旅の記念品19 -阿蘇とうきび人形-
熊本市から約50kmの山間地に入ると阿蘇くじゅう国立公園の南部を形成する大カルデラ盆地になり、南部の阿蘇山は活火山であり中央火口丘の五岳(中岳・高岳・根子岳・杵島岳・烏帽子岳)がそびえる。中岳の大火口が何時噴火するか監視態勢が敷かれ、その程度によって登山が規制される火の山である。
その五岳を望むには外輪山の大観峰が良いが、盆地の近くには内牧温泉がある。また眼下の阿蘇谷を横断するJR豊肥線が東側「みやじえき」を過ぎるとトンネルを経て大分県に入り竹田などを経由して大分駅に結ばれている。
宮地駅あたりは一の宮町で、肥後一宮の阿蘇神社がある。主神は、健磐龍命で大火口湖だった阿蘇谷の立野火口瀬を疎通してカルデラ内を美田に開拓、住民に農耕の道を教えた神様、祭神は十二座あり国土開発と人間生活に関わる交通・文化・学芸・結婚・医療・厄除けなど生活守護の神として古くから崇敬を集めた。神田や楼門など6棟が重要文化財に指定されていたが平成28年の熊本地震で倒壊するなど甚大な被害を受けた。現在、令和5年に完了予定で復旧工事中。春3月に行われる田作り祭は、三ノ宮・国竜神の結婚を祝って氏子が楼門前ですすきの束に火をつけて火を振り回す神事は壮観である。
この広大な阿蘇盆地での農産物の一つに、保存食や牛馬の飼料として栽培された「とうもろこし」(この地方では「とうきび」という)があり、各農家の軒先や天井に吊るし乾燥していた。
数百年も前から、阿蘇の山里では誰というとなく農家の婦女子がつらい労働の余暇に「とうきび」の包皮とめしべでテルテル坊主をつくった伝承があることから、阿蘇神社に近い阿蘇民芸塾では、これに着目して、意匠を凝らした多様の「とうきび人形」を創作、今では「日本一のとうきび人形」と名前を改めた。
その種類は、日本髪の和服人形、和服赤襟人形、裾開き人形、和服芯人形、和服ヒメ曲人形、和服茎人形、和服芯巻又は茎巻人形、和服夫婦人形、母娘人形そして子守人形、芯子守人形、振袖人形、童子人形、女神人形、かぐや姫、瞑想人形、その他熊襲や孫悟空など多彩な人形が創作されている。
この人形は、材料すべてをとうきびの完熟した果実の包皮、めしべ、果実の芯・茎などを利用、その部分の特性を生かして情操ゆたかな民芸品としていて、楚々として美しい。
昭和39年全日本推奨土産品審査会で、「日本を代表する観光土産品として外客向けにふさわしいものであることと認定します」とされ、この人形は全国の各地新聞で「日本の芸」として賞賛され、民芸品として全国的に「とうきび人形」の声価を高くしている。
写真は阿蘇神社の火振り神事ととうきび人形
タンポポの花
長府の功山寺裏の墓所に、大内義長のお墓の撮影に出かけたとき、ふと見たタンポポの花が何となく白かった、そのあたりのタンポポが皆ンナ白っぽいのである。
平素は、あまり気にもしなかったが、春先にあたり一面鮮やかな黄色い花をつけ、何時しかフワフワの綿毛となり何時ともなく風に飛ばされて行くそのタンポポである。
卒業入学のこの時節、コロナ騒ぎも丁度一周年、世情も不安定な状況の中でまさかタンポポまで色あせたとも思えないが、白いタンポポでも写しておこうか!
