Issay's Essay -34ページ目

黒瀬さんの『山口の昔話』

646 黒瀬圭子さんの新刊『山口の昔話』

 梅雨入りが早く、その後は蒸し暑いけれどほとんど雨もなくお天気が続いているのに、新型コロナの自粛で外出は控えていた。そんなとき、黒瀬圭子さんから「お元気ですか、退屈で退屈で、この世に仕残したことはないかと本を作りました。お暇の時にご一読下さい」と添え書きして『山口の昔話』という本が贈られてきた。
 A5版、厚表紙、石風社発行。表紙絵は、行動美術協会会員で下関在住、以前、下関市立美術館で個展をされたときに知り合った大鷹進氏である。あの個展で見た個性あふれる感じとは違って、淡い優しいタッチの風景にお地蔵さんがちょこんと添えてあった。
 しかも、内容は決して退屈しのぎで出来るものでもなく素晴らしい本だった。
 黒瀬さんは、子供たちに本の読み聞かせをするための公民館活動を立ち上げ「青山文庫」の主宰をされているが、私の最初の個展『みんなみんな本が大好き』もこの文庫活動を取材したもので、かれこれ40年前のことである。
 彼女は、北九州の生まれで青春時代には口演童話家の故・阿南哲朗氏に師事されていて、下関に嫁いでから、市立図書館の作文教室に学ぶとともに、昭和56年(1981)には初めての絵本『白いナス』を出版、これは幼いころの関門海峡周辺の空襲体験を見つめたもので「戦争の理不尽さ恐怖そして家族の絆」などが書かれたものだった。その年に松岡利夫氏ら12名の執筆で『山口県の民話』(日本児童文学者協会編・偕成社)が発刊され黒瀬さんの再話になる「潮みつ玉潮ひる玉」など3編が収録されていた。『白いナス』は後に改訂版を出版したのが石風社だった。ほかにも児童文学の創作に励み『先生のきいろのパンツ』(平成5年=1993・岩崎書店)などがある。
 その一方で、早くから「日本民話の会」にも所属され、山口県内あるいは下関に、民話の語り部を招聘され口演童話の実践も様々な形で開催、その実績で久留島武彦賞も受賞されている。
 今回出版された物語は、彼女が児童文学同人誌「小さい旗」に掲載された「山口県の昔話」の中から副題「商人や旅人がはこんできた」とあるように、山口県の風土に根付き語りつがれてきた民話など十一編が納められている。
 例えば、「シンデレラ」の話が変化した「粟福御寮(あわふくごりょう)」、さらに各所で聞かれる「お地蔵様」や「貧乏神」「タニシの姉妹」、そして「サルの生き胆」が「蛸にはなぜ骨がない」と、北浦方面で語り継がれている話などが掲載されている。
 年初、黒瀬さんにお会いしたとき「六連島にはお話が聞けるような方があるかしら?」などと聞かれたが、彼女自身、あちこちと訪問して採録を続けられてもいた民話の集大成はまたにしても、こうした故郷につたわる昔話などが、読みやすい形で記録され伝承されることは必要で、今回の出版は、やはり郷土への嬉しい贈り物だった。
 写真は黒瀬圭子さんの新刊『山口の昔話』

コロナワクチン接種

645 市内各所で見られるトネリコの木

 今年は、関門地方では観測史上2番目、例年より20日も早く梅雨入りした。花ショウブが咲き、夏椿(沙羅双樹)も咲き始めたよと、花の便りも早かった。
 新型コロナウイルスのワクチン接種は、医療機関に携わっている方が優先で、やがて65歳以上を対象にと、クーポン券も送られてきたが、電話予約の番号はあっても「お話し中」ばかり。詳しくは「ホームページ」をご覧くださいと有るが、スマホを持たない世代には何のことやら。
 かかりつけの医院に出かけたとき話すと「私たちもまだしていませんよ!そのうち、ここでも接種するようになるでしょうから」といわれる。やがて、そのお医者さんからの予約電話を受け、3週間後の第2回目の日を調整しながら第1回目接種の日取りを、6月中旬に決めた。
 新聞などでは、「行政の長が、立場を利用して接種を受けた‥」などと批判が出ているが、やっかみもいい加減にしてほしい。離島などでは、医師団の善意で出張接種があって、島の希望者は全員にとあったが、意外に希望者が少なかったのが解せない。
 さて、かかり付けの医院は決して広くはないが、接種後20~30分の待機場所は如何なるだろうか?と想像しながら、その6月中ほどがやって来て前日は雨だった。
 この雨が続いたらあの院内でどのように蜜を避けるのだろうか?などと、心痛も頭をよぎる。予診票(問診)には「何らかの病気にかかって治療(投薬など)を受けていますか」の項目もあり、その薬の名前も書くようになっている。かかりつけのお医者さんで接種をするのにと思いながらも、律儀正しくこんなところまで書き込んでみた。
 昨日からの雨は午前中にあがった。指定された時間(午後2時)少し前に着くと、すでに3名ばかりのお年寄りがいて「私が一番じゃった」と自慢する人があった。扉が開いたときには6名位だったが、この日この時間の予約は15人ばかりだっただろうか。
 当日の接種がスムーズにと、前もって予診票が配られていたのに「私が一番じゃった」と吹聴していたおばぁちゃんは、まったく記入がなかったようで、一人の看護師さんがつきっきりで対処している間に、他の皆さんは次々に接種が終わり、黙り込んだまま経過時間を院内の各所で過ごし、15分位で特別に異常がない人は帰宅していった。私が帰るころには2時半の予約だったのか、早めに来られた人の接種もされていて「この次は、決められた時間に来てくださいよ」と諭されている方もあった。
 医院を出ると、近くには「トネリコ」の花が咲きほこっていた。この木は、昔から病気や悪魔などを体から追っ払うと考えられていて、偉大・威光・高潔などの花言葉があるそうだが、服従との花言葉もあった。まさか「コロナウイルス」に服従する訳にもいかないだろう。
 風呂には入って良いと聞いたが、そこを揉むかどうかは聞き忘れた、ただ「安静に」と聞いていたので、揉むのはやめておいた。翌朝、注射の周辺が少し凝った感じの痛みがあったが、3日目は押さえれば痛みがある程度、4日目は特別なことも無かった。
 二回目接種の2日目は、接種をした腕がぶら下がっていることの痛みがあり、かといって肘から先は平常、痛み止めを飲んで凌いだがこれも3日目には治った。接種の効果が何時まで持続するのやら…まだまだ新型コロナ対策は不明なことも多い。
 写真は市内各所で見られるトネリコの木

