プールサイドの人魚姫

プールサイドの人魚姫

うつ病回復のきっかけとなった詩集出版、うつ病、不登校、いじめ、引きこもり、虐待などを経験した著者が
迷える人達に心のメッセージを贈る、言葉のかけらを拾い集めてください。

詩集 天国の地図/神戸 俊樹
¥1,260


長い闘病生活を余儀なくされてきた著者が、生きる糧とした詩作。

魂の叫びの集大成!


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クロスフィルターで幻想的な光を捉えた水栓柱

クロスフィルターで幻想的な水滴を捉えた写真

クロスフィルターで幻想的に輝く水栓柱

クロスフィルターで幻想的な光を捉えた水栓柱

 

 

 この4枚のスナップ写真は昨年10月、浜離宮恩賜庭園へ秋桜を撮りに行った時のもの。クロスフィルターを購入して初めての撮影。庭園入口の直ぐ近くにある長椅子に腰掛け、コンビニで買ったオニギリを一つを頬張りながら「米の値上がりでオニギリも高くなった…」と心で愚痴を零しつつ、フィルターをタムロン70-300mmに装着。フィルターの説明に「イルミネーションの撮影に向いている」とあったので、夜景の撮影に使用するものだと思っていたため、日中の撮影ではさほど期待していなかったのだが、ファインダーを覗いて唖然とした。「ええ?何、この世界!」良い意味で期待を大きく裏切る結果に心が踊った。
 長椅子の直ぐ近くにあった水飲み場(水栓柱)がクロスフィルターを通して別世界の景観に大きく変化した。普段ならこの当たり前な水飲み場をカメラに収める事など考えもしないのだが、取り敢えずレンズを向けてみただけの事であった。そこにタイミングよく観光客の一人が手を洗い始めたのである。一枚目はピントも合って手と水栓柱も良く写っていると思うが、縦構図の方はかなり慌てて撮ったため、手ブレが激しくピントがボケ気味だが却ってそれがより一層、幻想的な光の世界を表現しているようにも思える。手指から零れ落ちる水滴に太陽の光が反射して、それはまるでキラキラ輝く銀色の宝石、或いは夜空に輝く星のようにも見えて来る。
 神秘的な宇宙空間をキリトル事が出来て、この日は帰宅後も気分よく「買って良かった!」と満足感に浸った。このフィルターの存在、実は8月の花火大会で出会ったカメラマンが教えてくれたものである。14mmなどの超広角レンズを使って夜景を撮るのが好きな私だが、絞り羽根の枚数によって光条の本数が変化するのだが、奇数枚(7、9枚)だと2倍の光条が出る。Nikonのレンズは9枚が多いので18本も光条が出てそれが若干うるさく感じてしまう。そんな時にクロスフィルターNo8を使うと8本の光条になる仕組み。フィルターを回転させる事で角度も変えられる事も分かった。但し、デメリットも当然ある訳で、通常のレンズの前に一枚ガラス挟むので画質の低下、描写がソフト傾向、光の乱反射、ゴースト、フレアの発生など。そして14mmなどの超広角レンズの場合ケラレが発生する。絞り過ぎると光条の線が途切れてしまう事などとかなりの範囲に上るのだが、それらを上手く調整しながら使用すれば撮影の幅が広がり、楽しい撮影ライフを送る事だ出来るようになるだろう。

紅葉したモミジの葉、青い背景

九品仏浄真寺の紅葉したモミジ

九品仏浄真寺の紅葉と木漏れ日

紅葉したモミジの葉、幻想的な光

九品仏浄真寺の紅葉、赤く染まる葉

 

