。 「EPO, 久保田利伸、ピチカートファイブ、玉置浩二」など、センス良いポップサウンドでなおかつラブソングばかりではなく、日常の何気ない事やその人の人生哲学が感じられるシンガーソングライターが大好きだった。 しかし卒業文集にそんなことを書くと「こいつアイドルにでもなるつもりか!?」と思われ兼ねないと子供心にも思い、無難に「エレクトーンの先生」と書いておいた記憶がある。何を隠そうエレクトーンは6年間続けて5年生の時にギブアップしているというのに親からしてみれば???だっただろう。 高校入る前に親に真顔で「シンガーソングライターになりたいんだけど」と言ったら、「そんな食えない仕事ダメ!」の一喝で流されてしまった。しかしほとんどの子供は大きくなると子供の頃の夢を諦め、現実と向かい合う。 私もいつしか腑に落ちないまま現実と向かい合い転職を重ね、しかし不思議な事に月日を重ねるごとに自分の取り巻きがいつしか音楽に繋がる環境になっていた。 魂が人をチャンスを引き寄せているのだろうか? 成せるかどうか今の私には全く読めない。しかし今は音楽への転職に人生をかけようとしている自分がいる。 大それて人生を賭けようなどと思った事は今までに一度もないが、安定したファッション業界でのキャリアを捨ててまでも賭ける価値がおおいにあると思った。これは私の中で最初で最後の一番大きいギャンブルな気がする。 しかし私よりもうわてというか、もっとすごいギャンブルに出て転職を遂げた夫婦がいる。前回のブログで述べたミュージシャン夫婦だ。 何だか引っ張ってしまったが、次回こそこの素敵なミラクル夫婦が登場します。 乞うご期待☆ 
そう、金曜日、、、。前回のサニーサイドライブの続きである。不思議なもので、初めてお客さんからお金をもらってやるライブでしかももう一人のヴォーカリストは若手ホープ(古い?)の素晴らしい人。不安で眠れないものだが私は日が近づくごとに何故か楽しみでワクワクして仕方なかった。当日はなおさらである。普段の引っ込み思案はどこへやら、、、という感じで「怖い」より「楽しみ」が勝つのである。これは単純に「心の底から好きな事」だからなのだろう。歌う事が。「好きこそ物の得意」ということわざがあったような気がするが、好きな事は苦を苦に感じず、何か不思議な瞬発力を放つ気がする。 というわけでライブスタートである。 少しずつ馴染みの友達がドアを開けて入って来てくれる。歌う事よりも人を自分のライブに誘う事の方が勇気がいるのだ。私がジャズを歌っている事すらスクールの仲間しか知らない状態だ。 スクールの仲間が10人程来てくれた! 若い人からエネルギッシュな年配の方まで様々だ。 そして会社の同期や懐かしい友人も来てくれ、ありがたいことに席は少しずつ埋まってくれた。 もう一人のヴォーカリストのお友達は、、というと、意外にも旦那様一人の来店だった。きっと誰も誘わなかったのだろう。後で聞いたら、代々木ナルでの優勝後、プロとして活動しても人をライブに呼び続けるのは非常に難しく、かなりのプレッシャーらしい。なるほど、、。厳しい世界のようだ。 さて、歌う順番を、1ステージ目が細谷さん→私。2ステージ目が私→細谷さんというふうになった。やはりプロの方にガツンと歌い始めてもらって最後に締めくくるというのが良いのだろう。 ライティングも暗くなり、細谷さんが歌い始めた。とても滑らかで優しく美しい声だった。MC(トーク)もとても自然で楽しく、さすがはナルの優勝者だけあるなあ~と感心して後ろで聴いていた。 細谷さんが4曲歌い終わると私を紹介してくれチェンジだ。 細谷さんは私の緊張を和らげようと、いろいろステージで質問を投げかけてくれた。「好きな食べ物は何ですか~?」というような感じだ。 お互い妙に噛み合ない質問と答えを繰り広げた所で私の歌がスタートする。 