プールサイドの人魚姫 -156ページ目

プールサイドの人魚姫

うつ病回復のきっかけとなった詩集出版、うつ病、不登校、いじめ、引きこもり、虐待などを経験した著者が
迷える人達に心のメッセージを贈る、言葉のかけらを拾い集めてください。

凶暴こいつが噂の凶暴にして最強インコ、気に入らない相手には容赦なく噛み付いて来る。じゃれるなどという生易しい物ではない。血を見るはめになる。ただ我が家では被害に合うのは何故かいつも私だけ。アビちゃんそんなに私が嫌いなのか。キーボードを占領されて入力もままならない、そしてしつこい。タラコと遊んでいて貰いたい。目を突付かれた時は参った。・゜゜・(>_<)・゜゜・。

松天女の羽衣

空の彼方に天女がいて
無くした羽衣探してる
夜のさざなみ浴びたくて
松の小枝に掛けていた
空が白々明けてきて
慌てて空に戻ったの
忘れた羽衣気が付くと
海辺の小枝は消えていた
私の羽衣どこいった
毎日毎日悲しくて
私の命の羽衣を
どうか返してくださいな

サイン埼玉県に住む女性が私の本を片手にわざわざ尋ねて来た。サインがどうしても欲しいと言う事でよほど私の詩集が気に入ったようである。著者としてこれほど嬉しい事はないだろう。2月下旬から早い書店では並んでいたようである。予約をして2月中旬にはもう手元に届いた人もいた。あれから半年近く経ったのでもう何処の書店にも置いてないのかも知れない。毎日新しい本が生み出されては消えていく昨今、どんな本が売れるか分からない時代だから出版社も書店も売れそうな本を探すのに苦労している。出版社は著者の個人情報は本人の了解なしに外部には絶対漏らさない。まあ当たり前な事なのだが、その女性は出版社に電話してサインの事を告げ住所を聞いた。当然こちらにその旨連絡が入る。サイン会を開くほど売れればいいがそんな事は夢である。サインは数回頼まれて書いたが何処にサインをするか、本の場合大体決まっている。それは扉の何もない白ページ。芸能人じゃないので普通に自分の名前を書き日付と場所入れる。流石に最初は手が震えた、字が下手なので正直サインするのは好きじゃない。サイン慣れする日でも来ないかな。
カミーノ―魂の旅路



シャーリー マクレーン, 山川 紘矢, 山川 亜希子, Shirley MacLaine
カミーノ ― 魂の旅路
私は滅多に本を読まない、20歳の時ヘッセの「知と愛」を読んでみたが詰まらなくて途中で止めてしまったくらいの読書嫌いであるが20歳から21歳の一年間で500冊近く読んだ。それ以降プツリと読書は止めた。ただ自分がうつ病に罹った時うつ病関連の本を50冊ほど読んだだけである。そんな私がこの一冊の本を書評し薦めるのだから読んで損はないと思う。と言っても私は書評家ではないからあてにはならないかもしれないが。シャーリー・マクレーンと言えば1983年「愛と追憶の日々」でアカデミー主演女優賞を受賞した有名女優。彼女がこの旅で出会い体験した世界が描かれているが、私の過去の記事「命がけの旅」でも触れているので参考に。



