プールサイドの人魚姫 -124ページ目

プールサイドの人魚姫

うつ病回復のきっかけとなった詩集出版、うつ病、不登校、いじめ、引きこもり、虐待などを経験した著者が
迷える人達に心のメッセージを贈る、言葉のかけらを拾い集めてください。

姉歯耐震強度偽装問題、ライブドア問題、米国産牛肉問題、東横インと立て続けに大きな暗いニュースが起こった。これらに共通しているのは人を騙すという最も卑劣な行為。ニュースの性質上、マスコミは旬な記事を流す。わずか24時間の間にも多くのニュースが発生し濁流のごとく我々の目の前を通過して行く。時間が経てば経つほど人々の脳裏から薄れて行ってしまう。2月に入り、ぽっと咲いた花のようなニュースそう、紀子様ご懐妊。このニュースで笑顔を取り戻し、そして始まったトリノオリンピック。その影で一番喜んでいる人物、姉歯元建築士、ヒューザー小嶋社長。偽装計画のシナリオはもしばれてしまった時の事まで想定して作ってある。ここがホリエモンとの違いで年長者の悪知恵がまさった結果だろう。現在どの建物を見ても疑心暗鬼になっているので疑いの眼差しで見てしまう。信頼回復は遙か彼方で手が届かない。
美姫息子がチョコレートを貰って帰って来たので早速頂戴しようと思ったらあっと言う間に腹の中だった。あーバレンタインの灯は冬季オリンピックの聖火のように燃え続けてはくれない。オリンピックと言えば開会式と閉会式が一番楽しい。それを気管支炎で体調を崩していた為、見損なってしまった。一番気になるのはどこの国でもそうだろうが、メダルが幾つ取れるか。選手たちも当然メダルが欲しいだろう。しかしあまりメダルに固執すると自分本来の力を発揮しないまま終わってしまう可能性もある。オリンピックはスポーツの祭典だから楽しむのが一番。競技が終わったら首にメダルが光っていたくらいの気持ちで臨むのが丁度良いのかもしれない。ジャンプ競技に女性選手がいないのはどうしてだろう。誰か知っていたら教えて。
吸入しつこい咳に悩まされること約2週間。もっと早く病院にかかっていればこんなに長引く事もなかったのかも知れないが、心臓病を患っていると薬も一般の人と同じようにはいかない。出来るだけ効力の弱い薬が処方される。アスピリンなんてとんでもない。絶対使ってはいけない薬物。暫く飲み薬で様子をみていたが、一向によくならない。家に子ども達が使った喘息用の吸入器があったので塩水で吸入しようと思ったが、雑菌が入ったらそれこそ悪化すると止められた。一人住いだったらやっていたかも知れない。薬が切れてから再度病院へ行き、最終兵器とも言えそうな、喘息用エアゾール剤を処方してもらった。生まれて初めて使う薬。心臓に負担がかかり使い過ぎると危険だという事は知っていた。経験してみなければどんな物か分からないし、心臓がどうなるのかも興味があった。思いっきり吸入してみると・・・暫くして心臓が爆発しそうになり咳は止まったものの眠るどころではなくなった。だが、心臓の乱れには慣れていたので、至って冷静だった。暫くPCに触れないでいたのでブログが気になっていた。久し振りにメールをチェックすると凄い数のコメント通知のメール。そして多くの人が心配してくれている事を確認。その時初めて気がついた。「ブログは一つの街」大勢の色んな人たちが住み暮らしている。これは仮想空間でもネット世界でもなく、現実と同じ、喜び、悲しみ、苦しみ、悩み、そして心が通じ合う場所。距離など関係ない生きている、育っている大木のような大きな街なんだと。