歌い始めると不思議と緊張がピタッと止まり、歌の世界に入る。 一人一人の目を見る余裕があった自分に今思うと驚く。3曲目までは何とか調子良く行ったが、1ステージ最後の曲で気が緩んだのか、ピアノソロの後にもう1コーラス歌う時に歌詞がパ~っとみごとに飛んでしまった!! ピ~ンチ!! 頭が真っ白になり固まってしまうと、客席から「がんばれ~~!」と歓声が飛び、手拍子で応援してくれた。 すると歌詞が甦り、なんとか最後まで歌えた。 前半が終えた所でピアニストの方がある提案をして来てくれた。「ここにいるお客さんはほとんど君の友達だし、ラストステージも君が最後に歌った方が良いと思うんだ」との事で、そういうことになった。 このライブの最後の歌を飾るなんて!! 嬉しかった。 そして最後の曲は私の想い出の街、サンフランシスコが舞台の題名もそのまんまで「想い出のサンフランシスコ」をボサノバのアレンジで歌った。歌い終わると、私にはもったいないほどの割れんばかりの拍手を頂き、その拍手がそのうち同じリズムを刻む手拍子に変わった。 自然にアンコールモードになっていたのに驚いた! そんな事は多分来てくれた友達も、そして私も想像してなかったので当然アンコール曲など用意してない。 なにはともあれ、初めて経験する感動だった。 初ライブは御陰様で大成功に終わり、今振り返ってみても数々やったライブの中でベスト3に入る良いライブだ。 しかしこの成功の裏にはわざわざ時間を作って来てくれた仲間や友人、そしてこのライブに声を掛けて下さったピアニストをはじめとするベーシストの方や、細谷さん、そしてオーナーの方の温かい支えのお陰だ。 あとは私もこの決戦に向けて真剣な特訓を初めて受けた。 私をライブで歌うまでにしてくれた恩師は私の大切な友達夫婦である。 バークリー卒のサックスプレーヤーともともと友達だったのだが、彼が奥様でもあるヴォーカリストを紹介してくれたのである。 この奥様は私よりも少し若いのだが、今では私の歌の師匠であり、飲み友達でもある。 このミュージシャン夫婦が実にただものではないミラクル夫婦なのだ☆  どうミラクルなのか!? 続きは次回!!

sunny side



前回のブログの続きだが、6/5/03にサニーサイドで忘れられない初ライブデビューをした。 ピアノ、ウッドベース、そしてヴォーカル2人での小さなライブ。 このサニーサイドは早稲田通りと明治通りの交差点角にあるビルの2階にあるこじんまりとしたライブハウスだが、人の家に来た様な何とも言えないホッとするような空間と照明が魅力的だ。 私は前半4曲後半4曲と全8曲歌い、もう一人のヴォーカリストも同じ様に歌った。 ところでこのもう一人のヴォーカリストはどんな人なのだろう、、。 謎である。 私と違いプロでやっている方らしい。 ご自分では歌の合間のトークの時に「よくチキンラーメンの鳥の顔に似ていると言われるんですぅ~♪」とおもしろいことを言っていたが、とってもチャーミングで若くてきれいな方だった。名を「細谷美沙都」さんと言う。 ジャズ友達に共演が細谷さんだということを言うと、「え~~!! 彼女代々木ナルのヴォーカルオーディションで優勝したことのある人だよ、確か。 めちゃくちゃ上手い人だと思うよ」 という貴重な情報を教えてくれた。 ジャズバー「代々木ナル」のヴォーカルオーディションは年2回程開催されるらしく、ジャズ界では相当レベルも高く、登竜門的存在のようで有名らしい。そんな難関を勝ち取った優勝者と私などのライブなど、やる前から怯んでしまいそうだ。 初のライブデビューにしてはあまりにも残酷というか冒険的ではなかろうか。 あ~どうしよう。参った! kaorum大丈夫か!?  これでコケて一気にヴォーカル人生を絶たれそうだ。 