 昨年の12月初旬、都内の紅葉スポットで最も人気の高い『九品仏浄真寺』へ出掛けた。初めてこの寺院に訪れたのは2021年12月9日なので今回で5回目となる。5年前と言えば世間はコロナ禍真っ只中で緊急事態宣言が出ていたため、東京はまるでゴーストタウンのようだった。人影はおろか車の走る姿も疎らだった。あれから早いもので5年の歳月が流れ、コロナを忘れてしまうほどの人の波が押し寄せ観光地は賑わっている。但し、コロナが無くなった訳ではない。現在も尚コロナは型を変えて人の命を奪っている。マスク着用や手指の消毒など、万全の心構えで日常を過ごして行きたいと思う。
 さて、今回のもみじ狩り、九品仏浄真寺については過去に何度も書き綴って来たので特筆すべき点は見当たらないのだけれど、やはり寺院特有の静寂が佇む中にあって、都会の喧騒を打ち消すかのような日常が足を一歩踏み入れただけで非日常の異空間へと吸い込まれてしまう。そんな景観をカメラに収めようと、夢中でシャッターを切ったのだが…。
 あまりに夢中になり過ぎてその場を離れる際、足元が疎かになりまたもや転倒!しかも思いっ切り派手に転んでしまった。転ぶ瞬間、右手のカメラに視線が行く。カメラ大丈夫?と確認し、自分の身体は後回し…。周囲には結構人がおり、かなり恥ずかしい思いをしたが、何事もなかったかのようにその場からスクッと立ち上がり別の場所へ移動しながら撮影を続けた。派手に転んだ割には何処も怪我した様子もなく、膝の辺りに少しの痛みが残った程度。血液サラサラの薬を服用しているため酷い内出血を起こすかと思ったがそれもなかった。
 風景や夜景を撮る時は転倒する事は殆どないのだけれど、一番気を付けなければ行けないのは三脚にカメラを固定した状態で撮影場所を移動する時だ。夜景の場合、周りの街灯などがあれば足元さえしっかり見て歩けば転ぶような事態に遭遇しないのだが、真っ暗な場所や階段昇降時は最も注意が必要となる。数年前、階段を降りる時に滑ってしまい全治2ヶ月の大怪我を負った時は激痛で歩く事もままならない状態だった。その怪我の傷跡が今も右足に残っている。右足の脛の部分が一皮剥けてしまい火傷を負った時のようになり、怪我をする前の状態にはもう戻ってくれないようだ。カメラも勿論大切だが自分の身体を労る事を忘れてはいけない。自分が動けなくなったら大好きな撮影も出来なくなってしまう。カメラは壊れたらまた買えばよいが、命は買い替える事は出来ないのだから大切にしましょうね。

2026年賀状 縁起の良い馬のイラスト

神田明神、夜の初詣参拝列

神田明神の夜景、赤と緑の建物

神田明神の夜景:初詣の参拝者

神田明神の提灯と参拝客

神田明神の提灯と夜景

 

 

