書名:マルヴァ姫、海へ! ガルニシ国物語(下)
原題:La Princetta et le Capitaine
作者:アンヌ=ロール・ボンドゥー(フランス作家)
出版:評論社
内容:東の果て『見知る世』との境界にあるという幻の国『エルゴリ』を探し求めて旅するマルヴァ姫とフィロメーヌ。マルヴァ姫は怪我の後遺症で、毎朝右足にけいれんが起きるが歩き続ける。二人は交代でスペルト国の漁師に貰ったラバの背に乗って休憩しながら、ギルキスタン山脈にさしかかった。雪に覆われたギルキスタン山脈の寒さに震えながら進む二人は、略奪と人身売買を生業とするアモイエッドの襲撃現場に遭遇する。襲われていたのは遊牧民バイグールの人々で、ハンシャ(バイグールの最高指導者)・ウズミールの指揮でアモイエッドを追い払った。襲撃に巻き込まれた二人はウズミールに保護され、バイグールの民とともに東への旅を続ける。アモイエッドと戦うウズミールの姿に見とれたフィロメーヌは、彼からバイグールの言葉を教えてもらうようになる。狩人でもある遊牧民に同行するアジジア草原の平和な旅は、またしてもアモイエッドの襲撃によって終わる。マルヴァ姫を馬に乗せて逃がしたフィロメーヌは逃げる途中で藪の中に転げ落ちて気絶した。惨劇の後、意識を取り戻したフィロメーヌは、姫がアモイエッドに連れ去られて皇帝に売り飛ばされると知る。フィロメーヌは姫が出奔するように仕向けたアルコンを恨み、祖国ガルニシのことを思った。ガルニシ国では王女を喪って嘆き悲しむ国王夫妻に代わってアルコンが権力を握っていた。しかし、アルコンの発布する法律は禁止令ばかりで国民を苦しめていた。ある日、オルフェユスは洗濯女たちの噂話を耳にする。「王女と一緒に姿を消した小間使いが生きており、ギルキスタン山脈の向こうから騎士が手紙を届けに来た」噂が本当ならば国王は捜索隊を出すと考えたオルフェユスは、自分がその一員になれるように確実な情報を集めようと外に出かけた。外を駆け廻っている子供たちの一団のなかに、オルフェユスは実家からの伝言を伝えに来た少年ガロッチョを見つける。オルフェユスは「城塞に忍び込んで外国人が持って来た手紙の内容を教えてくれたら金を払う」とガロッチョに依頼する。日没にグダヴィール川の橋の下で待っていたオルフェユスは、約束通りやってきたガロッチョから驚くべきことを知らされる。マルヴァ姫がさらわれてオルニアン帝国の皇帝のハーレムに閉じ込められていること、マルヴァ姫を殺そうとしたのはアルコンだと暴露されたこと、アルコンは城から逃走したこと。一方、アモイエッドに捕まったマルヴァ姫はみんなが予想した通りトミル=ガイ皇帝の貢物にされていた。マルヴァ姫と同じように連れて来られた娘のなかにレイという名のブロンドの少女が居た。どんな言葉も話すバルマン国の少女レイはガルニシの言葉でマルヴァ姫と話し、二人で一緒に逃げようと約束する。皇帝のハーレムはシスパジという土地にある宮殿都市シスパザンにあった。ここでハーレムの少女は宦官に管理されながら毎朝儀式を行う。この儀式で選ばれた少女はトミル=ガイに召されたあと命を落とす。右足の後遺症に苦しむマルヴァ姫には儀式は辛い勤めだったが、医術の心得もあるレイが薬を調合すると言い、傷が治り次第ハーレムから逃げようと計画する。ハーレムからマルヴァ姫を救出する計画はガルニシ国でも立てられていた。シスパジ遠征隊には二隻のフリゲート艦が派遣され、参加する船乗りの選抜試験が行われていた。オルフェユスはマク=ボット家の出であることを評価されてエラバンダ号の水兵長に任命された。亡父が飼っていた老犬アルを連れてオルフェユスが乗船したエラバンダ号の乗組員で目立つ存在は、大男で力持ちだが口のきけない水夫バビラス、短気で気難しい釣り名人の赤毛のコック・フィノピコ、密航者のガロッチョと双子の弟ペップだ。実は孤児だという双子は、占い師の言葉を信じて船に乗り込んだと言う。双子に好意を感じたオルフェユスはひそかに匿って食料を渡してやっていた。ガルニシ国の救出部隊が海上を進んでいた頃、レイの薬で右足が完治したマルヴァ姫は喜んでいた。これで毎朝の儀式も楽になると思ったのも束の間、皇帝の客人としてアルコンが姿を現す。しかもアルコンの相手としてマルヴァ姫が選ばれて召し出されてしまった。宦官に連れて行かれた部屋でマルヴァ姫は現れたアルコンに殺されそうになる。アルコンに追いかけられて逃げ惑うマルヴァ姫は地下のパイプのなかに入り、気が付けばオルニアン帝国の伝説の動物『天駆(あまが)ける御者』の檻の中に出てしまった。宦官たちに捕まったマルヴァ姫は皇帝の前に引き出された。激怒した皇帝は怒鳴り、マルヴァ姫は建物から引きずり出されて処刑用の檻に入れられてしまう。マルヴァ姫の命が風前の灯火となった頃、ガルニシ国から派遣された二隻のフリゲート艦エラバンダ号とマリー=ベル号がシスパジ港から少し離れた入り江に停泊していた。偵察に出たオルフェユスを含む12人の船乗りは、夜の帝都シスパザンを歩き回って様子を探っていた。額に一房だけ髪を残して頭を丸刈りにされた少年が宦官に連れられて宮殿にはいって行く様子を目撃したオルフェユスは、夜明けに気付いて船に戻る。エラバンダ号では密航が露見した双子が逆さ吊りにされて悲鳴をあげていた。