まあでも考えようによっては、このような上手くて華のある人に最初はリードしてもらったほうがいいのかもしれない? と例のごとく能天気な私は思った。 細谷さんの引き立て役でもとりあえず良い経験だし私なりに楽しんでやってみようと思った。 と思うと、変なプレッシャーも緊張もしなくなってきた。人間、一度壊れると楽である。 ピアニストの方も「もしこれでうまく行かなくてもこれでおしまいっていうんじゃなくて、長い目で君の成長に期待してるから気楽に楽しんで歌ってくれれば良いよ」と言ってくれた。 何ともありがたいお言葉である。 そんなわけで実際、このライブはどう進行していったのか!? kaorum撃沈か?それとも、、、? 続きは次回☆

joshua

先週末、学校にJoshua Redman率いる「サンフランシスコジャズコレクティブ」というバンドが来た。ジョシュアはジャズ界では今かなり注目されている若手テナーサックスプレーヤーだ。 日本でも人気はとどまる所知らずどんどんヒートアップしているらしい。 私はレコーディングしか聴いた事が無く、ライブで聴くのは初めてだったのでとても楽しみだった。 演奏からは彼の人柄が滲み出ていて、流し聴きした程度でも妙に心に残るのだ。 そんな彼の音はとにかく温かい。そしてセクシーでキレる音でありながらお茶目なかわいい面もある。そんな生の音を、ここボストンで、しかも自分の通う大学の大ホールで聴きに行けるというのは超ラッキーなことだ。 しかもサンフランシスコは私が昔住んでいた大好きな街ということもあってか彼等がボストンに来た日からウソの様にボストンにもほんのり温かい春がやってきたようだ。 コルトレーンの曲やオリジナルを中心に8人編成で2時間ぶっ通しの熱いライブだった。普通はいくらジャズが好きでも休みなく2時間も聴いてると疲れて来るものだ。しかし、このライブは疲れるどころかあっという間に感じた。 8曲程演奏していたのだが、各曲全員がソロをとる長ったらしいものではなく、各曲それぞれに一人をフィーチャーしたソロをとる形で、メンバーの美味しい見せ場がピンポイントで伝わって来てこれまた感動させられた。 そんなわけでジョシュアのソロも2曲程だけだったが、とにかくカッコ良かった!!今までに見たサックスプレーヤーで一番アツかった気がする。 バンドを引っ張っていくオーラもすごい☆  体から溢れ出てるんだよね。自分が。そして曲のストーリーが。 多分どのミュージシャンもその人なりに滲み出てるんだろうけど、Joshuaはなんかものすごくカッコ良い。 体の動き一つが音と連動していて、しかも上手く言えないけど音だけじゃなく動きや表情がかっこいい。 先生が鏡を見て自分の動きを認識しなさい、ってよく言っているのを思い出した。  嗚呼、パフォーマーはやっぱ自然に、されど計算された体から滲み出る余裕ある動きも演奏の、音の一部なんだなあ、、、って考えさせられたライブでした☆
ぎっくり腰のベーシストもようやく回復した所で気を取り直して再びセッションに足を運んでみた。場所は池袋にある「マイルスカフェ」だ。 ここは私にとって出発点であり非常に想い出深いライブハウスだ。 マスターのマイルスもきさくで全身から「音楽好き」オーラがみなぎっている。 この人のすごいところは、365日ジャズ漬けで働いているのだ。 時にはオールナイトありだし、365日店をオープンして自分も必ずいるということは旅行にも行けないし、風邪もひけないということだろう。 まさにお店が自分の空間であり、音楽と結婚しているようなものである。 う~~、かなわん!! 50歳手前の一番仕事も脂が乗る頃某有名大手企業をスッパリ退職し、ジャズバーをオープンさせ自分の夢を叶えている。 お店もそんなマスターの熱意が伝わってか、連夜セッションやライブでエネルギッシュで大繁盛だ。 夢を叶えるのに年齢は関係ないようだ。 