プールサイドの人魚姫 -145ページ目

プールサイドの人魚姫

うつ病回復のきっかけとなった詩集出版、うつ病、不登校、いじめ、引きこもり、虐待などを経験した著者が
迷える人達に心のメッセージを贈る、言葉のかけらを拾い集めてください。

クラブ宮里藍が男子ツアーに参戦するという。問題は飛距離だろう。男子のパワーについて行けるだろうかと不安になる。が、否そんなものは関係ない、彼女の一打には魂がこもっている。球は弾丸のように風に乗り、男どもの球など蹴散らし大空を舞うだろう。私が初めてゴルフクラブを見、手にしたのは4歳の時、もちろんゴルフなんてものが一般に普及する遙か昔のお話である。私の家は昔「合羽屋」とい骨董屋を営んでり、色んな物がどっさりあった。家宝は徳川家康が履いた「草履」だったが、アル中の父が酒代に換えてしまった。国宝級のお宝が腐るほどあったが、全部泡の如く消えた。部屋の片隅にあった傘立てに無造作に並んだクラブの数。その中で一際輝いていたのがパターだった。多分誰かがゴルフをやったんだと思うが、私の記憶にはない。錆びた栄光よりも藍ちゃんの伸び伸びとしたプレーの方がよほど輝いて見える。
小泉いよいよ郵政民営化実現?日本の将来は絶望である。先が見えなかったのは役人だけじゃなく国民も同じだった、残念!そもそも民営化する必要などなかった。国鉄は線路だから問題なし。だが郵便は違うだろう。郵政が抱えている貯蓄400兆。入るものはよい。問題は出口である。出先が「法人」これはまずい。法人って何?使い道が大きく間違っている。民営化に踏み切らざるを得なくなった背景にはアメリカが大きく関与している。何故十数回もアメリカのお役人とあって綿密な話をするわけ?問題はそこだ。橋本首相の時代にまで遡る。アメリカの外貨日本は300兆持っている。これを手放せばアメリカのモール街がテロにあう状態・・・。もうお分かりでしょうね。小泉さん9月が任期、その後は知らん振り?火を点けといて後は高見の見物?はぁ?さて誰が不幸のつけを引き受けるのでしょうか?
講演私が昨年9月に所属した団体で、国内では最も古く(1965年発足)心臓病専門の活動団体である。私は子どもではないので心友会(組織内)会員である。15歳を過ぎるとそのまま団体に残れば心友会員となる。心臓病のことなら何でも情報が入るし、各支部があり、それぞれにセミナーなどを開き活動をしている。今日、支部総会と医療相談会が江東区西大島「総合区民センター」で開かれた。講師は「榊原記念病院小児科」の藁谷 理先生にお越し頂き、様々なアドバイス、疑問点などに応えて頂いた。講演内容は「手術後に日常生活で気を付けたいこと」集まった方は皆女性(母親)で私かなり浮いておりました。私からも質問を先生にぶつけて見ました。「人を傷つけて喜ばれる職業」それが外科医。傷つけるだけでなくその後の管理、術前のフォローが完璧に出来てこそが医者と言えるのではないだろうか。人工弁の耐久年数位は即答できるよう把握しておく必要があるだろう。
地震丁度一年前、新潟中越地方を巨大地震が襲った。夕方だった、「もしもし母さん・・・」義母と電話で会話中受話器の向こうから大きな揺れと共に悲鳴が聞こえた。プッツリ切れたままの電話。いくら掛けても繋がらない、どうしたんだろう?「地震!」と一言告げたままだったのでテレビをつけてみると白い字幕が流れていた。家内の田舎は柏崎、義母の実家は新潟県小千谷市。地震の真下だった。連絡が取れないので非常に心配になった。詩集の出版も決まり出版社と打ち合わせ中だったのだが、この地震によってかなり動揺した。一昼夜を車の中で過ごした義父母、その恐怖と不安に戦く市民。震源がはっきりし、徐々に明らかになっていく被害状況。阪神淡路以来の巨大地震だった。新潟は雪が最も多く降り積もる雪国。県民には普段から身についているものがある。それが今回の地震ではっきりした。まさに忍耐力である。日本人が最も誇るべき力、美学。腰の低さ、そして謙虚な態度。これぞまさに日本人が忘れかけている原点があったのだ。
