Kと出会って半月あまり
今じゃ遠距離恋愛真っ只中
Kの本心知りません
毎日せっせとメールする
メールが二人をつないでる
会うの会えるの会えないの
このまま会えずに終わるのか
その日が本当に来るのやら
遠距離恋愛
積り積もって
かごの鳥
私が勤める会社は2002年ISO14001を取得した。ISO?聞きなれない言葉であるが、今どの企業、学校、病院、団体などが最もやっきになって取得しようとしている。環境に優しい企業。この認証を取得する事で企業のイメージアップに繋がるからだ。私は環境推進担当者として環境に携わっている。しかし矛盾だらけである事に気がついた。ISOが言っている事をそのまま受け止めると文化を捨て去る事になる。働くな、洞窟で暮らせ。それが最も環境に良い事だから。今、環境はビジネスになっている。大きな金が動く。結局環境を守るのも金なのか?欲の塊だからしょうがない。毎年恒例の「愛は地球を救う」金集めイベント。その金が本当に貧しい人達或いは環境保護に使われていると思っているのだろうか?どの国もお役人、権力者の所で止まっていっるのが現実。本当に飢えている人達には届かない。飢餓がどんな物か知っている?ホワイトバンド?はぁ?そんなもんなんの、まずいマジャになる所だった。ふぅ、落ち着け。私は子供の頃、食う物がなく一ヶ月間あまり食事にありつけなかった時代があった。だが生きる事は執着心だから、本能的に食える物を見つける。私は大きな石ころを転がし、そこに無数の蟻を見つけた。黒蟻はとても食えそうにないが、この赤蟻が私には佃煮に見えた。おー食えそうだ。3匹ほど捕まえて口に入れた。おっ甘い!これはいけると思い何匹も食った。蟻が蜜を持っていたからだ。人の不幸や頑張っている人を見ながら、自宅でビールを飲み感動の涙に浸るのもいいだろう。募金するのもいいだろう。だが、その日一日日本が電気を使わない日に決めた方がよっぽど地球にとっては有難い。人類は地球の愛に甘え過ぎた。地球は偉大だから何時までも優しいがいつかその自転を自ら止めてしまう日が来なければ良いと思っている。
私が登校拒否に陥ったのは、小学二年の時であった。家の近くに蓮正寺という寺があり、そこは子供たちにとっては格好の遊び場であった。小学校に上がる前からよく近所の子供たちと色々な遊びをした思い出の詰まった場所でもある。私は朝学校へ行くふりをして蓮正寺の釣鐘堂に篭ってしまうのである。登校拒否のきっかけは思い出せないが、隣のみとのや自転車の和正君の家で遊んでいた時、父が呼びに来たのである。そして登校拒否が初めて明るみに出た分けである。まあばれてしまったという感じであった。担任の先生は飯塚先生といって母の実家の隣に住んでいた男の先生であった。先生と二人で蓮正寺の釣鐘堂へ行き、自分がここに隠れていた事を告げた。登校拒否という言葉はその時代にはなかったように思う。長期欠席者とでも呼んでいたか或いは問題児か。私の登校拒否は約一ヶ月間続いた記憶がある。後に祖母から聞いたのだが先生の忠告として「この子はこのままだと不良になる」と言われたらしい。そして小三、小四と登校拒否は不定期ながら続くのである。自宅に篭っている時もあれば蓮正寺であったり、学校に続く道の途中にある壊れかけた家の裏側だったりもした。朝になると頭痛がして吐き気を伴い実際に胃液を吐いてしまうのであるが昼過ぎには嘘のように治って後は遊びに夢中になり何処にでもいる普通の子供に戻るのである。身体的症状として現われる時もあればそうでない時もある。学校で苛めに合ったことも登校拒否の要因の一つとして考えられるがやはり貧しい家庭環境に主な要因があったのではないだろうか。白い集金袋にわずかなお金さえ持たせて貰えなかったり、お弁当も持たせて貰えなかったりと辛い思いをしたのは確かである。そんな子供時代の自分を未だに引きずっているのかも知れない。消せに消せない子供時代は強烈に記憶の中にこびりついてしまっているのは事実である。
