人生において最も避けたい事の一つに火災があると思う。私はこの火災に2度も会ってしまった。1度目は東京に出てきたばかりの頃25歳だった。親戚に電話を架けるといきなり「家事で全焼」と言われた。実家が無くなってしまったのだ。これは余りショックではなかった。捨てた故郷だから今更関係ないさ、なんてかっこつけていた。その7年後だった。昭和62年9月30日忘れもしない、悪夢の日。仕事中だった、夕方4時電話が来た。友達からだ、受話器を通して信じられない言葉「神戸さんアパート全焼だって」頭が真っ白になった。何も考えられなかった。自分の存在もないような虚無だ。とにかく帰った。駅に着くと既に焦げ臭い臭いが漂っている。絶望感とはこういうものだ。アパートに近づく毎に臭いは激しくなる、そして余りの静けさで我に返った。ああどうしよう、あの建物には他にも大勢暮らしている筈。その人達は?火元は私の部屋だと言っていた。補償問題とか自分は火災保険なんて入ってないし。混乱の中で私の将来は終わったと思った。建物に近づくとあれ?燃えてない?建物はある、とりあえずほっとした。私の部屋は3階の一番奥その小さな窓が黒く粉を被ったように夕闇の中に浮かんでいた。周りには誰もいない本当に火災があったのか信じられなかったが、3階に上がると消防士と友人二人が待っていた。消防士から説明を受けた。消防車が10台も来たという。自分の部屋だけが暗闇のように真っ黒にゆがんでいた・・・(後半へ続く)
人生において最も避けたい事の一つに火災があると思う。私はこの火災に2度も会ってしまった。1度目は東京に出てきたばかりの頃25歳だった。親戚に電話を架けるといきなり「家事で全焼」と言われた。実家が無くなってしまったのだ。これは余りショックではなかった。捨てた故郷だから今更関係ないさ、なんてかっこつけていた。その7年後だった。昭和62年9月30日忘れもしない、悪夢の日。仕事中だった、夕方4時電話が来た。友達からだ、受話器を通して信じられない言葉「神戸さんアパート全焼だって」頭が真っ白になった。何も考えられなかった。自分の存在もないような虚無だ。とにかく帰った。駅に着くと既に焦げ臭い臭いが漂っている。絶望感とはこういうものだ。アパートに近づく毎に臭いは激しくなる、そして余りの静けさで我に返った。ああどうしよう、あの建物には他にも大勢暮らしている筈。その人達は?火元は私の部屋だと言っていた。補償問題とか自分は火災保険なんて入ってないし。混乱の中で私の将来は終わったと思った。建物に近づくとあれ?燃えてない?建物はある、とりあえずほっとした。私の部屋は3階の一番奥その小さな窓が黒く粉を被ったように夕闇の中に浮かんでいた。周りには誰もいない本当に火災があったのか信じられなかったが、3階に上がると消防士と友人二人が待っていた。消防士から説明を受けた。消防車が10台も来たという。自分の部屋だけが暗闇のように真っ黒にゆがんでいた・・・(後半へ続く)