 皆様、新年明けましておめでとうございます。今年一年が皆様にとって穏やかでより良い年になりますよう心よりお祈り申し上げます。そしてまたスローなマイペース更新の当ブログにお付き合い頂き誠に感謝の極みです。本年もこののんびりブログと私をどうぞ宜しくお願い致します。
 さて、昨年一年を顧みれば歯のトラブルはあったものの、ブログでもお知らせした通り2024年4月に心不全による緊急入院を最後にしてそれ以降は0と言う私にとってみれば奇跡のような1年であった。自分の入院履歴を過去に遡り振り返ってみると今から18年前の2008年1月が記憶に残っている。この時の診療科は心臓血管外科であった。三尖弁逆流の手術についての可能性を調べる検査入院だった。この入院が切っ掛けで循環器内科へとバトンタッチ。カテーテル検査などもあったため、2週間ほどの入院になったとおぼろげながら記憶しいている。三尖弁に対するオペは可能ではあるものの、成功率は五分五分でしかも術後の生存率があまり芳しくないとの事。
 そんな絶望に近い状況だったため手術は諦め、もう暫く薬の投与で経過観察と判断した。そして2008年6月、あの『秋葉原通り魔事件』のあった日、不安定狭心症(心筋梗塞一歩手前)で緊急入院し、循環器内科にてカテーテル治療を行い右冠動脈にステントを挿入した。服用の薬が一気に増えたのはこの頃からである。それ以降は毎年、心不全による入院を繰り返して来た。
 最も酷かったのは2013年1月~5月の間だった。正月明けの1月4日の深夜に脳梗塞を発症し、右半身が完全麻痺…。この時の恐怖は心停止の時に匹敵するほどだった。声も上げられず自由になるのは左の手足のみ。ベッドから転げ落ち多分1時間ほど床でのた打ち回っていたと思う。その時に咄嗟に右腕がクッションになり頭を床に打ち付ける事はなかったが、右腕は内出血で大きく腫れ上がっていたが麻痺しているため痛みは全く感じなかった。左腕だけでベッドに戻りそのまま気を失ってしまった。ところが、翌朝、眼が覚め右腕に感触が戻り始めていたのである。慌てて携帯を手に取り119をプッシュするも、このプッシュが上手く出来ず15分くらい掛かってしまった。
 三井記念病院の救急外来へ搬送されたのは脳梗塞発症後12時間経ってからだった。病院に到着した時は半身麻痺は収まっており、言葉も自由に話せるようになっていたため一過性脳虚血発作と診断されたが、後に詳しく検査をした結果、最も重篤な『心原性脳梗塞』である事が分かった。後遺症もなく、短期間で普通の身体に戻っていたため、入院10日で早々の退院となった。病院の皆さんからは「運が良かった」「強運の持ち主」「悪運が強い」などの言葉を頂いた。
 万事休すから一転、起死回生を果たし意気揚々と病院に別れを告げたものの、同年2月、心不全で救急搬送、そして3,4、5月と連続で緊急入院の繰り返し。ほぼ一年の半分を病院のベッドで過ごすに至った。幼少の頃から心臓が悪く途方もなく長い闘病生活を続けて来て、自分はそんなに長く生きられないだろうと思っていたのだが…。幾度となく命の危機に直面するも持ち前の運の良さで切り抜けて来た。だが、運だけではないように思う。眼には見えない神秘的な何かに守られているのかも知れない。
 1300年の歴史を持つ江戸の総鎮守である神田明神(神田神社)。スピリチュアルなパワースポットとしても人気が高く正月の初詣には約30万人以上の人々が参拝に訪れると言う。この日、私は目立たぬように撮影の合間を縫って神社の片隅で深く頭を垂れ、2026年も命の灯火が消えぬようにと祈願した。

 

ピンクのコスモスと葉の幻想的な雰囲気

ピンクのコスモスと緑の葉

コスモスと緑の葉の幻想的な写真

コスモスと幻想的な緑の背景

ピンクの秋桜と緑の葉、幻想的な背景

女性とコスモスのポートレート写真

 

 

 いよいよ今年も残すところ半月あまりとなった。この一年を振り返って思うのは『心不全で入院』が一度もなかった事が最も喜ばしい事である。入院中のベッド上で徐脈による心停止で全館に『コード・ブルー』のアナウンスが流れ危機的状況であったが、辛くも死の淵から復活!。ペースメーカー植え込み等でバタバタした時期もあったけれど、今、こうして撮影ライフを愉しむ事が出来ている。これも3年前の10月に行った『三尖弁形成術』大成功のお陰であり、執刀医並びに心臓血管外科のチームと循環器内科の医師、看護師さん達、三井記念病院の全スタッフさんに改めて感謝の意を示したいと思う。
 心臓疾患が治癒した訳ではないけれど、寿命を延ばして頂けた事は言葉で尽くせぬほど有り難い事である。現在、最も危惧しているのは心臓より寧ろ腎機能である。現時点のeGFR値は19.7とギリギリ透析を回避出来ているものの、検査の度に結果を見るのが怖いくらいである。因みに心不全の指標であるBNP値は1056とかなり高めだが私とすれば許容範囲である。多分2000を超えたら入院になるだろうから、そうならないよう日々の食生活などに気を配っている。それなのに東京タワーの撮影はかなり無茶をしてしっまったと反省している。
 さて、今回のコスモスは先に投稿した『秋桜アラカルト』の続編。最初のコスモス撮影から2週間ほど経って再び浜離宮恩賜庭園へ出掛けた。使用したレンズは前回と同じタムロン70-300mmだが、今回はブラックミストフィルターを装着して撮影。ノーマルで撮影するよりも全体的にソフトで柔らかい印象を与え、幻想的な雰囲気を醸し出してくれる。因みに前回の時はクロスフィルターを使用している。
 ピンク色の秋桜はネモフィラほどではないが、かなり低い地面に近い位置で咲いているため、花にピントを合わせる時、自分もその場に胡座をかいてしゃがみ込んでの撮影だった。周りには大勢の観光客たちが花の撮影に勤しんでいたが、私のような撮り方をしている人は一人もいなかった。その場から立ち上がる時にバランスを崩し、後ろにひっくり返って尻もちを着いてしまったが怪我をせずに済んで助かった。
 そうやって場所を移動しながら撮っていると、20代前半と思われる二人の女性に声を掛けられた。「あのぅ、済みません写真撮って頂けますか?」と、私にカメラを差し出した。良く見るとなんとNikonだった。「あ!同じNikonだね」と言いつつ型番を見るとZ50。手に持ってみてその余りの軽さに驚いた。装着されていたレンズはZ40mm、「このレンズ僕も持ってるよ」と嬉しくなって会話が弾む。私のカメラを女性たちに一旦預けると「うわ!重い…」と驚きの表情を見せた。多分、自分たちのカメラより2倍はあると思っただろう。そして数枚撮ってあげて笑顔で別れた。
 前回、和服美人の後ろ姿のphotoをアップしたが、今回は外国の美人さんの横の姿。ショートの髪がよく似合う格好良くて素敵な女性である。今年はポートレートを撮る機会が結構増えて、自分の写真の選択肢が広がってとても良かったと思っている。来年もこの調子で出会いが増えて欲しいものである。

