花柳桃吉(神代知衣)さん故郷に舞う
本年(2022)6月5日の篠崎綾子20回忌記念「AYAKOモダンバレースタジオ発表会」の開催で、神代知衣(こうじろちえ)さんが司会を務めた。
その時のパンフレットに「旧下関市出身で梅光女学院卒業。6歳から20歳まで花柳三吉師匠に師事。梅光女学院高等部3年の年に花柳桃吉のお名前をお許し頂き、その年の先帝祭にて振袖太夫を務める。20歳で上京し声優の道へ。代表作は「おぼっちゃまくん」御坊茶魔役、「爆走兄弟レッツ&ゴー」三国藤吉役、「ザ・シンプソンズ」リサ役。現在放送中「きかんしゃトーマス」パーシー役、「パズドラ」徳澤諭吉役、「パディントンの冒険」バード役。現在も声の仕事や舞台などで活躍しながら、声優養成所の講師も務める。」とあった。
その時お会いしたわけでもないが、活躍されている方があるんだなぁと思っていた。
このほど、花柳三吉さんから「東京から門弟の桃吉が帰って参り、専門部の門弟によるおさらい会を行いますから是非・・」というご案内を頂いた。
普通、アニメなどをあまり見聞しない私は、神代知衣(花柳桃吉)さんの活躍ぶりを知ることも無かったが、改めてネットで検索してみて驚いた。
昭和35年生まれだから60歳を超えた現役である、テレビアニメ・劇場アニメ・ゲーム・吹き替え・映画・ドラマ・CDライブなど様々な分野で活躍、NHKテレビ番組「いないいないばあっ」などにも。趣味・特技に日本舞踊とあるが、活躍分野にそれらしいものも見当たらなかった。
6月に帰省されたとき三吉師匠と或いは雑談でこの「おさらい会」の話が持ち上がったのかもしれない。会場は特別な舞台ではなく、シーモールパレスのエメラルドの間である。入場無料。果たしてどんな会になるのだろうか?と10月25日(火)出向いてみた。
会場のお客様は約100名足らず、おそらく内輪ばかりの招待客であろうか?
出演は6名、司会は主催の花柳三吉さん自らである。プログラムを書いてみよう。
大和楽「江戸祭り」花柳裕吉、長唄「潮来出島」花柳吉由花、長唄「助六」河野勉、長唄「花と柳」花柳桃吉、長唄「新曲浦島」花柳吉紫奈乃、常磐津「山姥」花柳あや舞、ここまでは一寸古典風なもので、これからは民謡或いは歌謡曲風なポピュラーなものになり「関の五本松」花柳吉由花、「佐渡情話」花柳吉紫奈乃、「さのさ・五木の子守歌」花柳裕吉、「山河」花柳桃吉、「槍さび・黒田節」河野勉。
「おさらい会」とはいえ、何時もは先帝祭でも上臈の介添え役として参加されている馴染みのお師匠さんであり、情感たっぶりの表情、物腰、身振り手振りとまさに魂の叫びを感じさせるものだった。
三吉さんは、すでに88歳「古典を自分の基本として伝承しておきたいのです。そうすれば、自己の現実、創造性も其処から表出されるでしょう」と、いつも言われている。
桃吉さんの『山河』は、小椋佳作詞で「人は皆、山河に生まれ抱かれ生命をつなぎ生命を刻む、顧みて恥じることはないか(自問自答)俺の山河は美しいか‥」。
まさに故郷に踊る、歌詞に添った喜びと苦悩、そして曲の終わりに近づくと堂々の笑みを浮かべ、花扇をくるくる回すさまは還暦を超えた声優の歓喜の表現であり、これこそ独創性とゆとりさえ感じた。側で見ていた三吉師匠も満足感があったことだろう。
そこには半世紀を超えた師弟信頼の愛情も見えた。
写真は花柳桃吉さんの舞台と三吉師匠とのツウショット。
UBEビエンナーレ
今年は第29回になる現代日本彫刻展。10月2日から11月27日まで、宇部ときわ公園の彫刻の丘で開催された。
「60年彫刻と住み続けてきたまちです。これからも」パンフレットの片隅に書かれているが、2年ごとに開催されるこの展覧会に、私もどれほど通ったことか。今回も、10月下旬に観させて頂くことが出来た。
お天気に恵まれ、幼稚園か保育園の子供さんたちが芝生に座っていて、この子たちがどんな風に彫刻に接するのだろうかと思っていたら、もう帰りの時間で残念ながらその表情を見ることは出来なかった。
会場に入ったとたんに眼にしたのは、木片を組み上げたもので可成り大きな作品、これは以前のも同じ様な発想の作品と感じが似ていたので近くには寄らなかったが、宇部の海岸に打ち寄せた流木を集めてオブジェにしたものと後で聞いた。
今回は、近くにあるものはともかく、全体を見通して、興味のあるもだけを見たような気がする。私の怠慢だったと反省しているが、ステンレスを磨き上げた作品が目立っていたり、どこかで見たような、或いはこれも現代彫刻か?と感じるものもあって、ひときわ目を引いたのが湖面の近くにあったアクリル板を使用した作品だった。
遠目では「地面から白いものが沸き立っているように見えた」思わず近づくと、やや厚めのアクリル板2枚を加工して立てた作品だった。作品を鑑賞するより前に“こんな大きな板状のものをどのように固定したのか、風が吹いたら?と気になって仕方がなかった。作品名は『ディスタンス』(大賞)だった。
思えばアクリルを素材にした作品が今まであっただろうか。たしかにコロナの感染が流行して各所でウイルス飛沫感染対策の間仕切りに、対面接客や飲食店などに使用されるようになったが、素材そのものとしては私たちが子供のころには珍しい匂いガラスとして破片をポケットに入れていた有機ガラスである。