さいわいオルフェユスが双子を手助けしていたことは発覚していなかった。ほっとしたオルフェユスは、ハーレムに侵入するための策に双子を使おうと提案して受け入れられる。夜になると、オルフェユス、髪の毛を剃られた双子、バビラスと船乗り二名が宦官の一行に化けて城門をくぐり抜けた。数十人の少女が眠る寝室を見つけたオルフェユスたちは、黒髪の姫君の姿を捜し歩く。するとうつぶせに泣いていたブロンドの少女が飛び起きて、オルフェユスたちがガルニシ人だと知るとマルヴァが閉じ込められた檻へ案内する。檻の前にはアルコンが居て檻の天井を下げるクランクを回してマルヴァを圧死させようとしていた。見習い宦官に変装していた双子が皇帝の使者のふりをしてアルコンを連れ出し、オルフェユスたちはマルヴァ姫を檻から助け出そうとするが失敗する。するとバビラスが力を尽くして檻ごと持ち上げて肩に担いだので、一行は宮殿から脱出しようとする。と、その時、城門が騎馬の一団によって襲撃される。オルフェユスたちはアジジア草原の騎馬部隊の出現に驚くが、その混乱に乗じて宮殿を脱出してエラバンダ号に戻る。草原の騎士たちの奇襲攻撃を知ったエラバンダ号の船長は自国の作戦の邪魔をされたと激怒していた。それでも王女が乗船されたのだからとエラバンダ号を出航させる。甲板ではようやく壊した檻から助け出されたマルヴァ姫が骨折しており、一緒に付いてきていたバルマンの少女レイが手当てにあたっていた。一方、船長が国王に姫の身代金を要求しようと考えていることを打ち明けられたオルフェユスは驚く。しかも亡父の海賊行為を知っており、オルフェユスを共犯に出来ると考えていた。オルフェユスが返答する前に見張りの水夫がスコールを報告し、船はひどい嵐に遭遇する。暴風雨のなか波にさらわれて海に落ちていく水夫たち。マストが折れ、舵がきかなくなり、浸水した船のなかで溺死する船乗りたち。そんな状況下で船長はマルヴァ姫を殴り倒して拉致し、救命ボートで逃げ出そうとしたが、滑車に使われた巨大なフックが背中を貫通して絶命した。嵐が止んだ時、生存していたのは、マルヴァ姫、レイ、オルフェユス、双子、バビラス、フィノピコ、それに老犬アルの八名だった。マルヴァ姫はガルニシに戻りたくない、エルゴリへ行きたいと発言して周囲を困惑させる。船体が著しく損傷したエラバンダ号はファビュラ号と改名したが、操縦が不可能で漂流する。突然、巨大な石像の列が海面にあらわれ、海流に乗って船が其処へおし流される。さらに人間の頭と金属製の翼をもつ鳥たちが現われ、自分たちはパトロール隊だと名乗る。鳥たちは「おまえたちがグレートバリアを越えたせいだ」と告げ、「列島に侵入したのだから、裁判を開かねばならない」さもなければ「列島の中心にある牢獄の奈落に突き落とす」と言い渡される。裁判のためにパトロール隊が「カタベさま」と呼ぶ存在のもとへ船は曳行(えいこう)される。ファビュラ号の乗員たちの前に姿を現したのは、まるで樹木の化身のような巨大な女性で、彼女は「カタベ」と名乗り「列島の守り人」であると言う。「グレートバリアを越えたということは、境界線を越えたということ」だと宣言したカタベは「列島では掟に従え」と命じる。そして、ファビュラ号の面々には二つの選択肢があると言う「自由を放棄し、列島の囚われ人としてこの地にとどまり、豊かな恵みを手にすること。だが、列島を縦断して脱出することを望むのであれば、掟に服従せねばならぬ」。ファビュラ号の全員が脱出を望むと、カタベから巨大な砂時計に似た『ノクロス』を渡される。『時の殺し屋』とも呼ばれる道具は、殺(あや)めの酸が一滴ずつ落ちてオブシリクス(生命の石)を粉々にする仕組みだという。カタベは「そなたたちの形代として八つ入れる。石がすべてなくなったら、時間切れだ」と説明し、結果については「約束をはたせなかったら、奈落に突き落とされる。約束を果たしていれば、列島を出て行ける」と語る。さらにルールとして「列島のどんな島であろうとも、ひとつの財宝がかくされておる。どこかの島に上陸したら必ず宝を見つけねばならぬ。許された時間は十六日間。誰か一人でも挑戦の道を断てば、即座に判決がくだされる」。カタベは不思議な力で心のうちを知るらしく「わらわにはそなたたちの人生がわかる。みな、切実なる夢を持ち、自分の運命に満足しておらん。おのれ自身と真摯に向き合うこと。そなたたちは、おのれ自身の恐怖と戦うのじゃ」と言い、そのうえで「憎しみでいっぱいのアルコンが一人でシスパジの船にのって列島のなかにいる」と、マルヴァ姫に警告する。こうしてファビュラ号の試練の航海が始まるが……。マルヴァ姫の成長と悲恋の物語。
※2004年初版
※『訳者あとがき』によると、架空の国ガルニシはフランスがモデルになっている。
「ブーツ(ガロッシュ靴)を手に入れてからは、みんなおれのことをガロッチョって呼ぶよ!」
書名:マルヴァ姫、海へ! ガルニシ国物語(上)
原題:La Princetta et le Capitaine
作者:アンヌ=ロール・ボンドゥー(フランス作家)
出版:評論社