星条旗カラーにライトアップされた東京タワー

星条旗カラーの東京タワー、夜景と緑

星条旗カラーの東京タワーと木々

星条旗カラーの東京タワーと木々

 

 

 トランプ大統領訪日を歓迎するとして10月27,28日の両日の夜間に東京タワー、都庁、スカイツリーが赤、青、白の星条旗カラーでライトアップされた。私はこのニュースを28日の循環器内科外来の待合室で知った。診察の予約時間が午前9時だった。36年の間通院して来たがこんな早くの予約は初めての事だった。その時間に間に合わせるには最も混雑している通勤時間帯に電車に乗らなければならないため、それをどうしも避けたくて午前6時に起床、と言っても起きれない事が分かっていたので一睡もせず、そのまま朝を迎えた。午前7時の電車に乗り秋葉原へ。病院には8時に着いた。受付の方へ歩いて行くと警備員に呼び止められ「受付は8時30分からです」とそれ以上先に進む事が出来なかった。
 ロビーで時間を潰した後に受付を済ませ循環器外来のある2階へ行くも患者は私だけであった。椅子に座っていると看護師が声を掛けて来た。「神戸さんですよね、採血とレントゲンの検査を受けて来て下さい」。ずっと疑問に思っていたが9時予約ではレントゲンは兎も角、採血の結果が出るのに早くても1時間は必要となるはず。それでも10時頃には呼ばれるだろうと思っていたが、待てど暮せどお呼びが掛からない…。10時を過ぎ私の後から来た患者さんたちが次々と呼ばれ診察室に消えて行く。
 待たされるのは慣れっこだったので暇つぶしにスマホでニュースを検索していると眼に飛び込んで来たのが星条旗カラーのライトアップだった。27,28日限定だったので「今日しかないじゃん!」と思い、早く診察を終わらせてなんとしても『星条旗カラーの東京タワーを撮る!!!』で頭が一杯になってしまった。自分が徹夜して一睡もしていな事などすっかり忘れていた。ようやく診察のお呼びが掛かったのはお昼の12時少し前だった。約4時間待たされた事になる…。こんなに長く待ったのは生まれて初めての事だったが、起こる気にもなれなかった。診察自体は10分も掛からず終了。急いで病院を後にし帰路に着いた。ライトアップされる夕暮れまでには東京タワーに辿り着かなくてはの思いで一杯だった。自宅に14時半頃に着いたが、休む暇もなくカメラ、レンズ、三脚をバッグに詰め込み「いざ出陣」の準備。撮影場所の下調べや確保など色々と撮影以外にやる事があるため、出来るだけ早い時間(明るい内)に現地に着きたかったので、15時半頃に自宅を出て芝公園駅を目指した。
 現地に着くとかなりの観光客(殆どが外国人)が集まっており、ライトアップのその時間を待っているようだった。夕闇が近づくに連れ人の数は更に増えて行った。いつでも直ぐにシャッターを切れるよう場所を確保し、三脚にカメラを設置。取り敢えず試し撮りで何枚か撮り、本番に備えた。そして時計が18時半を回るとその瞬間、「キラキラキラ」とライトアップが始まった。投稿した4枚のphotoであるがどれも同じ様に見えるかも知れない。だが、4枚の内2枚はレンズにフィルターを装着している。使用したフィルターは「クロスフィルター」と「ブラックミスト」。東京タワーの光っている部分がそれぞれで違う表情をしているのがお分かり頂けると思う。
 東京タワーと言えばやはり思い出すのが2023年7月の時、あの時、徐脈発作で意識を失いそうになりながら撮った東京タワーはまさに命がけだった。まさか自分が徐脈で心臓が止まり掛けているなんて予想だにしていなかったからあんな無茶が出来たのだろう。まさに「知らぬが仏」であった。もし撮影中に心停止していたら今の私はあの時が最期だったかも知れない。それを思うとつくづく『運のいい奴』である。ペースメーカー植え込みから2年が過ぎ、今年は一度も心不全で入院していない。この調子をこのまま維持し、今年を無事に乗り越えたいと思っている。