このエネルギッシュなオッサンを見ていると、本当に励みになると言うか元気をもらう。 そんなマイルスカフェが私は大好きだ。  というわけで話がズレたが2度目のセッション体験。 この日も恐る恐る歌っていた私だが、相変わらずマスターは「やっぱり君の歌はなんかわかんないけど心にくるんだよね~」などと嬉しい一言を言ってくれた。 そして驚いた事にセッションリーダーのピアニストが、帰り際「もし良かったら今度僕のライブで歌ってみない?」と声を掛けて下さった。 ひゃ~~!!! こんな挙動不審で自信なさげな妖しい私にそのようなオファーを頂けるとは!! もう頭をブンブン縦に振って「こんな私で良いなら一生懸命頑張るので、是非やらせてください!」と、これまたきょどりまくりの妙な高音うわずり声で答えてしまった。 とりあえず連絡先を聞かれたので教えたが、翌日冷静になって考えると、「ありゃきっとその場のノリでなんとなく言ってみただけなのかもしれないよなあ~」とあまり期待していなかったが、翌週に例のピアニストから電話がかかってきた。「例のライブの件だけど、約2ヶ月後の6/5の高田馬場サニーサイドのライブで歌わない?」との事。 うわ~~、本当だったんだ☆ 改めて身の締まる思いで承諾の返事をさせてもらった。  聞いた所、もう一人ボーカリストがいて、二人で半々で進めて行く形らしい。 もう一人の方、どんなヴォーカリストなのだろう、、、。 とにかくハラハラドキドキの出来事は次回☆
なにやらブログのリニューアルに従ってジャンルを選ばなければいけない様だ。 しかも私はMacユーザーなので、使えない機能が多すぎる。 ということでただひたすらシンプルに文章を書くだけで行こう。 内容で勝負じゃ☆  話題としてはジャズを通しての日常が多くなると思うが、音楽のうんちくを語るつもりもないし、いろいろな話題を書いて行きたい。振り返ってみると私の転職歴も我ながらなかなか幅が広かった。 バイト時代からだとおおまかに「ウェイトレス」→「家庭教師」→「ツアーガイド」→「バーテンダー」→そして大学卒の初就職は「日系米国ハイテク業界」→帰国後は「妖しいマーケティング業(すぐやめる)」→「ファッション業界(4年)」→「妖しい平行輸入業(すぐやめる)」→「ジャズバーでのバイト」→そして今のバークリー音楽院に復学、とかなり濃い。あえて選ぶなら、私のブログのテーマはあくまで「最終的にたどり着いた真のニューキャリアまでの道のり」なので「転職」にした。私の目指すニューキャリアの「正社員」(プロ)にたどり着くまで、あと一年、、、では足りない。バークリー音楽院は入学からまる2年経つ今年いっぱいで卒業予定だが、自分との戦いは卒業後の来年一年だと思っている。卒業したからといって、私の様な凡才は全く即戦力、持久力がない。経験もなければ自信もない。 ここに来て自分の人生で初めて逃げ出さずに自分と向かい合おうとしているので、正直今は真っ暗闇の中、孤独と不安と戦っている状態だ。 自分は上達しているのだろうか? いくら練習しても基本中の基本が掴みきれず落ち込み、声を出すのすら怖くなる。 しばらく練習を休むと今度は何もしないことに追いつめられ不安になる。 体調や精神状態、そして場の状況に左右されることなく自分のベストをいつも出すということがまだ全然出来ないでいる。 でも人間、自分の置かれている状況を冷静に受け入れると一点の光が見える様になる。 何人かの先生に言われた。「今のあなたに一番足りないのは、自分を信じる心だ」と。自分を信じれないで、人が自分を信じれるはずが無い。 ほんとそうだ。 初ライブをしたときからずっと応援してくれてる先輩がこんな事を言ってくれた。「「度胸がない=自信がない。ならいろんな人とたくさん演奏して場数を踏んで慣れろ。慣れて、良かったって思えるシーンを増やしていかないと自分の歌を好きになれないやろ?」  その通りだ。  私は音楽より先に自分を信じる心と度胸をつけることに日々勤めなければいけないようだ。 遠い道のりだが一点の光を信じてボチボチ頑張るので、私のブログを読んで下さる方も私の悪戦苦闘、試行錯誤している姿を見て凹んだ時でも元気になってくれたら、、、☆ 私の様な凡才で遅いスタートの人でも熱い想いがあれば成せるんだ!ということを自分がテストケースになって過程を実況で見せて行ければ、と思い、ブログを始めた。 さあこれからも一緒にボチボチ頑張ろう♪