遊戯王小学生の間で大人気のカードバトルゲーム。イラストが非常に細かく描かれており、美しい。カードにはそれぞれ名前や特長があり、攻撃型、防御、魔法、罠など多彩。そのルーツを辿って見ると子どもの頃夢中になった「ペッタン(静岡でこう呼んでいた)」だろう。鉄人28号やエイトマン、エノケンなんて懐かしい名前を思い出す。新品は扱いづらく、使い込むほど柔らかくなり強くなって行く。無理矢理手で揉んだりした。養護学校時代はテーブルの上で「ダッシー」なんていう遊びをやった。男子の遊びで女子は参加しない。至る所で見かけるこのカードゲーム、結構頭を使うらしい。一時ゲーム脳なんて言葉が世間を騒がせたが、何でも環境のせいにしたがる大人。悪い環境を作ったのは大人だろうが。自分もまともに管理できないのに、子どもを管理出来る訳がない。大切なのは子どもの気持ちになることだ。
掃除機時々この世から消えたいと思う時がある。別に死にたいと言う訳ではなく消えたいだけ。空気中に浮遊する塵、埃、ゴミの気持ちになって掃除機に吸い込まれたらどんなに気持ち良いだろうと。実際にやってみたことがある、画像のようにとまではいかなかったがこれ結構いけるかも。ダイエットにひょっとすると効果ありえねー。
傷20代の頃はこの傷を見られるのが嫌で海水浴やプールにも行けなかった。同じような傷を抱えた人たちが大勢集まっている「全国心臓病の子どもを守る会」に入り、子ども時代の自分が蘇えった。よく此処まで生きて来られたものである。現在執筆中の『届かなかった僕の歌』でその全貌は明らかになるが、出版へとこぎ付けるだろうか?日本で生まれ、育ちながらも父親から「朝鮮人」と馬鹿にされてきた。プライドの高かった父、いや400年以上も続く旧家が受け入れてくれなかったのである。伯父さんが何故私を「帰化」したか今頃になってやっと気が付いた。私は14代目だからだ。2回目の手術で人口弁(SJM弁)が入り毎日時計の秒針のような「チッチッ」と音を立てている。執刀医が言った「気にしないで下さいね」この音はエレベーターや風呂場等では良く聞こえるが、私にとっては命の音である。
スーツケース毎日鞄の中にしまっておくのがこのスーツケース。名刺入れと電卓が入ってます。私は像のような巨人ではありません。スーツケースを見ると母を想い出す。階段を降りて行った時、大きなスーツケースを持っていた。私はいつものように歌を唄って見送った。それっきり帰って来なかった母。私が3歳の時である。その面影だけしか母については記憶に残っていない。もし『届かなかった僕の歌』がベストセラーになったら、その印税で私は母の墓を建てようと思っている。韓国にも行き、祖父の故郷をこの足で踏みしめて来ようと思っている。「届かなかった僕の歌」がいつか貴方に届く日が必ず来ると信じている。
kikku子どもの頃、よくプロレスを見た。「力道山」が全盛だった時代。日本中がプロレスブームだった。馬場や猪木はまだ付き人だった。豊登、遠藤幸吉、吉村道明、覆面レスラーのデストロイヤーの「4の字固め」は痛そうだった。噛み付きブラッシーや鉄人ルーテーズ。力道山が村田勝志に刺された事件は印象的だったが、府中刑務所で父はその住吉会系暴力団組長の村田勝志と同部屋だった。報道されている話と刺した本人が言う事は全く違っていた。酒癖の悪かった力道山。あれは正当防衛だった。力道山が作ったプロレス、今や収集がつかないほど様々な団体があり過ぎる。同じ格闘技ではあるが『プロレス』は芝居である。本気を出す訳にはいかない。ここに紹介している画像の選手は新日本キックボクシング協会、冶政館ジム江戸川支部でトレーニング中だったエース「加藤光将さん」次回も取材の許可を貰っているので動画で紹介しようと思う。