内容:ガルニシ国唯一の王位継承者であるマルヴァ姫は、黒髪の美しい15歳の少女。自分を人形か道具のように扱う国王と王妃を両親と思えないマルヴァ姫は、知らない間に決まったアンドマルク国の王子との結婚が嫌でたまらない。マルヴァ姫はささやかな自由も結婚すれば奪われると教育係のアルコンに訴えるが、彼にも縁談を破談にするような権力はない。あるとき王妃に無断で自室を調べられて日記を持ち出され、国王が大臣たちの前で朗読して笑い者にされたことでマルヴァ姫は逃亡を決意する。婚礼前日の夕刻、マルヴァ姫は自分が生まれた時から仕えている忠実な小間使いフィロメーヌに手伝わせて出て行く仕度をしていた。自らの手で長い髪を切り落としてハリネズミ頭になったマルヴァ姫は、フィロメーヌに用意させた農家の女性の服で変装する。マルヴァ姫とフィロメーヌは秘密の抜け道を通って馬小屋にたどり着き、馬車と御者を手配したアルコンの手引きで城塞から抜け出してカルデューズ港へ向かう。身を隠すために樽詰めにされたマルヴァ姫とフィロメーヌは、アルコンに依頼されたというヴァンサンゾ船長の船エスタファドール号に運ばれる。出港した船はフィロメーヌの遠戚がいるロンバルデーニュ国に向かう手筈になっている。マルヴァ姫は船上から昨夜着ていたドレスと切り落とした黒髪を投げ捨てた。一方、マルヴァ姫の婚礼に招待されたアンニバル・マク=ボット船長は病にふせっており、代役として24歳の息子オルフェユスが出席する予定であった。マク=ボット家は代々船乗りの家系で、オルフェユスも11歳の頃までは毎日港に出かけて波止場の端から端まで駆け回って水夫になりたいと考えていた。回想にふけっていたオルフェユスは病状の悪化した父から呼び出しを受ける。マク=ボット家の屋敷で老小間使いベルチルドに迎えられたオルフェユスはソファーに横たわる父・アンニバル船長と対面した。死期の迫った老船長は、13年前の11歳のオルフェユスに嘘を言ったと告白する。見習い水夫になる許可がほしいと言った11歳のオルフェユスに、出産の際に頭を打って死にかけた後遺症で航海に出れば死ぬと父親は宣告したのだ。しかし、それが嘘だったという証拠として父親の記した航海日誌がオルフェユスに渡される。アンニバル船長は外国船を調べたり商船を護衛するように国王の命令を受けていたが、実は国を裏切り海賊行為に手を染めていた。そして、父親が海賊だという秘密を隠すために息子が船乗りになることを阻止したのだと言う。オルフェユスは老小間使いに父親を任せて家を出た。父の告白にショックを受けたオルフェユスは下町にある一人暮らしの自宅で朝を迎えた。外では婚礼当日に姿を消したマルヴァ姫の噂で大騒ぎだが、オルフェユスの耳には聞こえない。そんなオルフェユスのもとにマルヴァ姫を捜索する兵隊たちがやって来て家探しして出て行った後、ベルチルドが父の死を告げるために訪ねてきた。ガルニシ国での騒ぎをよそにマルヴァ姫は航海を楽しみ、明日はロンバルデーニュに上陸するという夜、老水夫から東の果て『見知る世』との境界にあるという地図にも載っていない国『エルゴリ』の話を聞く。楽しい気持ちで眠りについたマルヴァ姫は轟音で目が覚める。船室を飛び出し甲板にあがったマルヴァ姫は、エスタファドール号が岩山に向かって突き進んでいることに気が付く。しかも船の乗組員たちの姿はみんな消えていた。自分たちが置き去りにされたことを知ったマルヴァ姫は、慌ててフィロメーヌを叩き起こし、船が暗礁に乗り上げる前に二人で海に飛び降りる。臨時の救命具として木の板につかまって泳いでいた二人だが、ふいにマルヴァ姫が足を海の生き物に噛まれる。怪我の出血で気を失いそうになるマルヴァ姫と彼女を励ますために子守唄を歌うフィロメーヌ。二人が絶体絶命の危機にさらされている頃、ガルニシ国では浜に打ちあげられたドレスと黒髪の束が発見されていた。国王夫妻は王女が溺死したと嘆き悲しみ、政務が滞っていた。そんな状況下でアルコンが代理となって法令を次々と発布する。服喪中を理由に行事を禁止し、国境を封鎖し、神の教えすら封印するというのだ。その所為で葬儀が行えないマク=ボット家は、ベルチルドが金銭で話をつけて秘かに埋葬を行った。人から隠れての埋葬に立ち会ったオルフェユスは裏切り者の最後にふさわしいと思った。それはさておき、生死の境をさまようマルヴァ姫は、スペルト国の漁師一家に助けられて看病を受けていた。二週間寝込んだマルヴァ姫は老治療師の薬で意識を取り戻す。泣いて喜ぶフィロメーヌに、マルヴァ姫は自分たちがアルコンに裏切られたのだと考えを述べる「ヴァンサンゾ船長に自分たちを殺せと命じることができたのはアルコン一人だけよ」。そして、このままロンバルデーニュに向かえばアルコンに気付かれて新たな刺客を送り込んでくるに違いない。十年も家庭教師を務めたアルコンは王位継承権者を排除するために、マルヴァ姫を操って出奔するように唆したのだ。マルヴァ姫は自分の人生を生きたいと思い、国の運命に巻き込まれるのはまっぴらだと考える。マルヴァ姫とフィロメーヌは改めて姉妹の誓いを繰り返し、エルゴリ国を探し求めて東へ旅立つが……。
※2004年初版
船尾楼の手すりの下にあった黄金の文字がところどころ波ではがされかけている。Eの棒が一本取れてFになり、Dのふくらみ部分も消えている……。ぼろぼろの船体に書かれた文字は、もはやERRABUNDA(エラバンダ:さすらい)号とは読めない……だが、FABULA(ファビュラ:物語)号と読めるではないか!