私はこの曲が大好きだ。 とてもJazzyでカッコ良く、シンプルで心にスーッと優しく入って来る。 前回書いた上野アリエスでの初セッションでもこの曲を持ち込んで歌い、赤坂Bフラットでの初ライブでもこの曲を歌った。 そして12月のブログでも書いたが、バークリーでの初レコーディングでもこの曲を歌った。 意識的にこの曲を選んでいるのではなく、忘れた頃にふと思い出し、気がついたらこの曲を選んでいて歌いたくなっているようだ。 しかしこの歌は本当に難しい。歌えば歌う程解らなくなり、上手く表現出来ずモノに出来ずにいるのだ。 そんな想いもあって、バークリーでのレコーディング曲にも選んでみたのだが、未だにこの曲を上手く操れない。 私にとってはきっと永遠に憧れの曲であり、挑戦的な曲なのであろう、、、。 私がこの曲に出会うきっかけは「Julie London」 である。Julie London は私の一番好きなジャズシンガーだ。 彼女の何が良いのかと言えば、私の目指す全てが彼女の歌の中にあるのである。 まず「シンプル」さ。 彼女は決して原曲のメロディを変えずに原曲のメロディの美しさを忠実に歌ってその歌の美味しいところを伝えている。 ジャズシンガーによくありがちなのが、やたらメロディを崩してかっこよく歌おうとしているところ。 私はそれが大嫌いだ。 即興もジャズらしくて素晴らしいが、私はヴォーカルに関してはメロディを素直に歌うスタイルが好きだ。 原曲が既に素敵なのに、それを生かすどころか変に捻るべきではないような気がする。私はJulie London のように、声の出し方だけで十分表現出来る人になりたい。  そしてJulie London のスタイルの一つに「ドラムレス」というのがある。 私の好きなスタイルは二人きりでやる「デュオ」か、究極の「ヴォーカル、ギター、ベース」の3人構成だ。 楽器が少なければ少ない程、ごまかしが効かないし、その分、お互いの音が研ぎ澄まされ一番良い音の状態が浮き出て来る気がする。 Julie London のアルバムは、そんな私のツボを押さえる曲が多い。 また逆にビッグバンドと歌も好きである。 「極小」or 「大」なのだ。 打楽器、管楽器、弦楽器が交わると音がものすごくリッチになり、何とも好きである。 なにはともあれ、私の大好きな切ない曲、「The thrill is gone」の歌詞を載せておく。


The thrill is gone... The thrill is gone...
I can see it in your eyes, I can hear it in your sighs
Feel your touch and realize, the thrill is gone
The nights are cold for love is old
Love was grand when love was new
Birds were singing, skies were blue
Now I don't appeal to you
The thrill is gone
This is the end, so why pretend?
And let it linger on
The thrill is gone...

