一本の
クレヨンが折れた
音も立てず
ひっそりと
山深く
名も無きその谷に
吹き渡る風は
震えて眠り
月夜が照らす
岩肌は
氷のように
冷たかろう
闇の雫が滴り落ちる
その底で
君はもう
二度と絵筆を握らない
涙で滲んだクレヨンが
空を悲しみの色に
染めるだけで
第24代自民党総裁に谷垣禎一氏が選出されたが、彼は暫定総裁でしかない。
総裁候補として、河野太郎、西村康捻、谷垣禎一の三名が名乗りを上げたが、自民党の人材不足が深刻だと言う事を痛感する。
公開討論会を見ていても、政権奪取ばかりを訴えている内は自民党の古い体質は変わらないだろう。
衆議院選挙で大惨敗を期しているにも関わらず、その反省点が見えて来ない。
自民党は今死にかけている。
或いはもう終わった過去の党なのかも知れない。
麻生政権で大混乱を招き、国民に不安を与え信頼を失墜し、裏切り続けてきた代償は大きい。
贅肉をたっぷりつけて、丸々と肥えてしまったメタボリック政党が自民党である。
企業はその存続を掛けて容赦なくリストラする。
路頭に迷う社員のことなどおかまいなしだが、無能な人間にまで給料を払う余裕はない。
政治家や役人も同じことだ。
税金で守られていることを忘れ、泡銭の如く無駄金を使いまくる。
真面目に働いている人たちから見れば大迷惑な話である。
自民党を応援する人たちに足を向けて眠れないと思っている自民党議員は一体どれだけいるだろうか。
もっとスリムになれ、ダイエットしろ。
それが再生への道であることを忘れないで欲しいと思う。
大相撲秋場所、白鵬13勝1敗、朝青龍14勝で迎えた千秋楽。
渾身の立会いで朝青龍が白鵬の前に投げ出された。
どよめく両国国技館に座布団が飛ぶ。
相撲解説者でさえこの千秋楽の展開を予想してはいなかったし、朝青龍の連勝を一体誰が想像していただろうか。
そして迎えた優勝決定戦。
失敗は二度繰り返さない朝青龍と、リベンジに燃える白鵬の力相撲。
優勝決定戦では圧倒的に有利な朝青龍の前に、白鵬の野望は費えた。
他のスポーツと違い、相撲に防御はない。
守りに入れば負けてしまうし、常に攻め続けることが最大の防御でもあり勝つ事に繋がって行く。
朝青龍と言えば、過去にトラブル続きで相撲界の問題児でもある。
わたしも散々彼について記事を書いてきたが、どこかで彼を応援している自分がいる。
ガッツポーズに批判が相次ぎ、横審の苦言が逆に土俵を汚しているとさえ思う。
外国人力士が人気を独占し、彼ら無しには国技を支えられない相撲界が本当は朝青龍のガッツを喜んでいるように見えて仕方がない。
相撲の範疇を超えている朝青龍は自然児だ。
彼の生まれつき持っている闘争本能は誰にも変えられないし、その姿が身体に現れているだけ。
本当は他の力士たちも「ガッツポーズ」をとりたいと思っているのかも知れない。
動物が人を襲うにはそれなりの理由があり、テリトリーを侵しているのは人間の方。
観光地などでは「熊出没」などの看板を立てて観光客に注意を呼びかけているが、細心の注意を払っているつもりであっても「事故」は起こる。
人間が住み易い環境は、動物たちにとっても棲みやすいとは限らない。
動物園の檻に入っている動物は「安全」という管理下のもとでわたしたちの眼を楽しませてくれるが、「野生」ではない。
熊を人に例えてみよう。
人は人を簡単に殺すが動物たちはお互いに殺し合うような事はしない。
自然のバランスによって保たれている世界を脅かすのは常に人間である。
人に危害を加えた乗鞍岳の熊は地元のハンターたちによってその場で射殺されたが、襲ったモノが人間だったらその場で射殺はあり得ない。
似たような事件・事故を知る度に思うことは、「殺す必要があったのか」である。
麻酔銃でも良かったのではと思う。
生かしたまま、山の奥深くに帰すことの方が両者にとって最善の道ではなかったかと。
人間は人間を中心に物事を考え決め付けてしまう。
こんな人間が生きている限り、地球との共存はあり得ないだろう。
よって戦争も無くならないのである。
自民党政権が終焉を迎え、民主党を主体とした新政権がスタートを切った。
鳩山総理率いる新内閣が日本の新たなる扉を開けることが出来るのだろうか。
アメリカが独立宣言をし、合衆国として誕生してからおよそ230年が経っている。
現オバマ大統領は44代目。