青い着物の女性と黄色いコスモス

浜離宮恩賜庭園のコスモス畑

浜離宮恩賜庭園のコスモス畑

コスモス畑で撮影された美しいコスモスの花

浜離宮恩賜庭園のキバナコスモス畑

浜離宮恩賜庭園のピンクのコスモス

 

 

 昨年はコスモス撮影のタイミングを逃してしまったため、まともに撮れなかったので今年は10月中旬と下旬の2回撮影に出掛けた。場所は昨年と同じ浜離宮恩賜庭園である。以前は立川の昭和記念公園へ撮影に出掛けていたが、以前にもお話しした通り園内が広すぎて目的の場所まで辿り着くのにかなり歩き時間も掛かる。健常者であれば大した事はないのだろうけど、やはり心臓が悪いと休み休みでないとかなりしんどい。撮影に夢中になっている時はどんなに息が切れても苦にはならないし、予想以上の被写体に出会え、1枚でも渾身の写真が撮れれば全てが至高のひと時に変わって行く。本当は陽が傾き掛けた頃の写真が撮りたいと思ってもその頃には帰路につかないとゲートの門が閉まってしまうので、残念な思いを引き摺ったまま帰りの電車に乗る事となる。そんな思いを何度か経験している内に都内に眼を向けて見つけたのが浜離宮恩賜庭園だった。
 それ以来、秋桜の咲く季節にはこちらの庭園へ足を運ぶようになった。東京都が運営しているため、有り難い事に障がい者は無料。都営地下鉄を利用するので運賃も無料。費用は一切掛からないのでとても助かっている。
 近年、国外からの観光客が大幅に増えたため、都内の観光名所へ行くと外国人のその多さに驚く。この日も観光バス3台を連ねて大勢の外国人が団体で訪れていた。おそらく日本人より国外の人の方が遥かに多いように思った。そんな中でひと際眼を引いたのがトップに上げた着物姿の美しいお嬢さん。人が大勢集まる場所はポートレートを撮る機会にも恵まれるため、撮影の幅が広がって嬉しく思う。黄色い絨毯を広げた様なコスモス畑を背景にして、敢えて後ろ姿を撮影した。正面から撮ると綺麗な美人さんで終わってしまうだろうから、見る人の想像力を掻き立てるような撮り方をしたつもりである。キバナコスモスの中に浮かび上がる青い着物がそこだけ異次元の空間のように際立った。後ろからでもこのお嬢さんがとびきり美人である事は分かると思う。
 すぐ近くにもう一人、赤っぽい着物を来た女性がおり、カメラを向けてシャッターっを切っていた。タイトルにあるようにVol.1なのでこれらは中旬に撮影したもの。後半の分も含めるとコスモスなどの花だけで200枚は超えていると思う。レンズは全てタムロンの70-300mmである。やっとブログが季節に追い付いて来たかなぁと思ったが、この所の気温低下でまるで晩秋を飛び越えて初冬のような気分である。そろそろ紅葉のシーズンでもあるがその前に今年はまだ一度もバラを撮っていな事に気が付いた。秋バラをなんとしてでも撮りに行かなくてはと、この記事を書きながら予定を立てているところであるがもしかするともう遅すぎるかなぁ…。