「愛する人の目から、溜め息から、触れる手から もう昔の様な自分に対するドキドキ感が消えてしまっているのが嫌でもわかってしまう、、、」

そんな切ない想い、誰もが経験しているはず。。Julieの歌声がスーッと心地よく心の隙間に入って来ます♪



アーティスト: Julie London
タイトル: Time for Love: The Best of Julie London
初ライブの時に話をしたベーシストが月一回池袋のライブハウスでセッションバンドの仕事をしているということで、勇気を出して行ってみた。 確か2003年1月の事だ。 一人でも知り合いがいるというのは心強いもので、恐れながらも少し楽しみだった。しかし例のベーシストは来ず。??と思っていると、店のオーナーが「さっき突然ギックリ腰になったらしく、激痛でドタキャンだ~」と嘆いていた。なんて事だ! こんな日に限ってギックリ腰とは。 後から聞いたら、初めてギックリ腰になってしまったとか。確かにウッドベースを弾く人は前屈み気味で常に腰にはよろしくない姿勢なのだろう。 こういう時、ミュージシャンというのは体調を崩してしまうと代わりのトラを急遽頼むというのが非常に困難で、ましてや自分のリーダーライブだと代わりも不可能なので、体調を崩すのがいかに命取りかがわかる。信用にも関わる厳しい世界だ。 というわけでその日は彼のお弟子さんがトラだった。がっかりだがせっかく来たので勇気を振り絞り1、2曲歌って帰った。 おどおどしてキューも出せず撃沈だったが、オーナーには「上手い下手っていうより何かこう心に響くね、君の歌は。」などと言ってもらえた。思いも寄らない感想だったので、ビックリし、同時に感激した。 人前で歌う事が今までなかったので、こうやって人から感想を聞くのが初めてだった。 あ、というか、今ふと思い出したが、その前に一度セッションに行った事があった! 上野の「アリエス」というジャズバーで日本でジャズライブを聴きに行ったのもそこが初めての場所で、セッションもそこで初めて経験した。 1曲だけ譜面を握りしめてそういえば行ったなあ。 曲は私の大好きなスタンダード「The thrill is gone」だ。 その頃私は譜面すら自分で書いた事がなかったので、スクールで私のキーに合わせて作ってもらった譜面を持って行くと、ピアニストが眉間に大きなしわを寄せて唸っていた。なぜなら、、、シャープが6個もあるピアノ泣かせのキーだったようだ。しかしさすがはベテラン!! 唸りながらもそれはそれは美しく素晴らしい演奏で違う歌のようだった。 そのピアノの音色に酔いしれる様にして歌ってしまった。 その方の名前は「二村希一」さんと言う。 その日以来、私は二村さんの絶大的なファンだ。 どうみても一見普通のサラリーマン風の方なのだが、この風貌からどうやってこんなに優しく、色っぽく、そして美しい音色が出て来るのか、このギャップが良い。 しかし二村さんの見た目と音の両方からは彼の人柄の良さが滲み出ている。 温かいのだ。音が。 「オレオレ」的な弾き方ではなく、本当に気付かないくらいさりげなく弾いているのに、二村さんの音の存在感はものすごいのだ。 彼は都内にある多数老舗ライブハウスでも常にブッキングされている程の多忙なベテランピアニストだ。そんな人が上野「アリエス」にはセッションサポーターとして密かにたまに登場する。 上野アリエス、隠れ穴場ジャズスポットです☆
私は自分に甘くそんな自分に嫌気がさすが、それとは裏腹に無性に苦手分野を克服したくなるときがある。 私の本質は間違いなく「職人」気質だ。手先はやたら器用なので人里離れた所に籠ってもくもく何かを作り上げる頑固オヤジ気質なのだろう。 グループ行動は苦手だし話下手でどうしようもないほどの照れ屋だ。ファッションにもメークにも特に興味ない。 とにかく私は自分や人に対しすごく不器用なのだ。そんな自分をどうにかせねば!!という観念もあって、以前ファッション業界に就職した。 そこでは多くの女性社員がいて、グループ行動は必然だし何よりランダムなお客様と話をしなくてはいけない。そして商品を買って頂く為にまず自分がファッションに敏感でなければいけない。御陰様でそこに勤めていた4年間でかなり鍛えられた。ある時、テレビを見ていたら今をときめくメーキャップアーティスト「嶋田ちあき」の特集をやっていた。松田聖子や梅宮アンナなど、数々の芸能人を顧客に持つ、今やメークの神様的存在だ。