気管支炎が中々良くなる兆しをみせず、昨夜も咳で殆ど眠れず気分も沈み気味で元気がありません。ブログ更新が少しの間出来ないかもしれません。皆様申し訳ありませんが、少し時間を下さい。
ドザエモン中々口を開かない堀江容疑者、調書がとれず取調官をてこずらせているようだ。この期に及んでまだしらをきる。認めたくないのは分かるが、全部吐き出せばすっきりするだろうに。だが、喋られては困る人たちが大勢いるのも事実で、喋るに喋れない状態なんだろうと思う。拘置所にいる間は安全かもしれないが、一歩外に出れば命を狙われる危険性はあるだろう。口封じの為逮捕前から命を狙われていたからだ。堀江氏が東京湾の埠頭でドザエモンになって浮いていたなんて記事はしゃれにならない。企業は冷酷で自社の利益に不当と判断するやいなや離れて行く。企業同士の結びつきは利益のみだから、人情などというものは存在しない。堀江氏が人間味溢れる熱血実業家だったら救いの手を差し伸べる者もいるかもしれないが、今後の彼の生き方はタレント業くらいのものだろう。芸能人にも前科者は大勢いる。
藍女子トップゴルファーを目指す宮里藍選手が不調で思うようにスコアが伸びず悩んでいる様子。その反対に諸見里選手は上位に浮上。私はゴルフの経験がない為詳しい事は分からない。その日の風や気候に左右される屋外のスポーツでは自分の予想外の事も発生するだろうし、自然との闘いでもあると言える。スランプに陥ると、そう簡単に抜け出せるものではないが、不調な時こそ自分を見つめ直す良いチャンスとも言えるだろう。どんなスポーツにしろスランプは来るし、調子の悪い自分を発見し良い時と比べてみてフォームを変えてみたり、スイングの微調整などを繰り返し徐々にスーパーショットを打てた時の自分を取り戻すのだ。これはスポーツに限った事でなく長い人生において誰しも体験するスランプや挫折感に似ていると思う。聳え立つ大きな壁に突き当たった時どうしてもそれを乗り越えなければ先に進めない事はあるだろう。方向転換するもよし、後ず去りするもよし。だが壁はよじ登ってこそ越えられるもの。大切なのはよじ登る行為である。転落したって構わない、それを恐れずチャレンジする事ではないだろうか。
人間の身体の中で唯一脳に支配されていない臓器は心臓だろう。脳死の状態でも心臓が動いていることで説明がつく。心臓は至って単純な臓器で筋肉の塊。心臓の洞結節という部分から電気信号を心臓の細胞に送り、拍動を繰り返す。1日約10万回。全身に新鮮な血液を送るのである。ところが不整脈などでこの信号が正しく送る事が出来なくなると正常な状態を保てなくなる。心臓は自分の使命をまっとうする為、懸命に拍動を繰り返す。それを放置しておくと心臓はやがて風船のように肥大しいづれは破裂する。脈のリズムを正常に保つ為によく使われるのがペースメーカー。これは電池で動いているため電池交換をしなくてはならない。携帯電話などに敏感に反応し著しく誤作動を起こし、あやうく命を落としそうになった方もいるかも知れない。心臓病を大きく大別すると二つ、先天性か後天性。私は後天性で僧坊弁閉鎖不全症。小4の時この病に冒されたが、家が貧しかったので病院にかかったのは小6の時。数回死に損なった後、19歳で最初の手術。2回目は結婚と同時、最後の選択弁置換だった。そして一緒にもらったのが身体障害者手帳1級。煙草をくゆらす不良障害者だ。

蛍 重い瞼を開けると、靄のかかったような朝が見えてきた。ベッドの傍らには父が椅子に座って居眠りをしていた。午前5時を少し回っていたが、冬の外は星が置き去りにされたまま慌てて光っていた。
