プールサイドの人魚姫

プールサイドの人魚姫

うつ病回復のきっかけとなった詩集出版、うつ病、不登校、いじめ、引きこもり、虐待などを経験した著者が
迷える人達に心のメッセージを贈る、言葉のかけらを拾い集めてください。

*作者が20歳から28歳までの間に綴られた、全62作品からなる詩集である。「あとがき」によれば、作者が詩に興味を 持ったのは20歳の時だという。そして、最初に手にした詩集は『伊藤整詩集』と『高見順の死の淵より』の2冊だったとも記されている。

作者は幼いころ「心 臓弁膜症」に罹患し、最初に手術を受けた時のことを回想して、『手術台に上がれば』を書いたとのことである。それをきっかけに、いつの間にか62作品の詩 が出来上がっていたらしい。そして、心臓弁膜症に起因するうつ病を患い、現在は回復の途上にあると記されている。ここに本作品群の最大の特質があると言えるだろう。

「うつ病」を克服し、社会復帰を目指す作者の個人史が、その内面の必然性によって詩文の形に表出した、痛切ながら鮮やかな「青春物語」なのである。
*「記念すべき最初の詩」と作者自身が言う『手術台に上がれば』は、純粋な孤独感を表現した作品と言えるだろう。社会的な関係によって成立する作者の日常世界が、手術という出来事によって断ち切られ、それによって自覚された意識の反復が、言語世界として抽象化されている。

「けたたましい車の騒音が/私の耳をつんざく/ああ――/今日もまた彼等は/あの騒がしいラッシュアワーの中を/仕事に出掛けて行く/愚かな独り言を呟いて/私は 又眼を閉じた」―― 「私」は「彼等」とは異なる世界に疎隔されている。かつては自分も所属し、ほとんど意識することもなかった日常世界、それが今は決定的に遠いものとなり、もはやそこに自分の居場所はない。断念と諦念、その後に訪れた孤絶感の淵に作者は重く佇んでおり、本作品はそれを見事に描き切っているのである。
*『偽りの蒼い空』や『不安』といった作品も強く印象に残る。『偽りの蒼い空』は、破綻した「愛」を扱った詩である。「荒涼とした海の上を/私の魂は彷徨っている/現在と過去が綾取りをして/記憶の中を交錯している」といった部分では、青春の詩人・ランボーやヘルダーリンを彷彿とさせる、青春期のたゆたうような精神の「彷徨」が率直に表現されていると言えるだろう。

また『不安』では、「宿命」的な「病」への罹患体験を経て、作者はその奥に「原罪」を見出していく。「眼に見えなく/形のないものが/僕の背中に横たわっている/それは/ずっしりと重く/動かない」――「不安」とは、無根拠に人間の精神を蝕み、苦しめ、抑圧するものである。それを作者は「原罪」と読み替えて解こうとしているのである。

*表題作『天国の地図』は、「死」という非日常の実感を「日常」世界に取り込んでしまった、作者にしか表現することので きない、洒脱で、距離感をもった作品と言えるだろう。

実際には余人の想像を大きく上回る苦しみであったに違いない。だが、作者は自己を「他者」として捉える視座を保っており、詩文には見事な距離感が達成されているのである。重みと痛切さの中にも洒脱さが感じられる所以である。

同様の苦しみの中にある読者なら大いに勇気づけられるだろうし、それ以外の人々も深く共感することだろう。

 

 

 

残暑お見舞い申し上げます。

 

 

※運河の上を走るモノレールを撮影するため幾つかの運河を渡り歩いた。勝島運河、京浜運河、天王州運河、新芝運河、そして芝浦運河と。お蔭で東京の運河には随分と詳しくなった。その運河の景観も場所によって随分と違いがある。アップした写真は5月30日、レインボーブリッジを撮影する為に田町駅から歩いて芝浦埠頭へ行く途中であった。