書名:マルベリーボーイズ
原題:The King of Mulberry Street
作者:ドナ・ジョー・ナポリ(アメリカ作家)
出版:偕成社
内容:1892年、イタリアのナポリで生まれ育った「ぼく」ことベニアミーノは9歳。母方の親族と暮らす家は貧しく、10人家族の大所帯だ。母親は事務の仕事を探しているが、ユダヤ人であるうえに未婚でベニアミーノを産んだことが原因で採用されない。まだ家族が眠っている早朝、こっそり母親に起こされたベニアミーノはシナゴーグ(ユダヤ教会堂)に着ていく晴れ着に加えて生まれて初めて靴を履かせてもらう。母親に連れ出されたベニアミーノは港に到着する。埠頭で蒸気船に乗り込もうとした母親は船員に止められる。アメリカまでの息子の船賃を払ったという母親と「この船は貨物船で客は乗せねえ」と答える船員。どうやら退職した船員が詐欺を働いたらしい。船員は仲介人のパドローネに息子を渡せと勧めるが、母親は「息子を奴隷にはさせない」と反論する。結局、船員は「デッキのくらがりにかくれてろ」とベニアミーノに言う。母親と引き離されたベニアミーノは言われた通り船が出港しても暗闇で待っていた。不意に「静かに」という男の声が聞こえた。男はコレラ患者で正規の手順では客船に乗船できなかったために密航したのだと言う。お前は母親に置き去りにされたのだと密航者に言われたベニアミーノは、隠れ場所から甲板へ出て行って母親を捜した。船には母親どころか女性は一人も居なかった。船員たちに見つかったベニアミーノは新しい「ドム」という名を付けられる。ベニアミーノ改めドムによってコレラ患者が密航していることが船員たちに発覚し、病人は甲板に連れ出された。すでに虫の息となっていた密航者は、ドムや船員たちの見守るなかで息を引き取った。遺体は海に投げ込まれ、あとは船員たちによって清掃された。それからドムは船内のあらゆる雑用を引き受けて船員たちに気に入られるように努めた。ドムは船がアメリカに到着しても船から降りずにナポリへ戻ろうと考えていた。船がアメリカのニューヨークに着岸すると、船員たちが忙しく働く間ドムは隠れていた。やがて汽笛が鳴り船が埠頭を離れはじめたが、隠れていたドムを発見した船員によって海に投げ込まれてしまう。必死に埠頭に向かって泳いだドムは助け出され、客船の三等船客と間違われて下船を待つ乗客たちのところへ連れていかれる。ナポリに戻りたいドムは下船せずに隠れていようとしたが、この船の次の行き先がイギリスだと知って諦める。下船したドムは川むこうのエリス島に連れていかれ、医師の診察を受けた。次の行列に並んだドムは、順番がくると審査官にナポリに戻りたいと訴えるが取り合ってもらえない。迷子だと思われたドムは危うく「甥っ子」だと主張するパドローネに連れ去られそうになる。結局、孤児という扱いになったドムは「ナポリ」という名字を記入した書類をもらって看護婦に連れていかれた。連れて行かれた先のトイレに隠れていた14歳の少年に、孤児は16歳まで孤児院から出られないと聞かされたドムは、少年に教えてもらった方法で新しい服を調達して厨房の出口から外へ逃げた。エリス島の埠頭でナポリ出身者が暮らすというマルベリーストリートに向かうフェリーに乗ったドムは、マルベリーに向かうという男のあとを追って歩く。やがて男は目的地に到着して出迎えを受け、ドムは一人でマルベリーストリートに立ちつくしていた。そんなドムに犬の糞を投げつけた12歳くらいの少年が言う「ここから出て行け」。あてもなく歩き回ったドムは路地に置かれた空の樽に入って眠った。翌日、トライアングルを鳴らしたり口笛を吹いて物乞いする少年に出会ったドムは、彼にナポリ行きの船ボリビア号のことを教えてもらう。パドローネのもとで働いているという少年は、いろいろ尋ねるドムに迷惑そうだったが質問に答えてくれた。ボリビア号が出港するまでの仕事を探して歩き回るドムは、きのう犬の糞を投げつけてきた少年ガエターノと再会する。ガエターノは靴を履いているドムを金持ちの家の息子だと思っているようで……。19世紀末、ニューヨーク最大のスラム街を舞台に、密航者のユダヤ人少年が知恵と勇気で未来をきりひらく物語。
※2005年初版
※パドローネ:イタリアからの移民を手引きして、アメリカで働かせて金を巻き上げる仲介人たち。法律違反だが、当時は横行していた。
※『作者のあとがき』によると、本書の主人公ドム(ベニアミーノ)のモデルは作者の父方の祖父ドメニコ・ナポリーロ(後年はダン・J・ナポリと名乗っていた)で、1888年生まれの祖父はわずか5歳のときに唯一人でイタリアからアメリカに密航してきたという。作中でドムが始めたサンドイッチ売りの商売は祖父の子供時代の実話が基になっている。作中でドムを助ける青果店の店主は母方の祖父ロザリオ・グランディネッティ(イタリアからアメリカに移民したときにフランチェスコ、あるいはフランクと呼ばれるようになる)がモデルである。だが、物語のなかのエピソードの多くは作者がナポリとニューヨークの歴史に関する文献を読んだり、昔の写真を見たり、二つの街を歩き回って得た情報が基になっている。
※巻末の『解説』による物語の背景:19世紀から20世紀にかけて、世界中から沢山の人々が移民としてアメリカにやってきた。ゴールドラッシュと産業革命の波に乗って発展したアメリカは富の象徴だった。イタリアからアメリカへ、特に大量の移民が流入したのは19世紀後半である。1860年代のイタリア統一で、近代工業化に成功した北とおくれを取った南に大きな経済格差が生じると、貧困に苦しむ南イタリアから、多くの人がアメリカを目指した。ただし、人種も文化も違う人々が集まるゆえの対立や差別といった問題が彼らを待ち受けていた。早い時期に移住してきたイギリスやアイルランドといった英語圏からの人々が優越を誇る社会において、遅れてきた上に、言葉や文化の違いというハンディを負ったイタリアやポーランドからの移民には苦難が続いた。主人公たちが暮らすマルベリーストリートがあるファイブポインツは、移民して日が浅い、貧しい人々がひしめきあうようにして生活する地域だった。『ニューヨーク最大のスラム』と呼ばれ、犯罪や疫病などの巣窟であり、民族や人種間の対立や抗争が絶えなかったという。争いに巻き込まれたり、虐待を受けたりして命を落とした子供も、沢山いたようだ。これらの事実は、さまざまなエピソードとして、作中に散りばめられている。
