プールサイドの人魚姫 -79ページ目

プールサイドの人魚姫

うつ病回復のきっかけとなった詩集出版、うつ病、不登校、いじめ、引きこもり、虐待などを経験した著者が
迷える人達に心のメッセージを贈る、言葉のかけらを拾い集めてください。

横審

大相撲初場所、結びの一番。白鵬、そして朝青龍。両雄が十三勝一敗同士での勝負に館内がどよめいた。絶対負けられない白鵬。対する朝青龍は優勝争いに加わっただけでも充分過ぎる今場所。久しぶりにこれぞ大相撲という力相撲を見せてくれた。
二場所連続休場のハンデは一体このモンゴル男に影響はなかったのか?わたし個人としては、勝ち越しで充分だろうと思っていたが、ものの見事にその予想を覆してくれた。
特に朝青龍のファンではないが、彼が土俵に戻ってきたお陰で、初場所は大いに盛り上がった。横審の厳しい批判コメントなど全く気にせず、土俵上で示したその強さは本物の証拠になっただろうか。
それとも他の力士が弱すぎるのか。特に大関陣の総崩れは日本人力士の勝負に拘る執着心の無さに絶望感さえ抱かせる。
結局相撲界を牽引しているのはモンゴル勢。白鵬、朝青龍この二人の横綱で日本相撲界は暫く続きそうである。
横綱審議委員会に元NHK会長の海老沢勝二氏が委員長を務めているが、このところお騒がせのNHKが、インサイダー取引で不祥事を起こしている。相撲に対する「品格」を語る前に、己の襟を正すことの方が先ではないかと思えてならない。横綱に相応しい力士、それ以上に質を問われるのが相撲協会と横審の品格であることは間違いない。

オペ 皆さん、漸く入院日が決定しました。自分の立てた予定では15日だったのですが、余りにも病院から連絡が来ないので忘れているんじゃないかとこちらから電話を入れました。1月29日か31日と言われました。受け入れ拒否されたらどうしようなんて心配しましたよ。\(^o^)/
少しでも早い方が良いと思って29日に決めました。
朝9時~10時までに入院受付に行きます。そう言えば1回目の手術の時。当時19歳でしたが、紙袋に入院に必要な物を詰め込んで一人で行きました。手術するしないの判断は相談する人もいなかったので、自分で決めました。
静岡市立病院の心臓センター、新しく出来たばかりの門を潜り、外来へ行くと看護婦さんが妙な顔つきで声を掛けてきました。「神戸くん、入院今日じゃなくて来週の火曜日よ」「……」。
わたし一週間間違えてしまったのです。今でもその時の光景が浮かんで、とても懐かしい思い出になっています。
3回目の心臓手術を告げられた時のショックはかなり大きく、ボディブローのように後になってじわじわと死への予感となってわたしの精神を襲いました。
またも肋骨を切り裂き、内臓を外気に晒し、傷だらけの心臓にメスが入る。どれだけ時間が掛かるのかそれさえも定かではなく、命の保証もない手術台に上がるのです。
天国の地図の冒頭の詩は「手術台に上がれば」またこの詩と同じことを考えてしまう。そんな自分が情けなくも思え、家族が在るのにこんな弱気でどうすると、この一ヶ月考え続けて来ました。
皆さんからの励ましの言葉を頂き、前向きに生きようと思いつつも、やはりわたしもか弱い人間の一人なのです。20年前の三井記念病院は戦場そのものでした。心臓疾患を抱える多くの患者が、一人の天才心臓外科医の下へと毎日日本中から押し寄せるのです。
20年の歳月はわたしにとって奇跡が産み出した年月。ここまで生かしてくれたのは家族やそして善意のある人々のお陰。医師や看護師、近代医療あってのわたしの生命。
神から頂いた寿命が尽きるまでわたしは生きる。生きなければならない。元気になって鋼鉄の心臓を手に入れ、家族の下へ、そして応援してくださる皆さんの下へ戻らなければいけないと思います。
みなさん、暫く時間を下さい。ブログ更新が何時になるのか分かりませんが、このブログに生命の灯をともすまで待っていて下さいね。