旅の記念品20 -砂時計-

644 仁摩サウンドミュージアムの1年計砂時計と3分砂時計

 日本海側の海岸線を通る国道9号線、島根県のほぼ中央にある大田市仁摩町のJR仁万駅の近くに、ふるさと創生資金1億円を利用して建設された「仁摩サウンドミュウジアム」がある。
 これは、仁摩町馬路の「琴が浜」の砂が「鳴り砂」であることから、ピラミット型総ガラス張りの建屋の中に、「砂・時・環境」をテーマとした「砂」のオブジェや世界の砂、そして世界最大の1年計砂時計『砂暦』を設置したミュウジアムである。
 「鳴り砂」というのは、砂に急激な力を加えたとき「キュッキュッ」と音を発する砂で、その周波数は約400~1200Hz。砂を容器に入れて発音させると規則正しい音波形を示す砂を言い、それは石英質に富み、長時間波浪で研磨洗浄され、ある範囲の大きさの粒に淘汰された砂とされている。乾いた海浜を歩くと「キュッキュッ」と音がする。鳴らない砂の音波形は、不規則な波形で、音も「サクサク」などと聞こえる。 
 日本の海岸総延長数は、約3万5千㎞と言われるが、砂浜はどれ位あるのだろうか。
 このミュウジアムの図表の中に、日本の中で音の程度は様々ながら鳴り砂が確認されたのは200ヶ所(2008年)、なかでも日本各地で発見された鳴き砂の産地としては、島根県大田市仁摩町琴ヶ浜の他に、日本海側では恋の浦(福岡)小原浜(山口)琴引浜(京都)泣き浜(石川)角海浜(新潟)、太平洋側にイタンキ浜・小清水海岸(北海道)十八鳴浜・九九鳴浜・竹浜(宮城)白浜(和歌山)、その他内陸部に田沢湖白浜(秋田)遅谷(山形)の14ヶ所が表示されていた。
 「砂時計」は、本体は透明なガラスで造られたカプセル状で、中央部がくびれ(オリフィス)その容器の中には砂が入っていて、砂の落下の最初から終わりまでの一定時間を計測する。計測後、また上下を反転させて再度計測可能となり、小さいものでは、1分、3分、5分などとある。起源は定かではないが、14世紀に描かれた絵に確認できるという。 
 また中国語では「沙漏」「沙鐘」などとも書かれ、オリフィスの形状から「蜂の腰」と呼ばれることもあるという。
 このミュウジアムの1年計砂時計『砂暦』は、故三輪茂雄(同志社大名誉教授=粉体工学)らが3年がかりで完成させたと言われ「山形県の遅谷」の鳴り砂を選定し、砂時計の容器(高さ5.2m、直径1m)の中に、約1tonの砂が入っているそうだが、オリフィスのノズルの直径は0.84㎜で落下通過する量は1秒間に0.032g(約2万粒)、1時間には114g(約7200万粒)1日に2740gと表示されていた。平成3年(1991)1月1日に『砂暦』が始動し、同年3月3日にミュウジアムは開館。今年30周年を迎えた。
 ミュウジアムでは、砂を使用した芸術作品を見ることも出来るし、そのロマンを感じることも出来るが、私は海洋汚染やその啓蒙に関するコーナーに思考させるもの感じ印象に残っている。手元には、此処で求めた「小さな砂時計」がある。
 砂時計は、あのさらさらと流れる砂に「瞬間」を感じて、写真に通じる親しみを持っていたが、古川薫氏の晩年の講演にふと砂時計が出て「細いところが現在、過去が増えていく。関門海峡も東流西流を繰り返す。過去・現在・未来を考える狭間に私たちは生きている」などと話されたのを思い出す。
 マイクロプラスチックが生態系に及ぼす社会環境になったが、環境汚染が鳴り砂の海浜を減らし、何時しか大自然の砂時計が停止する日が近づいているのではないかと思うことがある。
 写真は仁摩サウンドミュージアムの1年計砂時計と3分砂時計