畳に染み付いた
あなたの想い出が
消えない
悲しみだけが
沈殿した
この
六畳一間
あなたと
わたしの
棲家だったのに
恋の
後始末さえ
出来ない
わたしは
この部屋を
立ち去る勇気もない
あなたの影に
引き摺られ
今夜も
畳を見詰めるだけで
民主一色の開票結果。
そして自民党の大物幹部たちが続々と落選し姿を消して行く。
自民から民主へと政権交代ではあるが、これが国民の声だとは思わない方が良い。
そんな単純な一票ではない事を当選した政治家たちは学ぶべきである。
選挙の時だけアドレナリン全快ハイボルテージの政治家さんたちが、何処まで日本を考えているかは疑問。
他の党、ライバルたちの批判ばかりを繰り返し、自分の声を訴えない立候補者たちの言葉は煩い騒音でしかなく、聞く者の心の奥深くには届かない。
他者を批判するのは簡単だ。
人間は長所と短所で出来ているが、人の長所は目立たず短所ばかりが際立つ。
政治家、政党もそれぞれに長所もあれば短所もある訳で、お互いに攻めるばかりでは何の解決にも結びつかない。
独裁政治が齎す世界は恐怖と混沌。
理想的な政治は、それぞれの党が持つ長所をバランスよく配分し、実践することである。
批判ばかり繰り返している間は何ら変化はないものと思え。
誤報は誤爆よりましである。
笑顔で防災訓練するより、よほど効果があった早朝の地震速報。
わたしが気象庁の速報を傍受したのは携帯電話。
携帯のメールにも届くことに、さすが地震国日本だと感心してしまった。
その後それが誤報だったというメールは届かなかったが、TVで気象庁の担当者が謝罪していた姿を見て「ありがとう」とわたしは思った。
当然、至る所で地震に備え緊急体制が敷かれた訳だが、本当ではなかった事で一安心。
苦情は仕方ないにしても、これがイザと言う時に役立つだろう。
先日、静岡で大型地震があったばかりだし、この誤報は予報として大いに貢献したと思う。
危機管理を徹底しろと訴える国民は、自分の行動が阻害されるような事があると文句を言い、間違った情報が流れると「正確さ」を声を大にして求める。
まったく我が侭であり、自己中心的である。
小泉今日子主演の映画「グーグーだって猫である」を観た。
人気漫画家の主人公と猫の心の交流を描いた作品。
飼っていたメス猫が亡くなり、その後その猫が人間の姿を借りて飼い主に感謝の言葉を伝えるという物語。
ペットは人間の言葉を話せないが、人間以上に人間を知っているものでもある。
その逆に人間はペットのことを半分も知っていないだろう。
ペットと何処まで分かち合えるか、ペットのサインを見逃してしまうことも多い。
猫との二人暮らしを始めて4ヶ月過ぎたが、この期間に猫から多くのことを学ぶことが出来た。
夜行性なので当然昼間は起きて来ない。
日が沈む頃、押入れの奥深くから音もなく姿を現す。
そして食事が始まる。
満腹になれば毛繕いや爪研ぎなど、不穏な音には敏感で、風の音さえ見逃さない。
虫を見つければ早速ハンターモード全開。
パソコンやベッド、ステレオの上など場所を構わず追いかけまわす。
それを見ているのは非常に楽しく、部屋が目茶目茶になるのも忘れてしまうほどだ。
こちらが就寝中でもお構いなく何度も起こされるが、今ではタラが鳴けば本能的に身体が動いてしまう。
これは赤ん坊の泣き声に母親が反応するのに似ている。
ペットは雑菌の巣でもある。
その雑菌を排除すれば猫はたちどころに病気になる。
インフルエンザの記事でも触れているように、雑菌は身を守るバリア。
地球がオゾン層で保護されているように、人間も生物も自然の中から保護されているのである。
わたしは「むつごろうさん」のように動物を見るとキスをしたくなるし、実際にする。
噛み付かれたら当然噛み付き返す。
それが最高の愛情の表現だから。
南国の沖縄を襲った新型インフルエンザ(別名satan)が、本土に上陸。
沖縄に続き、名古屋でも高齢者が死亡。
慌てた舛添厚生労働相が緊急記者会見。
昨年のパンデミック宣言の教訓は殆ど活かされず、死者が出なければ傍観を決め込む国の対策は相変わらず後手後手。
