バスの中に花
今年は、3月21日の土曜日が春分の日で、天気予報は雨、外出するなら22日の日曜日かなと思っていたら、空模様は少し遅れて土曜日が曇天(降ってもひどくはない雨)で、日曜日の昼過ぎまで雨が続いた。
市内に所要があって土曜日は外出を控え、日曜日(天気予報が10%・0%)を期待して午後まで待ってはいたものの小雨が降り続いていた。しかし、仕方なく市内に出かけることにしてバス停に出むいた。
少し冷たい風で横殴りの小雨に濡れながら、バスを待ったが時間になってもバスが来ない、近ごろバスの支払い方式が変わったので、お年寄りも多いこの路線、乗降に手間取っているのだろうか?などと思いながら待つこと5分、バスは遅れてやって来た。
乗車の扉が開いたとたん、誰一人お客がいないのに気付き、こんなに濡れて待っていたのに、どうしてなんだよ!運転手さんの言い訳も無い。
2日間待ったのだから、まぁ気持ちも落ち着けてと後ろの高い席に座ったとたんに、バスの前方に花がいっぱいあるのが目に入った。
色とりどり、造花ではあったが「暗い気持ち」をいっぺんに明るくした。
庭に花が咲いたり、部屋に花を活けたりして季節感や和みを感じることはあるが、それは生花の艶とか香り形などと触らなくても生身の感触と思っていたが、暗い車中の感覚は、まさに色彩だけの癒しの効果であった。
ピンクや黄色それにアクセントの青色。その色が優しさを感じさせ、気分を明るくしストレスを和らげてくれた。このバスの運転者さんが、自分の職場の雰囲気としてこれを飾り付けたのであろうか?
最近、バスに乗っていると、この車は壊れるのではないかと思うほどガタガタガタガタと音がして顔をしかめるほどのものがある。あるいは金属のきしむ音がする。それは道路事情だけではない、自分の車なら、これだけ音がすれば放置することもあるまいと思うのだが、どうして無関心なのだろうか? といつも思っている。
この車は、さほど古いものでは無かったが、そんなに乗り心地の悪い音はしなかった。やはり、運転手さんの気持ち次第で整備の在り方も違ってくるのではないだろうか。ねじの一つ二つのゆるみを気付くかどうか、一寸の潤滑で消えそうな音もある。
運転手さんにとってはそこが自分の職場である。その雰囲気を少しの気づきで良くすることが出来そうな気がしてならない。もちろん安全運転が第一だが、お客さんに気持ち良くというのもお願いしたい。「花を置く」その行為が、職場に生きる幸せな気分となり、気持ちにもゆとりのある運転手さんだったかなぁと、思った。
乗るときは「遅れてきてから!」と、ちょっと不機嫌だったが、乗客は下関駅ま私一人、下車するときは「有難うございました」って感謝の気持ちでいっぱいだった。
写真は、私一人の客を乗せた走ったバスの車内