 カーテンの隙間から漸く覗いた朝焼けは、大きな欠伸と共にやってくる。約六畳ほどの個室にはベッドが二つ並んでおり、もう一つは次の客を待ちわびるようにマットだけが淋しげだった。
「こんこん」とドアをノックする音が聞こえる。体温計を片手に看護婦が声を掛けた。
「泉君どう、昨夜は眠れたかな」
柔らかく温かな手が僕の身体に触れる。血の気を失った手や顔は、薄暗い部屋の空気で、より一層蒼白く輝いていた。
 ベッドの横には、昨夜の残りをぶら下げた点滴瓶が、そのまま中に浮いている。
「看護婦さん、今日も点滴するの?」
「そうだね、泉君まだ常食無理でしょ」
三日前に救急車で夜遅く運ばれた僕は、干からびたミイラだったし、看護婦さんの言葉は当然だったかも知れない。
「あぁあ、また一日縛られたままか…」
「もう少しだから、頑張れ」
トイレにさえ自由に行けない身体を、看護婦さんが優しく微笑みでなだめてくれる。
 看護婦が出て行った後になって漸く目覚めた父の顔は、二日酔いで少し疲れているようだった。
「満生、よく眠れたか?」
「僕は大丈夫、父ちゃんこそ眠れたの?」
昨夜の父はかなり泥酔状態で、足元もおぼつかず部屋に来るなり、空いたベッドに横になっていて、一体どちらが病人なのか分からなかった。半分食べ残した朝食を、父がきれいに平らげる。二日酔いのくせによく食べられるものだと、感心しながら見詰めていた。
 病院は朝から忙しく、検査の連続だった。
「看護婦さん、今日は何の検査するの?」
車椅子を押しながら、若い看護婦が言った。
「今日はね、心電図かな」
「ふーん、それって痛い?」
「ううん、痛くなんかないよ」
それを聞いて少し安心し、車椅子の居心地を楽しんでいた。
 検査を終え、部屋に戻ると父の姿はなく、開けたままの窓から冬の冷たい空気が、色を変えながら流れ込んでいた。この3日間、様々な検査を受けて来たが、正式な病名は知らされていなかった。
 入院から一ヶ月が過ぎた頃、東京から一人の医者がやって来た。「榊原仟」、東京女子医大の心臓外科医だった。その先生がどんな医者なのか僕は知らなかったし、医者が誰であろうと関係なく、病気を治してくれるのであれば誰でもよかった。
「日本で最も腕の良い名医と呼ばれる先生に診て貰えるのは、とってもあり難いことなんだぞ」と、父が枕元で囁いた。
「あれ?どこ行ってたの…」
「父ちゃんも忙しいからな」
急に居なくなったり、突然現れたりする父の行動が、とても不思議だった。
 榊原先生が下した診断に誰もが息を呑んでいた。
「本人には伝えない方がいいでしょう…」
主治医と看護婦たちの前で、僕の病気について説明がなされていた。
「拡張型心筋症」原因不明の不治の病だった。現代の医学では手の施しようがなく、運を天に任せるしかなかった。
 窓辺から覗く冬の夜空を見上げながら呟いた。
「父ちゃん、見てほら、まるで蛍だね」
夏になると必ず捕まえてきてくれた、父のプレゼント。源氏蛍を想い出していた。
「満生、欲しいか?」
「うん?父ちゃん今、冬だよ蛍なんかいる訳ないじゃん」
馬鹿げた話をするものだと思っていた。
 その夜はとても冷え切って、この冬一番の寒さだった。看護婦が深夜の巡回を終える。ナースセンターには、心電図モニターの光が同じリズムを刻んでいた。枕元の異変に気が付き、そっと瞼を開けてみると、小さな虫籠の中で数匹の蛍が淡い緑色を放っていた。
 僕は夢だと思った。
「えっ?まさか…」
何度も眼を擦り、確認してみたが確かにそれは紛れもなく蛍だった。姿は見えなくてもその光輝く存在は、明らかに夏の風物。