「こいつをなんてよぶ。日曜日(ドメニカ)の礼拝で見かけたネズミ?」
「よし、ドメニコだ」
「けど、アメリカにいったら、アメリカ人らしい名前が必要になるぜ」
「じゃ、ドメニコをちぢめてドムだ」
「ただのナポリだけじゃだめだ。街の名前を名字にするのはユダヤ人だけだからな」
フランコ:フランチェスコの愛称
アルファポリスのweb小説を読んだ。
題名:漱石先生たると考
作者:神笠京樹(かみがさ きょうじゅ)
↓こちらから閲覧できます。
漱石先生たると考 | 歴史・時代小説 | 小説投稿サイトのアルファポリス (alphapolis.co.jp)
内容:かつての伊予松山藩の藩都、そして今も愛媛県の県庁所在地である城下町・松山。明治28年(1895)4月9日、尋常中学校の英語教師として若き日の夏目漱石(金之助)が赴任してくる。宿泊した旅館で出されたお茶菓子の『たると』が、正保年間(1644~1648年)の頃から伝わると聞いて漱石は驚く。この『たると』は、洋菓子のタルトにはまったく似ておらず、「カステラのような生地で、小豆餡を巻き込んだもの」なのだが、伝承によれば初代松山藩主・松平定行によって考案されたものだという。しかし、諸説あるようで人によって説明が違う。実際はどのようにして松山に『たると』という菓子が生まれたのか?漱 石は『たると』発祥の謎を追い求める。一方、正保4年、定行公にポルトガル菓子を再現するように命じられた御膳番(おぜんばん)の侍・水野安左衛門(みずのあんざえもん)は試行錯誤を繰り返す。松山銘菓『たると』を軸に、明治と正保の物語が交互に語られる歴史小説。
書名:ノトーリアス スカーレット&ブラウン2
原題:The Notorious Scarlett and Browne
作者:ジョナサン・ストラウド(イギリス作家)
出版:静山社
内容:大変動と呼ばれる災害による環境破壊で、社会が崩壊し、文明が衰退したグレートブリテン島。人が住めなくなった地域には、大型化した獣や『堕種(だしゅ)』と呼ばれる人型の食人種が棲息し、生き残った町は周りに防壁をめぐらしている。便宜上区分けされた七つの国には政府もなく、点在する町を支配するのは『信仰院』という宗教組織だ。崩壊した社会を立て直し、秩序と文化を保つためという大義をかかげ、組織の決めたルールから外れる者を追放したり処刑する独裁体制をとっている。そんな世界で無法者として生きる少女スカーレット・マッケイン。あるときスカーレットは無人地帯で事故を起こして横転したバスを見つける。中にいた唯一の生存者アルバート・ブラウンを助けたスカーレットは、彼が『ストーンムア』で培った特殊能力ゆえに追われていることを知る。アルバートを教育していたという追手のキャロウェイ博士を倒してから半年が経過した。今や二人は手を組んで強盗コンビ「スカーレットとブラウン」と呼ばれて有名になり、バラッド(物語詩)が小冊子で印刷されるまでになった。マーシア国ウォリックの町にある『信仰院』で強盗を働いた二人は、戦利品を持って逃走したあと一旦は別れる。儲けの大半を持ってアルバートはアングリアの国境を越え、スカーレットは儲けの一部を解放奴隷のグループなどに寄付したあとはマーシア国北街道沿いの町ハンティンドンに居た。パブでギャンブルに興じたスカーレットは、持ち金すべてを摩(す)ってしまったうえに借金まで作っていた。どうしようかとスカーレットが思案していると、外の歩道に一人の青年の姿を見つける。途端に危険を感じたスカーレットは外へ出ようとしたが、先に青年のほうがパブに入ってきた。まだ十代の男はスカーレットを捜しに来たようで、彼女に声をかけて飲み物を奢って話し始める。どうやら若者は『信仰院』の工作員で、スカーレットとアルバートを連行しに来たと言う。スカーレットを連れ出そうとした工作員は、彼女の債権者たちと争いになって一人を殺してしまう。工作員の男はアルバートと同じような特殊能力持ちなのだ。殺された男の仲間たちが銃撃戦を始め、その隙にスカーレットは外に逃げ出して闇の中に身を潜める。銃声が止み、静かになった店内から出てきた人影は工作員だけだった。工作員が去ると、スカーレットも自転車に乗ってその場を離れた。ハンティンドンから8キロ離れたアングリアのウルフズヘッドは沼沢地に囲まれた土地だ。円形の土手で沼地から守られた牧草地の真ん中には、放浪者たちの避難場所兼集合場所として名高い宿屋ウルフズヘッド・インが建っている。ここでアルバートは半年前に一緒に船旅をした船長のジョーと孫娘のエティと再会していた。盗品売買のつてを持つジョーとは定期的にウルフズヘッドで会い、情報を交換したりしていた。三人が再会を楽しんでいるところへ、スカーレットがぼろぼろの身なりでやって来た。スカーレットの思考から工作員の存在を読み取ったアルバートは『ストーンムア』のことを思い出して苦しむ。風呂と瞑想で疲労から回復したスカーレットは、アルバートと食事を取ろうとして宿の女主人から商人を紹介される。北部出身の貿易商サル・クインは白髪交じりの小柄な女性で、ノーサンブリア国の『埋没都市』アッシュタウンで発掘された遺物を手に入れてほしいと言う。発掘品はすべて『信仰院』の最高議会が握っていて、普通の商取引では手に入らないらしい。スカーレットとアルバートは返事を保留にして席を立った。この短時間の商売上の話し合いの間に、ジョーとエティの姿が消えていた。祖父と孫娘のいたテーブルには金属の記章が残されていた。小指のない四本指の手の形が型押しされた、ハンド同業組合として知られる犯罪集団のしるしだ。かつてスカーレットが所属していた組合とは敵対関係にある。誘拐された二人を救出するために、スカーレットとアルバートは中立地帯となっている宿屋の敷地から外へ出る。二人を待ち伏せしていた組合の男たちを率いている禿げ頭の男ティーチは凄腕でスカーレットも敵わない。スカーレットとアルバートは捕縛され、ハンド同業組合本部のあるマーシア国ストウの町に連行される。そこで組合のボスである車椅子の大男ソームズに会い、埋没都市の人工遺物を盗んでくるように命令される。サル・クインが依頼した仕事の本当の依頼主はハンド同業組合だったのだ。一週間以内に本部に遺物を運んでこなければ、ジョーとエティはフクロウの餌にすると脅される。二人の命を救うため、『埋没都市』アッシュタウンに向かったスカーレットとアルバートは……。冒険ディストピア小説。