貴方の笑顔さえ
見付けられない部屋が
私の泣き顔で一杯になる
貴方はもう
驚くこともしないで
煩わし気にうす水色の煙を吐く
貴方の傍らの私は 既に
女ではなくなってしまった
というのに
貴方に抱かれることもない肉体は
それでも哀れに
呼吸を止めない
16歳の秋、私は静岡市内の工芸会社に就職した。仕事の内容は看板書き、ペンキ塗り、舞台装飾など。NHKテレビの「故郷の歌祭り」「中学生日記」等の舞台を作ったりしていた。今で言う裏方みたいなところか。アンルイスが「グッドマイラブ」でデビューしたばかり、「故郷の歌祭り」にゲスト出演した時にサインを貰った。若い10代のアンちゃん可愛かった。今は迫力の姉御だけどね。会社は美装部と木工部に別れ、私は美装部で絵や文字を書いたり、ペンキを塗ったりしていた。ペンキには水性と油性がある。水性は勿論水で薄めるが油性はシンナーで薄める。だからシンナーの一兎缶がごろごろあった。油性ペンキだけは火気厳禁な為、個室になっていた。3畳程のスペースに入るとシンナーの刺激臭で頭がクラクラしてくる。だから息を止めて必要な色の缶を素早く選び部屋を出る。当時付き合っていた友人の一人に暴走族のメンバーがいた。静岡では最大のグループ「中部連合」のメンバー。当時の暴走族は今のような暴走族と違い、彼ら内では(根性?)を競いあっていた。それは赤信号を何処まで突っ切る事が出来るか、その数を争っていた。当然スピードになる。シャコタンで人気があった車はスカジというあのスカイライン、箱型、他にセリカ、バイオレット、GTRなど。シャコタンにすると踏み切りはそもまま真っ直ぐ渡れない、S字で渡る。友人は特攻隊でバイクに乗っていた。その友人が私の職場にシンナーが大量にあるのを見つけてしまい少し分けてくれと言い出した。シンナー遊びが流行っているのは知っていたが全く興味がなく毎日シンナーの臭いにまみれている私には関係ない遊びだと思っていた。友人に押し切られ、オロナミンCの瓶に半分の量を入れた。これだけあれば充分の量。シンナーが手に入らない場合はセメダイン等の接着剤を使う事もあるらしい。シンナーを長い間吸っていると、身体にどの様な影響があるか、最後は廃人である。脳と頭蓋骨の間に隙間が出来てしまうのだ。脳の萎縮が起こるのだ。それが何を意味するか現代の医学なら直ぐ分かる。シンナーよりもっと強烈な化学物質を保有しているのが「トルエン」である。眼、皮膚、気道に刺激を与え、中枢神経を抑制する。長期吸入により、脳萎縮、腎機能が障害される。こんな危険な物とは知らず使っている少年少女が多くいた。ある晩、友人が私の所へチューブ入りの接着剤を持って来た。それにはトルエンが使用されていた。私の前でビニール袋に歯磨き粉を使うように微小の灰色をした粘着物を入れ、口と鼻をビニール袋に突っ込み大きく深呼吸を始めた。呼吸する度に肩が大きく上下する胸が膨らみ顔の表情が変化して行く。虚ろな眼、焦点が合っていない。生きている人間とは思えない。「おーい神戸さんもやれよー、気持ちいいぜー」遠くから友人の声が部屋中に木霊する。意志の弱い、嫌だと言えない自分も気がついたら吸っていた。頭がかすみ、肺の中が機械のようになった。吐き出す息はあのシンナーの部屋だった。その時一台のバイクがやって来て別の友人が訪れた。部屋に入るなり「くっせー、何やってる」殴られて倒れた自分は人間ではなかった。