あの人の残り香の中で眠る

――宙吊りの夢を

     叶うようにと温めながら

あの人の移り香の中で眠る

――忘れていった夢が

     叶うようにと祈りながら

手帳私は身体障害者である。平成元年2回目の心臓手術を受けるにあたりどうしても必要になった。手術費用は500万円もかかりとても払える金額ではない。そこで利用出来るのが「更生医療制度」国が手術代を負担してくれる有難い制度(今国会で問題になった)。それにはまず障害者の認定を受けなければならない。この時既に一年もたないと言われていた。心不全で歩くのもやっとと言う状態で高田馬場にある医療センターに向かった。当然ドクターストップが掛かっており仕事はしていなかった。センターは人が殆どおらずがらんとして静まり返っていた。その静寂の中を車椅子で検査室へと移動する。レントゲン、心電図、血圧等を計り結果を待って診察室え入る。壮年の先生が笑顔で出迎えた。心臓病に罹った経緯を話した。シャーカステンに映った心臓の白い影を見てドクターが言った「よく此処まで生きてきましたね」大きく肥大した心臓は私の肺を潰し始めていた。そして障害者の認定がおり、手術も無事に終わった。だが、私は障害者である事をひたすら隠し続けていた時代が長くあった。就職する際に非常に都合が悪い、心臓に障害がある事も隠した。そうせざるを得ない状況が背景にあった訳である。見た目には健康そうに見えるが内部障害の1級である。もちろん今はこの恩恵を受けている。電車やバスでお年寄りや不自由な人がいれば席を譲る障害者でもある。
地震察知又も地震、今度は宮城県。さくらんぼを送ってくれた友人が心配だ。地震を察知する動物は色々あると思うが、身近な鳥でペットとして多くの人が飼っているインコ、しっかり地震の前兆を教えてくれる。東京が震度5の地震に襲われた時も察知していた。どのような行動を取るかと言うと、止まり木に片足を上げて止まっているのだ。家は2羽とも同時に片足を上げていた。その数分後ドスンと来たわけだ。何故足を上げるかと言うと地震の前にはエネルギーが発生し電気が走る。鳥はそれが嫌で片足を上げて防いでいるのである。何処かのお役人よりよっぽど役に立つものだ。
終戦60回目の終戦祈念日(記ではない)を迎えた訳だが、政治家は靖国問題に相変わらず捉われている。国外からもその件については毎年同じテーマとして取り扱われ忌まわしい過去の遺物として未来の扉に蓋をしたままだ。過去を忘れろとは言わないが、もっと前向きな発言と行動を取れないのだろうか?太平洋戦争で数百万人の尊い命が散っていったが日本は原爆を2発も落とされ世界中の人々にその無残な姿を晒し、無条件降伏を受け入れ戦争に終止符を打った訳だが、アメリカの傘下に入り植民地と化した日本は平和を手に入れる代わりとして米軍があちこちに居座る形となった。60年を迎え争いもなく此処まで来たことで果たして日本は平和になったと言えるだろうか。戦争放棄した国が自衛隊と称した軍(武器)を持ちつつ、憲法9条を唱えるのには余りにも矛盾過ぎる。日本列島はどう見ても以前中曽根さんが言った通り、アメリカの防波堤に過ぎない。人間は実に愚かで一度持ってしまった武器を捨てるほどの勇気を持たない。国同士が信頼という強い絆で結ばれる日は来ないのだろうか。
ポスター杉田かおるの禁煙ポスターが波紋を呼んでいるが、彼女が結婚しようが離婚しまいがそんな事はどうでもよい。ポスターを作る時のコンセプトが乏しいお役人、彼女を起用したディレクター、コピーライターなど話題の人を取り上げるのはいいが、先が読めていない。もし離婚を想定しての起用だったら素晴らしいが。インパクトは充分で大成功と言っていいだろう。まあどちらにしても話題の豊富な彼女にとってはウハウハだろう。当人この件では何とも思っちゃいない。これでまた名が売れるくらいにふてぶてしい感性の持ち主だから。
毛布人生において最も避けたい事の一つに火災があると思う。私はこの火災に2度も会ってしまった。1度目は東京に出てきたばかりの頃25歳だった。親戚に電話を架けるといきなり「家事で全焼」と言われた。実家が無くなってしまったのだ。これは余りショックではなかった。捨てた故郷だから今更関係ないさ、なんてかっこつけていた。その7年後だった。昭和62年9月30日忘れもしない、悪夢の日。仕事中だった、夕方4時電話が来た。友達からだ、受話器を通して信じられない言葉「神戸さんアパート全焼だって」頭が真っ白になった。何も考えられなかった。自分の存在もないような虚無だ。とにかく帰った。駅に着くと既に焦げ臭い臭いが漂っている。絶望感とはこういうものだ。アパートに近づく毎に臭いは激しくなる、そして余りの静けさで我に返った。ああどうしよう、あの建物には他にも大勢暮らしている筈。その人達は?火元は私の部屋だと言っていた。補償問題とか自分は火災保険なんて入ってないし。混乱の中で私の将来は終わったと思った。建物に近づくとあれ?燃えてない?建物はある、とりあえずほっとした。私の部屋は3階の一番奥その小さな窓が黒く粉を被ったように夕闇の中に浮かんでいた。周りには誰もいない本当に火災があったのか信じられなかったが、3階に上がると消防士と友人二人が待っていた。消防士から説明を受けた。消防車が10台も来たという。自分の部屋だけが暗闇のように真っ黒にゆがんでいた・・・(後半へ続く)