トゥール・スレン刑務所
11月28日
りょうた帰国前日,われわれは市内観光に出掛けた*。
徒歩圏内にある,ポル・ポト政権化での惨劇のを伝えるトゥール・スレン刑務所(博物館として公開されている)だ。
ポル・ポト,ポル・ポトとは耳にするが,何がポル・ポト?程度にしか考えていなかった。
くしくもオレが生まれる前後の大量惨殺についてオレはほとんど無知と言っても過言ではなかった。
そしてこの刑務所で,オレはその残虐性から,惨さ,怒りなどが入り混じるえも言われぬ感情を引き起こされた。
番号札を首から掛けられ,後ろ手に縛られた状態で虐殺された人々の写真が並ぶ部屋。
中には顔面をボコボコにされた後で写真を撮らされた人々の写真もある。
手足を鎖で拘束されたまま収監された狭い独房。
鉄格子がはめられた部屋。そこには1つのベッドと手足を拘束する鎖がポツンと置いてある。
被害者はこの鉄格子からの景色を眺めたことがあるのだろうか?
惨殺された人々の頭蓋骨。
ニードルで穴が開いたものや,何かで強く打ち付けられてヒビが入ったもの,写真を撮る気すら失せた。
誰でもそうだと思うが,濡れ衣と言うのは本当にイヤなものだ。
痴漢したしないの濡れ衣で裁判になり,社会的地位の喪失,人間関係の失墜というのも相当イヤだが,ポル・ポト被害者は全く罪も言われもないことのために,言わば,ポル・ポトのエゴによってただ無残に‘死’を遂げざるを得なかったのだ。
被害者の心情は計りえないが,加害者の心情が書かれたボードがとある部屋にあった。
現在50歳程度,当時は20前後の若者たちだ。
その1人はこう言っている。
「私がS-21(刑務所のこと)で働いていたとき,モチベーションはなかった。しかしやらなければならなかったのだ。さもないと私は生きてはいなかった。しかし,たとえやるやらないどちらを選んだとしても私は恐れていた。そこには私のできることはなにもなかったのだ。」
全員がポル・ポトの被害者だと思った。
*キャピトルツアーでも市内主要箇所を回ってくれる1日ツアー$6(600円)を催行しているので,プノンペンを知りたい方は参加してみるのも手。
ただし,各施設の入場料は別で,バスの時間も決まっているため,1箇所をゆっくり周りたい方は自分でバイタクなりトゥクトゥクで行った方がよいかも。
ベトナム・ホーチミンにある‘戦争博物館’もかなり考えさせられる。