私の記事最恐心霊写真はかなり怖いが内容が良かったので安心したが、この話は背筋が凍った。今から28年前の話である。私が20歳の時付き合っていた17歳の少女が借りている平屋建ての木造アパートは、5m程の幅がある砂利道を挟んで両側に5棟並んでおり全部で10棟で出来ていた。ちょっとした長屋のような感じである。砂利はそれ程細かい物ではなく割りと大粒だった。砂利道を歩くとあの「ジャリッジャリ」という独特の音がする。誰かが来れば直ぐに分かるので用心に丁度良かった。彼女は右側の二番目の棟を母親と二人で借りて住んでいた。母親は40歳とまだ若いがここ最近身体がだるく調子を崩し始めていた。そんな時に私と彼女が出会い母親に紹介する為、夜10時頃二人で家にお邪魔した。私が書いたラブレターを母親に見せる彼女、「貴女の気持ちが自己犠牲の上に成り立って」などと偉そうな分かった風な青臭い内容の手紙だったと思う。それがどうやら彼女と母親に通じたようで、二人の仲を認めて貰い、いずれ結婚まで約束し早速二人だけで暮らしを始めようなどと今思えば無茶な話であった。そんな話で盛り上がり、気が付くと時計は午前0時を回っていた。その時母親が「あれ由美ちゃん今夜は来ないね?」と娘に話かけた。「うん?何の事?」当然私は切り替えした。そして彼女の口から恐ろしい話が聞かれたのである。このアパートに越して来たのは一ヶ月前でつい最近であった。最初は何も気にしていなかったのだがどうも様子がおかしいと気づいたのは半月も経ってからだった。大体時間は決まっていた。午前0時を迎える頃になると足音が聞こえて来るのだ。遠くから聞こえて来るあの「ジャリジャリジャリ」しっかりと正確に刻まれる足音はどうも男性の革靴の様に聞こえるらしい。その足音が自分の家の玄関の前でピタッと止まるのだと言う。最初は当然誰かが尋ねて来たと思い、玄関を開けるがそこに人影らしきものはない。そのような状態が毎晩続くと言う。そして母親の身体に異変が訪れてしまったのである。その足音が止まると肩が急に重くなるのだと言う。そして母親はとうとう入院してしまった。彼女が一人の時もやはり同じ状況になると言う。そして今夜0時を回ったが何も起きない。私は非常に興味が湧き、3時頃までいたが何も起こらなかったので家に帰った。私のアパートは新丸子のうらぶれた旅館の一室を借りて住んでいた。そこが二人の出発点になるとも知らずに。彼女と別れる時、国道1号線の片隅で轟々と排気音を撒き散らすトラックに気を取られながら熱い口づけを交わした。次の日彼女と何時もの喫茶店で待ち合わせた。彼女は桜田淳子によく似ていた。ポニーテールの似合うちょっと大人びた17歳だった。そして昨夜の続きがあったのだ。私が帰ったその後足音がやって来たと言う。さすがに信じられなかった。私はカメラを用意し今度は泊まり込んだが何も起きなかった。一体どうなっているのだろう?女性だけになると現れるその男の霊?について他の家や大家からは何も聞かされていなかった。ただその棟だけが頻繁に家主が変わっていた。そして更に今度は玄関の前で止まった足音が裏側に回りだしたのである。外で「チン」を飼っていたので、その時犬が「ウーッ」と低く吼えるそうだ。彼女まで体調を崩し始めたのでさすがに困り果て「御祓い」を依頼した。その結果分かった事は、この家に昔住んでいた若い男性の霊で安倍川で入水自殺をしていると言う。そしてこの家は俺の家だから皆出て行けと言っていると言う。何故男性が居ると現れないかと言うとどうも気が小さい性格で女性が相手だと出てくるようだ。多分女性に恨みを抱いて自殺した地縛霊だと思う。
暗いばかりで何もない夜
死んだように眠る貴方のとなりで
私の不眠症はひどくなる
暗いばかりで何もない夜
目を凝らす私のとなりで
貴方は思い出して寝返りを打つ
暗いばかりで何もない夜
私の愛はコンクリートの中で
息をひそめて朝を待っている