 芝浦アイランド近辺にはお洒落な高層ビル群やその縁を運河が縦横無尽に走っており、芝浦埠頭に着くまでに随分と眼を楽しませてくれた。モノレールを撮影するスポットを幾つか巡り、何度かスマフォのシャッターを切った。写真はその中の一枚である。その後に目的地の芝浦埠頭に到着。下から眺めるレインボーブリッジは圧巻であった。そして歩いてレインボーブリッジを往復。気付くとその日は2万歩を遥かに越えていた。

 

 

 

あなたが

心変わりしないうちに

あなた色に染まりたい

わたしです

 

 

 

※雨の日の浅草界隈を撮影しようと思い、浅草橋で降りたところで雨が止んでしまった。そのまま神田川を下り隅田川に出た時に見つけたのがこの紫陽花。

写真の醍醐味はその被写体が持つ魅力を最大限に引き出すところにある。花を花のまま撮影するのではなく、そこにストーリー性を含ませる事。そうする事で花の魅力がより一層際立ち花自身も喜んでくれるだろう。

 

 

 

 


 

たくさんの花の中から

君だけを

見つけたんだよ

 


 

※葛西臨海公園の観覧車とポピー畑。この日は風が強く、このポピーを撮るのに随分と苦労した。高価な一眼レフカメラなど買えないのですべてスマフォで撮影。ある意味、写真撮影はスポーツだと思う。被写体を探し求めてよく歩くし、集中力、観察力、体力が不可欠。この日の歩数は2万歩を越えた。距離に換算すると13キロ余り。休憩は食事の時に10分程度で後はひたすら歩いていた。

 

 

 

 

満天の空を泳ぐように
舞い散る
それは
桜のプラネタリウム
遠い記憶の向こうで
微笑んだ
あなたの眼差し
今年もあなたの心に
桜は満開ですか


※三井記念病院の桜を撮影しました。
Instagram.com/@toshikiru ←私のInstagramです。

 

 

 

消したがる子。

いじめや虐待に苦しむ多くの子どもたちの叫びが聞こえる(ポエム)。

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心不全の元凶は三尖弁逆流!

病気は私にとって生きる活力である。

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今度は子どもたちと新年会。

離婚以来10年ぶりに元家族4人が集まりテーブルを囲んだ。

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夜の蝶。

ホステスだった叔母をモチーフとして書き上げた演歌調の歌詞。

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北川君、さようなら(追悼)。

養護学校で同級生だった友人が1月初旬に亡くなりました。心よりご冥福をお祈り致します。

https://kanbe0107.blog.fc2.com/blog-entry-338.html

 

みかんの花(父と母に捧ぐ)。

故郷・藤枝を舞台に子ども目線で描いた純情ポエム。

https://kanbe0107.blog.fc2.com/blog-entry-337.html

 

毎日

薬を飲んで生きて行こう

腰の曲がった老婆が

畑に種を蒔くように

春には新しい芽が

萌え出るのを期待して

私は

病気が治るのを期待して

でも悲しいかな

この薬で病気は治らない

死を食い止める事は出来ても

老婆のような

期待は持てないのだ

春は遠くまだ来ない

 

 

年末年始の体調不良により食事もまともに摂れず伏せっておりました。

後数ヶ月で平成が終わります。

次の時代が希望の光で輝いてくれる事を願います。

 

 

 

久保田先生と小学1年生たち。

課題図書「さと子の日記」に登場する養護学校教員の一人がこの久保田先生。一緒に写っている子どもたちは私と同じ12病棟だった。

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シャワー哀歌。

禁断の恋を女性目線で描いた演歌調の恋愛詩。

https://kanbe0107.blog.fc2.com/blog-entry-332.html

 

小説・届かなかった僕の歌(番外編)あとがき公開。

42歳の若さで散った父・信夫の半生を描いたノンフィクション小説。

https://kanbe0107.blog.fc2.com/blog-entry-331.html

 

さと子の日記(課題図書)。

先天性胆道閉鎖症のため余命3ヶ月と言われながらもひたむきに生きた少女の14年間の命の記録。

https://kanbe0107.blog.fc2.com/blog-entry-330.html

 

最後の背中(未刊詩集「最後の背中」より抜粋)。

28歳の若さで散った、母に捧げるレクイエム。

https://kanbe0107.blog.fc2.com/blog-entry-329.html