『灰(アッシュ)』がこの町を作った。
書名:宋代鬼談 中華幻想検死録
作者:毛利志生子(もうりしうこ)
出版:集英社オレンジ文庫
内容:中国宋代、十歳で孤児となった白梨生(はくりせい)は叔父に育てられ、二十歳前に科挙に合格して文官となる。主簿(しゅぼ)の職を得て養老県に赴任することになった梨生は、父母の代から仕えてくれる家僕の老夫婦を連れて旅立った。その道中、川辺で休憩した梨生は子猫を助けようとして川で溺れる。もう死ぬのだと思ったとき、水死して鬼に転じた青年に出会った。水鬼(すいき)は自分が輪廻転生するために身代わりの人間を溺死させると言われている。気を失った梨生が目を覚ましたとき、彼は川原に横たわっていた。傍らには子猫を抱えた水鬼そっくりの青年・蕭心怡(しょうしんい)がおり、老僕が言うには溺れた梨生を彼が助けたのだと言う。従者として心怡を雇った梨生は、夜、宿屋の中庭で事情を聞いた。梨生が善人なので殺せなかったと言う心怡のところへ、光の塊が現われて次のように告げた 。「三年間、人の世に暮らし、一度として悪事を働かなければ、ふたたび輪廻の輪に戻ることを許す。見届け役の白梨生とともに行くがいい」かくして心怡とともに赴任地に到着した梨生だが、養老県では行方不明者が多発していると言う。しかも梨生の目は死者の姿が見えるようになってしまう。主簿の仕事は任地の帳簿管理と県内で発見された遺体の検死をすること。到着そうそう犬が咥えていた人骨に気づいてしまった梨生は、さっそく「初仕事」をすることに……。
書名:説得
原題:Persuasion
作者:ジェイン・オースティン(イギリス作家)
出版:ちくま文庫
内容:1814年、英国サマセット州ケリンチ・ホールの当主サー・ウォルター・エリオットは、自分の美貌と准男爵位を何よりも愛し、虚栄心の塊という人物だった。13年前に亡くなった夫人との間には三人の娘がいる。29歳の長女エリザベスは父親そっくりの美貌だったので、サー・ウォルターに可愛がられていた。三女のメアリーはチャールズ・マスグローヴと結婚している。この近隣では、マスグローヴ家はエリオット家に次ぐ地主の家で、チャールズは長男である。27歳の次女のアンは母親似で優しい性格と洗練された知性の持ち主であるが、父親と姉からは軽視されている。サー・ウォルターには息子がいないため、彼の推定相続人は第二代サー・ウォルターの曾孫である郷士ウィリアム・ウォルター・エリオットである。十数年前、サー・ウォルターはウィリアム・エリオットとエリザベスを結婚させようと考えていた。エリザベスも乗り気であったが、エリオット氏のほうは身分の低い金持ちの女性と結婚し、それ以降は親戚づきあいが途絶えてしまっている。さて、家計のやりくりが上手だったエリオット夫人が亡くなったあと、サー・ウォルターは彼が考える准男爵家の格式を保つための贅沢三昧の暮らしを続けた結果、かなりの借金を抱えてエリオット家は財政困難に陥った。サー・ウォルターは信頼している友人二人に助言を求めた。亡き妻の親友でありアンの名付け親でもあるラッセル夫人とエリオット家の代理人弁護士であるシェパード氏である。ラッセル夫人はアンと相談して節約計画書を作って提出したが、これはサー・ウォルターのお気に召さなかった。「これじゃ普通の紳士並みの暮らしもできん!すぐにケリンチ屋敷を出たほうがましだ!」この発言に飛びついたのはシェパード氏で、「お屋敷を離れて他の土地へ行けば、すべて生活様式を変えることができます」。エリオット家の転居先がケリンチ屋敷から80キロ離れた温泉行楽地のバースに決まると、空き家となる屋敷のほうはシェパード氏が借り手を見つけてきた。借り手はナポレオンとの戦争に勝利して金持ちになった海軍軍人のクロフト提督夫妻である。クロフト提督はサマセット州の生まれで、その夫人は数年前にこの土地で副牧師をつとめていたウェントワース氏の姉であるという。この話を聞いたアンは呟く「あの方がここを歩くかもしれない」。「あの方」というのは、副牧師の弟で海軍軍人のフレデリック・ウェントワースという人物のことである。8年前の夏、当時19歳だったアンは兄を訪ねてきた23歳のウェントワース中佐と恋に落ちて婚約していたのだ。しかし、軍人という不安定な職業のうえに独立財産もないウェントワースとの婚約は誰にも祝福されなかった。父と姉は家名を汚す身分違いの結婚と考えたし、アンの母親代わりのラッセル夫人も不幸でみじめな結婚だと考えた。結局アンはラッセル夫人の反対意見に説得されて婚約を解消してしまった。フレデリック・ウェントワースはこの婚約解消をひどい仕打ちと考え、深く恨んで去って行った。この別れから受けたアンの悲しみは長い間消えることなく、彼女の容姿が色あせてしまったのも、この出来事の影響がいつまでも続いたためだった。クロフト提督夫妻は9月29日に引っ越して来ることになり、サー・ウォルターとエリザベスは8月にバースへ行き、アンはラッセル夫人と一緒にクリスマスのあとに向かうことになった。父と姉がシェパード氏の娘で未亡人のクレイ夫人を伴って出発すると、アンは最初の一週間をラッセル夫人のケリンチ・ロッジで過ごしたあと、妹夫婦の暮らすアパークロス・コテッジに行くことになった。というのも、メアリーがこの秋は体調不良になりそうだから傍に居てほしいと頼まれたのだ。ケリンチから5キロ離れたアパークロス村には立派な建物は三軒だけである。牧師館とアパークロス・コテッジ、それに地主マスグローヴ家のアパークロス屋敷である。