急患

昨日は東京都内でも二年振りの雪になり、僅かではあったが薄っすらと雪景色を見ることが出来た。雪にあまり馴染みがないので、雪がやってくるとつい子ども心に帰ってしまい、白銀の世界を自分の足で堪能するのだが、今年は手術を目の前にしていることもあり、寒さは心臓に堪えるので、二階の窓から降り積もった雪を眺めるだけに留まった。
この時季、心臓発作などで倒れ、命を落とす老人が多くなる。そしてその場所が風呂場であること。家の気温と風呂場の気温差があまり離れていると、その気温の変化に心臓が耐え切れず不整脈を起こす。
その結果、心臓に持病が無くとも心筋梗塞に襲われ、運が悪ければその場で即死する。
もちろんわたしも当然ながら不整脈の持ち主だが、命に関わる不整脈ではなく、「心房細動」という一般的な不整脈であるため、特に命に関わることはないが、厄介なのは血栓が出来安いということだ。
最も恐い不整脈は「心室細動」「心室頻拍」である。つまり心臓停止状態。この不整脈に襲われたら、一刻の猶予もない。助かる道は時間との勝負。救急車を呼び搬送される時間と治療開始が運命を分けることになる。
さて、今年に入ってからも頻発する、救急車の受け入れ拒否。特に関西地方で多く見かけられたのだがが、つい先日、関東地方でも起こった。
東京都清瀬市での事例。救急搬送された女性は95歳と高齢であり、心臓に持病を抱えていたと思われる。受け入れ拒否した病院は11。
一昔前であれば、救急車が自宅に着いた時点で安心出来たものである。救急車は命を助ける車であると誰もが思っていた。そんな昔が懐かしい。
11もの病院が同時に受け入れ出来ない状態だったのか疑問が残る。もしこの患者が政治家だったらどうなっていただろう。治療中の患者を隣のベッドに移し、この政治家を助けるべく準備に大慌てだ。「病院の名誉にもかかるから、必ずこの政治家をわたしの病院に…」となるかどうか知りませんが、病院が一般庶民の味方では無い事は明らかである。
ここにも格差社会が蔓延っているのである。助かるのは金持ち、命は金で買うのが現実。以前ブログで「たらい回し」の記事をアップした時、医療関係者から批判のコメントが相次いだ。コメント数111とこれはブログ炎上ともいえた。ブログ炎上がどの程度のコメント数なのか知らないが、一般的なブログで100を超えるコメントがあれば炎上と言ってよいだろう。
現代の医療現場が崩壊していること。医師不足、行政の遅すぎる対応など、救急車はそんなことなどにかまっていられない。一刻も早く受け入れ可能な病院を探すのに必死なのだ。
少子高齢化が進んでいることも安全で確実な医療体制が整わない現実が拍車をかけているのだろう。

雨の夜
雨の夜
僕は玄関に一人
ぽつんと佇む
真っ暗な空の彼方から
大粒の雨が降り注ぐ
遅い 遅いと
心の中を
焦燥感で一杯にして
雨は降る事を止めず
道は
冷たい涙の海になる
祈る
仏壇に手を合わせ
父の帰りを
一心に祈る

 