鳩山総理は93代目。
明治維新以降、新たな日本政府が発足してから僅か120年。
この間に様々な総理が誕生したが、日本が如何に混乱した国であり、日本国を代表するトップのリーダーシップの無さが浮き彫りになっている。
政治レベルの低さが国民レベルと比例するならば、日本は既に終わった国なのかも知れない。
深夜に及ぶ新閣僚の記者会見。
新政権はここで既に頓挫している。
環境保護を訴えエネルギーの無駄を無くすと言うならば、電気代を節約することだ。
浮き足立った政治家たちの姿を見ていると「先生」と呼ばれたいが為に議員になったとつい思ってしまう。
子どもの運動会で1等をとったかのようにはしゃぎ回る福島みずほ氏が印象的だ。
政権奪取が彼らの「夢」であった訳だからそれも頷けるが、政治家の「品格」が伝わって来ない。
新閣僚の顔ぶれを見ても迫力はなく、国民主体の政治を訴えるだけで「魂」が篭っていない。
どんなに優れた人間であっても必ず綻びが出るし、一人の力では限界もある。
与党だ野党だと騒いでいる内は、政治は良くならない。
田中真紀子氏を入閣させるくらいの度量と器量がなければ、新政権が難破船になるのもそう遠くはないだろう。
三井記念病院に入院中、退院がある程度決まった時点から循環器センターにて「リハビリ」を開始した。
そのリハビリが退院後も続いていたが、漸く終了した。
このまま続けてもよいのだが、保険適用外になるため実費となる。
経済的にまったく余裕が無いためリハビリの継続は止めることにしたが、わたしにとって「生きる」こと自体がリハビリなので特に問題はない。
入院生活が長くなると規則正しい生活は送れても、寝てばかりいるので体力や筋力は日毎に衰えて行く。
それらを考慮して、退院後もスムーズな社会復帰が出来るように、病院側も患者のサポートをしてくれる。
慢性心不全のわたしは、入院中病棟外の移動は「車椅子」だった。
歩いて行けるのに主治医から中々許可が下りず苛立っていた。
車椅子に乗ると視野が一変する。
日常的に車椅子を利用しなければならない人たちの気持ちが手に取るように分かった。
数センチの段差が大きな障害となり移動の妨げとなる。
歩道には至る所に放置された自転車や、駐車違反の車が我が者顔で溢れ返っている。
人さまのことを考えない人間たちの多さに憤慨しても、解決されない問題が山積みである。
リハビリを始める前は「歩く事がこんなに体力を必要とする」とは思ってもみなかったと同時に、筋力は凄まじい勢いで低下して行くものだと改めて痛感した。
わたしの場合、体重が増えると心臓に負担がかかり心不全になる。
僅か1キロでもそれは顕著に現れる。
息が切れ、動悸、呼吸困難、倦怠感、浮腫など様々な形で身体がSOSを発する。
それらを予防するためには「食生活の改善」が必須。
自炊を始めてから半年ほど経つが、わたしの食生活は180度変わった。
外食は極力避け、間食も止めた。
内臓に負担の掛かる肉類は殆ど食べない。
糖分が大量に含まれている「炭酸系飲料」は飲まない。
炭水化物を主食としない。
添加物の含まれている物は避ける。
わたしが毎日食べている食材は「卵」「豆腐」「ひじき」「かんぴょう」「心太」「とろろ昆布」「鰯」「もずく」「メカブ」「水母」と言ったところである。
そして出来るだけ味付けはしない。
「かんぴょう」は水で戻し茹でた後、そのまま食べると殆ど味がない。
ところが、よく噛んでいる内に驚く程その食材が生まれ持つ味を発見するのだ。
このような食生活を送ることが出来れば、ダイエットに悩む必要はない。
水分は「ウーロン茶」「トマトジュース」それらに「にがり水」を加えて飲んでいる。
水道水は5分ほど沸騰させれば、美味しくなるが塩素が抜けてしまうため、長期保存は出来ない。
食生活を含め総合的にリハビリするのが長寿の秘訣である。
皆さんも実践してみては如何だろうか。
新垣結衣が主演する映画「フレフレ少女」を観て、記事のタイトルを付けてみた。
この映画は既にテレビ放映されているのでご覧になった方も多いと思う。
ストーリーそのものは至って単純だが「人を応援する事は自分を応援する事」。
この言葉だけで十分であり観る価値はある。
わたしの最終学歴は「天竜養護学校中等部」。
卒業出来ただけでラッキーだと思っている。