浴衣女性と風鈴の小路

浴衣姿の女性と風鈴の小路

浴衣姿の女性、福徳神社風鈴の小路

福徳神社 風鈴の小路 浴衣女性

 

 

 季節はすっかり秋だと言うのにこのブログは真夏の装いのままである。この夏は紫陽花から始まり、花火、写真展、蓮の花、そして浴衣と風鈴である。夏の風物詩であるがその辺りは夏の置き土産と捉えて頂けると有り難い。最近はここ数日の低気温で暖房が欲しいと思う時もあったが、連日35℃を遥かに超える酷暑に耐え抜き体調を崩す事もなく乗り切ったけれど、「喉元過ぎれば熱さを忘れる」ではないが、心臓疾患を抱えている自分としては夏よりも冬の寒さの方が要注意である。暫く心不全で入院していないけれどほんの少しの油断であっと言う間に心臓が悲鳴を上げるので日頃の自己管理を怠らないよう心掛けているつもり。
 さて、風鈴で人気のある撮影スポットと言えば東京近郊であれば埼玉県の川越市にある氷川神社 縁むすび風鈴が有名であるけれどまだ一度も訪れた事はない。いつか行ってみたいのだけれど…。不忍池で蓮を撮った時もある一角に『蓮見デッキりんりん回廊』があり、うえの夏祭りの期間中は蓮と風鈴が同時に楽しめる。夜間はライトアップされるため、風に揺れて棚引く幻想的な鈴の音と共に写真映えする景観が楽しめるようだ。
 川越の風鈴ほど規模は大きくないけれど、都内でも幾つか風鈴が楽しめる場所は幾つか点在する。港区赤坂にある乃木神社の『つれそひ風鈴回廊』は一度訪れた事がある。そして今回訪れたのが訪問2回めとなる東京のド真ん中にある日本橋の福徳神社『風鈴の小路』神社そのものが小さいので風鈴が設置されているスペースもかなり小規模。風鈴の数250個ほどなので大体想像が付くと思う。但し、一つ一つの風鈴がとてもオシャレで色や模様も豊富なのが撮影する側から見れば嬉しい限り。昨年訪れた時は単焦点レンズを3本持って行き撮りまくったのを覚えているけれど、ブログの記事としては投稿しなかった。そんな事もあって今回、季節はすっかりズレてしまったけれど昨年の分も含めて投稿する事にした。但し、写真を見てお分かりのように風鈴と言うよりポートレートである。
 風鈴を撮る積りで出かけたのだが、神社に着いてみると浴衣姿の若い女性が列を作って並んで大勢待っていたのである。風鈴スポットとして人気のある場所だけに浴衣を着た皆さん風鈴と一緒に記念撮影。その順番の中にオジサン一人が紛れて順番を待つのは勇気が要るし違和感もあったので少し離れた場所から望遠レンズを使って撮影させて頂いた。私が撮影したこの女性は多分モデルさんだと思う。この日は天気には恵まれていたけれど無風状態だったので、風鈴の音色や揺れる短冊が撮れなかったのが残念だった。生い茂る木々の木陰で風鈴の回廊は暗いため昼間でもライトアップされていた。

 

 

 

