動物が人を襲うにはそれなりの理由があり、テリトリーを侵しているのは人間の方。
観光地などでは「熊出没」などの看板を立てて観光客に注意を呼びかけているが、細心の注意を払っているつもりであっても「事故」は起こる。
人間が住み易い環境は、動物たちにとっても棲みやすいとは限らない。
動物園の檻に入っている動物は「安全」という管理下のもとでわたしたちの眼を楽しませてくれるが、「野生」ではない。
熊を人に例えてみよう。
人は人を簡単に殺すが動物たちはお互いに殺し合うような事はしない。
自然のバランスによって保たれている世界を脅かすのは常に人間である。
人に危害を加えた乗鞍岳の熊は地元のハンターたちによってその場で射殺されたが、襲ったモノが人間だったらその場で射殺はあり得ない。
似たような事件・事故を知る度に思うことは、「殺す必要があったのか」である。
麻酔銃でも良かったのではと思う。
生かしたまま、山の奥深くに帰すことの方が両者にとって最善の道ではなかったかと。
人間は人間を中心に物事を考え決め付けてしまう。
こんな人間が生きている限り、地球との共存はあり得ないだろう。
よって戦争も無くならないのである。