わたしが在籍した期間は1968年~1970年の3年間であったが、そこはあらゆる病気の坩堝。
難病・奇病の子どもたちが親元を離れ集団生活を送っていた。
医学の進歩により、現在では治療法も確立され助かる病気になったものもあるが、当時はただ延命治療と運を天に任せるしかなかった。
そんな中で卒業すら出来ず、病と闘いながら逝ってしまった子どもたちの姿が脳裏に焼きついたままである。
わたしは重い心臓病だったので、多くの制限があった。
授業は4時間までしか受けられない。
しかし、受けられるだけましでもあった。
個室にいる子どもたちは隣接する学校には行けない。
そんな子どもたちは教師が病室にやって来て、2時間までという制限はあったが、ベッド授業をマンツーマンで受ける事が出来た。
わたしも最初の3ヶ月はそうだった。
勉強が大嫌いだったのでそれすら疎ましかったが\(^o^)/
わたしは小学校を無理矢理卒業している。
出席日数が足りず本来ならば留年だったのであるが、担当の教師が「それでは余りにも可愛そうだ」と言う事で校長に直接掛け合い、めでたく卒業することが出来た。
ご存知の通りわたしは「登校拒否児」。
6年間の学校生活でまともに通学したのは3年間くらいのものだろう。
もちろん心臓病の影響もあったが、やはり劣悪な家庭環境が不登校の背景になっている。
たまに学校へ行けば「いじめ」に会うから、それもまた登校拒否の要因だった。
養護学校(特別支援学校)は謂わば特殊学級である。
履歴書に「養護学校卒業」と書く勇気がなかった時代が長い期間に渡り続いた。
病気のことも隠し続けていた。
そうしなければ生きていけなかったからである。
偏見と差別がひしめくこの社会で、弱者が生き残るには嘘で固める必要があった。
しかし、わたしはもうその過去の呪縛を自ら解き放った。
フレフレ養護学校。
養護学校出身者としてわたしは「応援団長」になろうと思う。
涙と笑顔の同窓会が近づいて来ている。
彼らとの絆は家族愛より深いかも知れない。
PS:「天竜養護学校同窓会」は門戸を拡大して、年代に関係なく会員を募集しております。
関係者は当日参加もOKですの「ブログを見て知った」と受付で話して下さい。
日時:2009年11月1日(日)午後2時より
場所:浜松ホテルサゴーイン(静岡県浜松市)
会費:6千円(未定)
お待ちしております。
相変わらず減らない自殺者たち。
当ブログでも何度か取り上げて来た問題であり、国も深刻な社会問題として対策を練ってはいるが、一向に効果を上げることが出来ないでいる。
それは自殺を根本的に理解していないからである。
わたしの母も自殺をしているが、死人に口なしで、その真相を解明することは困難であり、状況判断で推測するしか手はない。
自殺を理論的に解説するならば「生きる指針を失った」これに尽きるだろう。
然し、何も人間だけが自殺するわけではない。
環境の悪化とともに、今では植物でさえ自殺をする。
こんな荒んだ世界で生きるよりも「死」を選んだ方が増しという訳だ。
そして更に加えるとすれば、希薄な人間関係、免疫力、防御本能の低下などが上げられる。
前記事の「君のいた夏」は亡くなった友人と、9月8日が45回目の母の命日だったことから、その二つが脳裏を過ぎった中から生まれた、謂わば「レクイエム」でもある。
フィリピンなど、一部の国では自殺者が殆どいない。
貧困であるがゆえに、死より生きることを優先するのだろう。
それだけ彼らは生きることに執着し、必死なのである。
生は執着心の塊でもあるから、それを捨てる勇気があれば誰でも自殺が可能。
裏を返せば、誰もが自殺する可能性を秘めているということだ。
自殺の特効薬など存在しないし、予防薬もない。
執着心には個人差があるから、それを他者がコントロールすることは不可能に近い。
「神」でさえその行為を止めることが出来ないのだから、不完全な人間には無理難題である。
しかしながら、人間は助け合うことが出来る。
死を考えている人間は必ず「SOS」のサインを発している。
それにいち早く気づくことが出来るかだ。
自分のことで精一杯で、相手のことまで考えている余裕がないというのが本音でもあるが、自分が一人では生きられないことを考えれば、予防は可能である。
それが唯一残された「最後の希望」でもあるのだから。