たしかに、プラスチックはその素材によっては、太陽光線で変質したり衝撃や摩耗、あるは温度や環境変化に弱い一面もあったが、最近はこれらもかなり改善されたアクリル素材が工業用にも利用されている。沖縄の美ら海水族館の大型水槽に使用され注目されてから、最近では様々な生活用品にまで利用されるようになった。私が知らないだけかもしれないが、芸術作品に登場したのを見たのは初めてである。
『ディスタンス』確かに時期を得た素材の利用であり発想である。戸板以上もある大きさの周辺を丸くして中央の重なりの部分には穴をあけ、いかにも二人が対話しているかに見える造形で下部の乳白色にぼかしたアクセントに温かみも感じた。平面から見れば素直に風景も観れるが、角度によっては太陽光を反射し複雑な色彩も現れる。まさに現代彫刻にふさわしい作品だと感じた。
もう一作品は、気になった五角形の網模様出の像家作品は・前回と同作家のものであろうか『月と山、水脈』。これは湖畔の風を吹き抜ける爽やかさを感じて好ましく思ったし、顔のでかい藁人形が何時しか腰が曲がって四つん這いの動物に変わってしまった『変身』には現代の皮肉が込められているように思えた。そして表も内部も研きあげられた『青空の月』は、戦後話題になった鏡の間を感じさせる感覚になった。何時しか、この展覧会に、下関美術館賞が無くなったのは寂しい。
写真はUBEビエンナーレ会場の大賞作品『ディスタンス』
日本遺産フェスティバルin関門
日本各地域の、歴史的経緯や風土、伝承、風習などを活かし、その有形無形の文化財を纏めながら、歴史的魅力や特色を通じて、その地域の文化や伝統を語るストーリーを「日本遺産」として認定する制度が。平成27年(2015)に文化庁で始まり、第3段の平成29年度(2017)には23都道府県にまたがる17件を新たに認定した。
この時「北前船寄港地・船主集落」や「耶馬渓遊覧」などと共に、下関市と北九州市が共同で申請した「関門ノスタルジック海峡」が認定され、日本遺産は計54件となっていた。
この年度に、山口県内からは「萩往還」ぞいの「古代から幕末維新につながる都市遺産群」が申請されていたが認定を逸した。文化庁はこの時点で、東京五輪・パラリンピックまでに100件に増やすとしていて、令和2年度までに104件を認定し、その後の認定は止まっていて、結局、山口県からは下関地域のみが紛れ込んだ形となっている。
その「関門ノスタルジック海峡」を構成する文化財は、下関側は旧英国領事館・六連島灯台・下関駅の振鈴など16件、北九州は門司港駅本屋・部埼灯台・若松石炭会館など23件、両市共有の関門隧道・バナナの叩き売り・フク料理など3件、合計41件である。
私は「ノスタルジック」という命名はあまり好きではなかったが。ともあれその年に、それぞれの施設を慌ただしく走り回って確認した。
このほど10月29~30日に、認定地区の全国大会が関門地区で行われることになり、主会場は下関市、下関市民会館でのオープニンクでは迫力のある早鞆高校平家太鼓部の演奏で来場者を歓迎、そのあとJR下関駅長が振り鳴らす振鈴で開会した。先ず文化庁都倉俊一長官の挨拶に始まり、前田市長の歓迎のあいさつなどがあった。
この開会式の後、漫才師の意味のない公演があって私は途中で帰りかけ、会場を出た途端に歴史博物館と考古博物館両館長とばったり「何と変なゲストを呼んでるね!」「人気があるんですよ、でも、これからが本番で下関からは高月学芸員も出てお話も始まりますから」と言われ、また会場に戻った。
それからは、別のゲストを交え「関門両市の近代化の記録」についてのトークがあった。
内容は、それぞれ関門両市の日本遺産について施設の大要と、認定後の教宣などに関しての報告と、ゲストの感想などだったが、例えば「鉄道トンネル」の話題が出たとき、ゲストの方は鉄道、国道、新幹線などと同されているようで「地元の方がマラソンの練習など生活に密接に利用されているのは良いことですね」と話が飛んでしまう有様、それはそれで一つの誉め言葉のつもりだったのかも知れない。高月さんは「唐戸の歩道橋から4つの国指定文化財が見られる、ここは日本一の交差点」と発表され、ゲストも「うーん、とうなずくばかり」一寸喝采ものだった。
この二日間、海峡メッセ下関では、全国104の認定団体のうち89団体がブースを構え、それぞれの認定ストーリーの説明や物産などもPR。また会議場2ヶ所では日本遺産公開講座が各地域の発表や分科会なども行われた。屋外のゆめ広場では料理とスイーツの21店が「S級グルメ」と銘打って、フク・鯨など地元の食材を生かしたオリジナルメニューを用意してふるまった。
私も、少し講座を聞いたりブースを廻ったが、講座では、北前船の認定地域が16道府県連名なのに山口県が入っていないのが納得できなかった。
ブースを巡っていて、福島県の「安積疎水事業」には感動したし、山形県の「山寺が支えた紅花文化」には、松尾芭蕉に引かれて立石寺や銀板温泉には出かけたが、もっと深くこの地を考えることも必要だったな!と反省させられるなど、それぞれその場所に奥深さのあることを改めて感じた。
関門地区だって、それぞれの施設を幅広く知り、地域の「日本遺産のストーリー」を活かした活動を教宣することで未来への感慨に通じるのではないだろうか。
写真は開会式の都倉文化庁長官挨拶と「関門ノスタルジック海峡(下関)」のブース