 昨年、初めて蓮の花を撮ったのだけれど蓮が午前中に花開いて午後には萎んでしまう事を知らなかったので悔しい思いをしたため、今回はその時のリベンジである。朝が大の苦手、早起きは苦痛と感じるほどで、それは子どもの頃からで朝起きられず学校を休んでしまう不登校の要因の一つでもあった。成人してからもそれは時々続き会社に行けず休んでしまいそのままズルズルと何日も無断欠勤が続きそのまま解雇となった事も多々あった。その頃から多分「うつ病」の状態になっていたものと思われる。
 精神科を受診したのは40歳を過ぎてからで妻に付き添ってもらい病院を何件もハシゴした。その当時処方された薬の内で今も服用しているのはリフレックスとサイレースであるが、精神科の受診はもう10年以上止めている。メンタルの薬は循環器内科の主治医に処方してもらっている。
 その日の朝、多分起きれない事が分かっていたので殆ど一睡もせずそのまま朝を迎えた。早朝5時頃にウトウトして少し眠ったかも知れない。都内で最も近い場所で蓮の花の名所と言えば上野公園の不忍池である。今回も含めて不忍池に訪れるのは2回目となる。自宅を8時少し前に出た。不忍池に到着したのは9時を少し回った頃。最も有名な蓮の観光名所だけあって既に大勢の人たちが群れをなすようにして蓮の花にカメラを向けていた。こんな光景を眼にするのは初めてだったので想像を超える驚きだった。一眼レフに大きな望遠レンズを着けてパシャパシャとシャッターを切っている。まだ10時にもなっていないのに青い空には焼け付く太陽が上り気温は多分35℃を超えていたと思う。
 池の周りには幾つもの屋台が軒を連ねており、かき氷やビールなど暑さを凌ぐ食べ物や飲み物が飛ぶように売れていたがかき氷は直ぐに食さないと暑さであっという間に溶けて行く。氷を詰めた保冷水筒を持参していたので屋台には目もくれず撮影に夢中になった。蓮の花に思い切り寄ってマクロ撮影したかったが、そうなると池の中に入らなくてはならない。流石にそこまでして撮る元気(勇気)もなかったし、池の深さも分からず入れたとしても事故の元になるからそんな無茶な行為は禁止だろうと思う。
 使用したレンズは花の撮影の定番となったタムロンの70-300mm。マクロっぽく撮った1枚の焦点距離は270mm。撮影が佳境に入った頃は暑さも忘れて無我夢中でファインダーを覗きシャッターを切り続けた。池の周りを移動しながら最も良い表情を見せている花を見つけワクワクしながらの撮影だった。不忍池に居た時間は2時間もなかったと思う。帰宅して昼頃には自宅に着いた。苦手な朝も撮影のためなら苦にもならない。いつか朝もやの神秘的な風景をカメラに収めたいと思っている。
 ところで不忍池がその昔は東京湾の入江の一部だと知った。池として形成されたのは平安時代だとか?随分歴史の古い池だと分かって厳かな気持ちになった。

 

 

 17回目を迎えたニッコールクラブ静岡支部の写真展。昨年初めて参加させて頂きとても良い刺激を受け、撮影における自分の中に秘めている可能性を引き出す事が出来たと思っている。そして今年2回目の出品で予想以上の評価を頂いた。
 私の作品を見た方たちが口を揃えて「額に入れた方がよい」「もったいない、額に入れるべき」の感想。つまりそれだけ作品の完成度が高いと評価されたのだろう。昨年の写真と比較しても今回の方が更にアップグレードしているように見えたのだろう。自分ではあまり気付かないのだけれど、他者の視点で見るとその違いが鮮明に分かるようだ。
 藤枝在住の写真歴50年以上の大先輩は「文句のつけようがない!」と褒めちぎっていた。私の作品は風景写真で特に夕景、夜景が多く自分でも得意分野の位置付けである。パンフォーカスで画面全体にピントが合う手法であるが、それを特に学んだ訳ではなくいつの間にか身に付いていた気がする。
 来年も9月に写真展開催が決まっており、次回からは額付きにする予定である。写真はA3サイズであるが、額縁の大小によって印象がかなり変わる事も良く理解出来た。大きい額であれば周りの余白を十分利用出来て写真の見栄えがだいぶ良くなる。余白が大事なのは詩や文章でも共通するが、視覚的にインパクトのある写真は重要な要素だと思う。
 22日は写真家の先輩と会場で合流し、その後、三保の松原へ行って来た。20歳の時、デザイン学校で出会った友人と二人で海水浴を愉しむため三保の松原へ訪れたが、それ以来の事なので40年ぶりくらいになるだろうか。あの海水浴の時、胸の心臓手術の傷跡が気になって傷を両腕で隠すようにしていたのが懐かしい。天気は悪くはなかったが雲が多く富士山を見れなかったのが残念であった。静岡に住んでいた頃は毎日のように富士山を眺めるのが日課で当たり前だったが、上京して40年も経つと矢鱈と富士山が見たくなるのが不思議である。