契約書
毎月必ずといってよいほど届いていた新風舎からの作品募集のパンフレットが、昨年12月から届かなくなった。あんまりしつこいので、断りの電話をいれようと思っていた矢先。今年上旬に新風舎が民事再生の届けを出していることを文芸社の担当社から聞いて初めて知った。
碧天舎が2006年4月に倒産した時はまさかと正直思った。たまたま、碧天舎主催の詩歌コンテストに応募し、特別審査員賞を頂いた矢先の出来事であったから、この賞は幻となった分けである。
自費出版ブームの中、その一角を担う大手出版社だった碧天舎倒産の影響は大きく、契約済みの230人あまりの人たちは悲痛な思いで、支払い済みの出版費用を返して欲しいと訴えたがその後どうなったのか分からない。
わたしは新風舎に対し非常に悪いイメージを抱いていたので、3年前からこの出版社はいずれ倒産するのではないかと疑念を抱いていた。
そして今日の朝刊を見ると新風舎が民事再生を諦め、自己破産の申請をするという。事実上の倒産である。出版された本の数は約600万冊、未出版は1000人。そして前受け金10億円。売れる見込みの無い本を作り続けた結果である。
まさしく自転車操業を繰り返していたのは、碧天舎も同じであった。2年ほど前の夏、リタイアメントビジネスサービスという会社から取材を受けた。内容は新風舎の悪徳詐欺商法についてであった。
わたしは「詩集天国の地図」につて、全国出版しようなどと大それた積りは毛頭なく、単なる記念として出版できればよいと思っていた。
自費出版だから当然金がかかる、だからまず一番手軽に安く作ってくれそうな出版社をネットで探した。幾つか地方の出版社を見つけ早速原稿をメールに添付して送った。
すると、かなり評判がよく全国流通できるという返事を頂いたわけである。そうなるとこちらも多少欲が出てくる。ならば東京の出版社へ原稿を送ってみようと考え、新聞広告に釣られて、新風舎に早速送った。そして碧天舎、文芸社、新生出版この4社にターゲットを絞った。
新風舎以外には直接原稿を届けた。自分の目で出版社がどんなところなのか、調べて見る必要があったからだ。自社ビルは文芸社だけであった。
そして新風舎以外の出版社から書評が届く。その内容は巧みな誘い文句で詩集の完成度の高さなど、非常に良い作品であるという文面。初めて出版する人間にとってはおそらく夢のような現実に有頂天になることだろう。
さて、ここからわたしの出版社選びが始まったわけである。書店に本が確実に並ぶと謳っていることを自分の目で確かめる必要が出てきた。
東京の有名、無名を問わず、書店を探しまわり、友人に頼み静岡の書店の探索も依頼した。そして分かったことは文芸社の本だけが、平積み、面陳、棚指しなどで置いてあった。残念ながら他社は一冊も見つからなかったのである。
この時点で文芸社が一歩リード。そしてわたしの出版社選びは更にエスカレートしていくのである。
自費出版(協力出版)は制作費の一部を著者が負担して、出版社と共同で本を作り上げていくのであるが、そこに大きな落とし穴があることを殆どの人は気付かない。
制作費を出す以上、著者は客である。出版社にとってみれば「鴨が葱をしょってきた」わけであるから、当然の如く作品を褒めちぎるわけである。
だが、それをうまく利用するのが客である。お客はどんなわがままを言ってもよい。言うだけならただで金は掛からない。不満や疑問点など徹底的に担当者と話し合うべきだ。
出来れば直接出版社に出向く事をお勧めする。遠方であれば電話で「別の出版社とも契約の話しがある」と問いかけてみよう。担当者の対応次第でその出版社の姿が多少見えてくるはず。
話し合いの場に編集長を引っ張り出すと更にこちらのペースになる。しかし、それは作品の内容にもよる。持ち込んだ原稿が全て協力出版出来るわけではない。
内容によってはもちろん断られる場合もある。ただし、新風舎は別。持ち込まれた原稿は全て本にしてしまう。つまり売れないまま書店にも置かれず、倉庫に眠る運命を辿るのである。
わたしの出版社選びは文芸社と碧天舎に絞られた。残るは制作費のみ。碧天舎は電子書籍を含めた金額を提示してきたが、それはかなりの破格値だと今なら思える。
しかしわたしは最終的に文芸社を選んだ。もし碧天舎と契約を結んでいたなら、天国の地図は古本屋で探す羽目になっただろう。
これもまさしく強運の持ち主と言われる所以かも知れない。
そして文芸社と契約を交わした頃、新風舎からは何の連絡もなかったので、こちらから電話をしてみた。原稿を送ってから一ヶ月も経っていた。電話に出た女性が慌てた様子であった。その数分後、メールが届いた。「素晴らしい詩集。生みの苦しみが…」即席で作った書評をメールで送ってくる。作品を何も読んでいない。数日後、パンフレットと見積もりが届いた。作品名がなんと「天国と地獄」に変わっていた。実にいい加減な出版社だったかお分かり頂けると思う。
これから本を出版したいと思っている方がいるならば、アドバイス致しますので遠慮なくメールでも下さい。