マスグローヴ家は家族仲が良好で、お屋敷とコテッジの二つの家族はお互いの家を頻繁に行き来して暮らしている。アンはマスグローヴ家の人々に歓迎された。やがて9月29日にクロフト提督夫妻が引っ越してくると近所づきあいが始まり、クロフト夫人の弟で今は海軍大佐となったフレデリック・ウェントワースがケリンチ屋敷を訪問することが分かった。ウェントワース大佐の名前を聞いたマスグローヴ夫妻は二年前に亡くなった息子リチャードを思い出して悲しむ。亡きリチャードは海軍の見習い将校で、六カ月ほどウェントワース艦長のフリゲート艦に乗っていたことがあったという。それから数日後、ウェントワース大佐がケリンチ屋敷に滞在していることを知ったマスグローヴ氏は挨拶に行き、その返礼として大佐がアパークロス屋敷を訪問した。この訪問でマスグローヴ家の姉妹ヘンリエッタとルイーザは大佐のことをすっかり気に入る。数日後、クロフト提督夫妻とウェントワース大佐がアパークロス屋敷でディナーを共にすることになった。しかし、メアリーの上の息子が怪我をしており、アンは甥の看病を理由にディナーには出席しなかった。翌朝、チャールズ・マスグローヴとウェントワース大佐が狩猟に出かける前にコテッジに立ち寄った。一瞬、アンとウェントワース大佐の視線が合い、大佐が会釈し、アンも膝を折って挨拶を返した。こうして二人は再会したが、後になってメアリーからウェントワース大佐がアンのことを「すっかり変わってしまって、気がつきませんでした」と言ったと聞き、深く傷つく……。
※1818年初版(作者の没後に刊行)
書名:ページズ書店の仲間たち3 ティリー・ページズと物語の地図
原題:PAGES & CO.(3)―― Tilly and The Map of Stories
作者:アナ・ジェームス(イギリス作家)
出版:文響社
内容:マチルダ・ローズ・ページズことティリーは、ロンドンのページズ書店で祖父母に育てられた12歳の少女。あるときティリーは自分と友人のオスカー・ルーが物語の中を旅することのできる『ブックワンダラー(本の旅人)』だと知る。実はティリーの祖父母もブックワンダラーで、本の魔法を管理する『大英地下図書館』の存在を教えられる。祖父はかつて地下図書館長をつとめていたという。そして、ずっと行方不明になっていたティリーの母親であるベアトリスを閉じ込められていた本の中から救い出した。その一方、若い姿を維持するために本の魔法を悪用するアンダーウッド姉弟がティリーのことを狙っていた。というのも、ティリーの父親が物語の登場人物であることから、物語の不滅の性質を持っていると姉弟が考えているのだ。そして、メルビル・アンダーウッドが大英地下図書館の図書館長になり、姉のデシマを正式に顧問につかせたあと、この双子の姉弟は大英地下図書館にある『ソースエディション(原典版)』を封印し、自由に『ブックワンダー(本の旅)』を出来ないようにした。春になってもブックワンダーが全面禁止されたままで、歯がゆい毎日をすごすティリーたち。『ブックワンダー』を取り戻すためにも『アーキビスト(本の記録士)』を探して助けを求めるべきだとティリーは提案するが、祖父はアーキビストなど実在しない伝説の存在にすぎないと言って取り合ってくれない。ある日、ページズ書店にアンダーウッド姉弟が訪ねて来て、特別な存在であるティリーに研究に協力してほしいと要請される。しかも断れば、子供のブックワンダーを永久に禁止すると言って祖父を脅して帰っていった。話を聞いて悩むティリーに対して、ベアトリスはティリーとオスカーがアメリカへ行けるように手配をする。フランスの地下図書館の図書館員から手渡された『アーカイブ(旅の記録館)』への手がかりがアメリカ議会図書館を示していたからだ。ティリーとオスカーの二人はアメリカ合衆国ワシントンDC(ディーシー)に渡航し、ベアトリスの友人で書店を経営しているオーランドーと彼のパートナーでアメリカ議会図書館員のホルヘに出迎えられる。ティリーの手元にある手がかりの品は四つ。フランスの地下図書館の図書館員から手渡された赤い糸玉と小冊子にはさまれた小さな紙切れ、『秘密の花園』から持ち出した真鍮の鍵、童話の世界でグレーテルからもらったパンくずの入った小さな布の袋。アメリカ議会図書館に向かった四人は、まず小さな紙切れに記されたアルファベットと数字を参考にして本を探すことにした。アルファベットと数字の長い列は分類記号といい、図書館で本をさがすときに使う地図となるからだ。図書館員であるホルヘに案内されて捜索した結果、背表紙に金色の迷路がエンボス加工された『アレクサンドリア図書館』と書かれた本が見つかった。四人は『アレクサンドリア図書館』の中を旅してみるが、歴史上のアレクサンドリア図書館と同じように火事が起きたため慌てて本の中から戻って来る。そこへアメリカ地下図書館員たちがやって来て、四人を地下図書館へ連行する。アメリカ合衆国地下図書館長ジェイコブ・ジョンソンと面会した四人は、彼がアンダーウッド姉弟と手を組んでいることを知って驚く。オーランドーとホルヘが図書館員たちを阻んでいる間に、ティリーとオスカーはもう一度『アレクサンドリア図書館』の本の中に入り、『秘密の花園』の鍵を使って先へ進む。幾重にも重なる物語の中をさまよいながら、ティリーとオスカーは汽車セスクイップデリアン号を見つける。十二歳の少年マイロの機転でこっそり乗車した二人は、セスクイップデリアン号が純粋な物語のなかを想像力を燃料にして進んで行く魔法の汽車だと知る。汽車の持ち主であるマイロの伯父ホレイショーは、顧客の依頼する本を持ってくるという『ブック・スマグラー(本の闇取引屋)』らしい。三人が話している間も走行していたセスクイップデリアン号は、ティリーとオスカーの探していた『アーカイブ(旅の記録館)』に停車した。無賃乗車したティリーとオスカーは、ホレイショーに見つからないように下車しようとしたが失敗してしまう。ホレイショーと一緒にいた『アーカイブ』の女性が二人に気づいたからだ。アーティミスと名乗った彼女はビブリオグノスト(書誌学者)で、ティリーに地図を送った人物だった。アーティミスはティリーが経験した不思議な出来事はティリーが半分架空な存在、つまり半分は物語の世界に属しているからだと言い……。