そのメークのカリスマの手ほどきを是非受けたいと思い、「嶋田ちあきメークレッスン」に何度か応募したが、あまりにも人気で予約も半年以上待たないと取れない状況だった。グループレッスンで1回4時間程で3万円近くもするのに凄い事だ! 完全に諦めモードに入っていた所、突然神様が降りて来た☆ なんと嶋田ちあきが私の職場、GUCCI青山店にふらりと現れたのだ。しかも偶然にも私に商品の質問をしてきたのでそのまま接客していて、お会計の時に待っている間に、例のメークレッスンでなかなか予約も取れず諦めていた事を話した。するとすごく驚かれて嬉しいと言って下さり、「僕に直接言ってくれればスポットを何とか用意してあげるよ♪」とアシスタントの人に連絡する様、言ってくれた。 ひゃ~~!! 何という偶然!! しかも1ヶ月後にはちゃんと約束通りレッスンを受ける事が出来たのだ。 確かに料金が高いが、基礎から応用まで深く教え込まれ、普段のお肌のお手入れまできめ細やかにレッスンしてくれた。 これは3万円出す価値おおいにあるなあ~と感心させられた。嶋田さんがお勧めする下地を着けただけで一日中お肌つやつやで、メークも崩れないのだ。まさに嶋田マジック☆ 翌日、嶋田ちあきに教えてもらいたてのテクを駆使して出勤したらみんなにかなりかなり大好評でこんなに自然でしかも垢抜けた顔になるとは自分でも驚いた。しかも4時間のレッスンで自分で出来る様になるのはすごい!! 今はボストンで学生してるので、すっぴんの毎日だが、1年後帰国してライブをやるころにはまた嶋田メークを復活させたいなあ~♪ その頃には私の手に終えない照れ性も克服していますように、、、☆
2002年10月に初ライブを体験した。それまで趣味で何となく何も考えずジャズを歌っていたが、ライブとなると人様に聴いてもらうわけなのでここにきて初めて慎重に曲を選び自習を重ねた。赤坂にある「bフラット」というジャズライブハウスは80人程入る大きい店だ。というわけで、6人でやる事になったので一人15人はお客さんを呼ぼうということになった。私は誰にもジャズを歌っている事など告げていなかったので困ったが、6人とも男女それぞれ年代の違う個性的なメンバーが揃っていて私自身もこのライブが楽しみだったので、勇気を出して友達を誘ってみたらなんとかみんな都合を合わせてくれて来てくれた。 嬉しかったなあ☆ 御陰様で無事楽しく盛り上がり終わった。20代~60代までの年代やバックグラウンドの違う人達が集まって何か一緒に作り上げるという経験や、聴きに来てくれる人達のことを思いながら1曲1曲大切に自分の中で育てていくというのを初めて経験するきっかけとなって本当にやって良かったと思った。 声をかけてもらったリーダーの60代のおじさんに感謝だ。 このおじさんの提案がなかったら今の私は間違いなく存在しないだろう。 ライブ終了後、打ち上げに行った。 そこで初めてバンドの人達と話す機会があった。特にギターの方はジャズの世界でずっとやって来られたベテランだが、とってもとっても気さくな人で、陽気に飲みながらいろいろ貴重なアドバイスをくれた。とにかくいろんなセッションに積極的に参加しなさいとの事だった。失敗しながらでもいろんなミュージシャンと一緒に演奏していろんな人の前で歌うのが一番の勉強になるらしい。 確かに一人でもくもく練習するのと人と一緒にやるのとではかなり違う。 カウントやキューの出し方、呼吸の合わせ方、リードの仕方、され方、リズムの乗り方などは、実際に人とやって肌で感じないと学べない。そして何より「自信」だ。 セッションを重ねる事によって少しずつ付いて来る様だ。 確かに他の5人のメンバーに聞いてみると、ちょこちょこいろんなセッションに行っているようだった。 都内にはたくさんのジャズライブハウスがあり、毎日のようにどこかしらでジャムセッションをしているようだ。 私もなんとなくセッションの存在は知っていて、たまに聴きに行ったりしていたが、自分が飛び込むとなるととてもじゃないが自信も無いし恥ずかしくて行く気になれずにいた。 そこでベースの方とも話す機会があり、池袋のライブハウスで月一回セッションバンドの仕事をしているので気楽に来てみたら?と教えてくれた。 この方もとってもきさくで温かい感じのベーシストだった。この人はバークリー卒業生で、今や超売れっ子ベーシストになっているのだが、これから先私に貴重なアドバイスとエールをくれる素晴らしい先輩であり、友人になってくれた。 というわけで次回は「ハラハラセッションデビュー」の巻☆