不衛生を毛嫌いする人間は、ファブリーズを部屋中に撒き散らし、清潔になったと錯覚する。
除菌に明け暮れる人々は、人間に元々備わっている免疫力・抵抗力を自らの手で破壊した。
何れ無菌室でもない限り生き延びることさえ困難になるだろう。
インフルエンザに拘り過ぎていると、そのウイルスの本質が見えなくなる。
既に新型ではなく、全く異なる未知のウイルスの可能性を念頭に置かなければ、今後の感染拡大を防ぐことは不可能。
わたしのように心臓や腎臓に致命的な病を抱えていれば、感染した時死亡する確率は高くなる。
だからわたしは雑菌を殺さないし、除菌もしない。
新型インフルエンザと呼ばれるウイルスは、環境破壊が齎した人災とも言えるのである。
酒井法子が血祭りに合っている。
彼女を擁護するつもりは毛頭ないし、法を犯したのだから当然の報い。
一般人と違い、タレントは大きな影響力を持っているので、草なぎ剛と同様にあらゆるところからバッシングにあうのも仕方のないことだ。
ファンは意外といい加減なもので、個人の偶像をそのまま自分の心に仕舞い込む傾向にあるので、ショッキングな出来事が発覚すると勝手に失望する。
この地球上に、覚せい剤を使ったことがある人或いは現在も使っている人が一体どれほどあるだろうか。
おそらく想像を大きく超えた数になるだろう。
表面化しているものは氷山の一角に過ぎず、もしかすると隣人も経験済みかも知れない。
基本的にわたしは覚せい剤も煙草も同類だと思っているので、覚せい剤だけを特別視していない。
わたしが初めて覚せい剤に出会ったのは小学4年の時だった。
父の思い出がまたも蘇えってしまうのであるが、これもまた父に関するエピソードの一つ。
ある日、父の友人が二人やって来て近くにいたわたしに父が声を掛けた。
「とし坊、小遣いやるから遊びに行って来い」
50円玉を渡されて、思わぬプレゼントに驚いた。
父から小遣いなど貰ったことがないし、50円は当時「いこい」が買える金額。
子どもにとっては大金であり、一週間分の小遣いに相当した。
お正月のお年玉でない限り、貰えぬ金。
わたしは子ども時代から感の鋭いところがあったので、これには裏があると瞬時に分かった。
友人の手の中で鈍く光っている注射針、そして包み紙。
昭和30年代には覚せい剤を「ヒロポン」と呼び、別名(白い粉)で通用した。
わたしは自分が何か悪いことでもしたかのような錯覚を覚えつつ、その場から逃げるように立ち去った。
2回目は20歳を迎えたばかりの冬。
後輩の荻○が見知らぬ友人を二人連れてわたしのアパートにやって来た。
一人は自分と同じ歳くらいの女性。
「かんべさん、悪いんだけど部屋を半日貸して欲しい」
相変わらず感が鋭いので何のために利用するのか判断出来た。
頼まれると断れないのは父親譲りだったから、部屋をそのカップルに明け渡し、後輩と共に時間を潰した。
そして3回目は35歳の時。
仕事の帰りが遅くなり、西葛西から中葛西にある自宅までの道のりの途中、40代と思われる男性からいきなり声をかけられた。
「兄さん、いいものあるんだけどどう?」
どんなに人の良いわたしも流石に断った。
覚せい剤が病気治療のために使われている事は表に出ない。
それを利用する人間の使い方次第で、違法なものが影に隠れて命を救うこともあることを知って欲しい。
8月15日を迎える度に、終戦の日と称し各地でイベントや特集番組が紹介される。
終戦とは一体何であろうか?
わたしは戦争体験をしていなが、戦争が終わったとは思っていない。
本当に終わったのならば、何処の国も武器を捨てればよいではないか。
真の平和は武器を捨ててこそ訪れる。
然し、現実にはそれが出来ない。
日本は自衛隊という軍隊を持ち防衛に備える。
人間同士が互いに分かち合わなければ永遠に平和は手に入らないだろう。
隣人を信用出来ない人間は、その弱さゆえ常に猜疑心を持ち、相手の行動を監視し続けている。
一見、平和に見える日常は常に危険と隣合わせだ。
人間は、闘争本能を失えば生きて行けない他の動物と何ら変わりがない。
武器を楽器に変えて、歌うことである。