 見上げると父が立っており、微笑みと陽炎のような光が父を包んでいた。
「父ちゃん?…」
「満生、お別れだ。父ちゃんもう行かなくちゃならん」
「え?どこへ行くの…」
「最後のプレゼントだよ、その蛍は永遠に輝き続ける」
「父ちゃん…」
虫籠の蛍が一際輝きを増し、部屋中が緑色の帯となって満生を包み始めた。煌めきの中で父の姿だけが薄れて行く。満生の顔が徐々に赤味を帯びてきた。
 朝の早い検温が始まり、看護婦の声で眼が覚めた。
「あれ?看護婦さん父ちゃん知らない?」
「お父さん?そうか、まだ知らされてなかったのね…」
「昨夜いたんだけど…」
「お父さんね、満生君が入院した3日前に交通事故で…」
「……」
「あら、珍しいこの時季に蛍?」
ベッドの傍らに数匹の蛍が死んでいた。
 数日後、ナースセンターは満生の心臓が蘇えった話で持ちきりだった。
「それにしても不思議よね」
「蛍もすごいけど、満生君の心臓が治ったなんて」
冬の夜空を彩る蛍が、満生に優しく微笑んでいた。

きみまろ毒舌漫談でお馴染みの綾小路きみまろ、CDが150万枚のセールスを記録したとか。彼は売れない時期がかなり長くあり芸人の中でも相当苦労した一人だと思う。そのせいで禿になったとか。彼の場合カミングアウトしたので随分気が楽になったのではないだろうか。姉歯も告白すればいいのにと思う。政治家にも別な意味で告白して貰いたい人は大勢いる。談合大国日本の政治家との癒着は根っこを絶たないと直ぐに新しい芽が育ってしまうだろう。談合が当たり前の経済事情は見て見ぬ振りする苛めを容認する教育現場と同じだ。あれ話が全く違う方向に行ってしまった。きみまろとペヨンジュン似てないですね。ただ共通点はある。それは笑顔、ヨン様スマイルで女性ファンはうっとり、きみまろの漫談で大笑い。笑うという行為は非常に大切で時には病気まで吹き飛ばす力があり、嫌な事を忘れさせてくれるエネルギーとなる。腹を抱えて笑える事が少ない昨今、お笑い芸人の役割はこんな荒んだ事件が多い中だからこそ貴重な存在とも言える。ヨン様に癒された女性も多くいる筈。二人ともスタイルは違えど根底では深く結びついているのではないだろうか。(無理があったかな)
内科辛い咳に耐えられず、漸く重い腰をあげ近くの内科へ行ってみた。その医院は近所でも評判の良い病院という事で、いつも行くクリニックは止めた。病院という物は行ってそこの医者にかかって見なければ良いか悪いか判断出来ない。自分が住んでいる地域に数件しかないとなれば別だが例え風邪だったとしても、場合によっては別の病気が見つかる可能性がある。それを見抜くだけの器量を持っている医者が名医と呼ばれる。心臓病で過去に手術歴があり弁置換をやっているというだけで、殆どの町医者は腫れ物に触るような態度で接してくる。ワーファリンを飲んでいるため、へたな薬は処方出来ない。万が一を考えて最も安全な薬しか処方しない。つまり効き目が弱い小児向けの薬という事になる。循環器の主治医でさえ「風邪薬を欲しい」と催促すると「気休め程度にしかなりませんよ」と言って殆ど効かない薬をくれる。こちらとしては飲まないより増しかなと殆ど頼りにもせず飲んでみるが、病気は精神的な部分が大きく関わっているのでそれこそ塩を万病の薬だと名医に言われて飲んだところ癌が治ったなどと言う話さえあるくらい気持ちの持ち方で病気は乗り越えられることはよくある。病院を選ぶ時の注意点として看板があるが、あまり目立つ看板を掲げている病院は避けた方が懸命かも知れない。何故なら営利主体の病院で患者数を増やすことだけを考えていると思われるからだ。