書名:この空のずっとずっと向こう
作者:鳴海風(なるみふう)
出版:ポプラ社
内容:ペリー来航から八年後の文久元年(1861年)、日本国内では尊王攘夷の思想をもつ浪人たちの起こす事件で治安が悪化していた。数え十歳の吉益(よします)そらは、内神田の銀町(しろがねちょう)の一軒家で町医者をしている春庵(しゅんあん)の娘。吉益家は実は幕臣(ばくしん)で、番医(ばんい)といって、代々江戸城に勤務する医者だった。ところが、幕府の財政状態がわるくなってきたので、扶持(ふち:給料)が減らされて現在は無役(むやく)である。そこで、春庵は住んでいた屋敷の一部を他人に貸し、銀町で町医者をしているのだ。冬のある日、そらは父の手伝いで薬を届ける途中、五人の男の子たちにいじめられている侍の子を助けた。侍の子は津山藩の箕作文蔵(みつくりぶんぞう)の次男で、大六(だいろく)という七歳の男の子だった。逃げて行ったいじめっ子たちは「そいつは天狗の言葉をしゃべる」と言っていたが、大六が話した言葉は英語だった。大六は神田小川町の蕃書調所(ばんしょしらべしょ)で英語の勉強をしていると言い、彼の父と祖父もそこで外国語を教えていると語った。蕃書調所は、外国の本を翻訳して外国のことを研究する幕府の役所らしい。外国のことを研究する学者の子だと知って、そらは大六に興味をもつ。この件がきっかけになって二人はときどき会って話すようになり、そらは英語を学びたいと思うようになるが……。1871年(明治4)、アメリカに渡った女子留学生・吉益亮子を主人公のモデルに、幕末から明治へ、激動の時代に外国で学ぶ夢を実現させたひとりの少女の姿を描くフィクション。
書名:ステパンチコヴォ村とその住人たち 世に知られざる人の手記より
原題:Село Степанчиково и его обитатели
作者:フョードル・ミハイロヴィチ・ドストエフスキー(ロシア作家)
出版:光文社古典新訳文庫
内容:おじのエゴール・イリイチ・ロスタネフ大佐は、妻を亡くしたあと遺産としてステパンチコヴォ村を相続すると、軍務を退き娘サーシェンカと息子イリューシャとともにその村に住み着いた。まもなくしておじの母親も二度目の夫クラホートキン将軍が亡くなったため、取り巻きを引き連れて息子の所に移ってきた。将軍夫人は見栄っ張りのエゴイストで息子に対しても厳しくあたっていたが、善良で心優しいおじは母親に対しても従順だった。また、将軍夫人の取り巻きの一人に夫の食客をしていたファマー・フォミッチ・オピースキンという男がいたが、将軍夫人はこの男を崇拝していたので、彼が移って来てから一年も経たないうちにこの男はおじの家で大きな権力を持つことになった。物語の語り手である「私」ことセルゲイ・アレクサンドロヴィチ(セリョージャ)は十歳の頃に孤児となり、おじの家に引き取られ養育された。おじの家から離れてペテルブルグの大学を卒業してからも都会で暮らしていたが、つい最近おじから手紙を受け取った。それには、今おじの子供たちの家庭教師をしている娘を紹介するから早く結婚するようにと書かれてあった。とりあえず私はステパンチコヴォ村に行くと返事はしたもののペテルブルクでぐずぐずしていると、偶然おじの元同僚に出会ってステパンチコヴォ村でのとんでもない話を聞くことになった。母親の将軍夫人とファマー・フォミッチがある金持ちの女性と大佐を結婚させようと企んでいるというのだ。しかも大佐が家庭教師の娘に恋をしているらしいので、この娘を家から追い出そうと迫害しているらしい。この話は手紙の提案と矛盾していると考えた私は、七月のある日ペテルブルグを出発した。フォマーを追い払い、むちゃくちゃな結婚話をぶちこわしておじを救いたいと思ったのである。私は途中の小さな町でステパンチコヴォ村の隣村の地主ステパン・アレクセーイチ・バフチェエフと出会って話を聞く。明日はイリューシャの聖名日なのだがフォマーが自分もそうだと言い出したせいでお祝いすべきかどうかで喧嘩になり、バフチェエフ氏は昼食を取り止めて帰ってきたと言う。私がステパンチコヴォ村に着いたのは午後五時頃だった。最初に出会ったのはロスタネフの近侍でかつては私の子守りをしてくれたガヴリーラである。年老いたガヴリーラはフォマーの命令でフランス語の勉強をしているという。馬小屋の裏で農民の一団の陳情を聞いていたおじは私との再会を喜ぶ。ちょうど家の者たちはお茶の時間だというので、着替えをした私はおじに紹介されたが、家の者たちにはあまり歓迎されていないようだった。フォマーと対決するべくやってきた私は癖のある客人たちや親戚たちの思惑に翻弄され、誰もが予想だにしない展開に……。
※1859年初版
アレクサンドラ・エゴーロヴナ
※アレクサンドラは名前で、エゴーロヴナは父称(父親の名前からくるミドルネーム)、サーシャは愛称である。名前+父称で呼ぶのが一般的な、礼儀にかなった呼び方で、親しみの度合いに応じて、サーシャ、サーシェンカ、サシュールカなどと愛称で呼ばれる。
※作中で、いとこである主人公はサーシェンカと呼んでいる。父親はサーシャと呼んでいる。
ナスターシャ・エヴグラフォヴナ
※家庭教師は三通りの呼び名(ナスターシャ、ナースチェンカ、ナースチャ)で呼ばれるが、この順に親密な、くだけた感じが強くなる。
※作中で、父親はナースチャと呼んでいる。
「ムッシュー・セルジュ――確かそういうお名前でしたわね?」
※「セルゲイ」を気取ってフランス風に「セルジュ」と発音している。
十八世紀から十九世紀にかけて、ロシアの貴族社会ではフランス語が半ば公用語として用いられていた。将軍夫人は気取って片言のフランス語を使っている。
聖名日:洗礼名が由来する聖者を祝う祭日。ロシアではこの日を祝う慣習がある。
『可愛い子牛は二頭の牝牛から乳をもらう』
※ロシアのことわざで、温柔にしていると他者から親切にしてもらえるという意味