生ビ,いつもハッピー! 世界一周編 -64ページ目

感謝・そして,りょうたからのメール

25日,クリスマスのミャンマーは晴れ,ってかいつも晴れ。

クリスマスとは無関係の仏教国ですが,ナゼか祝日のミャンマー。

両替に困ってるカイです。


これは,1121日から9日間一緒に旅した96Tりょうたへの感謝を示すものである。


何せりょうたといたこの9日間,宿代は1ドルしか払ってない。他は全部りょうたが払ってくれた。

そして結構色々奢ってもらった。


全くの同期だが,宿代払うって言っても受け取ってくれなかった。

「旅を続ける資金を減らして欲しくない」

ホントに心底いいやつだ。


そんなりょうたは29日朝,ホーチミンへ行った。

ホーチミンから日本へ,帰国の途だ。


別れ際,$100札をオレに手渡し,

「いい旅をな」って。

りょうた・・・

当分の間,これはお守り代わりだ。


プノンペンでバスに乗り込むりょうたを見送る。

「バイバイ。またな!元気でな!」

バスが見えなくなるまで手を振った。ちょっぴりおセンチな気分になった。


30日,帰国したりょうたからメールがきた。


無事着いた。ありがとう。いい旅を。

そんなコメントが嬉しかった。


ホーチミン発の飛行機が夜中24時過ぎだったため,ホーチミンで時間を持て余したらしいりょうた。

さらにメールにはこうあった。


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ホーチミンには2時半に着いてしまって、暇つぶしに大変だった。

広場でサンドウィッチ食いながらまったり

そしたら近くの高校の体育の授業がやってて、

何故か全員で延々砲丸投げの練習。

Why???

トータル2時間くらい居たもんで、2回目また違うクラスが来たけど、

やっぱり砲丸投げ。 はやってるんかな~

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りょうた!暇つぶしの仕方がおもしろすぎるぞ(笑)


1週間くらい風邪ひきます」とか言って休暇取ってまたきなよ。

あの9日間,一緒に旅してくれたことに感謝。いい旅,ありがとう!!

ゴミの山,マウ

心躍るクリスマス,みなさんそれぞれに楽しく過ごしていることと思います。

クリスマスとは無関係な仏教国,ミャンマーの激遅ネットと格闘しているカイです。


これは約1ヵ月前,1128日のこと。


トゥール・スレーン刑務所を後にしたりょうたとオレは,プノンペンにあるゴミの山へ足を延ばした。


英語の通じないトゥクトゥクドライバーになんとか説明。

カイ:「山のようにゴミが積まれていて,そこでは人々が缶や瓶などを拾っている」

ドライバー:「あーん,オッケイオッケイ」


トゥクトゥクが走り出す。


まだ市中心から程近いところで止まる。

こんな近いところに,そんなゴミの山があるのか。


ドライバー:「ここだ」


おー,ここかぁ。

オリンピックスタジアム!?


わかってないじゃんか!!

ノーだノー!!

このドライバーが英語の通じるドライバーを探し,そいつにまた説明をしてなんとか現場へ向かう。


プノンペンではめずらしく,途中から道路も舗装されていない。

市内から南西方向(キリングフィールドの方向,これもポル・ポトの惨劇を伝えるプノンペンの観光名所の1つ)へ15分程度行ったところにそれはあった。


昔日本のTV番組でもやっていたと思う。

あの場所に名前があるのかどうかもわからないが,連れて行ってもらったトゥクトゥクドライバーによるとそこは‘マウ’と呼ばれているという。

英語が通じないので実際のところは不明だが・・・


まさしくゴミの山だ。

行きかうのはゴミを大量に積んだトラックのみ。

あたりは悪臭が立ち込め,道も土なのか泥なのかうんこなのか見分けもつかないような状態だ。


手前のゴミ山ではヤギたちがゴミをあさっていた。


奥へ行ってみた。


生ビ,いつもハッピー in 東南アジア-PB280269

そこには,それこそ子供から大人まで数百人にも及ぶカンボジア人がいた。

日本では想像できない光景だ。


トラックが持ってきたゴミの山からリサイクル可能なものだけを拾い,それを集めては他のトラックに放り込む。

おそらく一日中繰り返されるだろうこのルーティーンを人々は黙々とこなしている。


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果てしなく続くゴミの山


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オレに向かって「ワンダラー,ワンダラー」と叫ぶ少年

横のお母さんと思われる女性に「くれるわけないだろ,さっさと仕事おやり」と言われていたようないないような。


ただし少年のそれは‘ワンダラー,本当にくれよ’という感じではなく,カンボジア人以外が来たらとりあえず言っておくかのような挨拶程度の響きであったが。

あと何年かして「テンダラー」とか言わないといいな。


生きていくためにやっている。

ただの仕事としてやっている。


いずれにせよ,発展途上国カンボジアの一面を垣間見れた現場だった。


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ゴミの山入り口にいた3兄弟。

「ワンダラー,ワンダラー」と言ってきたので,代わりに写真撮って見せてあげた。


大喜びだった。

そしてこの後,もう3枚撮ることになった。

トゥール・スレン刑務所

1128


りょうた帰国前日,われわれは市内観光に出掛けた*。


徒歩圏内にある,ポル・ポト政権化での惨劇のを伝えるトゥール・スレン刑務所(博物館として公開されている)だ。


ポル・ポト,ポル・ポトとは耳にするが,何がポル・ポト?程度にしか考えていなかった。

くしくもオレが生まれる前後の大量惨殺についてオレはほとんど無知と言っても過言ではなかった。


そしてこの刑務所で,オレはその残虐性から,惨さ,怒りなどが入り混じるえも言われぬ感情を引き起こされた。


番号札を首から掛けられ,後ろ手に縛られた状態で虐殺された人々の写真が並ぶ部屋。



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中には顔面をボコボコにされた後で写真を撮らされた人々の写真もある。



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手足を鎖で拘束されたまま収監された狭い独房。


鉄格子がはめられた部屋。そこには1つのベッドと手足を拘束する鎖がポツンと置いてある。



被害者はこの鉄格子からの景色を眺めたことがあるのだろうか?


惨殺された人々の頭蓋骨。

ニードルで穴が開いたものや,何かで強く打ち付けられてヒビが入ったもの,写真を撮る気すら失せた。


誰でもそうだと思うが,濡れ衣と言うのは本当にイヤなものだ。

痴漢したしないの濡れ衣で裁判になり,社会的地位の喪失,人間関係の失墜というのも相当イヤだが,ポル・ポト被害者は全く罪も言われもないことのために,言わば,ポル・ポトのエゴによってただ無残に‘死’を遂げざるを得なかったのだ。


被害者の心情は計りえないが,加害者の心情が書かれたボードがとある部屋にあった。

現在50歳程度,当時は20前後の若者たちだ。


その1人はこう言っている。


「私がS-21(刑務所のこと)で働いていたとき,モチベーションはなかった。しかしやらなければならなかったのだ。さもないと私は生きてはいなかった。しかし,たとえやるやらないどちらを選んだとしても私は恐れていた。そこには私のできることはなにもなかったのだ。」

全員がポル・ポトの被害者だと思った。



*キャピトルツアーでも市内主要箇所を回ってくれる1日ツアー$6600円)を催行しているので,プノンペンを知りたい方は参加してみるのも手。
ただし,各施設の入場料は別で,バスの時間も決まっているため,1箇所をゆっくり周りたい方は自分でバイタクなりトゥクトゥクで行った方がよいかも。
ベトナム・ホーチミンにある‘戦争博物館’もかなり考えさせられる。