子どものころに、綿毛のついたタンポポの茎を千切って、風の変わりに吹き飛ばしたこともあるが、その時白い乳のような液が出ることも知っていた。雑草と言われながら背丈が伸びるわけでもなく、さほど邪魔な存在とも思ってなくて、その鮮やかな黄色の花と可憐さ、一寸、はかなさもありフワフワの綿毛を愛おしくも思っていたが、あの栄華を誇った大友氏の滅亡後、あえて後継者に招かれた大友義長が毛利元就の計略で自刃させられた因縁を思うと、墓の周りに咲く白いタンポポの不思議さも感じた。
帰ってから、早速「タンポポ」について調べてみた。
平素から、見慣れているタンポポだが、なんと無知であったか。「のほほんとしていたら誰やらさんに叱られる」ではないが、確かに白い花のタンポポはあった。折角だから『広辞苑』の「たんぽぽ」の項を書き留めてみよう。
〖【蒲公英】キク科タンポポ属多年生の総称。全世界に広く分布。わが国にはカンサイタンポポ・エゾタンポポ・シロバナタンポポ、また帰化植物のセイヨウタンポポなど10種以上がある。普通にはカントウタンポポをいう。根は太くゴボウ状、葉は土際にロゼット状に叢生。倒披針形で縁は羽裂。春、葉の間に花茎を出し、舌状花だけから成る、黄色の頭花をつける。痩果は褐色で、白色の冠毛を有し、風によって四散する。若葉は食用、根は生薬の蒲公英で健胃・泌乳剤。たな。〈季・晴〉。文明本節用集「蒲公草、タンポポ」〗とある。
もう少し、調べた中から書いておけば、「外来種は花の基部を包んでいる総苞片が反り返っている」そうだが、そこまでは見ていなかった。「タンポポは明るさに反応して咲き、夜には閉じて、花弁に見えるものにそれぞれ雄蕊と雌蕊がありこれが一時花を閉じたのちに種が熟すと、また開いて今度は種の先端に羽毛のような綿毛をつけ、これが球体となって完熟し乾燥すると風に吹かれて飛んで行く」子孫を増やす知恵である。
花言葉は、「愛の神託」「真心の愛」白花は「私を見つめて」あるいは綿毛については「離別」などとある。
正岡子規の句に「たんぽぽや これもなのある 花のうち」、北原白秋には「廃れたる園に踏み入りたんぽぽの白きを踏めば春たけにける」立派に白花が詠まれていた。俵万智の歌に「たんぽぽの綿毛を吹いて見せてやるいつかおまえも飛んでゆくから」優しく宝物を育てるような育児の様子が詠まれていると感心する。川端康成の未完の絶筆に『たんぽぽ』があり、芹洋子にも「たんぽぽ」の歌があった。
写真は、長府で見つけた白いタンポポの花
バスの中に花
今年は、3月21日の土曜日が春分の日で、天気予報は雨、外出するなら22日の日曜日かなと思っていたら、空模様は少し遅れて土曜日が曇天(降ってもひどくはない雨)で、日曜日の昼過ぎまで雨が続いた。
市内に所要があって土曜日は外出を控え、日曜日(天気予報が10%・0%)を期待して午後まで待ってはいたものの小雨が降り続いていた。しかし、仕方なく市内に出かけることにしてバス停に出むいた。
少し冷たい風で横殴りの小雨に濡れながら、バスを待ったが時間になってもバスが来ない、近ごろバスの支払い方式が変わったので、お年寄りも多いこの路線、乗降に手間取っているのだろうか?などと思いながら待つこと5分、バスは遅れてやって来た。
乗車の扉が開いたとたん、誰一人お客がいないのに気付き、こんなに濡れて待っていたのに、どうしてなんだよ!運転手さんの言い訳も無い。
2日間待ったのだから、まぁ気持ちも落ち着けてと後ろの高い席に座ったとたんに、バスの前方に花がいっぱいあるのが目に入った。
色とりどり、造花ではあったが「暗い気持ち」をいっぺんに明るくした。
庭に花が咲いたり、部屋に花を活けたりして季節感や和みを感じることはあるが、それは生花の艶とか香り形などと触らなくても生身の感触と思っていたが、暗い車中の感覚は、まさに色彩だけの癒しの効果であった。
ピンクや黄色それにアクセントの青色。その色が優しさを感じさせ、気分を明るくしストレスを和らげてくれた。このバスの運転者さんが、自分の職場の雰囲気としてこれを飾り付けたのであろうか?
最近、バスに乗っていると、この車は壊れるのではないかと思うほどガタガタガタガタと音がして顔をしかめるほどのものがある。あるいは金属のきしむ音がする。それは道路事情だけではない、自分の車なら、これだけ音がすれば放置することもあるまいと思うのだが、どうして無関心なのだろうか? といつも思っている。
この車は、さほど古いものでは無かったが、そんなに乗り心地の悪い音はしなかった。やはり、運転手さんの気持ち次第で整備の在り方も違ってくるのではないだろうか。ねじの一つ二つのゆるみを気付くかどうか、一寸の潤滑で消えそうな音もある。
運転手さんにとってはそこが自分の職場である。その雰囲気を少しの気づきで良くすることが出来そうな気がしてならない。もちろん安全運転が第一だが、お客さんに気持ち良くというのもお願いしたい。「花を置く」その行為が、職場に生きる幸せな気分となり、気持ちにもゆとりのある運転手さんだったかなぁと、思った。
乗るときは「遅れてきてから!」と、ちょっと不機嫌だったが、乗客は下関駅ま私一人、下車するときは「有難うございました」って感謝の気持ちでいっぱいだった。
写真は、私一人の客を乗せた走ったバスの車内