モナ・リザ
歴史上最も有名な肖像画と呼ばれる「モナ・リザの微笑み」。イタリアを代表する美術家「レオナルド・ダ・ヴィンチ」は誰もが賞賛する天才画家である。
この絵を完成させる為に費やした年月は3年~4年とも言われている。しかし、この絵が完成品かどうかはレオナルド自身にしか分からない。
わたしがデザイン学校にいた頃デッサンをよく描いた。描けども描けどもこれで良いという判断が下せない。つまり自分の中で完成しないのである。
これは自分との根競べであり、闘いでもあった。最終的には時間が終止符を打ったのだが、それで満足出来たかは別問題であった。
芸術は執念だとわたしの先輩画家が教えてくれたのはわたしが18歳の時だった。絵画には描いた人のメッセージが込められている。これは詩でも同様である。絵画と詩が共通点も持つのは必然的なことであろう。
モナリザに纏わる話題は豊富である。しかもそれらは謎に満ち、神秘的でより一層絵画の魅力を引き立てている。
この作品に関してはここで述べるまでもないが、最近ではモナリザのモデルがフィレンツェの商人の妻だという確証を得たという話もある。レオナルド自身の肖像画であると噂されたり、この一枚の絵画に対し、これほど多くの疑問が残るのは稀である。
例え現代の最新科学技術を持って解析してもそれは憶測の域を出ない。モナリザの微笑みの奥深くに隠された悲しみを誰が受け止めることが出来るだろうか。微笑みと悲しみは運命を共にしたレオナルドの心が深い喪失感を味わい失恋の代償としてこのモナリザが描かれたとわたしは憶測している。
一枚の絵画を鑑賞した時、個々によってその印象は異なってくるだろう。絵には見えていなが、モナリザが流す涙はレオナルドの深い悲しみによって描かれているのである。
見えない部分を描くこと、それが芸術と言うものなのかも知れない。
薬害 原告側の訴えから5年の歳月が流れ、福田内閣の下で漸く和解が成立した「薬害C型肝炎訴訟」。国が責任を認め、患者たちを全面的に救う「薬害肝炎救済法」も成立した。
感染に苦しんできた人たちに一筋の光明が指したわけであるが、これは氷山の一角が原告側の強い訴えにより凍りが溶け出したのである。
国は認めても製薬会社は責任をいまだ認めておらず、感染者たちが真の勝利を得るのはこれからである。
薬害は他にも多数あり代表的にはHIVなど。
国家と製薬会社が犯した大罪であるにも関わらず、原告側の悲痛な訴えが届くのに5年もの歳月が何故必要だったのか。
小泉政権時代、既にこの薬害問題は国を揺るがし、官僚や政治家そして製薬会社は何をすべきか分かっていた筈である。しかし国は謝罪すらせずその責任を隠蔽しようと企んでいた。
患者のカルテや手術記録を一切封印し、闇の奥深くに葬るつもりでいたのである。感染者同士が手を結び声を上げ、団結しなければ国家の罪を暴くことは出来なかった。
そして最近新たにC型肝炎ウイルスに感染した患者の記事が載った。1980年代に心臓手術をした患者たちである。「フィブリン糊(のり)」という縫合用接着剤が原因のようだが、感染者の数はいまだはっきりしていない。
友人たちはわたしのことを「強運の持ち主」と呼ぶ。わたし自身もそれを認めている。わたしが2回目の心臓手術を受けたのは1989年だった。
しかし、初診日は1988年。この時わたしの心臓を診た心臓外科医は即座に入院し、手術を勧めたのである。しかしわたしはそれを断った。「貴方の心臓では一年持ちません、直ぐに手術すべきです」わたしは首を横に振り、今は出来ませんと答えた。断った理由は今でも謎であるが、もし医者の指示に従い手術を受けていたなら、今のわたしは存在しなかっただろう。
当時、三井記念病院でもミドリ十字の血液製剤を使用していた。そう、エイズに汚染された非加熱製剤である。わたしにはその様な情報はひとつも知らなかったし、随分後になってから薬害エイズ事件を知ることになった。その時、わたしは鳥肌が立った。半年手術を先に延ばしその結果、自分はエイズから免れたのである。
本来であれば医者の指示に従うものであるが、これは天からの声だったのか定かではない。
エイズに限らず、C型肝炎からも免れた。
日本国内には一万人を超える薬害患者がいるという。今回救われた患者たちはその極一部に過ぎない。国と製薬会社は救済に向けスタート地点に着いたばかりである。全ての患者たちが平等に救われるのを願うばかりである。