 駿府城のお掘りの周りを時間潰しに散歩していると、若かった頃の懐かしい思い出がまるで昨日の事のように脳裏を駆け巡った。最初の手術を受けた病院も駿府城の直ぐ近くだったし、彼女とのデートはいつも駿府公園で、手を繋いで呉服町通りを歩いたり七間町通りにあった映画館で「未知との遭遇」や「パピヨン」等を観た事、書店の谷島屋が待ち合わせ場所だったり、甘酸っぱい青春の思い出がぎゅっと詰まったこの静岡にまた戻って来たい…ジョン・デンバーの名曲「故郷に帰りたい」を思わず口ずさんでしまったけ。そんな1泊2日の帰省だった。昨年は欲張ってカメラ持参で荷物が多くヘトヘトに疲れたため、今回はカメラなしで身軽な状態であったが、やっぱりそれでも疲れるものですね…。

 

 

 

 青い宝石と題した紫陽花は白山神社の境内にて撮影したが、今回はその裏手にある公園に咲いていた紫陽花たち。石垣で丸く囲まれた花壇に様々な花が咲いておりその中で一際目立っていたのがこの紫陽花だった。この花の向こう側にベンチがあり、そこに座ってベースギターを弾いていたのがあの少女だった。紫陽花の撮影中は全くその存在に気付かなかったが、色んな角度から撮影するため、花壇をぐるりと一周した時、「あれ?こんな所で練習?」と少女の姿が眼に止まった訳である。
 初めて紫陽花を撮ったのは2020年7月、巷ではコロナの感染が拡大し始めていた頃。場所は多摩川浅間神社に続く坂道で一枚撮ったのみだった。この時は目的が紫陽花ではなかったので記念にと思いシャターを切った。これが私と紫陽花の最初の出会いだった。一眼レフデビューして一年も経たない頃だったので花の撮り方も分からずシャッターボタンを押していた気がする。そんな昔の写真を見ていると、それなりに撮影のコツを掴み多少なりとも成長した自分を実感する事が出来てほんの少し嬉しい気分になったりする。伸びしろはまだまだあると思うので、出来るだけ被写体に寄り添い被写体の気持ちになって撮影を続けていけたらと思っている。
 話しは変わって9月1日、三井記念病院に今年2度目の入院。4月に入院したばかりだったが、急遽決まった事だった。数年前に治療した奥歯の義歯が突然ポロッと取れてしまった。直ぐに歯科外来へ電話をし2日後に外来へ行き処置するも「根っこがボロボロで抜くしかない」と言われてしまった。普通であれば入院などせず外来で抜歯なのだが、私の場合は以前にも話した通り色々事情があり出血や感染のリスクが高いため、念には念を入れ万全を期すため入院。過去にも何度か抜歯して来たが何れも入院だった。抜歯数時間前に抗生剤の点滴が始まり、それが終わった後に歩いて外来へ。今回の主治医は前回の時とは違う医師が担当。抜歯自体は15分程度であっけなく終わった。出血のリスクを出来るだけ抑えるために医師が大量の止血剤を使用してくれたのが功を奏し殆ど出血しなかった。4月の時の事は既に記事にしているので皆さんご存知のはずである。あの時の苦しみはもう味わいたくはなかった。それが最も不安の要因だった。
 病室に戻って間もなく抗生剤の点滴。抜歯から4時間ほど経った辺りで麻酔が切れ始める。それと同時にズキズキと痛みが生じ始めた。痛み止めのカロナール300mgを2錠服用。腎臓が悪くなければ痛み止めの定番ロキソニンの出番であるが、腎臓がもうボロボロで悲鳴を上げているため腎臓への負担を出来るだけ控えるための処置。服用して30分も経てば効いて来るはずが一向に痛みが和らぐ気配がない。むしろ痛みは益々増して来た。ある程度まで我慢していたが、流石にもう無理と限界を感じ、深夜ナースステーションに駆け込み痛み止めの点滴(アセリオ)をお願いした。それでやっと眠りに着く事が出来た。出血も殆どなかったので痛みがある程度収まった時点で早々に退院となった。この8月でペースメーカー植え込みから2年が経過。その間、心不全での入院は一度もない。これはペースメーカーのお陰か?心臓(三尖弁)オペからもうすぐ3年を迎える(因みに人工弁置換術は36年が経過)。