登山 冬山登山のシーズンだが、山岳遭難が全国で相次ぎ、過去5年間で最も多い20件にも及んでいる。先日、年末に遭難した男性が12日振りに自力で下山し記者会見で謝罪していたが、登山歴20年というベテランが山を甘く見ていたのか、或いは自信過剰になり油断が生まれたものと思われる。
冬山での遭難は雪に覆われ天候が悪ければ吹雪に視界を遮られ、遭難者の発見は夏山より遙かに困難になる。わたしの伯父が若い時から山登りが大好きで、休みの度に山へ出かけていた。
登山歴はおそらく40年ほどでかなりのベテラン。「日本の山は全て制覇した」と豪語していたが、その伯父も一度だけ遭難したことがある。その時は助けが来るまで小さな洞窟で一週間ほど過ごしたという。どれほどのベテランであろうと相手は自然であり、突然天候が変わることはよくある。どんなに山を知り尽くしても所詮人間の思い上がりであり、自然の気まぐれな心は掴めない。
わたし自身は幼い頃から心臓が悪かったので、山登りは苦手。それでも蓮華寺山にある富士見平まで登って富士山を眺めたり、藤枝の街を一望したりした。
そしてつい口ずさんでしまう歌があった。「山男の歌」である。
娘さんよく聞けよ
山男にゃ惚れるなよ
山で吹かれりゃよ
若後家さんだよ
山で吹かれりゃよ
若後家さんだよ
この歌は昭和37年のNHK紅白歌合戦でダークダックスが歌い大流行した。元は海軍兵学校で愛唱された「巡航節」の替え歌である。
「山で吹かれりゃよ 若後家さんだよ」このフレーズが今になって漸く意味が飲み込めた。新婚ホヤホヤの新郎が山好きで週末になると山に出かける。それがある日遭難し、帰らぬ人となる。
家族を悲しませるような登山だけはしないで欲しいとつくづく思う。


セクハラ 岩手県奥州市の黒石寺で行われる伝統行事、蘇民祭のポスターにJR東日本から待ったがかかった。理由は「男性の裸に不快感を抱く人が多い」ということ。
このポスターをTVで見たとき、胸毛よりその男性の顔の方にインパクトがあり過ぎて、思わず苦笑してしまった。
この裸祭のポスターが「セクハラ」に該当するらしい。日本人はとかく物事を議論する時に型にはめてしまう傾向が強い。
セクハラに限らず、物事の定義が曖昧なまま問題が一人歩きしてしまい、物議だけが大きく歪みながら雪だるま式に膨れあがる。
何処までがセクハラになるのか、女性の数だけ受け取り方は個々によって意味合いが微妙に違ってくる。
一部の女性が不快感を示したからといってこれがセクハラだと決め付けるのは少し違うのではないだろうか。
不快感を表すものは巷にゴロゴロしているわけで、例えばTV。裸を売り物にしているお笑い芸人たち。小島よしおはそのキャラクターでCMにも登場するほどの人気を得た。江頭2:50、タムケン、長州小力、ワッキーなど。
彼等たちの活躍は時に眼をそむけたくなるような場面もあったりするが、誰も彼等をセクハラと結びつけることはない。
そしてスポーツの世界にも裸での競技は幾らでもある。大相撲の力士たちはどうだろう。中には胸毛の生えている力士は多く見かける。
今回の件で胸毛の生えている男性諸君はショックを受けたのではないだろうか。夏ともなれば、プールや海へと裸をさらけ出す機会は多くなる。
極論を言ってしまえばこれはセクハラではなく「差別」。さて、そのニュースから一夜明けてみたらこのポスターが人気を呼んでいると言うではないか。「禍も転じて幸となる」とはまさに今回の事例にぴったり治まる言葉かも知れない。

綱わたり 大相撲初場所を目前に控え、朝青龍がピッチを上げている。横綱同士、白鵬との稽古では「思ったより強い」と白鵬の口から言わしめたほどである。
一連の大騒動から数ヶ月が経たったが、当時マスコミや相撲関係者そして相撲ファンから落胆の声が聞かれ、バッシングの荒らしに見舞われ、心身共に相当のダメージを受けたのではないかと思われたが、そんな事があったのかと、過去の不祥事を忘れさせるほどの気合が入った稽古だった。
本来なら数ヶ月も土俵や相撲の世界から離れていれば、身体も心も大きなダメージを受けるのだが、朝青龍は違った。
彼の復帰振りが予想外の展開を見せる中、横綱審議委員会から厳しい言葉がつき付けられたが、そんなことに動揺することなく、「我が道を行く」を貫き通す朝青龍。
彼の心には「日本人には負けない」という闘争心が燃え上がっているのだろう。これは紛れもなく朝青龍から日本人に対する「挑戦状」である。
日本相撲協会は朝青龍の確固たる強さを認めている。彼を引退に追い込めない理由のひとつがそれである。高砂親方の指導力不足が指摘され、それが相撲界全体に及び相撲人気を低下させ、更に国技を侮辱されながらも何ら手の打ち様がない相撲協会の体たらくが生んだ現在の土俵。
相撲に興味がなかった人たちが朝青龍を見に来る。観客動員数にどうしても朝青龍は欠かせない。これが大相撲の弱点である。人気と実力を兼ね備えた力士が少ない中で、興行成績を何としても上げて行かなければならない。矛盾を押し曲げていよいよ注目の初場所が始まろうとしている。